黄金の指 2
「なぜこんなことに……どうして……」
「子どもだけは生かしてくれるって」
「馬鹿いえ大人になったら同じことをされるんだぞ!」
「結局俺達は魔物にとっての養分でしかないんだ……」
「やだよぉ!やだぁ!死にたくない!!」
「こんなこと許されると思っているのか!!」
「早く何とかしろ!お前たちにいくら費やしたと思ってるんだ!!」
すし詰め状態となった薄暗がりの中で恐怖が伝染していく。
聞こえてくる魔族の声を耳にした平民や貴族たちは戦慄し、冷静さを失っていた。
城には王族がいるが、非常時は階級問わず近くにいる者は皆城へ避難するよう通達されている。城がこの国一番堅牢で、被害を最小限に抑えることの出来る建築物だからだ。
城の近くに居ない者は、近場の指定避難所へ向かうことになっている。
避難所は3年前の王都襲撃から新たに作られ、城下町には計5か所点在しており、内平民街3か所、貴族街2か所、避難所守備部隊が各所ごとに陣を敷き現在防衛中だ。
遊撃部隊はゴブリンに奇襲をかけ数を減らしつつ、逃げ遅れた住人を随時近くの避難所へ送り届けている。
だが、人々を見つけて護衛しながら避難所へ合流する、というのが非常に困難であり、部隊分けされ展開している騎士の規模とゴブリンでは多勢に無勢の状態だ。
城下の避難所に居る限り、いずれ逃げ遅れた人々と同じ目に合うだろう。
避難民を誘導して城へ向かい、近衛隊と守備隊が守備陣営を敷いて遊撃隊がゴブリンの掃討をする、というのが彼らの理想的な布陣ではあったが、現場判断の現状維持を強いられている状況だった。
何より、先程まで共に戦っていた仲間の無残な死を目の当たりにし、彼らの士気は著しく低下している。手負いになれば執拗に狙われるため、ゴブリンを増やさない為にも油断できない状況が彼らの動きを鈍らせていた。
親子石を使い他避難所との情報連携はとれているが、城内に本部がある近衛隊・守備隊両隊長にコンタクトを取ろうと何度も呼びかけるも未だ応答がく焦燥が募る。
『ゴブリンの数が増え続けているためこのまま城下待機は危険です!城まで避難民を誘導、護衛する為の援護をお願いします!』
『ファーム通りにゴブリンが大挙!このままだと噴水広場前の避難所が壊滅する!』
『ハイゴブリンがこれ以上増えると手に負えなくなる!』
『隊長指示を!』
『城に避難誘導するための援軍を!』
『隊長!!』
実際彼等の声は城に置かれた親子石の親石より聞こえていた。
応答することができなかったのは、城に避難する貴族たちの妨害により、親石を手にすることが出来なかったためである。
避難時に聞こえてきた情報の恐ろしさとわが身可愛さによる貴族たちの暴走により、全てにおいて後手に回っていた。
「今すぐ城下を封鎖し城に戦力を集中させるべきだ!」
「そうよ!平民と貴族では命の重みは違うのよ!」
「我々を最優先に守るべきだろう!?その上で討伐していけばいい!簡単な話だ!この城を守り抜くことが騎士としての務めだ!!」
「まってくれ!私の家族がいないんだ、もしかしたら城下の避難所にいるかもしれない!」
「少ない犠牲で王の命が守れるのならよいではないか!子爵の座を頂いたくせに王に忠誠心はないのか!?」
「不敬だぞ!」
「いや、決してそんなことは……!」
スノー王国の国民性は雪国だが助け合い支え合う、温かみのある人情派が多い。
3年前の苦しい時期を共に乗り越えてきたからこそ得られたものだが、一部の貴族たちは違うようだ。
髭にまで艶を入れた小太りの男を筆頭に、見るからに高級そうな衣服に身を包んだ男女が2人の騎士を囲んでいる。
1人はこの王都ハレ全体を守る守備隊隊長ハガネド、もう1人は城を守る近衛隊隊長ノカという。
城内舞踏場に避難誘導された貴族たちは最初からこの調子で、ハガネドもノカも表面には出さないが辟易していた。
普段から腹に一物持っていた者たちは、恐怖と命の危機がスパイスとなって歯止めが利かなくなってきているのだろう。より過激な行動を取る彼らを諫めることも難しい。
簡単に言ってしまえば、極限まで高まった恐怖とストレスでなりふりかまっていられないのだ。
平民街から火の手が上がり、貴族街を取り囲むようにして火の海が広がっていく様はこの城からも見ることが出来た。恐らく避難時にそれを目の当たりにしたのだろう。
城は燃えることは無いだろうが、籠城するにも必要な物資が心もとない、ということを貴族たちはよく知っていたからこそ、隊長2人に平民達を見捨てて今すぐ城の守備を固め、討伐作戦へ移行しろと言っているのだ。
何故知っているのか、それは。
(お前たちが予算にケチ付けて蓄えを減らしたせいだろうが!!)
ハガネドの怒りは心の中に留まらず表情にも表れていたようで、隣のノカが肘で小突いて気付かせた。
大きな手で口元を覆うハガネドに変わり、ノカが冷静な声で語り掛ける。
「とにかく落ち着いてください、すぐにこの城が落ちることはありませんので。上空からの襲撃も近衛隊の騎士達が撃ち落としておりますから、外に出なければ安全です。子爵のご家族の方も指定避難所にいらっしゃるのであれば、今は大丈夫でしょう。ただ、現状が長引けば安全でなくなってしまうかもしれませんので、親石をお返しいただけませんか?部下の報告を聞いて指示を出さなければ」
「だから!その出す指示を我々の言う通りにしろと言っているのだ!何度言ったら分かる!」
「騎士達に戻ってくるよう指示を出せ!王を守るためにも戦力は必要だろうが!」
「もう3年前の悪夢はごめんだ!!」
上等なローブに包まれた親石は若い婦人に抱かれている。
布の隙間から漏れ聞こえてくる声をなるべく聴き洩らさぬよう集中してはいるが、ノイズが多く聞き取れずにいることに苛立ちが募っていく。
親石を奪い返すことは容易いが、無理に爵位のある者に触れると問題になってしまう。今後それを理由に騎士達に不利益を被るような無理難題を突き付けられてもおかしくはないため、2人は手出しが出来なかった。
頼み込むことしかできない自分たちの不甲斐なさと、指揮をとれないこの時間にも手塩にかけて育ててきた自分の子同然の騎士達がゴブリンの手にかかっていると思うと腸が煮えくり返る勢いだったが、それを表に出すことはできない。
「そうだ、団長は?アドネル騎士団の団長が来ていただろう!今日見たぞ!」
「団長がいらっしゃるの?あのステイル団長が!?」
「ステイル団長がいらっしゃるのなら安心だわ!」
1人の年若い青年貴族の言葉に婦人たちが騒ぎ出す。
アドネル騎士団団長ステイル・ボラトリーは若くして騎士団長の座に就いただけでなく非常に女性受けする容姿をしていたため、老若問わず貴族のファンが多い。
それ故に一部の貴族からは疎まれる存在でもあった。
「王への定期報告をしに来ているのだろう?今はどこにいる?早く連れてこい!」
「団長は報告後速やかに立ち退くようあなた方から厳命されておりましたので」
「なんだその言い草は!」
「まるで我々が悪人であるかのような物言いだな」
「事実を述べたまでですので」
「その態度も腹立たしい!非常時だからといって見過ごせるものではないぞ!」
「だったら拘束でもなんでもすりゃあいい。騎士の仕事すら出来ないんならこの国はおしまいだ」
突然のノカの冷めた言葉に貴族たちは更に腹を立てたようだった。
戦いの中で片目を失い隻眼であるこの男は剣聖とまで呼ばれるほどの実力者だが、現実は感謝も尊敬も威厳もない、ただの国の所有物である。肩書だけの自分の役職に嫌気がさしていた。
いっそここにいる貴族連中を全員殴って気絶させるか、と青い瞳に宿る不穏な気配にハガネドが気付き、慌てて彼の腕を掴もうとしたその時。
「厳命を破ってしまって申し訳ないが、私ならここに」
「ステイル団長!?」




