一人の魔女 5
「ところで、お前さんは大丈夫なのか?その巻き付いているものは何じゃ、今はどこにおる?これは一体何だ?」
伸ばす手が映像に触れると、触れた個所から揺らめいて乱れるだけに終わる。
反対側から覗き込んでも変わらず見える景色に、物珍しさが勝っているようだ。
「ヨギドさん、信じられないかもしれないが、おれ今、かつて魔女の里と呼ばれていた場所にいるんだ。深淵の魔女に会って、魔法で繋げてもらってる」
「なんじゃと?!」
流石のヨギドも動揺して声を荒げた。
それほどまでに今目の前で起きていることの衝撃が大きかった。
ヨギドは視線を四方へと走らせ、アデルの背後を注視し、そして逡巡した後静かな声で告げた。
「……信じる」
「え?」
「お前さんがわしに嘘を吐いたことは無い。それにこんな芸当普通の人間に出来るはずも無いじゃろうし。深淵の魔女様は、おそばにおわすのか?」
「いるよ。今この黒い糸でおれのことを治してくれてるし、この映像は魔女の手の中で繋がってるんだ。声も聞こえてる」
「そうか……アデルを助けてくださり、まことにありがとうございます。その子はわしの最後の息子、この御恩決して忘れませぬ」
わしの息子、と言われたアデルは下から上へ痺れにも似た感動が肌の上を駆け抜けていくのを感じた。
身を震わせてそれを逃がし、ちら、と魔女を見る。
輝く瞳に気づいた魔女が小さく息を吐いた。
「構わん。この少年の勇気と献身への褒美でもある。事が終わってから無事に返そう。それから、魔族は私が対処する。お前達は救援物資を多く持っていきなさい」
ヨギドが何かを言う前に魔女の両手が再び重なると、映像も手の中で縮んでいき音も無く消えた。
魔族は私が対処する、という言葉に驚く間もなく、魔女が手をかざすとどこからともなく箒が飛んできた。
立派で武骨な柄を持つ大きな箒が、彼女の目の前までやってくると突然湾曲し粘土のようにひとりでにこね回され始める。そうして色を変え形を変え、箒は木と藁と不思議な装飾をつけた見た目から、見るからに柔らかくふかふかそうなベルベッドのカウチソファへと姿を変貌させた。
土の人型に抱き上げられ魔女が浮いたソファに座らされる。足まで丁寧にソファの上へと寝かされて、さながら淑女が部屋でリラックスしているかのような姿にアデルは虚を突かれてしまった。
自分の体を両側からがっちりと掴み持ち上げる土人形への対処が遅れる。
「何だ!?」
「私は今から魔族の対処をしに向かう。治療に割く時間が勿体ないのでお前も連れて行く」
魔女の足元に放り込まれアデルは成す術がない。
有難い申し出ではあるが、先程の魔女の姿を見ていただけに躊躇いが生じた。
「しかし、人間とはもう共に戦わないと……」
「そうだな、もう共闘はしたくない。だから私1人で戦う」
「ここから出たら再びあなたの体の時間が進み始めるのだろう?その傷は治っているのか?」
「無論だ。見た目は治していないが、傷自体は癒えている。他に何か?」
「隠居したと言っていたから、てっきりもう戦うつもりはないのかと」
「……魔族は魔王が生み出したものだ。500年前の戦いで無力化したと思っていたが、今になって出てきたということは何か思惑があるのだろう、それを見極めなければならない。戦うつもりはなかったが、あの封印を脅かす者が現れると言うのならそうも言ってられん」
確かに、この500年間魔族が出現したと言う話は見たことも聞いたことも無い。文献に残されている者は全て、魔王との戦いを最後に一切の記録は残っていなかった。
カウチに肘を乗せ頬杖を突く魔女がゆっくりと瞬く。
ふ、と柔らかく笑う様が美しい。
「心配してくれているのか?」
「当然だろう」
「最後の魔女だから?」
「え?」
大きなアーモンド色の瞳が魔女を捕らえる。
そして何でもないことのように告げた。
「関係ないだろうそんなこと」
あどけない顔で首を傾げながら告げるアデルに、あはは、と声を上げ魔女が笑った。
何故笑われているのかアデルにはわからなかったが、望んでいた笑顔を見ることが出来て胸が満たされていく。
何気ない答えがどうやら気に入ったらしい魔女は、指を立て天へ向けて円を描くように一度まわした。
指の動きと同じようにソファの上から薄い膜がゆっくりと構築されていき、膜は球体となってソファごと包み込んでいく。
「お前のような素直な人間はいいな」
どきりとする言葉を平気で言う魔女に、アデルはこそばゆいような走り出したいような居心地の悪さを覚えた。
魔女が気だるげに頬杖を突いたまま片手を上へ払うと、薄い膜の球体が上昇し始める。
「な、なんだこれは、飛んでるぞ!」
「あまりはしゃぐな」
周りのウルネルラの木や枝に引っ掛かるのではと危惧したが、球体の形に添うように木々が避けている。
というよりも、球体に触れた個所が水滴から生み出される波紋のように歪んでいる。呆気にとられ固まったアデルをよそに、球体はとうとう木の上へと辿り着いた。
確かに、今まで自分たちのいたところはブルーノ森林地区の森の中だったのだと眼下に広がる景色を見て確認することが出来る。
アメジストパレスも近い。聳え立つヒュド山脈に君臨する紫色の城は、今朝見た状態と変わりは無かった。
危惧していた痛みや重度出血の症状や倦怠感、疲労感等は森を出た後も感じなかった。いや、実際には感じていたが、前後不覚になるほどの眩暈や立ち上がれない程の倦怠感や疲労は無く、まだ多少の貧血症状はあるものの気絶するほどの痛みも苦しみも無い。
黒糸による癒しの力が成せる技なのだと理解できるが、これほどまでとは思わず魔法の凄さを改めて見を持って感じていた。
突然、魔物の咆哮が響き渡る。
先程まで執拗に追いかけていた巨大な蝙蝠の魔物がこちらに気付いたのだ。
そして目前まで迫ると大きく羽ばたき体に付着していたヒル型の魔物を飛ばしてきた。
ヒル型の魔物は体をくねらせ口を開けて飛び掛かってくるが、球体の膜に触れると一瞬にして干からび消滅した。
魔物は何が起こったかのか理解できず、直接攻撃を仕掛けようと突進してくる。
が、薄い膜に触れた瞬間、やはり巨大な蝙蝠も一瞬にして干からび跡形も無く消えていく。
「な、なにが……」
目の前で繰り広げられるあまりの出来事に言葉が出てこない。
先程まで自分を追い詰めていた魔物達の呆気ない最後にどう反応していいのか分からず、ぎこちない動きで隣へ顔を向けた。
魔女は変わらずリラックスした状態で事も無げに告げる。
「魔物の中に宿る魔素を全て吸収しただけだ。あまり自分の魔素を消費したくはないのでな」
本当に、彼女からしたら何でもないのだろう。
触れただけで魔素を吸収されて絶命し消滅していく魔物の存在など、火に飛び込む虫と同等なのだ。
人間にとって魔物は脅威である。しかし魔女にとっては、手ごろなエネルギーストックなのかもしれない。
翻された指先の方向へ進み始める球体の中は無風であるのに、外の景色はとんでもないスピードで流れていく。
黒い繭と魔女を乗せたふかふかのカウチソファは、あっという間にアドネル騎士団領へと辿り着いた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「お前の首その体から切り離してやる!!」
「イケメンが激高してる顔ってほんとサイコー!」
フレデリックが岩石の天辺で魔族と対峙していた。




