赤薔薇姫 1
時は少し巻き戻り、アデルが無事地上に降り立ちブルーノ森林地区へ駆け出した頃。
魔物の動きの変化に気付いたダートは「またよそ見か!?」と矢を放った。
同時に赤薔薇姫が攻撃を繰り出し、それを相殺する。
「ざーんねん!あんた達がこそこそやってることなんてとっくの昔に気付いてんの!応援を呼びにいってるんだろうけど、ただで行かせるわけないじゃない!」
「あははは!だっさぁい!」と続けざまにあざけり笑う少女は、可愛らしい顔をしながら醜悪な心を曝け出す。
そうして彼女の言葉通り、生み出された眷属、そしてヒル型の魔物をたくさんその身に宿した巨大蝙蝠がアデルの後を追いかけて行った。
進路に気付いたダートが阻害しようと狙いを定めるも、赤薔薇姫の際限なく生み出される魔物の群れに矢を放つこともままならない。
眼下の騎士達も同様、岩石群への攻撃と時折奇襲を狙った魔物による上空からの急降下に対処するだけで精一杯だ。
「飛んでる魔物からしたら走ってる人間なんて止まって見えるもの、あいつの体にはヒデラを沢山付けてるから、一匹でもあの子どもの体に食らいつくことが出来たら痛みも無く体中の血を吸いつくされて終わりよ!」
口ぶりからしてヒデラとは恐らくあのヒル型の魔物のことだろう。ダートは嫌悪感で顔が歪む。
彼女の声は甲高く、地上で戦う騎士にも、そして後方支援する訓練生達の耳にも届いてしまう。
フレデリックは落ちた魔物から回収した矢を抱えたまま、身を震わせていた。
音がすべて消える感覚。脳内で最悪の事態が連想されていく。
親友を失うかもしれない、という現実が青年の心臓に氷を這わせる。
だと言うのに、頭が揺れる程沸騰していた。
無意識の内に腰へ手を伸ばし、訓練用に装備していた剣の柄を確かめ握る。
ジーコがいち早く気づき、飛び出そうとするフレデリックの腹を体を使って抑えた。
「フレデリックやめろ、だめだ!」
「あいつ、アデルを、アデルが、あの女……!!」
「女じゃない魔族だ、頼むから落ち着いてくれ、アデルに頼むって言われただろ!」
「お前は心配じゃないのか!!」
「心配に決まってる!でも、ここで俺達が出て行って何になる!?俺達は訓練生なんだぞ!足手まといになるだけだ、役目を果たせ!」
ジーコはしっかりと目を見て告げた。
真実の気迫が幾分か沸騰した頭を冷やしてくれる。
彼の言葉がもっともだということは、身をもって理解していた。
アデルについていけるだけの身体能力も無く、騎士達と共に戦えるだけの実力も無い。赤薔薇姫の攻撃も、目で追えないものがほとんどだ。
未熟な自分が飛び出したところで、場を搔き乱して終わるだけ、何なら騎士にとって守るものが増え、攻撃の隙も突けなくなる。
それだけは絶対に、してはいけないことだ。この魔族を倒したいなら尚更。
「……くそっ!」
悔しさと歯がゆさがフレデリックを苛むが、それ以上に赤薔薇姫が、魔族と言う存在が憎くて仕方が無かった。
自分にもっと力があれば、と己を責めるフレデリックの傍に、攻撃を回避したダートが降り立つ。
「だったらなんでお前はずっと俺と戦ってる!?」
片眉を上げ見下ろす少女の目は冷たい。
フレデリックとジーコの腕から矢の束を補充したダートは、再び岩石の壁を跳躍して登っていった。
小窓の小さな穴に片足を引っ掛け、壁に足をついてふんばり、壁に垂直に立っているようなとんでもない姿勢で弓を構える。
「分かっていたら直接叩きに行くはずだろうにそれをしない理由はなんだ?お前は魔物の目を通して分かると言ったが、これだけの数だ。どの魔物の目かきちんと把握できていないんじゃないか?本当は、魔物を生み出し動かすだけでかなりの労力なのでは?」
放たれる弓は薔薇姫の全身に狙いを定めていた。
頭、手、足、胴、心臓。何本かは眷属と爪で払い落としたが、残りの何本かは見事に彼女の体に刺さっている。
しかしどれも急所には至らなかったようだ。忌々しそうに顔を歪ませ無造作に矢を引き抜く様は、痛みを感じているようには見えない。
だが、ダートは不敵に笑った。
「さっきまでならこの矢も全部避けれただろう、なぜ避けられない?!」
確かに、天辺で戦っていた赤薔薇姫の動きと比べ精彩に欠ける。
矢を折り放り投げる赤薔薇姫は、自分のお気に入りのドレスに空いた穴を指先で確かめた後、分かりやすく怒りを露わに動き続けるダートを睨みつけた。
「それはお前が魔物の目や魔物そのものを操っていることに能力を裂いているからじゃないのか!?」
魔物の目を借りてアデルを追跡出来ていたとしても、ダートの言う通り能力を同時進行で使い続けているのなら、こちらが疎かになることもあるかもしれない。
能力の使い方は個人の器用さによるものも大きい。赤薔薇姫は魔族だが能力の使い方が不器用なタイプなら、同時に発動している能力を最大限のパフォーマンスで駆使することは難しいのかもしれない。
ダートは戦いの中でそれを見抜き確信に変えたようだ。動きに迷いがなくなり、攻撃するタイミングや手数も格段に上がってきている。
フレデリックもジーコも、先ほどの不安が薄れていくのを感じていた。
戦いながら弱点を見抜く洞察力、どのような足場でも安定して矢を放つ卓越した技術、そして格上だろうと行動パターンを読み戦い続けることが出来る戦闘能力。これがラバヤンシュに選ばれた男の技量なのだと見せつけられ、白を基調とした鎧に身を包む男達への憧れが更に強くなる。
打ち取れる。2人の訓練生の心に希望が宿った。
「調子にのる小物ってどうしてこんなに滑稽なの?理解できない程知能の差があるのかしら」
赤薔薇姫が片手を額に当てて嘆く。
憐れむような視線がひたりとダートに張り付いた。
そして美しく少女は微笑む。
「でも、アンタの挑発乗ってあげる」
彼女の体に空いた穴から赤い血液が流れ出てきた。
それは空中で1つの玉となり、彼女の足元へと降りていく。
くるくると自転している指先程も無い水球の周りに、赤い霧が発生し始めた。
「魔王様復活の為、何よりお父様の為に、アタシはこんな所で留まるわけにはいかないの」
赤薔薇姫の決意がそうさせるのか、瞳の輝きがどんどん増していく。
傘を閉じて柄を握ると、真っ赤な水球を突き刺した。
「血姫変身」
高らかに宣言する声に呼応するかのように、地上の騎士達の血と遺体が水球へと吸い寄せられ始めた。
自転する動きに追随し回転しながら、それは1つになっていく。
肉塊は吸い込まれた途端蓄えていた水分全てを搾り取られて霧散した。
そうして小さかった血の玉は巨大化し少女1人のみ込める程大きくなると、突然重力に従うように彼女の体が落ちた。
どぷん、と重たい水の音を響かせ、赤く不透明な水の中で鈍い光が灯る。
影が胎児のように丸まった。
2度胎動したかと思うと光は収まり、自転も止まる。
異様な光景に騎士達は息をのんだ。
鉄臭さが蔓延する曇天の空の下、足先が水球の下から姿を現す。
滴り落ちる血と共に閉じられた両足、膝、太ももまでやってきて弾かれたようにスカートが現れた。黒いドレスは大量の血を吸い込んで深い赤に染まっている。
まるで産み出されているようだ。
腰、胸、顔、そして、赤の名残を毛先に残し他は真っ白となってしまった髪、腕、肘、最後に傘の柄を握った手が現れると傘を開きその場で大きく回して肩に添えた。
可愛らしい小さな傘の内側から、血の雨が降り始める。
赤い水球が彼女の傘を満たしていた。
雨を防ぐはずの道具が雨を降らし続けているにも関わらず、彼女の体はまるで濡れていない。
いや、触れたそばからその血を体が吸収している。
閉じられていた瞼が開いた。
赤い瞳は金色に変わり、白目部分は真っ黒になっている。笑う唇はより赤く、スカーレット色に染まっていた。
「茨の円舞曲」




