星条旗と税込価格
昼休み。
「……しまったなあ」
いつものように旧校舎へ向かおうとした僕は、ある事に気が付いた。
朝、千鶴屋に寄るのを忘れていたのだ。
「コンビニに行くかな……」
「え?今から?」
「うん、パンとコーラ、買い忘れたから。
松畠先輩も気になるしね……」
僕の言葉に納得した様に頷くみづき。
「私も行こうか?」
「いいよ、すぐ戻るし。
お昼、食べといて」
みづきにそう伝えて、僕は1人、教室を後にした。
まあ、校門から歩いて1分くらいなんだけどね。
人のいない校庭を抜けて、セミも鳴かない通学路へ出る。
頭の上の太陽は、通行人の有無に関係なく、僕と道路を炙っていた。
うん、失敗したかもしれない。
回れ右しそうな脚を動かして、コンビニの青い看板を目指す。
鉄板で焼かれるお魚の気持ちが理解できそうになった頃合いで、僕はコンビニに到着した。
青い看板の下の自動ドアをくぐると、チープな音楽と冷気が僕を出迎えてくれる。
「……先輩?」
けれど、いつもの先輩の声はない。
レジは、無人だった。
「松畠先輩? 裏ですか?」
レジ台に置かれたベルをチリンと鳴らしてみたが、応えは無い。
彼女の気配は、ここにはなかった。
「……先輩っ! 入りますよ!?」
了承の返事も待たずにレジの奥へ。
表よりも少し薄暗いそこは、きちっと並べられた在庫と、小さなデスクと椅子だけだ。
その上のディスプレイが、空虚な店内の様子を映し出している。
とりあえず、そこで倒れたりしてない事は確認できたが、彼女の姿がない事に変わりはない。
「先輩……」
無人のパイプ椅子を見ながら、もう一度先輩を呼ぶ。
と、在庫の奥から音が聞こえる事に気が付いた。
「先輩っ!」
その方向に進んで、僕は鉄製のドアを見つけた。
ちょうど、棚の奥の見えづらい位置にあったソレを、躊躇なく開ける。
同時に、道路と同じ熱気が皮膚に襲いかかってくる。
そこは、コンビニの真裏、ちょうど隣の建物との狭間になった場所の様だった。
「……有坂、くん?」
そこに、松畠先輩はいた。
水の出ているホースを片手に、何故か肌色の面積が多いビキニ姿で。
しかも、星条旗柄だった。
「すいませんでした」
コンビニ店内。
今日何度目かの謝罪に、松畠先輩は困った様子で頬をかいていた。
もちろん、すでに、コンビニの青っぽい制服姿だ。
「……いや、こちらこそ申し訳ない。
いくら、今の時間は客が少ないからって、店を気にしなくていい事にはならなかった。
……それにあろう事か、君に心配をかけて、見苦しいものまで……」
「そんな事ない……あっ、ちが、そうじゃなくて!
勝手にお店の奥に入った僕が悪いでしょ、どう考えても」
僕の言葉に納得した様子はなかったけど、それでも先輩は「そうかな?」と呟き謝罪をやめた。
「でも、なんだって、あんなとこであんな格好……」
「いや……実は、1週間以上家に帰れてなくてね」
知っている。
「仮眠は隙を見つけてとってはいるんだけど……お風呂がね。
さすがに客商売でこれはマズイだろう?
だから、客のいない時間帯に水だけでも、と」
「……ビキニだったのは?」
「……外で全裸になるのは犯罪だよ?」
「その柄は?」
「……バックヤードにこの柄が置かれてたんだ。
……たぶん、誰かの私物、だったのかもね」
なるほど……?
……というか、店を閉めて帰るなりしてはいけないんだろうか?
「家でお風呂に入ったらいいんじゃ?」
「交代要員がいないからね、仕方ない」
それも知ってるけど、仕方ないことはないだろう。
「お客なんて……少ないんですし、店を閉めたら……」
「私にそんな権限はないよ。
それに、確かに客はいないように見えるけど……」
と、テレテレテレーと軽いメロディーが流れる……嫌なタイミングでお客だった。
先輩と一緒にレジに出る。
すると、そこには酔っ払いがいた。
もちろん、清夜歌先生だ。
「……あり?
今日は店員が2人に見えるな?」
「すまないが、有坂くん」
先輩に促され、カウンターの外に出る。
レジカウンターには、すでに数本のビール缶が積まれていた。
「……」
「あ、タバコ、いつもの1つ」
無言でレジに通す先輩に、タバコを要求する清夜歌先生。
「申し訳ありませんが、番号でお願いします」
そう言って先生を一瞥すると、またビールへと目を戻す。
「えー、いつものだよ」
「申し訳ありませんが」
「……76番」
渋々と番号を言う先生と、言った瞬間にタバコを取る先輩。
お互いわかりきった感じのやり取りだった。
「……年齢確認をお願いします」
「お前わかってんだろうが!
毎回毎回よぉ!」
「決まりですので……先生は小学生にしか見えませんし」
「だからって、あたしが日によって若返るわけじゃあないだろうに。
ほんと、昔から生真面目だねえ」
まあ確かにそうなんだけど。
根本的な問題として、昼休みに呑んで、喫煙は問題ないんだろうか?
そんな事を考えていると、先生がこちらをジロリと見る。
「んだよ、有坂、その目は」
「いえ、こんな時間から酔ってて、大丈夫なんですか?」
「酔ってねーし。
あたし酔わせたらたいしたもんだよ」
「酔っ払いはみんなそう言うね……
税込4515円になります」
「え? まだ金取るの!?
てか、税金も取るの!?」
「……私に言わないで欲しいかな?
税金に文句があるなら、選挙に行くべきでしょう」
そうだろうか?
「……松畠はほんと、生真面目だなあ」
清夜歌先生はぶつぶつ言いながら、料金を税込で支払った。




