脱出計画を立てよう
校内に戻った時、すでに昼休みは半分終わっていた。
クリームパンとメロンパン、そしてコーラの入った袋を抱え直して、美術室へ急ぐ。
僕は、いつもの窓から旧校舎の中に入る。
けれど、階段まで来た時、本の塔が目の前を歩いているのを見つけた。
ふらふらと廊下を移動するそれは、葉徳院さんだった。
なぜか大量の本や雑誌、そして大きな紙を丸めた筒みたいなのを抱えている。
「葉徳院さん、どうしたの?」
「有坂くん?
今日はずいぶんと……おそかったのね」
「ごめん、待たせて。
運ぼうか? 美術室だよね?」
「半分、お願いできるかしら?
これもあるから、面倒だったのよ」
その言葉に、彼女は紙の筒を見せて、肩をすくめた。
「……あと、待ってないから」
「うん、わかってるよ」
「笑いながら言っても、説得力ないわよ」
「そうだね」
彼女から本を半分受け取って、2人で美術室に向かう。
『1984』、『われら』、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、『幼年期の終わり』、『われはロボット』……
ほとんど文庫本のそれは、小説みたいだった。
……彼女が、絵以外で何かしてるのを見るのははじめてだった。
無言で歩いて3階まで来た頃合い。
「……昨日は、ごめんなさい」
と、葉徳院さんは前だけを見て呟いた。
「ちょっと、気がたってた」
「僕こそ……ごめん。
葉徳院さんの言う事も、間違ってないと思う。
ただ……」
「……」
「なにかするなら、手伝わせてほしい、かな」
そう言うと、彼女は、なぜか足を速めた。
慌てて僕も早足になる。
やがて、廊下の突き当たり、美術室に到着する。
葉徳院さんは戸を器用に開けながら「ありがと」と小さく言った。
美術室は昨日とほぼ変わっていなかった。
中途半端にカーテンの開いた窓、画材の置かれた机、所々絵の具で汚れた床と壁。
唯一、描きかけだったキャンバスに、どこから持ってきたのか白い布がかかっていた。
……あの、誰かの肖像は、顔を描いて貰えたんだろうか?
そんな事を考えていると、葉徳院さんは、机の物を全部床に落として、持ってきた雑誌を置きはじめた。
「……そっちの小説は、椅子にでも置いといて」
そう言って彼女が広げた雑誌には、どれも『超科学マガジン アトランティス』と冠されていた。
『古代文明の予言する、世界の終わり!』
『大予言、恐怖の大王の謎!』
『異次元からのコンタクト〜わたしは異世界人の子を生みました〜」
『日本UFO目撃多発地帯とカッパ!』
『日本怨霊地図、呪いの連鎖は人を遠ざけるのか?』
『宇宙カッパは潜伏している!』
うん、頭が痛くなりそうだ。
最後のなんか、真亜智先輩が喜びそうだし。
「……この本、どうしたの?」
「ここの図書室で拝借してきたのよ。
調査用にね。
新校舎に持ってってないって事は……破棄扱い、なんでしょうね。
この雑誌も最新のバックナンバーは無さそうだし……」
「この小説も調査用?」
「そっちは……ただの趣味よ。
……ねえ、手伝って」
葉徳院さんはそう言いながら、紙の筒を広げはじめる。
彼女を手伝って、一緒に紙を広げて黒板に貼り付ける。
それは手書きの、この街の地図だった。
「これは、社会科準備室にあったの」
……卒業した誰かの作品だったんだろうか?
深陽大付属を中心に、商店街や住宅街。
更には街の北の山や南の海岸と湾。
東と西の国道とかも描かれていた。
「……有坂くん、私、この学校どころか、この街の人間じゃないから、地理がわからないんだけど……
この街から出る道はいくつあるの?」
その言葉に彼女の顔を見る。
スマホやパソコンとかで調べた方が早いと思うけど。
でも、彼女の真剣な表情を確認して、僕は黒板にあったマグネット3つを、街の東、西、北に貼り付けた。
「東の、ちょっとした峠を越えた先の国道と、西の陸橋。
北は旧道だけど、隣の市内に抜けるトンネルがあるよ」
「……トンネルは知ってるわ」
そう言いながら、彼女は美術室内を見回す。
そして、床にあった木炭を拾うと、北の山の中腹に印をつけた。
「……そこに何かあるの?」
そう尋ねると、彼女は一瞬唇を震わせて、けど僕をしっかりと見つめて応える。
「うちの別荘……まだ、何かしら物資が残ってるはずよ。
……ところで、海岸の、湾の向こうにある建物っぽいのは何?」
「ああ、これ?
原子力発電所だよ。
昔からあるやつ」
「……そんなものまであるの?」
確か、前の町長が誘致した、とかじゃなかっただろうか?
僕らが生まれる前の話だから、詳しくは知らないけど。
僕の説明に葉徳院さんは少し俯いて考えていたみたいだけど、すぐに顔をあげる。
「とりあえず、発電所は置いときましょ。
私達にできる事はないだろうし。
まずは……調達班が街の出入り口を調べたか聞かないとね」
「……やっぱり、外を目指すの?」
「そのつもりよ……いずれは。
例え、私1人でも」
「わかった、じゃあ、その時は付き合うよ」
僕の言葉に、彼女はふいっと顔を背ける。
「というか、みんなついてくと思うよ?
だから、1人でも、なんて言わないでよ」
「……あなたって、ほんと……」
葉徳院さんはそう呟いて、窓の外を眺めていた。




