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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス

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1.賢哲会議極東支部(前)

「ヴァル、アルシアさん。しばらく帰ってこれないけど、勇人の面倒はちゃんと見るから安心して過ごしてね」

「いやいやいや。それ、朱音が言うのかよ」

「任せて」

「ヨナもかよ」


 ダァル=ルカッシュが開いた次元門(ゲート)の前で、最も付き合いの長い幼なじみとアルビノの少女の物言いに頭を抱えるユウト。

 咲き誇る桜の木々も、今はもの悲しい。


 賢哲会議(ダニシュメンド)との交渉のため地球へと旅立つユウト、アカネ、ヨナ。

 そんな三人のやりとりに、真紅の眼帯を外したアルシアが目を細める。


「ヨナは、ちゃんと二人の言うことを聞くのよ。アカネさんも、無理をしないでね。ユウトくんは……そうね。信じているわ」

「なんだろう。どうせ無茶をするんだろうけど、綺麗に収めてくれるのよねって言われてる気がする」

「……具体的な言葉にすると、そうなるのかしら」

「以心伝心ということにしておこう」


 新婚夫婦の会話としては、どうなのか。

 ユウトとしては、首を傾げざるをえないところだが、その思考はアルシアの控えめな声で中断させられる。


「それよりも、ユウトくん」

「ん?」

「忘れていることがあると思うのだけど」

「忘れ物……?」


 疑問が口から出ていたが、それは反射的なものでしかない。アルシアの表情――うつむき、頬を染めている――が答えだった。


「うんっ、んっ」


 咳払いをひとつ。

 続けて一歩近づき、エグザイルはともかくラーシアがいなくて良かったと思いつつ、ユウトはアルシアの肩を抱いた。


「行ってきます」


 そして、可憐な唇に口づけをする。


 ヴァルトルーデも、アカネも。もちろん、ヨナもなにも言わない。

 見て見ぬ振りをする情けが、ユウトの妻と婚約者と自称未来の第四夫人には、存在した。最年少の少女は、目を爛々と輝かせていたが。


「これで、私たちの指輪が稼働状態になったわね。向こうに行っても、役に立つと思うわ。もちろん、使わないのが一番だけれど」


 初々しく言い募るアルシアを微笑ましく思いつつ、ヴァルトルーデがアカネの手を握る。


「ユウトの手綱を握ってくれるということで、安心した。よろしく頼むぞ、アカネ」

「ヴァルが冗談言うなんて珍しい――」

「ユウトは、目を離すとなにをするか分からないからな」

「本気だった!」


 ここまで言われると、ユウトとしても黙ってはいられない。どれだけ信用がないのか。


「ヴァルと離れたときに、そんな変なことはやってないだろ」


 反論材料を探すため、ユウトは過去の行状を思い出す。


 リ・クトゥアに行ったときは、カグラたちをこちらに移住させた。

 ゼラス神から二度目の報償を賜った際には、神の来臨を願った。

 ヴェルガとデートをしたときには、催眠をかけられた。


「……すまん。俺が悪かった。気をつける」

「この一分にも満たない間に、なにがあったのよ」


 反省どころか落ち込むユウト相手では、アカネのつっこみも精彩を欠く。


「そこまで効き過ぎると、悪いことをしているような気分になるが……」


 ちょっと困ったような表情で――それがまた、可愛いのだが――ヴァルトルーデがユウトを見上げた。


「心配するなと言われても、無理なのだ」

「そりゃそうだ。俺だって、ヴァルが無茶しないか心配だよ」

「だから、お互い、心配しよう。そうすれば、きっと、大丈夫だ」

「……ヴァルは、たまに天才だな」


 そう言って、ユウトは愛する妻を抱き寄せキスをする。


 そのまま、たっぷり数分。

 二人は身じろぎひとつせず、ひとつになった。


「次、キス」

「しねえよ」


 ユウトとヴァルトルーデが離れると同時に、ヨナがおねだりをしてくる。

 だが、ヨナの額を指で弾いて、ませたお願いは却下した。


「うー」

「でも、あたしにはしても良いんじゃない?」

「アカネ、ずるい」

「くっ、勇人とヨナちゃん、どっちを選べばいいの」

「そこは、俺を選んでほしいけどなぁ」


 かといって、アルシアやヴァルトルーデと同じようにしたら、ヨナが拗ねてしまいかねない。

 妥協点として、アカネの前髪をかきあげ額に口づけをする。


「向こうに行ってる間に、奪う」

「……どういう、宣言だよ」


 いつになく積極的なヨナに苦笑を浮かべつつ、ユウトたちは次元門を越え地球へと向かった。





 一瞬で世界間を移動したユウトたち。

 地球では平日のため、家には愛犬のコロしかいない。会えない期間を埋めるかのように、ユウトはスキンシップに勤しむ。

 ヨナも一緒にブラッシングをしたり、室内だがボールを投げて遊んだりと、満喫した。


 アカネも、その様子をスマートフォンで撮影し、別の意味で満喫した。ラーシアがいたら、「似たもの夫婦だね!」と揶揄していたかもしれない。


 迎えに来た真名が出くわしたのは、そんな光景だった。


「……センパイたち、なにしに来たか記憶はありますか?」

「コロと遊びに来た」

「遊びに」

「撮影に」

「はいはい。行きますよ」


 ――というやりとりを経て、マンション前に一時停車していた真名の車に乗り込むこととなる。

 ハイブリッド車の助手席にユウト、後部座席にアカネとヨナが並んで座った。さらに、そこにはエメラルド色のタブレット……マキナが置かれていた。


「皆様、お久しぶりです」

「ああ。話すのは久しぶりだな、マキナ」

「地球では、会話もままなりませんね、教授(プロフェッサー)。まあ、こうして実力を隠すのも嫌いではありません。面倒くさいことを避けられますからね」

「なんか、あれこれに毒されてない?」

「ネットの世界は広大ですが、情報収集は万全です」


 処置なしだと、アカネは苦笑を浮かべた。いや、正確には、手遅れか。

 とりあえず、興味津々なヨナへ、マキナを手渡す。


「あ、そこを突っついてはいけません」

「どこ?」


 後ろから変なやりとりが聞こえてくるが、まあ、簡単に壊れはしないだろう。

 ユウトはシートベルトを締めながら、ふと思い出したように、真名に尋ねる。


「平日なのに、学校は?」

「それ、勇人が聞くと、微妙な感じがするわね。あたしが言えたことじゃないけど」

「心配無用です」


 運転席でミラーの位置を調整しつつ、真名はなんでもないと言う。

 

「出席日数なんて、どうとでもなりますから」

「そういうことではないでしょう、ご主人様(マスター)。クラスメートと積極的に交流して。せめて、休み時間に話をしたり、学校行事には参加しないといけません。高校時代の友人は、一生の友人なんですよ。せっかく、通話アプリをインストールしたのに、まったく使わないんですから」

「……しばらく会わない間に、おかんみたいになったな、マキナ」

「ネットで情報収集をした結果トレンドのようでしたので、ママになってみました」

「どういう流行だ」


 国どころか世界から離れた身であるが、ここが故郷であることは変わらない。できれば、あまり変わらず、そこにあってくれると嬉しいところだ。


「それで、根本的な確認をしたいんだけど」

「あたしも、聞きたいわ」

「免許、持ってるの?」


 ユウトとアカネが、声をそろえて疑問を投げかける。


「大丈夫です。同等の訓練課程をクリア済みです。実地も、問題なくこなしています」

「いや、答えになってないから」

「それに、本物同然の免許証もあります。これはもはや、免許を持っているのと同位体でしょう」

「中性子が違うのかよ……」


 平然と運転免許証の偽造をするあたり、やはり、賢哲会議も超法規的な組織なのだ。

 真名も、それを改めて伝えようとしているのかもしれない。好意的な解釈が過ぎるだろうか。


「まあ、なにかあっても朱音には婚約指輪があるし、ヨナも超能力(サイオニック・パワー)で大丈夫だし、どうにかなるか」

「信用がありませんね」

「信用は、是非これからの運転で勝ち取ってほしい」

「なるほど、道理ですね」


 ユウトやアカネの心配を余所に、真名のハイブリッド車は滑らかに動き出した。

 自己申告通り運転技術は確かなようで、変に挙動不審になることもなく、平日昼間の道を当然のように進んでいく。


「もうひとつ、根本的な確認なんだけど」

「なんでしょう?」


 運転の邪魔になるかもしれないと思いつつも、話をするには今しかない。ユウトは、横にいる真名へ問いかける。


「迎えが真名だけってことは、俺が偉い人になにを話すつもりなのか、事前に聞いておきたいってことで良いのかな?」

「察しが良くて助かります。これが普段からそうだと助かるのですが」


 相変わらず、一言多い。

 しかし、ユウトにとっては、逆に好ましい物言いだった。


 これから向かうのは、賢哲会議極東支部。

 アカネは、ユウトのパートナーとして。地球でも戦力が落ちないヨナは、ボディガードとして半ば無理やり同行している。


「流れ次第で、内容は変わるけど……」


 相手の出方もあるので、そこは本当に流動的だ。

 そのため、しばらく戻れなくても大丈夫なように、仕事は調整してある。もっとも、それが戻ったあとも大丈夫かまでは保証してくれないのだが。


「いつもの次元門以外に、行き来する手段を持っていること。父さんと母さんが移住すること。今後の取引で、ブルーワーズのどんな産品が欲しいのか。この辺は、最低限、伝えたり擦り合わせをしたいと思ってる」


 渋滞などなく順調に進む車の窓から、慣れ親しんだ――特別なことはなにもない――風景を眺めながら、ユウトは言った。


「石油のことは秘密ですか?」

「よっぽどのことがない限りは、喋らないよ」

「予想以上に信用できると感じたか、逆に、利益を得ようとする態度が見られたらブラフでちらつかせたら……ですね」

「そのどちらかなら、前者であることを願うけど」

「大丈夫だと思います。支部長は、話の分かる人ですから」


 ユウトから波風を立てるつもりはないことが分かり、真名は胸をなで下ろす。

 だが、その直後に、笑顔がこわばった。


「大丈夫、ユウト」


 マキナいじりに夢中になっていたヨナが、顔を上げ言う。


「向こうがおどしてきたら、壊す」

「……すっかり、バーサーカーねぇ」

「それ、おっさんのはずなんだけどな」


 武力を持ち出すつもりはないが、あって困るものではない。

 とはいえ、友好な関係を築き、続けていきたいのが本音だ。


「どうしようもなくなったらヨナに頼るけど、タイミングは俺に任せてくれ」

「分かった。ご褒美、期待してる」

「そうだな。今日は、どっか外でご飯食べようか」

「うー。まあ、まずはそれで」


 不満はあるが、食欲には勝てなかったようだ。

 

「そういえば、帰りも送ってくれるのかな?」

「どうやら、信用を得られたようですね」


 心なしか嬉しそうに、ハンドルを握る真名が言う。


「なら、帰りは市役所に寄ってほしい」

「……理由を聞いても?」

「婚姻届をもらって帰ろうかなって」


 なんでもないことのように言ったが、実は、かなり勇気が必要だった。驚いた真名がハンドル操作を誤ったら大変ではないか。


「勇人……」

「せっかくだしさ。俺も、実物を見たことないし」


 もちろん、アカネに否やはない。

 隣に座るアルビノの少女の白髪を撫でながら、頬をゆるめ、顔を紅潮させる。


「それは、またまたおめでとうございます」

「またまたまたではないでしょうか、ご主人様」


 真名は、そう言うのがやっとで、マキナへ返答することはできなかった。

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