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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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赤薔薇姫 2

 傘の淵から落ちた赤いリングが彼女の腰回りで止まる。

 揺らぐこともぶれることも無い、重力に反し、ただ水平に佇むそのリングを見た瞬間、ダートの第6感が危険だと告げた。

 無意識に飛んだ体に気付くと同時、トシュン、と奇妙な音が耳に届く。

 元居た場所へ視線を落とすと、リングから確かに伸びていた赤い線は瞬く間に消え、岩肌には小さな穴が空いていた。

 割れも欠けもない、くり抜かれたかのような綺麗な丸だ。赤く塗れている。

 認識した瞬間、連続してリングから線のような細いものがダート目掛けて伸びてきた。

 今度はしっかりと予測して足をさばき目は反らさない。

 まるで波のように襲い来る細い線の弾幕を避けることに専念する。

 岩肌へ残された名残とダートの高速で動く魔物も仕留める鷹の目が、その真実を見抜く。


「噴射か!」


 糸のように細く見える赤い線の正体。それは、圧縮され超速で放たれる血の噴射によるものだった。

 音が少し遅れて聞こえてくるほどの速さでリングから噴射された血の水流が、ダート目掛けて放たれている。

 リング自体もただの赤い輪ではなく、超高速で回り続けている圧縮された流動体だ。降る血の雨を吸収し続け表面は平らで滑らかな固形の輪のように見えるが、止まって見える程音速で回り続けている。

 当たれば肉を貫通し骨をも砕くだろう事は容易に想像できた。掠るだけでも致命傷とみるべきだろう。ダートは先ほど感じた自身の第6感が正しかったことを理解した。

 避けた先に弾幕のごとく線が降り注ぐ。

 細い赤の束はまるでカーテンのように逃げ道を塞いでいく。

 柔らかい動きに見合わない殺傷力で、岩を引っかく細い線が幾重にも重なり跡を残す。

 幸か不幸か新たな足場がそれにより生まれ、ダートは岩肌を自由自在に飛び回り回避に専念することが出来た。

 それよりも気にかけるべきは、先程ダートがやって見せた矢の弾幕包囲網と似た動きを今、赤薔薇姫がやっているということだ。

 学んでいる。

 この短時間でダートの戦い方を学び、そして自分の技と組み合わせることでより手強くなってしまった。

 手数も多い。スピードも先程までと比にならず、避けることに精いっぱいで弓をつがえる暇がない。

 掠った血の衝撃で体が回転し、逆にその遠心力を利用し跳躍してもすぐに軌道修正された赤の束が追尾してくる。

 ダートはいよいよ赤薔薇姫が自分に本気になったのだと理解した。

 体が高揚してくる。


「そうだ、俺を見ろ、魔族の全てを俺に見せろ!!」


 壁を走っているように見える程強靭な体幹と脚力で再び天辺まで移動を開始する。

 見逃さない赤薔薇姫は飽和攻撃を開始し、細い糸の束が彼の行く手を阻む帳のように包み込む。

 寸での所で回避し、フェイントをかけて少しずつ天辺へ向かっていくダートもやはり只者ではない。動きながら視線は驚異的な威力を発揮している茨の円舞曲(アンキデス)から反らさなかった。

 打ち込まれては再びリングに戻っていく血液を見て、1滴たりとも手放したくはないのだろう、赤薔薇姫の血への執着が攻撃にそのまま現れていることに気付く。

 攻撃を連続で仕掛けてくるが、それは本当の意味での連続ではない。波状攻撃の収束するタイミングでは血を回収するためほんの僅かな間が生じている。

 更にダートの得意な弾幕包囲網攻撃を柔軟に取り入れる器用さはあるが、手数が多い分上手くコントロールが出来ていないようにも見えた。

 攻撃の威力も速度も変身前と比べ格段に向上しているが、回避に専念することでダートの体はこの攻撃スピードについていくことが出来ている。

 もちろんラバヤンシュで培われた経験や弓兵としての回避能力にたけているという部分もあるが、それらを差し引いても彼女自身能力のコントロールが不得意なのかもしれないと推察し、自分が考えた仮説がますます確信に変わっていく。


『どんな魔物にも癖はある。攻撃を仕掛けるのなら尚更、その癖は技を放つ上で必要な前動作になってくる。それを見極めることが出来なければ、弓兵は死ぬ。ラバヤンシュとしてこの地で生き抜きたいなら、それを戦いの中で見つける目を養うことだ』


 かつて弓兵の限界を感じ心が折れかけていた時、横たわるベッドの傍で告げられた先輩騎士の言葉が、今の自分を救ってくれている。

 現時点でこの魔族を倒すことはできないだろう。自分の実力では本当の意味で追い詰めることは不可能だと最初から分かっていた。

 気をひく事が重要で揺動を第一優先としていたが、1つでも多くの魔族に関する知識や赤薔薇姫の行動パターンを見極め、得た知識を持ち帰らなければという欲が出てきた。

 次出会った時、この魔族を倒すため、必ず騎士達へ通達させなければならない。

 攻撃時の癖や予備動作を、一瞬たりとも見逃さない。

 今の自分になら出来ると、ダートは信じていた。

 不意に、赤薔薇姫の動きが止まる。

 虚空を見つめ瞳孔が縮む。

 ここではないどこかを凝視している瞳が揺れた。


「とった」


 呟いた言葉の意味を理解出来なかった。

 湧き上がる快感と狂喜に身をよじる赤薔薇姫を隙と捉えたダートが矢を放つが、赤いリングが音も無く広がり、まるで柔らかい布に受け止められるかのように矢は威力を削がれ重力のまま落ちていく。

 変幻自在に形を変えるリングを見て、防御も兼ね備えているのかと舌打ちした。


「アンタたちの希望のガキ、終わりよ!!」

「なんだと!?」


 愉快でたまらないという感情を隠すことなく体を折り曲げ、彼女は続ける。


「ヒデラは一度食らいついたら自然には剥がれない、噛まれている痛みも感じないから気付かないうちに体中の血を吸いつくされ失血死するわ!あはははは!元気いっぱいに走っちゃって、血が巡れば巡るほど死が早まるってのにそれにも気付けない!気付いた頃にはもう遅い!」


 全身で表す喜びようは嘘を言っているようには見えない。

 信じたくは無いが、もし、今の言葉が真実であるなら、確かに生存確率は著しく低くなる。とった、という言葉は、決定的な物だった。

 そうなったらアデルの命は?任務は?救援は来るのだろうか?

 ダートの心に迷いが生じ、それを赤薔薇姫は見逃さない。

 真っ赤なリングから伸びた赤い線が孤高の弓騎士の体に繋がる。


「ぐあ……っ!」


 遅れてやってくる音と激痛。失いかけた意識をどうにか繋ぎ止めた。

 茨の円舞曲(アンキデス)は腸を貫通した後大きく脈打ちポンプのごとく赤薔薇姫へ供給を開始する。


「ぜーんぶアタシがもらってあげる」


 残酷な笑みが美しい。

 無意識の内に体が震えだす。

 吸血鬼本来の欲望をむき出しにした彼女の目は正に獲物を捕らえた獣そのものだ。

 血を渇望するむき出しの執着。

 赤い線を断ち切ろうとダートはもがく。

 痛みに気が遠くなるが、この状態で意識を手放すことは死を意味する。気絶する訳にはいかない。

 ここまで来て、得た情報を何も残せず死ぬなんてまっぴらだった。

 震える指を戒め眉間目掛けて矢を放つ。

 放つと同時に数多の赤い線が全身を貫いた。

 頭や心臓を狙っていない。致命傷となる部分を避けた貫通は、しかし確実に死に至る攻撃だった。


「な……ぜ、一思いに……」

「殺さないかって?だぁって、生きたままのほうが美味しいんだもの。だからね、長く、ながーく、アンタを生かしたまま吸い続けてあげる」


 白い髪が風にたなびく。

 揺れるスカートにあわせて蝙蝠型の魔物が幾重にも羽ばたき生まれていった。

 赤い唇は綺麗な三日月のまま。

 少女の皮を被った化け物は優しい声色で語り掛けてくる。


「わかる?どんどん体は冷えていく。頭はふわふわ、くるくる世界が回ってく。自分はもう助からないのだとその目に焼き付けながら、アンタは死んでいくの。人間の分際で、それもたった1人で、このアタシに勝てると思い込んだ傲慢さがアンタを殺すのよ」


 赤薔薇姫は愉快で仕方がない。

 あれだけ虚勢を張って子犬のように吠え噛みついてきた矮小な生物を征服する快感で満たされていく。

 貫通した全ての線が一斉にダートの血を抜き始めた。


「っひ……!」


 引きつった喉から漏れ出たのは息を吸う音か、それとも悲鳴か。

 一度吸われるごとにダートの体はみるみる干からびていく。

 肌は青白く、顔から生気は薄れていった。

 逃れなけばならないのに腕に力が入らない。

 今自分が立っているのか横たわっているのかすら分からなくなった。

 ダートはもはや、思考する事すら出来ず虚空を見つめることしかできない。


「錬気発動!全速疾風!!」



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