1.怒濤の第一試合
力の神レグラが下賜した闘技場。
そのフィールドで受けた負傷は退出すると同時に治癒し、数千の観客を収容できる巨大な建造物。その偉容は、レグラ神の精神を具現化したかのように壮大。
数百年、否、数千年が経とうと朽ちずに存在し続けるだろう。
その闘技場は、過去に訓練や集団戦が行われたことはあったが、正式な『試合』が行われるのは初めて。
領主の代わりに家宰ユウト・アマクサが開会を宣言し、その記念すべき最初の対戦の火蓋が切られようとしていた。
「ファルヴ大武闘会の開幕戦がついにはーじーまーるーよー! というわけで、救護担当のアルシアさん? さま? まあ、アルシーでいっか。と一緒に、試合を分かりやすく説明するメルラでっす」
「あ、アルシー?」
「そう。アルシー」
メルラの軽妙と言うよりは自由なトークに戸惑うアルシア。
まだ抵抗があるのか、今は真紅の眼帯を着けたまま。だが、変な愛称で呼ばれたせいで、その状態でも今までにない表情を見せている。とても、ユウトには見せられない。
戸惑っているのは観客たちも同様で、地球ではありふれた実況・解説も彼らにとっては初体験。
そもそも、なにか魔法具を使っているのだろうことは分かるが、声が全体に響いていることが不思議で仕方がない。
「おお、東側の入り口からでっかい岩巨人がフィールドに入ってくるよ」
「“暴虐”グガァムと“疾走者”イリザウアの二人ね」
気を取り直して――というよりは無視して――アルシアは、岩巨人たちが大会に参加することになった経緯を解説する。
岩巨人の種族神からの神託により、他の部族の者たちもエグザイルの力を確かめることになったこと。
今回、その代表者が大会の場でエグザイルに挑むこと。
勝者は、大族長として複数の部族をおさめることになるだろうこと。
大まかな事情が、ユウトの作成した《風の声》が魔化されたマイクを通じ、改めて観客たちにも伝えられた。
無理やり解説役として連行されたが、こういうところは彼女も真面目だ。
「分かりやすい話でした。二重の意味で!」
「強い者が偉い。これを押さえておかないと、理解不能になるのは確かね」
メインスタンド側の最前列、メルラとアルシアが陣取る実況ブース。貴賓室はちょうど背中側の上方にあるため、アルシアからそちらの反応は見えない。
だが、アルシア自身の姿はしっかりと見られていた。西側の入場門で待機するラーシアやユウトによって。ユウトは、武闘会ではなく仮装パーティに出られそうな格好ではあったが。
「アルシーだって、アルシー。ユウトが呼んだら、卒倒するんじゃない?」
「それ以前に、俺の命がないような気がする」
以前、アルシアと名前で呼んだだけで、いっぱいいっぱいの反応を見せたのだ。それ以上となったら、どうなることか分からない。
「んで、ユウトはなんでここにいんの?」
「控え室の空気が最悪だからだよ。分かれよ」
「ああ、地下だもんね。空気が悪くなったんだ」
「ちげえよ。ラーシアがあおりまくったせいだろうが」
闘技場の地下には、出場選手の控え室がある。
個室もあるが、開会式の前に親交をはかるという意味で大部屋に集まったところ、そこでラーシアがエルドリック王の孫クレス王子を盛大に当てこすったのだ。
「ボクらは、別に百層迷宮を攻略するのが目的だったんじゃないから気にしなくて良いよ。泳ぎじゃないんだから、深いところまで潜ったからって自慢になるわけじゃないしね」
「ムルグーシュ神のことも、同じ同じ。仲間のためにやっただけだから」
「だいたい、迷宮を踏破したり、神様をどうにかしたからって自分が変わるわけじゃないし」
「まあ若い頃はさ、それがすべてだと思いがちだけど。あとになって振り返ってみると、他にもいろいろ生きる道はあったんだなって思える日が来るよ」
正論であり慰めているようにも思える。
それだけにクレス王子はなにも言えずに頬を紅潮させ、それをエルドリック王やヴァイナマリネンが必死に笑いをこらえるのだからいたたまれない。
レイ・クルスは我関せずだし、ヨナは食べ過ぎで横になり、ヴァルトルーデは皮肉を理解できない。
結局、アルサス王――仮面の剣士――と一緒に、地上へと逃げ出したのだ。
「違う違う。本物のユウトはあっちにいるのに、このユウトはなんなのかなって」
「あっちが偽物だよ」
アカネが各国の王妃らを接待する貴賓室の横に、主催者室とでも言うべき部屋がある。そこには、地上を見下ろすユウトの姿があった。
もちろん、ここにユウト――白い死神の仮面に黒いコートを身につけている――がいる以上、あちらは偽物。開会宣言した後に入れ替わった、呪文で作った幻影だ。
「ラーシア、そろそろオレたちも行くぞ」
「はいよー」
アルサス王と最後の調整をしていたエグザイルが相棒を促した。アダマンティンの盾は既に起動し、自律稼働して持ち主の動きを追尾している。
肩が大きく張り出した異形の鎧も、身体に馴染んでいるようだった。
「おっさん。とりあえず、勝ってこいよ」
「任せておけ」
戦場へと赴く友とハイタッチして激励するユウト。
「あれ? ボクは?」
「おっさんの足を引っ張るなよ」
「ひどい! でも、予想通り!」
結局、ラーシアともハイタッチを交わし――ラーシアがジャンプしたので、ちゃんとハイタッチになった――戦場へと送り出す。
「相変わらず、仲のいいことだな」
「恐縮です」
武闘会ではなく仮面舞踏会が似合う出で立ちのアルサス王が、優しげな微笑を浮かべてユウトの隣に立つ。
「勝ったほうが私たちの次の相手だ。どう思う?」
「その前に、自分たちの試合を気にすべきでしょうが……それは、あちらで解説してくれるかと」
ユウトの視線の先には、最前列で実況をするメルラとアルシアの二人がいた。
「遅れて、エグザイルとラーシアの登場です。にしても、全員そろうと圧巻! うちの兄ちゃんが、巨人に囲まれた子供に見えるよ」
「なんで、エグまでボクの敵に回ってる風なの!」
「ラーシアなら、姪っ子の成長を見るまで死ねないと言ってたから、大丈夫よ」
「ちょっと、死ぬ前提で話さないでくれる!」
残念ながら、選手の声は観客席まで届かない。
「んで、アルシーはどっちが勝つと?」
「エグザイルは、攻撃を優先して防御をおろそかにしがち。ラーシアは、攻撃自体受けないようにしているけど、万が一があれば脆いかも知れないわね。あと、むらっけがあるのもマイナスかしら」
「なるほどー。兄ちゃん、真面目に生きろ!」
「いつもは、そこを私たちでカバーしているのだけど……」
この試合形式ではどうなるか分からないとアルシアは言う。
「じゃあ、暴虐さんたちが勝つってことで?」
「可能性はあるわね。けど――」
アルシアがその続きを口にしようとしたタイミングで、フィールドに集った四人に近づくひとつの影。
「審判として確認させてもらうよ」
そう宣告して《魔力感知》の呪文を使用したのは、ヴァイナマリネン魔術学院のメルエル学長。
パス・ファインダーズの一員でもある彼は、師ヴァイナマリネンの要請――あるいは命令――に従い、審判役をつとめることになった。
とはいえ、ほとんどルールがないのがルールと言うべきファルヴ大武闘会だ。確認をするのは、第三者による呪文の付与がないかの確認。そして、試合中は観客たちの安全に気を配るのが主な任務だ。
「問題ないね。準備は良いかな?」
「うむ」
「いつでも構わない」
エグザイルとグガァムの返答に、メルエルがうなずく。
両者に5メートルほど距離を取らせ、大魔術師が闘技場全体へ轟くような声を上げた。
「始め!」
同時に、観客たちは驚くべき光景を目にすることになる。
(先手必勝!)
過酷な予選を通過し、エグザイルへの挑戦権を得たと。彼らには、作戦と呼べるものは存在していなかった。
ただ、先に攻撃し、打ち倒す。
事前に決めたのは、それだけ。
開始の合図と同時に前へ出る二人。目標はエグザイル。神に認められし戦士。甘く見ていたわけではないが、草原の種族など眼中にない。
反応速度の違いで、“疾走者”イリザウアが一歩先んじる。
だが、その歩みは最初の一歩で止まってしまった。
「そこまで露骨だと、さすがに寂しくなるね」
言葉とは裏腹な満面の笑みを浮かべながら、ラーシアは弓をしまった。
つまり、この草原の種族は矢を放ったことになる。そうでなければ、岩巨人たちが歩みを止めるはずがない。
けれど、彼らは無傷だ。
声ひとつ上げることない。
「今ので、ボクの実力は分かってくれたよね」
入場した西側の門へと歩きながら。つまり、岩巨人たちに背を向けてラーシアが言う。面白がっているようでも、誇らしげでもあったが、グガァムもイリザウアも肯定せざるを得なかった。
矢は確かに放たれていた。
六本も。
それは、“暴虐”と“疾走者”の目と喉と心臓を貫く――ことはなく、その付近を掠めて飛んでいったのだ。
「ど、どーいうことですか、アルシー!? うちの兄ちゃん、弓下手すぎません?」
「私はそんな名前ではないけれど……簡単に言えばアリバイかしらね。あと、もう少しお兄さんを信じてあげては?」
「アリバイ?」
まったくなにも考えていないのを自白するかのように、間を空けずに聞き返すメルラ。兄への信頼は、とりあえず脇に置くことにしたようだ。
「エグザイルに任せることにしたのでしょう。でも、なにもしないわけにもいかないから、最初に実力を示したのよ」
「え? じゃあ、兄ちゃんは矢をわざと外したんですか? なんて無駄な器用さ」
「無駄ではないけれど、それは射られた当人がよく分かっているわよ」
いくら眼中になかったとはいえ、あそこまで無防備では座視するわけにもいかない。にもかかわらず、手出しをしようとしないのは、実力を認めた証拠。
否、認めただけではない。誰よりも速い反応。一瞬で六本の矢を放つ腕。そして、狙いを微妙に外す技の冴え。その神業に、畏怖すら憶えているかも知れなかった。
「じゃ、エグ。あとはよろしく」
「ああ。少し待っててくれ」
「少しだけならね」
岩巨人たちから10メートル近く離れた位置で、草原の種族はどかりとフィールドに座り込んだ。出場者の一人とは思えない行い。
観客席は当然。貴賓室にいる淑女たちも、驚きあきれて声も出なかった。
「ラーシアらしいことで」
「これで負けでもしたら、目も当てられないように思えるが?」
仮面で隠れて外から目は見えにくいが、口元は確かに笑っていた。
そんなアルサス王へ、ユウトは答える。
「なら、大丈夫です」
「なぜだね?」
「エグザイルは負けませんから」
そう断言するユウトの横顔を、アルサスはまぶしそうに見つめていた。
「さあ、仕切り直しだ」
フィールドでは一対二となったが、岩巨人たちの表情は分かりづらい。そこから感情を類推することは難しかったし、その暇もなかった。
「征くぞ」
「応ッッ」
エグザイルの誘いに応じ、グガァムが棍棒を大きく振り上げ、イリザウアは巨体に見合わぬ俊敏さを発揮して後ろへと回り込む。
「ヌオオオオォォッ!」
大地すら砕かんとする“暴虐”の一撃。
龍鱗の鎧を痛撃するが、鎧はへこまずエグザイル自身も一歩も引かない。顔色ひとつ変えずに、それを平然と受け止めた。
エグザイルよりもなお一回りは大きなグガァム。その巨体から繰り出される一撃は、常に敵を打ち砕いてきたことだろう。従来とは異なる結果に、“暴虐”と呼ばれる彼は、意外にも焦りを見せなかった。
この程度で倒せる相手なら、神託など下りはしない。
足止めをしている間に、イリザウアが背後に回る。鉈にも大振りな刃を振り上げ、機動攻撃とでも言うべき、スピードと威力の乗った斬撃を見舞う。
だが、それがエグザイルに届くことはない。
「盾が勝手に動いて防御したーー!」
起こった現象を、メルラはそのまま伝えた。
あるいは、以前の盾であれば貫いたかも知れないが、アダマンティンの盾は難攻不落の防御力を見せつける。
「《孤塁城壁》」
魔化された能力の名と同じ合い言葉。それを唱えると同時に、岩巨人の破壊王の全身が揺らぎ、次の瞬間、さらに巨大な戦鬼が姿を現した。
グガァムを凌駕し、いや、それどころではない。
その肉体は一回り以上大きくなり、それに伴い鎧もスパイク・フレイルも巨大化した。
巨人。そう、巨人そのものだ。
そしてなにより、その全身から漂う破壊のオーラ。敵対すれば、粉微塵に破壊される。そんな予感にも似た諦念が、その姿をさらに巨大に感じさせる。
観客たちも、実況のメルラも。誰一人として言葉を発しない。呼吸も忘れている。
対戦相手のグガァムもイリザウアも我を忘れた。無理もない。冷静だったのは、「おっさんに、とんでもない装備を渡しちまったな……」と韜晦するユウトぐらいのものだ。
いや、もう一人いる。
それは、当のエグザイル。
その場で体ごとスパイク・フレイルを一振り。竜巻のように大渦のように暴力が荒れ狂い、二人の岩巨人を吹き飛ばす。
比喩ではない。
岩のような、岩そのものの肉体が壁に叩きつけられ脱力。指一本動かせない。
「勝負あり!」
メルエルの宣言。
それに一拍遅れて、歓声が闘技場全体を包み込んだ。
終わってみれば、順当な圧勝劇。
それにラーシアが手を振り応えながら、退場していく。
「アルシーの予想を覆す、圧倒的な暴力でした!」
「予想……。まあ、それで良いでしょう」
アルシアは、こう言おうとしていた。
グガァムたちが勝つ可能性はある。
「実力が備わっていればだけれど」
――と。
残念ながら、グガァムとイリザウアは二人合わせても及ばなかった。
それはとても残酷で。それでいて、実にエグザイルらしい結末だった。




