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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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31/36

黄金の指 3

 舞踏場の大階段を降りてきたのは紛れもないアドネル騎士団団長ステイル・ボラトリーその人だ。

 切れ長の目にシャープな輪郭、色素の薄い直毛は項を隠し、細身ではあるがまったく隙のない立ち振る舞いは社交界でも通用する程洗礼されている。だというのに、鎧は青黒い汚れに塗れており、よほど急ぎでここまで戻ってきたことが伺えた。


「帰路の途中おかしな気配が南から押し寄せてくるのに気づきまして。戻るころには既にゴブリン達が大量発生していたものですから、少し遅れましたね」


 冷たい印象を与えるアイスブルーの瞳が、隊長2人を取り囲む貴族たちを震わせる。が、すぐに取り繕うような媚びた笑みを貼り付けた。


「いやあ、よく戻ってきてくれた騎士団長殿!」

「これで我々も安泰だ!」

「ご無事で何よりですわステイル様」


 近付こうとする婦人たちがステイルが塗れている青黒い汚れの正体に気付き後ずさる。

 街の南外周からじわじわと広がるゴブリンのベルトを突破して再び城へ舞い戻ってきた彼は、ここまでの道のりを一点集中で突破してきていたため、全身でゴブリンの血を被っていた。

 少し乾いた生々しい生き物の残留物に貴族たちは口を覆う。


「皆さま」


 いつの間にか喧騒は止み、ステイルの声がホール内に木霊する。

 演目のカウントインのごとく、甲冑の金属音と歩く一定のリズムは乱れない。


「我々はこれから市民救出作戦を開始いたします。この舞踏場から不用意に出ないようお願いします。それから、近衛隊隊長ノカ、守備隊隊長ハガネド両名共に、私は全面的な信頼を置いて隊長の座を任せております。彼らの指示には従って頂きますようお願いいたします」


 ノカは驚いた顔をしてステイルを見た。自分よりも幾分か若くして団長の座に就いた彼のこのような言葉を初めて聞いた為だ。ハガネドも同様に、ともすれば少し感動しているようで涙ぐんでいる。

 気付けば婦人の手から親子石が奪われ、団長の手に納まっていた。

 貴族からしてみても洗礼された所作は婦人を少女時代の乙女に戻し、夫が彼女を支える羽目になる。

 だが、彼の発言の内容を理解した途端、他の貴族たちは再び声を荒げ始めた。


「お前達騎士は命の優先順位を理解していないのか!?」

「王のいるこの城の守備を最優先にしろ!力を分散していたら守るものも守れなくなるぞ!」

「市民を救出中にハイゴブリンを増やされたらどうするんだ!」

「我々があのような惨たらしい最期を迎えていいはずがない!」

「王がいらっしゃるのだぞ!!騎士は我々と王だけを守っておればいいのだ!!」


 あまりの物言いにハガネドが堪えきれず前に出て叫ぶ。


「命は皆平等です!この国で生きるもの全て、騎士が守るべき尊い命!優劣をつけるものではありません!!」

「不敬罪だ!!王の命をそこいらの平民と一緒にするなどとんでもない!」

「民がいなければ国ではなくなってしまう!民は未来であると何故分からないんですか!!」

「民など失った分また女に産ませればよい!」


 婦人たちの顔色が変わった。

 扇子で顔を隠してはいるが目に剣呑な光が宿り、連れ添う男たちの中には賛同しようとする者が何人かいたが、彼女達からの威圧と冷ややかな一瞥に皆口を噤む。権力にあやかろうとしただけだ、などと言い訳にもならないことに気付けたのは幸運だったと言える。

 既婚者でもあるハガネドはその発言に大きな衝撃を受けていた。

 この国で騎士になった以上、力無い者の剣となり盾となるのが騎士の務めだ。女子どもは特にその対象だと考えている。そうなるために騎士になったと言っても過言ではない。ハガネドは嫁と共に過ごした時間や過酷だったお産時のことを思い出し、じわじわと茶褐色の短い毛が逆立っていくのを感じていた。青い瞳が怒りで燃えている。


「そうだ子作り政策をすればたちまち民の数も増えましょう!」


 自分と同じ年代の貴族男の発言で、ハガネドの怒りは爆発した。


「あなた方は女性をなんだと思っているのですか!!」

「我々が居なければ食うにも困る存在だ、どう扱おうと我々の自由だろう!?」

「これだから頭の固い騎士は好かんのだ!!政治の話に無能が首を突っ込むでないわ!」

「静粛に」


 はっ、と皆が息をのむ。

 ステイルは表情一つ変えず、再び階段の方へと戻っていた。


「王の御前です」


 跪く騎士団団長の姿を見て、階段上の気配に皆が顔を上げた。

 そこにはこの国最高権力者の姿。

 バルテマ・クロノス・ホワイト3世。やや白髪交じりのグレーの髪はオールバックで男らしいが、口ひげとヤギ髭が一緒くたのみつあみにされており、威厳ある風格であるのにどことなくチャーミングな印象を与えている。アイスブルーの瞳が踊り場から貴族たちを一瞥すると、皆我に返りその場で恭しく首を垂れた。

 大きな盾を手に甲冑に身を包んだ王の姿は神々しく、感嘆の声が漏れ聞こえる。


「民とは」


 王の声は低く、ホール全体に響き渡る。


「国の力」


 外では近衛隊が魔物を撃ち落としているというのに、ここだけは妙に静かだ。


「我が盾は」


 呼吸する音さえ聞こえてきそうなほど、空気が張り詰めている。


「民を守るための盾」


 声に抑揚はない。

 だが顔を上げずとも分かる。


「お前たちを守ろう」


 王は怒っている。

 先ほどまで騎士を囲み騒いでいた貴族たちは皆、全身が冷えていくのを感じていた。


「騎士も貴族も民衆も、この国に生きる者すべて愛すべき国民である」


 慈愛に満ちた王の言葉は、貴族たちの心を震わせ聞き入らせる。


「王の盾は、国民を守るためにある。優劣なく、すべからく、この国を守るためにある」


 尊敬、畏怖、あるものは先ほどの自分の発言に怯えながら。


「我が先導し城下の避難民を城へ誘導する」


 どよ、とホール内に動揺が走る。

 恐れ多くも、と先程の小太りな艶髭男が断りも無く声を上げた。


「しかしそれでは御身が……」


 王の身を案じていると全身で訴える彼に、国王は柔らかく微笑む。


「騎士が我を守ろうぞ。のう、ノカ」


 国王より直々に名を呼ばれたノカは跪いたままちらりと視線を上げた。

 長い時間守ってきたこの男からの信頼が、ノカの騎士としての魂を熱くさせる。誇りを尊重されることの喜びを噛みしめながら笑った。


「もちろんでございます」

「プギュー伯爵」


 次に国王は小太りの髭艶男の名を呼ぶ。

 名を呼ばれた瞬間肉厚の体がぶよんと跳ねた。


「は、ははっ」

「お主には、ここに避難してきた民達を任せたい。女、子どもを最優先に。守備隊隊長ハガネドの指示の下で、民を安心させてほしい。そうすれば、ハガネドも守りに徹することができよう。頼めるか?」


 王に名を呼ばれることは名誉な事ではあるが、これは頼みとは名ばかりの罰だ。

 彼はこの城から何があっても最後まで民を守らなければならず、逃げられなくなってしまった事実に唇を引き結ぶ。

 だが逡巡の暇すら与えられないことをよく理解していたプギュー伯爵は、冷や汗を隠しながらうやうやしく首を垂れた。


「王命とあらば喜んでお引き受けいたします」


 これでこの城に兵を集中させることはできなくなった。

 しかも守備隊長の指示の下で、という文言もつけられていたということは、行動が制限されているようなもの。

 他の貴族の目もあるため、下手な事をすれば伯爵として築き上げてきた地位を奪われかねない。

 それを見越しての発言だということを、爵位の高い貴族たちは理解していた。

 それでも婦人たちの目は厳しく、プギュー伯爵を見る軽蔑した視線は変わらないが。


「ステイルよ、今すぐ指揮をとり、我と共に行くぞ」

「仰せのままに。少し準備をしてまいります」


 立ち上がる団長に付き従う形でノカも同行する。

 あまり長く共にいる訳ではないが、わざわざ『少し準備をする』などと口にするのが引っかかり、少し身をかがめ声を潜めて問いかけた。


「ただの戦支度ではないのですか?」

「試したい事がある。魔族がどういうものか、我々は知る必要があるだろう?」


 肩越し振り返るステイルの顔は相変わらずの鉄仮面だったが、その目はいつもより輝いている。

 ノカはそれを緊張と警戒の光と捉えた。


(前の団長と違ってこの人は慎重だからな……情報を少しでも多く持ち帰り今後の対策に役立てるおつもりなのだろう)


 ハガネドと互いに目配せをして、足早にその場を去っていった。


「雪国男の恐ろしさ、とくと味わわせてやろうぞ」


 国王の言葉に、騎士も貴族も鬨の声で応えた。



***



「おんやぁ?なんだ?城の方が騒がしいな」

「ゴギャッゴギャギャッ!」


 手下のゴブリンが望遠鏡を持ってくる。それを手に取り城の方角を見た。


「ふむふむなるほどなるほど」


 狭い望遠鏡の視界の中に移り込むのは数多の騎士たち。避難所へ駆けていく部隊がいくつか、前線の戦力補強。上から見ると人がまるで流動体のように流れていくのが見て取れる。

 だが一部隊だけ、一直線に黄金の指の方角へ向かってきていた。

 馬や羊や山羊に乗りこちらへ向かって駆けてくるその中で、ひと際目立つ男を目視する。

 赤い飾り房を付けた兜をかぶり、杖、剣、盾を象徴としたスノー王国の紋章を入れたマントを纏い、雪色の大きな山羊で先頭を駆ける男。兜の下から覗くみつあみの髭にリボンがかけられ、戦場にそぐわないチャーミングさを醸し出す。細身の剣を携えるその男を守るように陣を取る男が5人。ゴブリン達の帯を切り開くように一点突破し物凄い勢いで向かってきている。

 状況確認を終えた黄金の指は暫しの沈黙の後、爆発した感情に任せてのたうち回るように再び腹を抱えて笑い始めた。


「大金星が自分から飛び出してくるなんて今日はどんだけツイてんだよ!城から先陣切って出てきたあの男はこの国の王じゃねーか!!」


 望遠鏡を再び手下のゴブリンに押し付けた黄金の指は、手に納まっている断面がマーブル状の石に向かって声を張り上げた。


「おいお前等!城から出てきた豪華な鎧のおっさんの首取ってこい!いや!やっぱやめ!生きたまま俺様の所まで連れてくるんだ!!人間の心を折りまくってやろうぜ!!」

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