黄金の指 4
小さな石から聞こえてくる非道な思考に賛同する手下のゴブリン達は咆哮する。
咆哮と轟音でかき消されていたが、前線で戦闘中の騎士が黄金の指の声に似た命令に気付き、小さな石を掲げる一匹のゴブリンを発見した。
「まさか、おや――」
「ギャッギャッギャ!」
言い終わる前に頭を棍棒で強打され騎士の意識が飛ぶ。
気絶した体はその場で倒れ込み、いくつものゴブリンが抑え込むように覆いかぶさってくる。今までにない素早さで鎧を破壊し始めた。
先ほどの惨たらしい光景を目の当たりにした騎士達が恐怖を怒りに変え首を切り落とす。
「やめろ!!」
騎士達の息の合った連携によりゴブリン達は囲い込むことも出来ず一時退く。
「油断するな!一撃でも貰えば終わりだと思え!!」
騎士の一声で気絶から回復した騎士が大きく息を吸う。
定まらぬ視界の中介抱する騎士へ縋りつき声を荒げた。
「親子石だ!あいつら親子石を持ってる!!」
「なに?!」
「指示を受けている!!ゴブリンの統率のとれた行動は、全部物見のゴブリンからの指揮だったんだ!王の命を狙うよう指示を出されていた!王を守れ!!」
親子石はチャチャ岩石群でしか取れない特別な石だ。言ってしまえば、アドネル騎士団領にしか存在しない石である。現在市場に出回っているものなどなく、全てはスノー王国の管理下に置かれているはずだ。それを侵略者であるゴブリンが手にしているなどありえない。
だが、頭を強く打った騎士の妄言と断定するには先程のゴブリンの動きは早急すぎた。更に、魔物であるのに統率のとれた動きは確かに通常の魔物のとる行動とはかけ離れている。これを確信と捉えた騎士達はすぐに行動を起こした。
ハガネド、ノカ両名が報告を受け、ステイルの耳にも届く。
「通りで手こずっているわけだ」
理由が分かればどうということはない、指揮系統を粉砕すればいいだけだ。
当初の目論見通り。
「相手を魔物と思うな!同じ知性を持つ統率のとれた外敵と思え!」
周りの騎士がステイルの声に呼応するよう鬨の声を上げる。
「団長、このままいけば集中的に狙われちまいますよ」
ノカの不安はもっともだ。派手な甲冑に一目で王だと分かる装飾。
ここに王がいるのだと知らしめるための突出。
狙ってくれと言っているようなものである。
ステイルの策とは、自分が王になりすまし囮となって魔物の目を奪い、その間に一般兵と同じ甲冑に身を包んだ王が近衛隊を引き連れて避難所民を城まで誘導する、というものだった。
現に国王は雪の中でもよく生える栗色で3つの星模様を額に刻んだ大きな馬にまたがり先導し、一つ目の避難所へと向かっている。
ステイルはノカを一瞥し、口元を歪ませた。
悪い男の笑みである。
「覚悟はいいか」
「無論」
雪色に輝く巨大な山羊の手綱を握り細身の剣を掲げ高らかに叫んだ。
「アックエール!!」
「「アックエール!!」」
古くから騎士団に伝わる、突撃を意味する掛け声と共に、ステイルは真っすぐ黄金の指の元へ駆け抜けていく。
「このまま行くぞ!親玉の首を取る!!」
「もう遅い」
黄金の指は騎士から奪い取った剣を担ぎ壊れた物見の上で仁王立ちしていた。
「戦えば戦うほど不利になるこの状況を理解できていない時点でお前たちは負けてんだよ」
こちらへ一直線に向かってくる一部隊を上から見下ろし、ハイゴブリンに行く手を阻まれている様を見て困った子どもに言い聞かせるような声音で独り言ちる。
たとえ王のいる部隊にハイゴブリンが敗れようと、別のゴブリンが別の騎士を落とすだけだ。
王がこちらへ向かってくるが故に、こちらも迎撃する構えであると思い込んでいる時点で騎士の負けは確定しているようなものだと黄金の指は笑った。
「俺ぁただのデコイなんだよお嬢さん方」
分かりやすく、ここに大将首があると見せているのだ。ここにいる親玉を討伐すれば、ゴブリンの群れは指揮系統が乱れ散り散りに撤退し、騎士により殲滅されるだろうと、歴戦の騎士であればある程考えているだろう。実際に野生の魔物の習性はその通りなのだから。
だがこちらに意識を集中させたせいで、手薄になった場所がある。それは人間たちの避難場所だ。
こちらへ猛攻軍してくる王に魔物の目が集中しているうちに、人間たちが何をしたいのかを考える。人間は、損得勘定で動き、欲望が強ければ強いほどわかりやすい行動を取る習性がある。この場合、王は王であり続けるために何をするのかを考えればいい。民を城まで誘導したいのだろうと黄金の指は推察していた。
それ故に、仕込んでいたのだ。
避難民たちが今、避難所から飛び出してきた。騎士部隊が到着し、避難誘導を始めたからだ。
派手に街を破壊してきたのは、何も暴力が楽しいからという理由だけではない。
潜伏させるためだ。物陰に、瓦礫の中に、自分の手下は息をひそめて襲撃の時を狙っていた。
その数は、騎士の一部隊を優に取り囲めるほど。驚き慄く人間たちを、あとは好きに料理すればいい。
マーブルに揺れる石に向かって、合言葉を叫ぶ。
「俺様の勝ちだ!ゴブリン繁栄万歳!!」
両手を広げ全身に風を受ける。
一斉に隠れていたゴブリン達が躍り出た。
木霊する悲鳴、驚き体が固まるその一瞬でゴブリンは人間の体を抑え込むことが出来る。もはや見ずとも分かる光景に、黄金の指は震えていた。
ゴブリン生の中でこれほど清々しい気持ちになれたことはなかった黄金の指は、正に絶頂を迎えていた。
全てが上手くいった。王が自ら飛び込んだ罠に気付いたとしてももう遅い。全ては時間が解決してくれる段階まできてしまった。
吹き荒ぶ風に全身を撫で上げられ、まるで鳥にでもなった気分だ。
「そういや急に風が出てきたな」
黄金の指が再び目を開けると、北側の空がおかしいことに気付く。
(晴れている?いや、分厚い雲……いや?なんだ?晴れたり曇ったり忙しい空だな)
徐々に風が強くなっていく。
より強力に、ともすれば小さなゴブリンの体は浮き上がってしまうほどの暴風。
空を見ると天候が先ほどよりも荒れている。
北の空が信じられない程の曇天で、アドネル騎士団領辺りに至っては渦を巻いていた。
そして、とうとう空が落ちてきた。
「おいおいあの吸血ガール何やってんだ」
遠目から見ても明らかにそこだけおかしいと分かる程の異常気象。
傍で控える手下のゴブリンに手を伸ばし望遠鏡を受け取ると、確認するべく覗き込む。
が、すぐに何者かにより体を掴まれ揺さぶられた。
「パズ助けて!」
「だああ!誰だってんだ!」
声のする方を確認すると、傷だらけの赤薔薇姫が目の前にいた。
髪はぼさぼさ、目に涙を貯めてなりふり構わず飛んできたのが伺える。
何より彼女のお気に入りの服だと聞かされていたドレスがボロボロだった。胸元が裂かれたせいで肌が露出し、普段かっちりと着込んでいるだけに青白い肌が艶めかしい。
「おやおや、これはまた随分とボロボロじゃないかスカーレットお嬢さん。種付けしてほしいのか?」
「馬鹿な事言ってる場合じゃない!もう来てる、アタシたち殺される!!」
冗談まがいに手を伸ばすもまったく意に介さず赤薔薇姫は黄金の指の体を揺さぶり続ける。
抗う術を持たない黄金の指は情けない声を上げながらされるがままだ。
「なんだってそう思うんだぁあぁばばば」
「魔女が生きてた!」
決死の表情が間近で告げる。
嘘偽りない瞳の色と表情に面食らう。
これほどまで焦る姿を見たことが無かった黄金の指は戸惑ってしまった。
「はぁ?何を寝ぼけたことを……ん?」
スカーレットの背後に視線が奪われる。
北の空が降ってくる。そして降ってきた空はゆっくりと近づいてきている。
いいや空ではない。それは風の塊だ。
2つの球体がくっついている。歪な雪だるまのような形をした見た目だが、下の球体から無数の手が伸びていた。
触れた個所から魔物が浮き上がり、下の球体へ入ると手下たちが跡形も無く粉砕されていった。
滴る青黒い血は風に散らされて、雨雲となり球体の周りを漂っている。
竜巻だ。湾曲し伸びる数多の手を模した細い竜巻が地を空を撫で上げていくだけで、魔物は吸い込まれ消滅していく。
「……なんだあれは」
赤薔薇姫が震えている。
そして彼女が怯える元凶がとうとう王都へ辿り着いたのだった。




