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崖っぷちの僕ら  作者: 茜想作
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プロローグ1 7月6日

7月も6日目。

千鶴屋には今日も客がいなかった。

「おはよう、おばちゃーん!」

いつものようにレジ奥に声をかけて、商品を物色。

棚からはクリームパンとメロンパン、冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを取り出す。

「おばちゃーん!これ、持ってくよー!」

もう一度、レジ奥の母屋に声をかける。

けれども、いつもの通りおばちゃんは出てこない。

お客どころか店員さえ無人販売の千鶴屋は、今日も平常営業だった。

なんでも、レジに来るのが億劫になったおばちゃんが、テレビで観たのを真似したとか。

『都会のお店は便利なのよ〜』と、こないだ言ってたのを思い出す。

「お代、ここ置いとくよー!」

そう言って、僕はパンとコーラの代金500円を『集金用』と書かれた菓子箱に入れる。

レジに置かれたその中身は、今入れたのと合わせて500円玉6枚だけだった。

いつもの通り、不用心だなあ。

ま、盗む人なんていないけど。


「お待たせ……あれ?」

店を出ると、みづきの姿がなかった。

まあ、僕の幼馴染たる山根みづき(やまねみづき)が、紐の切れた風船の様に消えるのはいつもの事だけど。

でも、朝の通学中には勘弁してほしかった。

まあ、いつものようにビビっと来たんだろう。

とりあえず、キョロキョロと彼女を探す。

……案外近くにみづきはいた。

三軒となりの交番の窓に、なぜか上半身をつっこんでいたのだ。

「えっと……何してるの?」

「え?あ、ユウくん。

今、ビビっと来たの」

「……交番で?」

いつものように、スマホ片手に連写をしているみづき。

彼女はこうして毎日、幽霊を探しては直感に従い撮影をしているのだ。

彼女が撮っているデスクには、『巡回中』の札が寂しく置かれており、まるで巡回札の撮影会みたいだった。

「……写った?」

「……ダメだぁ、撮れてない」

そして、幽霊が写らないのもいつもの事だった。

「うーん、今日こそは撮れると思ったんだけどな」

そんな彼女を見ながらちらりと右腕につけた時計を見る。

「みづき、そろそろ行こうか」

「あ、そうだね。

ごめんね、ユウくん」

そう申し訳なさそうに謝罪して、彼女は歩き出す。

歩みに合わせて、左に垂らしたおさげが揺れていた。

みづきについていこうとして、僕はふと後ろを見る。

相も変わらず、交番には幽霊も何も居なかった。



僕こと有坂幸兎(ありさかゆきと)と山根みづきが通う深陽大付属は比較的おおらかで自由な校風だ。

例えば制服は着崩しても大目に見てもらえるし、事前に書類とか出せば、私服でもオッケー。

髪も相当奇抜な髪型、色じゃない限り認めてくれたり。

なんでも、先々代の生徒会長が生徒の支持を受けて、学校側と交渉。

自由を勝ち取ったらしい。

前に見た新聞部の特集では、職員室襲撃とか、グラウンドの誓いとか、深陽革命とか書かれていた。

ほんとかはわからないけど。

ともかく、うちの学校は、校内で変な事する生徒がいても、あまり先生方も気にする様子がなかった。

……例えば、今、校門前でシャベル片手に、音楽なしでラジオ体操してるジャージ姿の人、とかね。

「おはようございます、真亜智(まあち)先輩。

部活ですか?」


「おー、おはよう、有坂、山根!」

と爽やかに挨拶する彼女は、稲葉真亜智(いなばまあち)先輩。

宇宙人対策部の部長だ。

「……今日は恋路(こいし)ちゃん達と、東側を探索する予定でね。

だから、みんなが来る前に準備運動ってわけ。

いい感じにあったまってきたし、もし宇宙人が出てきても安心だね!」

そう言って青く塗られたシャベルで素振りを始める先輩。

その反動で、彼女の長いサイドテールもぶんぶんと振り回される。

学校指定じゃない青ジャージがとてもよく似合っていた。

……元々、先輩は陸上部でグラウンドを走ってたらしい。

けれど、今は宇宙人を探して街の中を走っている。

ちなみに、部員数は彼女1人だし、さすがに学校も部活として認めてない。

そして、宇宙人も今のところは、居ないようだった。


「あ、マーチ先輩、お願いがあるんですけど……」

と、みづきが申し訳無さそうな顔をする。

「商店街の方に行くんですよね?

なら、お砂糖お願いしたいかな。

ちょっと、きらしちゃって……」

「いいよ!

ボクにまかせて!

中野さんのとこでしょ?」

真亜智先輩にみづきはコクコク頷く。

ちなみに中野さんのとこはお菓子やその材料を売ってるお店だ。

「あ、こないだのキャンディー、美味しかったよ。

恋路ちゃん達も喜んでた。

ありがとう、山根」

「よかった。

初めてミント使ってみたから、不安だったんです。

また、作りますね」

などと話していると、耳馴染みのある音楽が鳴り出した。

始業15分前のチャイムだ。

「すいません、先輩。

そろそろ行きます」

僕のその言葉に、真亜智先輩はニッカリ笑って、

「おう、勉強がんばってな」

と手を振った。

……あの人、3年生なんだけどね。



教室へ向かう途中。

みづきに先に行っといて、とだけ伝えて、僕は1人、トイレにやってきた。

さっと用を足した後、ポッケに入れた腕時計を確認する。

ホームルームの5分前、余裕はありそうだ。

水道で手を洗いながら、ふと顔をあげる。

色素の薄い毛、まんまるな瞳、細い輪郭。

すっかり見慣れた僕の顔、その斜め後ろに、もう一つ表情の無い顔が覗いていた。


鏡越しに目があった彼女は、いつも通りキチッと隙なく、メイド服を着こなしている。

「……マナちゃん、ここ男子トイレだよ?」

「問題ない。

……お弁当、もってきた」

そう言って、鏡の中で僕の肩越しにランチボックスを見せる彼女は、もう1人の幼馴染、マナちゃんだった。

「あ、玄関に忘れてた?」

道理で、カバンが軽いと思っていたのだ。

「愛妻弁当、置いてかれたら悲しい」

「ごめんなさい」

愛妻弁当かはともかく、せっかく用意してくれたのを忘れた事は謝る。

彼女はその格好の通りスーパーメイドで、ニンジャだ。

毎日、無表情で家事をこなしてくれる彼女に、僕もみづきも頭があがらなかった。

「もちろん許す。

幸兎なら食べなくても許す。

幸兎なら、お弁当もわたしも好きにしてかまわない」

そう言って、僕の背後で頬を押さえて、身体をくねらせるマナちゃん。

鏡の向こうのその表情はいつも通り、凪をキープしていた。

「いや、ちゃんと食べるよ」

そう言いながら鏡から目を離して、僕はハンカチを取り出し手を拭く。

「そうだ、せっかく学校来たんだし、いっしょに、べんきょ……」

そう言いながら振り返ると、彼女はすでに消えていた。

「……」

出ていく気配すらなかった。

さすがは、スーパーメイドニンジャである。

僕は洗面台に置かれたランチボックスを取ると、トイレを後にした。

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