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崖っぷちの僕ら  作者: 茜想作
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プロローグ2 7月6日

「あら、奇遇ですね、幸兎先輩」

トイレを出たところで。

靴箱へ向かう恋路ちゃんに、ばったり出くわした。

ニコニコとかわいい笑顔をこちらに向けるのは白峰恋路(しらみねこいし)ちゃん。

1年生の女の子。

ちょっと西洋の血が入っているのか、お人形さんみたいな外見の子だ。

……ちなみにマナちゃんも人形みたいだけど、あっちは日本人形で恋路ちゃんは西洋人形。

そして、マナちゃんが凪なら、恋路ちゃんは高波みたいなものだった。

「あ、おはよう、恋路ちゃん……」

僕は思わずしどろもどろになりながら挨拶する。

さすがに後輩の子にトイレから出てくる姿を見られたのは気まずかった。

「はい、おはようございます、先輩。

……どうかしましたか?

何やら、変な顔をなさってますが」

「……なんでもないよ。

今日は、街の東側に行くんだって?

真亜智先輩が校門で待ってたよ」

僕の言葉に彼女は頷く。

ブロンドに近い色の髪は、窓からの光でキラキラしていた。

「はい、真亜智先輩と一緒に……今日は遠出なので、先生の運転で」

「……大丈夫なの?」

いつもの清夜歌先生を思い出し、不安を覚える。

「ええ、昨日、口を酸っぱくして言い聞かせましたので……

これでダメなら説教しかありませんね」

それで、いいんだろうか。

一応、清夜歌先生は教員なのに。

校医兼カウンセラーが教員あつかいでいいのかは、わからないけど。

なんて考えていると、

「ところで……生理現象や生活感を他人に見られた時に、恥ずかしいと感じる事があるのはなんででしょうね?」

そう言って、恋路ちゃんはその笑顔を深くした。

まるで、オモチャを見つけたネコの顔だった。


「例えば、泣くのが恥ずかしい、という方が一定数いらっしゃるじゃないですか?

その羞恥はいったい、何を起因とするのでしょう?

自分は泣かないという見栄?

それとも、弱く見積もられたくないプライド?

それとも、それが恥であるという他人からの規定?」

「ええと、なんの話?」

初めて会った時から変わらず、恋路ちゃんの話は平常運行で脱線した。

「もちろん、先輩がお手洗いから出てきたお話です。

なんで恥ずかしいんですか?

生理現象ですよね?」

と思ったら、突然、元の線路に飛び乗ってきた。

「自分がトイレしないという見栄?

後輩に無防備な姿を見せたくないプライド?

それとも、社会が恥だと定義したから?」

「だいたいの人はそうだよね?」

というか、この話そろそろやめてください。

「……やはり、ハレとケ、清と穢、聖と俗の文化規定も大きいのでしょうか?

しかし、それなら例えば、トイレを見せる事が名誉の世界なら?

トイレの羞恥は消える……?」

僕の願いもむなしく、彼女はむむむと唸りながら、人差し指を唇に当てた。

それはもう見慣れた、恋路ちゃんのクセで話が長くなる合図だった。

その、白い指とピンクの唇のコントラストに、また恥ずかしさを覚える。

けれど、校門で待つ真亜智先輩の為にも、僕は羞恥をおさえて、理由を口にした。

「僕は……後輩にカッコ悪いところを見られたくない、って理由のが強いかな?」

「なるほど、つまり幸兎先輩はかわいい後輩に変なところを見られて、恥ずかしかったと……」

この子、わざと言ってるよね?

と、廊下のスピーカーから聞き慣れた音……クラシックっぽいメロディーが流れ出した。

始業時間だった。

「あ、すいません、先輩。

長々と引き留めてしまって……」

と、彼女は笑顔で謝罪する。

「大丈夫だよ。

真亜智先輩、待ってるから、行ってあげて?」

「はい、先輩も……勉強がんばってくださいね」

そう言って、恋路ちゃんは去っていった。

さて、僕も行くかな。

遅刻だけど、問題はないだろう。

どうせ、自習だし。



昼休み。

オカ研部室に向かうみづきを尻目に、僕は1人、旧校舎に向かっていた。

くすんだ色の木造校舎。

板で塞がれた通用口から時計回りで校舎裏へ。

左から3番目の窓を開けて中へ潜り込む。

唯一、鍵が壊れたそこだけが、旧校舎の現在の玄関だった。

パン2つとコーラ、そしてランチボックスを抱えなおし、3階へ。

軋む音しかしない階段を昇りきり、無音で寂しげな廊下を歩く。

その突き当たり、古い古い美術室が、彼女の城だった。

「おはよう、葉徳院(はとくいん)さん、元気してる?」

ノックしてすぐドアを開ける。

入って正面の窓辺、制作中のカンバスの前に葉徳院さんはいた。

彼女はこちらをチラリと見て、けれどもすぐ、カンバスへ向きなおる。

「……いつも思うんだけど、あなたのそのノック、意味がないんじゃない?」

「……ノックして待ったらつっかえ棒するでしょ?」

僕の言葉に彼女は何も応えなかった。


「はい、今日の分」

「またパンとコーラなのね……

ドアの前に置いておけば良いのに」

そう言う彼女は葉徳院クレア(はとくいんくれあ)。

いいところのお嬢様、らしい。

「パンとコーラ、嫌いだっけ?」

「そんな事ないけど……まあ、ありがと」

そう言いながら、絵筆を動かす手は止めない。

こうして、旧美術室を根城に絵を描いてるだけで、令嬢らしい姿は見た事ないのだけれど。

着ているのも、汚れたワンピースだしね。

「その服、汚れちゃってるけどいいの?」

僕の言葉にも、彼女はこちらに視線を向けなかった。

「このワンピース……?

……古いものだから大丈夫よ。

デパートで買った安物だし……10000円しないくらいだったもの」

そう応えながら、葉徳院さんは真剣な眼差しで、カンバスに色を重ねる。

……10000円しないくらい、は安くないと思うけど。

彼女の白いワンピースは、あちこちがカラフルな油絵の具で彩られていた。

デパート出身らしいその服は、現状に満足しているんだろうか?


やがて、葉徳院さんは筆を置くと、そのままメロンパンを開けて、もそもそ口に運びはじめた。

それを見ながら、僕も椅子に腰掛けマナちゃんのお弁当を食べ始める。

今日の中身はミックスサンドだった。

「……ねえ、たまには外に出て僕らと勉強でもしない?」

「結構よ、いらないわ」

にべもなく断りながら、葉徳院さんはクリームパンの袋をあけ、中身をちまちま食べ始める。

そしてコーラで流し込むと、再び絵筆を手に取った。

「でも、勉強って、受験以外の役にも……」

「いらない」

僕の言葉は叩き落とされ、美術室を彩るシミになった。

「……ムダよ、そんなの」

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