2.苛烈な第二試合(前)
「しばらく見ないうちに、凄まじい成長を遂げたようだ」
「しばらく……って、確かに地球以来ですか」
アルサス王――当時は王子だったが――と肩を並べて戦ったのは、無貌太母コーエリレナトを押し返したときが最後。その後、幾多の死線をくぐり抜け、さらに力を増したエグザイルの姿はまさに圧巻だった。
「あのグガァムにイリザウアという二人も強かった。指揮能力があれば、近衛の一隊を任せたいぐらいだ」
「確かに、一角の戦士でした」
けれど、エグザイルには届かなかった。予選会に出場させていれば、エグザイル一人で全員を打ち倒していたのではないかと思わせるほど。
圧倒的なこの差を岩巨人の種族神は、どう思っているのだろうか。そもそも、なにを思ってエグザイルと戦わせようとしたのか。
そこで、ユウトは思考を止めた。
エグザイルが、このファルヴから去らなければならなくなるかも知れない。その最悪の事態は防げたのだ。あとは、当事者同士に任せればいい。
「どれだけの修練と経験を積めば、あの頂にたどり着けるのか」
「本人は、頂にいるなんて思っていないでしょうけど」
「それが、頂上に立つ者が見る風景か」
岩巨人たちを文字通り一蹴したエグザイルとラーシアの姿が徐々に大きくなる様を眺めながら、感想を述べるユウトとアルサス。
勝者には観客たちから惜しみない拍手と歓声――つまり称賛が寄せられ、一角を占める予選で敗退した岩巨人の戦士たちも、その例外ではなかった。
この後の戦い振りにもよるのだろうが、大族長として認められたと考えて間違いない。
(まあ、おっさんなら当然だけどな)
まるで我がことのように誇らしげなユウト。
そんな彼の下に、ラーシアが駆け込むような勢いで滑り込んできた。
「イエーイ! 楽勝だったよ! 二人のために、場を暖めておいたからね!」
スライディングから急停止しつつ、ユウトとアルサスへ堂々と胸を張るラーシア。小さいが上から語られるその言葉に、ユウトは、事実と認めつつも反発したくなってしまう。
「ラーシアはほとんど、なんもしてないだろ」
「なにもしないことこそ、ボクの仕事だった」
一理ある。
けれど、勝ち誇って言うことではない。ヨナが聞いていたら、真似をされてしまうではないか。
「まあ、今のラーシアになにを言っても無駄か」
「勝者への敬意が足りなくない? っていうか、その格好で本当に出るの?」
「ところで、おっさん。いつまでそのままでいるつもり?」
痛いところを突かれ、未だ通常時を超える巨体のままのエグザイルへと視線を移す。
その存在感は圧倒的で、フィールドから入場門までの間には雪を踏みしめたあとのような足跡が残っていた。
「時間切れまでこのままなんじゃないのか?」
「いや、念じれば効果は消せるから」
そういえば説明していなかったと解除方法を伝えた。
魔法具全般がそうなので、すっかり忘れていたのだ。
ユウトに言われたエグザイルが目をつぶると、次の瞬間にはいつものサイズに戻っていた。
「ふむ。あっさりだな」
「あっけないものだ」
「さすが魔法だね」
「質量保存の法則とか、考えないほうが良いんだろうなぁ」
一瞬で元の大きさへ戻ったエグザイルへ、口々に声をかける。目の前で劇的な光景を見せられると、ファンタジーに慣れていても驚きは隠せない。
だが、そんな騒ぎは意に介さず、勝利を手にした岩巨人は試合を前にした二人を見据える。
「ユウト、アルサス王。待っているぞ」
「ああ。期待しててくれ。ラーシアの優勝は阻まないといけないからな」
「差別ー。これはもう、ユウトの仕事が増えるお願いにしないと!」
「緊張感がないのだな、本当に」
仮面を身につけたアルサス王があきれたように言うが、その口元は笑っていた。
ともに冒険へ出たのは二度だけ。それでも、王となった今では、その思い出は宝石のように貴重。彼らの変わらぬやりとりは、それをさらに輝かせてくれるのだ。
なかには、忘れたい思い出もあるのだが。
「陛下、そろそろ参りましょうか」
「ああ。頼むぞ、魔術師殿」
「こちらこそ頼りにしています、剣士様」
二人は笑顔を向け合い――なにしろ、ユウトの死神のマスクは、常時笑顔だ――戦場へと足を向けた。
「先に入場してきたのは、仮面の剣士と謎の魔術師だっ!」
メルラがマイク型の魔法具を握って盛り上げようとするが、会場の反応は鈍い。
それも当然だ。正体も実力も不明では盛り上がりようもない。大穴狙いの一部の観客がヤジにも似た声を上げるだけ。例外は、貴賓室だけだろう。
死神の仮面に黒コートという婚約者の出で立ちに、変な声を上げた女騎士爵もいたのだが。
「それにしても、アルシー。この仮面の剣士と謎の魔術師は誰だと思う?」
「さあ? でも、主催者が認めた以上、実力は充分と言えるでしょうね」
充分どころではないのだが、アルシアは平然と言い放つ。嘘をついているとまでは言えないが、隠し事をしているのも確か。しかし、その程度気にしている場合ではない。
「じゃあ、身分も確かってことなん?」
「そうなるかしら」
「ということは、実力充分で身分も確かなのに隠さなくちゃいけない理由があるというわけで。実は結構な有名人だったりすることが予想されます!」
自信満々に言い切るメルラ。観客席からも、同意のどよめきが起こる。
変なところで勘の良さを発揮する草原の種族に、アルシアは思わずこめかみを押さえた。
「ところで、アルシーはなんで眼帯を外したの?」
「顔を隠す人間が多すぎるからよ」
「あ、なるほど」
適当なことを言っても、その場の雰囲気やノリで済むのは楽なのだが。
「おっと、逆の入場門からはあのエルドリック王とその孫クレス殿下が入場してきたぁっ!」
その声を契機に、会場の視線が一人の男へ集中する。
百層迷宮を踏破したパス・ファインダーズのリーダー、麗騎士エルドリック。
ヴェルガ帝国に滅ぼされたタイドラック王国を復興させた英雄王。
生ける伝説。
英雄譚の主役。
目にすることなど叶わない。否、想像もしない英雄がそこにいた。
「ほら、胸を張れよ」
「俺はまだ、納得は――」
ふてくされたような――それでも、きちんと自らの意志で歩く――孫の手を促し、二人して愛剣を大きく掲げた。
「我が名はエルドリック。この地へ、勝利を手にするためやってきた男だ」
「オオオオオオオオオーーーー!!!!」
同時に轟く、地鳴りのような歓声。
いや、実際に声がうなりを上げている。耳をふさぎたくなるような大音声だが、熱狂に飲まれた観客たちは気にしてもいない。
ラーシアが暖めたと言った会場の空気は、たったひとつのパフォーマンスで根こそぎ持っていかれてしまった。
「勝利宣言! 凄い歓声っ! 伝説は、まだまだ健在だぁ!」
その熱は実況するメルラへも伝わり、さらにヒートアップする。
「これはもう、やっぱりエルドリック王とクレス王子の勝利は決まったようなものではないでしょーーかっ!」
「……それは、まだ早いのではないのかしら?」
「いやでも、仮面の剣士と謎の魔術師だよ? どこの誰? って感じじゃない?」
「まあ、そうね……」
長年付き合いのある友人のように語りかけてくるメルラの言葉を、アルシアは否定できなかった。
だが、心の中では別。
その葛藤を見破った人物は、貴賓室にいた。
「さすがに、歯切れが悪いわね」
即席のオペラグラスを目から外し、同情したようにローラ王妃が言う。
同情というのは実のところ的を射ており、愛する男の勝利を主張できない境遇には憐れみを憶えていた。それでいて、ローラ王妃はエルドリックの勝利を欠片も疑ってはいない。
余裕を感じさせる所作で、評判だと取り寄せたかき氷を口に運ぶ。
軽やかな氷の食感。全身の熱を冷ます冷気は、ただそれだけで快感をもたらす。
遅れてやってくる、上品な甘み。どこかで口にしたことがあるような、心にまで染みる味。
「あら、美味しいわね」
複雑な感動をもたらしたかき氷も、集約すればこの一言となる。
「仕方ないです。正体を明かすことはできないですから」
「観客の皆様がうらやましく思えますわ。これから起こる事件は驚きをもたらすでしょうに、私たちにとっては当たり前のことでしかないのですから」
同じく冷菓を口にしつつ、仮面の剣士と謎の魔術師応援団が反論した。
ほとんど時間差がない反論だったことから、二人の意気込みが見て取れる。
意味ありげな微笑を浮かべるローラ。
上品さは保ちつつも、かみつかんばかりの対抗心を見せるアカネとユーディット。
試合開始を目前に控え、貴賓室もヒートアップしてきた。
比較的中立に近い立場の神王セネカ二世は、心情としてはユウトを応援している。しかし、彼が勝ち上がった場合、次はエグザイルやラーシアとの対戦になる。
その場合、どちらを応援していいのか分からないのが目下の悩みの種だった。
「この味、どこかで……」
もうひとつの悩みは、このかき氷。今までに食べたことがないほどの美味だが、記憶の隅に引っかかるものがある。それを掘り起こそうと――したところで、ローラ王妃の一言により強制的に中断させられた。
「それはね、うちの孫――クレスは弱いんでしょうけどね」
「いや、それは……」
一枚も二枚も劣ると分かっていても、それを認めるのは。しかも、当事者相手には難しい。平然とそれをやりそうなラーシアやヨナが出場者になっていて良かったとアカネが胸をなで下ろす。
「だけど、うちの人も英雄よ。エルドリックの負けん気を見誤ると、大変なことになるのだから……ね」
数十年連れ添った相方への絶対の信頼。
昔のことを思い出しているのか、目を細めて微笑んでいる。
そんな彼女を、アカネは少しだけ羨望の混じった瞳で見つめていた。
「よっ、メルエル。久しぶりだな」
「今日の私は審判ですから」
「かてえなー。本当にヴァイの弟子かよ?」
「反面教師というやつですかな。それに、エルドリック様の直系も、あまり似てはいないでしょう」
「当たり前だろ。俺の複写なんか作って、どうするんだ」
今にも肩を組んで街へ繰り出して行きそうなエルドリックと、努めて公正中立を保とうとするメルエル。外見的には若々しい麗騎士が、威厳ある老人である学長に絡む様はなんとも言えない光景だ。
それが、英雄たちであればなおさら。
「ゆえあってこの場で名は明かせぬが、この国の王をやっている者だ。よろしく頼む」
「…………」
その横で、仮面の剣士――アルサス王――がクレス王子へ握手を求める。
王太孫はまともに返答をしなかったが、しっかりと利き手を差し出した。
性根は悪くないんだろうなと、観察しつつユウトは判断する。
もっとも、性根が腐っていれば、ヴァイナマリネンは見捨てるか、もっと過酷な試練を与えるかしていたはずだ。そういう意味では、当然と言えた。
「あんたらが、誰なのかは知ってる。じいちゃんが俺になにをさせたいのかもな。だが、放っておいてくれ」
クレスは、無気力そのものといった風情で手を離すと、生気を感じさせない濁った瞳をアルサスとユウトへ向ける。視界に入っているだけで、認識はしていない。そんな瞳だ。
「まあ、そういうわけでよろしく頼むぜ」
エルドリックが苦笑を浮かべて――それでもなお、絵になる――アルサスやユウトと握手を交わす。
一通り挨拶が済むと、メルエルが《魔力感知》で付与されている呪文を確認し、一瞬おやっという表情を浮かべたものの、問題ないと両者にうなずきかけた。
そのメルエルの前で、数メートル離れてアルサスとエルドリック。それに、クレスが対峙する。無気力そうなクレスも、既に武器は構えている。
ユウトも、片手用の槍を持ち、もう片方の手には呪文書を携えてアルサスの数歩後ろにいた。
「先ほどの戦いも見事だったが、それ以上のものを期待しているよ」
教育者らしい、優しい言葉。
だが次の瞬間、やはり教育者らしい峻厳な表情を浮かべる。
「始め!」
開始の合図と同時に動いたのは、麗騎士エルドリック。
いつ歩みを進めたのか、ユウトにはそれすら理解できず、気づいたのは大盾でアルサスが吹き飛ばされるのを目の当たりにしてから。
「ちっ」
「ヴァイのヤツには、クレスの更正を頼んだけどよ」
肉薄するエルドリック、バックステップで距離を取るユウト。とにかく、近づかれては終わりだ。
「この大会で優勝すりゃ、うちの孫も自信を取り戻すってもんだろ?」
猛獣を連想させる獰猛なほほえみを浮かべ、老境にさしかかりつつあるとは思えぬ俊敏な動きでエルドリックはユウトを追走。
苦し紛れに振りかざした槍を、走りながらとは思えぬ正確な軌道で叩き落とした。
「おおっと! 厄介な魔術師から殺るということなのか。エルドリック王が仮面の剣士を吹き飛ばして、謎の魔術師へ襲いかかる。これはピンチだ!」
メルラの実況にあわせるかのように、歓声が上がる。
だが、ユウトはそれどころではない。
(あ、ジジイの親友だこれ)
フィールドに落ちる槍を見ようともせず、ユウトは、しみじみと思い知った。なぜ、信用してしまったのか。ヴァルトルーデが心酔する英雄だからなのか。
どちらにしろ、酷い判断ミスをしてしまった。ボタンの掛け違いどころではない。服の選択自体誤りだった。
「踏み台になってもらうぜ。優勝するには、クレスに戦いのなかで成長してもらわにゃならんからな!」
自信とやる気と目的と。
生きる糧をなくした孫を、その原因となった英雄と対戦させ奮起させる。
それが目的で、勝敗は別。
そんな暗黙の了解が崩れ落ちる音を、ユウトは確かに聞いた。




