黄金の指 5
2つの球体が密着し宙に浮いている。
1つは小さく、1つはその3倍はあるだろうか。人影が見える小さい方と違い、倍の方は不透明であった。無理もない、台風をひとつどころに圧縮したようなものだ。無数に生える手のような細い竜巻の親玉の中は、風速も威力も計り知れない。下部に出来た雲に鎮座する姿が歪な雪だるまのようだが、ともすれば異界の魔物のようでもある。
ゆっくりに見える動きだが、実際は物凄いスピードだったのだろう、あっという間に北からこの王都までたどり着いたあたり、明らかに人の手で作られたものではなかった。魔道具で作られたものならば、曲射的なもので威力も範囲も限定的な物が多い。ましてや自力で移動する物など聞いたことが無い。
赤薔薇姫が言っていた、魔女が生きていた、という言葉。
黄金の指はその輪郭をマヒした脳でゆっくりと理解していく。
王都へ上陸した嵐の玉は城の上へ陣取ると、一気に細い竜巻が現れ広がった。地上を旋回する様は、雪だるまと言うよりも蜘蛛の脚に近いだろうか。吸い上げられていく魔物達の気配が、嵐の中で消えていく。更に雲が分厚くなった。
恐る恐る、手に持っていた望遠鏡で状況を確認する。
小さな玉の中にいる人影に気付き、ピントを合わせた。
魔女と目が合う。
これだけ距離が離れていると言うのに、どういう訳か魔女からはこちらが見えているようだった。
美しい女の冷たい視線に射すくめられた黄金の指は、下から上へ駆けあがる殺気と恐怖に首をすくめた。
「もうだめ……追いつかれた……ここにいたら殺される」
蚊の鳴くような声で呟く赤薔薇に、我に返った黄金の指が親子石に向かい叫んだ。
「撤退!撤退!!全員逃げろ!!」
全ての子石から木霊する命令に、ゴブリン達も目の前の敵と上空の有様で理解したようだ。
統率を失い散り散りになって逃げ始めた仲間達を見届ける暇もなく、黄金の指は赤薔薇姫の肩を掴む。
「飛べるか!?」
「もう無理……」
「ええい見栄っ張り!なんでずっと飛んでんだよ!」
「だって飛ばないと逃げられなかったんだもん!!」
「今だって飛ばねーと逃げられねーよ!クソ!!」
吐き捨てられ涙目になりながら「でも疲れちゃったんだもん!」と訴える彼女に小さく唸り、黄金の指は赤薔薇姫を抱え物見を下り南へと駆けだした。
自分たちが進軍する時に通ってきた道なら安全だと来た道を戻ることにしたのだ。
王都を境目に南は平野と森が混在している。ペギュールの町を突っ切ってブルーリッチ港まで繋がっている街道があり、そこをゴブリン達は踏み荒らしてきた。
手下のゴブリンを引き連れ先頭を駆けながら、黄金の指は独り言ちる。明確な命の危機に焦りと動揺で冷や汗が止まらない。
「聞いてねぇ、まだ魔女が生きているなんて!いや、そもそもあの命令は確かめるためのものだったってことか!?クソ!!意味がわからん!!」
無い頭髪を掻きむしる横で、赤薔薇姫は先ほどまでの威勢はどこへやら少女のように泣いていた。
「どうしよう、どうしよう、手柄取れなかった、お父様、お父様……!!」
「ええい泣くんじゃねぇ!デコイにするぞ!!」
「やめてよぉ!!」
徐々に風が強くなってくる。後ろに引っ張られるような、体が浮きそうになる風力と音に息を切らしつつ振り返った。
細い竜巻が背後に迫ってきている。
他のゴブリンを巻き込む手の他に一本、確実に黄金の指と赤薔薇姫を狙う竜巻がある。
本体は既に見えない程遠くにあるというのに、まるでこちらを見えているかのように正確に狙っていた。
「追ってくる!追尾してくる!!感知してるのか!?」
「なんでよぉ!なんでわかるの!?こんなにいっぱい魔物いるのに!」
「そうだ、デコイ……!」
突然、黄金の指が赤薔薇姫の腕をちぎり取った。
ぎゃあああ!と悲鳴を上げる赤薔薇姫の断面を黄金の指から発せられた金色の炎で焼き、そして黄金の指のついていない反対の腕を引きちぎり同じようにすぐさま傷口を焼いて血を止めた。
仲間のゴブリンに持たせ直角に曲がるよう走らせる。
目前まで手が迫っていた。
「魔素を消せ!」
「なんでうでえええ」
「いいから!!人間の姿になるんだ!!」
叫ぶと同時2人の体が変化を遂げる。
赤薔薇姫の美しい赤い髪は茶色の強い赤毛となり、青白い肌に血色が宿る。射すくめられる瞳の色は栗色に彩度が落ちて、尖った爪は人相応の長さに落ち着いた。黄金の指に至っては、左程変わらない。どぶ色の滑った肌は反転したかのような白い肌に、ぎょろりとした瞳は黒に、白目は文字通りの色へ変わっていく。服は足元から2人の体を包み込むように変貌し体に巻き付いて、美しく若い赤毛の令嬢には緑色のドレスが、小太りで背の低い黒目の大きな壮年の男は燕尾服に変わっていった。
どこにでもいる令嬢とお付きの執事となった2人は、手下のゴブリン達と違いそのまま真っすぐ南下していく。
魔道具は魔物の魔素に反応して存在を知らせる。知らせの鈴がそういう構造だと分かったのもここ数百年の話だ。
大血戦を生き残った魔族達は、生き抜くために人間たちの中で長く潜伏してきた。形を変え、姿を変えるその中で、魔素をコントロールする術を覚えていった。
人間に化けることが出来るようになったのである。
それは騎士が持つ知らせの鈴を欺くほどの精度を誇る。
言われた通り人になり魔族や魔物特有の魔素を覆い隠したおかげで追尾の竜巻は本体に気付かず、彼らの腕を持ったゴブリンを巻き上げてその場を去っていった。
細く長い息が黄金の指から漏れる。
「ひとまず戻るぞ、港へ行こう。ブルーリッチまで歩く。来た船で帰るんだ」
「アタシの腕、痛いよぉ」
「命とられるよりマシだろ、さっさと歩けお嬢さん。身動きとれないってんなら種付けするぞ」
「やだぁアタシはおうじさまとけっこんするんだもん」
ひんひん泣きながらボロボロの赤薔薇を担いで森の中を駆ける。
スノー王国の開港されている港はいくつかあるが、その中の1つがブルーリッチ港だ。
王都直通の街道があるため、商人や旅人はブルーリッチに船を停めることが多い。
上陸してから王都まで全て破壊して回ってきた中で、いくつかの脱出手段を残してきた。
人の姿になったのなら、普通に出て行っても何ら文句は言われまい、と黄金の指は考える。
(そもそも人間は全部俺達ゴブリンの養分にしたんだから、見られるもくそもねーんだけど)
こうして魔族2人はまんまとスノー王国から逃げおおせることに成功したのだった。




