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崖っぷちの僕ら  作者: 茜想作
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禁断の地と誰かの声


「……あれ?」

夜。

マナちゃんの夕飯を食べた後、僕は居間で今日の分の復習をしようとしていた。

英語、古文、哲学……とノートを広げていって、手が止まる。

数学のノートだけが、なかった。

思い出してみれば、最後の自習で使った後、カバンに仕舞った覚えがない。

「もしかして、机に入れちゃったかな?」

そんな気もする。

とりあえず、テーブルの隅っこにノートを積む。

さて、どうしたもんだろうか。

……台所では、マナちゃんが洗い物をしてる気配があった。

そして、みづきは……鑑賞会前にシャワーかな?

彼女のスマホだけがテレビ台の端で充電コードに繋がれていた。

ポッケの時計を見ると、20時15分。

……取ってくるかな。

僕は家事の邪魔をしないよう、メモだけ残して、そっと家を抜け出した。

……部屋着のままだけど、どうせ、人なんて見てないしね。


僕が居候してる山根家は、山の手側の住宅街の中にあった。

そこから坂を下って雑木林の横を抜けたら川がある三叉路。

そこの橋を渡って千鶴屋の前から再び住宅街に入ったその先が深陽大付属の校門だった。


「今日も星がきれいに見えるなあ……」

街灯がぽつぽつ点く街中をゆっくり歩く。

一週間前から、星は一段ときれいに見えるようになっていた。

……その分、地上の明かりが減ってるって事だろう。

星をチラチラ見ながら、坂を下っていく。

……そうだ、ついでにコンビニにも寄ってこうかな?

それで、旧校舎に顔を出してもいいかもしれない……

「……あ、財布持ってきてないな」

けど、取りに戻るのも面倒だった。


「…………」

不意に、誰かの声が聞こえた、気がした。

立ち止まって、辺りを見渡す。

そこは丁度、坂の中間くらい。

暗い雑木林の前だった。

……風の音、だったんだろうか?

木々がかすかに揺れる音だけで、何も聞こえない。

とりあえず、歩き出そうとして。

また、聞こえた。

本当に小さくか細い、木のざわめきに消えそうな、そんな声が、林の奥から聞こえた、気がした。

「……誰か、いるの?」

応えはない。

けれど、聞こえてないだけかもしれない。

返事ができない状況、なのかもしれない。

それに。

「ここ、まだ、見てなかったな」

あの日、僕らは街じゅうを探し回った。

だけど、この雑木林はちゃんと確認してなかったのだ。

もちろん、街の人全員が入る広さなんてない。

「でも、もしかしたら、誰か……」

いたのかもしれない。

もちろん、それ以外、弥生塚さんとか、真亜智先輩とかの可能性もあるけれど。

「……」

林へと、一歩足を進める。

それだけで、星の光も見えなくなる。

湿った空気が鼻をくすぐる。

肌に触れる空気も冷たくなった気がして、

思わず僕の脚は止まってしまった。

「……っ」

深呼吸で速くなった息を押さえつける。

何か、明かりが必要かもしれない。

僕はポッケを探って……

目の端を、何かが動いた。

ゆっくりと、そこに焦点を合わせる。

けど、何も見えない。

ただ、暗闇が広がってるだけだ。

けれど、その闇が、影がうごめいているように見え……

「……バアッ!」

突然、白いモノが目の前に飛び出した。


「……せーんぱい、何してるんですか?

そんな格好で」

「こ、恋路ちゃん……驚かさないでよ……」

木の影から出てきたのは、恋路ちゃんだった。

恋路ちゃんの言葉に、自分がダボダボのTシャツと半ズボンなのを思い出す。

顔が熱くなるのを振り払って、僕は彼女に尋ねた。

「恋路ちゃんこそ、ここで何してるのさ?

そんな格好で」

私服だろうか?

いつもの制服と違う、フリルのついた白いブラウスとスカートが、

彼女の人形っぽさを強くしていた。

「かわいいですよね?」

そう言って、くるりとその場で回転してみせる恋路ちゃん。

……確かに、かわいいし、似合っていた。

でも、雑木林でする格好じゃないと思う。

まあ、僕もだけど。

「それで、先輩は何やらぼうっとしてたようですけど……」

「あ、そうだ、誰かの声、聞こえなかった?」

「この時間に、ですか?

……カブトムシでも採ってるのでしょうか?」

いるんだろうか。

セミも鳥もいなくなってるのに。

「って、そうじゃなくて、真面目な話!

恋路ちゃん、なにか喋ってた?

そもそも、ここで何してるの?」

「いやぁ、私じゃないですねぇ。

独り言は言ってないと思いますし。

……ここでしてたのは、まあ、お仕事、でしょうか?」

「仕事?」

探索隊に任された仕事だろうか?

でも、弥生塚さんが、1人でウロウロさせるとは思えないんだけど……

「先輩こそ、そんな格好でこんなとこに入ったら、アブナイですよぉ〜

……例えば」

「た、例えば?」

「遭難するかもしれません」

「遭難……」

また、冗談だろうか?

しかし、恋路ちゃんはいつも通りニコニコしていたものの、その目は真剣な色をしていた。

「ええ、もしかしたら、この林で迷子になってしまうかもしれません……

そうなったら、連絡手段とか、お持ちですか?」

「そりゃ、スマホくらい……?」

そう言いながら、ポッケを探る。

けれど、そこには時計しかなかった。

「ごめん、忘れたかも……

で、でも、ここ、住宅地の側だよ?」

人はいないけど、そこまで深くはないはずだ。

「だからこそです。

民家に近いから大丈夫だろう、そう思って中に入ってしまう。

けれども、ここは禁断の地。

パンドラの箱とか、青髭の地下室みたいなもの、というのは大袈裟ですが。

危ないから立ち入り禁止と、誰かに言われたりはしませんでした?」

恋路ちゃんの言葉に首を傾げる。

……確かに、昔、子供の頃には言われたかもしれない。

「じゃあ、ここ、何かあるの?」

「どうでしょう?

それこそ観測するまでわからないかもしれないです。

シュレディンガーの猫みたいに。

……ですが、まあ、論理的かつ現実的にお話するならば……

用水池がありますね、この奥に」

「用水池……」

「ええ、ですので、例えば、探検に来た子供が落ちて……という事もあり得るわけです」

……彼女の言葉に想像してしまう。

幼い子供が林の中に駆け込んで、そして、目の前で池に落ちて、誰の助けも得られず沈んで……

「大丈夫ですか、先輩?

すごく、顔色が悪い様子ですが……」

恋路ちゃんの声が遠かった。

足元がフワフワして、お腹の中を夕飯がグルグルうごめいていて、僕の頭も冷たくなって。

不意に肩に誰かの手が置かれた。

「……幸兎」

「マナ、ちゃん」

メイド姿の幼馴染が、僕の背後に立っていた。

彼女に抱きかかえられて、その温度に身を委ねる。

冷えた身体が温まるのを感じた。


「幸兎を保護してくれた事は、感謝する。

けど……悪趣味」

「ええ……ひどいですよ、マナちゃん先輩。

まあ、やりすぎましたけど」

マナちゃんの言葉に恋路ちゃんは笑顔で応える。

「これに懲りたら、ちゃんと、目を離さないようにしてくださいね」

「わかっている。

……貴女こそ、吸血鬼はいいの?」

意味はわかる、けど耳慣れない単語。

「ご心配なさらずとも。

……全く、趣味が悪いのはどっちなんですかね」

そう言って恋路ちゃんは林の外へと去っていった。


……どれだけ抱きしめられていたんだろうか。

「帰ろ、幸兎」

不意にマナちゃんが囁く。

「わかった、もう大丈夫だよ……」

その言葉に答えず、マナちゃんは僕の身体を支えたまま、膝裏を抱え込む。

……お姫様抱っこだった。

「このまま運ぶ」

「やめてください」

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