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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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黄金の指 1

 スノー王国【王都ハレ】。

 巨大な岩の城を中心に貴族街、平民街と3層に分かれているこの国の首都。

 雪原平野の丁度手前あたりに鎮座していた巨大な岩を元に城は作られたと言われており、500年前の戦いの中で多くの民を受け入れた最後の避難場所だったが、戦火を受けながらも大きな損傷無く民も無事であったことから、武骨ながらも堅牢な城としてスノー王国の岩の城は一目置かれるようになる。年月を重ね古い部分は修繕されながらも、現代まで大切に現状保存されてきた。

 アドネル騎士団領よりは劣るものの冬の積雪が多い地域であるため、土の上ではなく岩や石の上に家は建てられている。石と木が調和する街並みは昔も今も変わらない景色で、王都全体がこの国の歴史を物語っていた。

 人口はこの国一番の多さ、城下には立派な国立図書館や大衆サウナ等、平民が暮らしやすいよう公共施設も充実している。

 街なかは活気にあふれ、朝市が毎日開催されるほど。ファーム通りでは時々行商人が露店を出していることもあり、毎日貴族平民問わず沢山の人であふれかえっている。冬は雪が積もり店を出すのも一苦労だが、それを感じさせない程の工夫と暖かさがこのファーム通りの”売り”だ。大戦の後、家族以外でも助け合い支え合ってきたからこそ得られた国民性ともいえるだろう。

 流行もあり、食、衣服等の他に趣向品も多岐にわたり出回っている。最近は貴族街に新しく劇場が建てられ、芝居や音楽、歌等様々な芸術分野にも注目が集まり、製本技術の発展から、平民でもがんばれば本を手に取ることが出来るようになった。アンジェリカシリーズは、その代表的な作品だ。

 周辺には魔物が多く生息するため高い壁に囲まれており、物見や出入り口の大手門には常に王都守備隊が待機し街なかに魔物が侵入してくることもない。

 城下を守るのは王都守備隊、そして城、主に王族を守るのは近衛隊で、どちらもアドネル騎士団の分隊だ。

 3年前の王都襲撃を経て、城下町や貴族街等警戒し見回る騎士の数が増えていた。おかげで城下で起こる小競り合いも随分減ってきている。

 ポッコルやウェイトはこの王都ハレの平民街で生まれた。カエル貴族と呼ばれるジュノもこの王都にある貴族街出身で、ケケンは王都の一角にある貧民街出身だ。

 今年の1年生で王都出身者が多いのは、3年前魔物が突如暴走した王都襲撃による余波が大きい。

 未だ爪痕の残る街だが、それでも他国からの支援と復興活動により、以前にも増して人々は協力し支え合い、寒さを跳ねのけるような賑わいを見せていた。


 しかしその日常は、またも魔物によって壊される事となる。


「どんどん産ませろ!俺様がここにいる限りお前たちはすぐに成長することが出来る!安心して奪い!殺し!人間に子種を植え付けるんだ!ゴブリン繁栄万歳!!」


 城下は再び炎に包まれ、破壊の波に飲み込まれていた。

 崩れた物見の上で、醜悪な魔物が叫ぶ。

 肌はどぶ色、体毛は一切なく、黄ばんだ白目部分に青黒い血管が浮かび、爛々と輝くライムグリーンの瞳は明らかに人間とは違う瞳孔をしている。尖った耳にするどい牙と鉤爪、手や足は体に見合わない大きさで、少年程度の背丈をした骨ばった体つきであるのに、腹だけは太鼓のようにまるい異様ないでたち。

 街中で暴行の限りを尽くす魔物達と同じような姿をしているが、決定的に違うのはこの物見のゴブリンは人の言葉を話し、右手の指の一本が黄金色に輝いていた。

 特別な鉤爪の指で天を指すと、爪先から黄金色の波動が放たれる。

 城下町の中に蔓延るゴブリン達がエネルギーにあてられ咆哮し、そうして、おぞましい行為を再開した。

 男も女も見境なく、全ての人間に子種を植え付けていく。

 引き裂かれた服から覗く腹がみるみる膨らみはじめ、逆に母体は風船がしぼんでいくかのように精気が失われはじめる。張りのある肌は萎れた皮へ、豊満で肉付きの良い体は見る影も無く干からびていった。

 急速に肉体の栄養、養分が腹へと吸収されていく様は異様でおぞましく、戦い慣れしていない平民では尚更、恐怖で足がすくんで動けない。

 黄金色の波動に呼応するかのように胎動し皮膚を突き上げ、最後には自ら腹を破り生まれてくる姿に悲鳴が上がった。

 汚物と血にまみれた体は明らかに子どもの大きさではない。

 産声にしては太すぎる雄叫びを上げるとすぐさま仲間に加わり、恐怖で震えあがる人間に同じことを繰り返す。

 正に地獄絵図のような光景。

 それを作り出した張本人が、この物見の魔物だった。


 【黄金の指(パズ・エバー)】。ゴブリンの姿ではあるがれっきとした魔族である。


 手負いになった騎士がまた1人、手下のゴブリンに引きずられ彼の前にやってきた。

 崩れ落ちた血まみれの体は震えている。

 黄金の指は近づいて髪を掴み顔を上げさせ覗き込んだ。

 無精ひげだらけだが端正な顔立ちをしており、青い瞳は吸い込まれそうなほど透き通っている。人間でいう所のハンサムな男だった。


「あーあー、そんなになるまで頑張っちゃって。もういい加減諦めたらどうだ?」

「……で……け」

「あんだって?」


 あまりにも小さな声で聴きとれず首をかしげて尖った耳を近づける。


「でて……いけ……この国から……汚らわしい、汚物、め」


 きょとん、と黄色の目をまんまるに見開いた後、黄金の指は声を張り上げ笑い出した。

 文字通り腹を抱えその場で転がり周り、一通り感情を爆発させるとようやく落ち着きを取り戻す。

 そして笑いながら騎士の腹に子種を植え付けた。


「守るための騎士だっけ?てめえの腹すら守れねえのに一体何を守るってんだよ!この国の騎士ってやつはみんな馬鹿なんじゃねーか!?」


 下卑た笑いを響かせ、首を掴んで物見から引きずり磔にする。

 横には同じように磔にされた者たちが並んでいた。

 丁度城下から良く見える場所に陣取っているため、避難所にいる民衆にもこの姿は遠目から見ることが出来るだろう。黄金の指は声を張り上げる。


「よく見ろ人間ども!お前たちが心の支えにしている騎士の腹から、また俺の子が生まれるぞ!!」


 並んでいるのは今の今まで街を守っていた騎士達だ。

 鎧は破壊され体は汚物に塗れて悪臭を放つ。人では耐えられない匂いだが、ゴブリンはそうではないらしい。

 黄金の指が再び天を指し波動を生み出した。

 見る見るうちに磔にされた騎士の腹が膨らみ始め、比例し逞しい肉体は枝のように細く干からびていく。

 顔はこけ生気を失い、強く逞しい騎士の面影は失われ、痙攣していた筋肉もほどなくして枯れ枝のように縮んでいき、そして。


「お前達を守る騎士は俺達には叶わない!無駄な抵抗はやめろ!観念して身を差し出し!我がゴブリンの繁栄を祈りながら死んでいけ!!ガキは大人になるまで生かしてやるから残らず出てこい!!出てこないガキは全員殺す!!」


 腹が大きく波打ち、遂に内側から破られた。

 生まれる我が子を抱く代わりに、武器を手渡し戦地へと向かわせる。

 事切れ変わり果てた姿で磔にされた騎士達を、ゴブリン達は壁の上から突き落とした。

 磔のまま遺体は地面にたたきつけられ、血の一滴すら残っていない萎れた骨と皮は鎧の重みで砕け散る。

 騎士の体から生まれたゴブリンは他のゴブリンとは違い一回り大きく非常に筋肉質で戦闘力も高くなっており、ハイゴブリンとして騎士の相手をするべく前線へと駆けていく様を、黄金の指は崩れた壁の上の物見から優雅に見物していた。

 大手門から中心地へ向かうまでのファーム通りは特にひどい有様だ。

 壊れた屋台、露店の商品は全て踏みつぶされ、沢山の切り裂かれた衣服が散乱している。

 女ものの服が多い。その布切れの中に骨と皮が転がっており、たちこめる悪臭と今も尚続く命の冒涜が、歴史も復興の軌跡も破壊していった。

 殺した分だけ増えたゴブリンは、騎士がいる方へと大挙する。

 人々の心に再び絶望が植え付けられた。

 避難所の周辺では守備隊の騎士が隊列を組み守っているが、それも長くは続かないだろうことは想像に容易かった。



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