ちゅーるが最優先(人は猫様には勝てない)
底辺作家が書く底辺生活者の話
大体実話。
Xに載せてる散文をまとめています
今日は給料日だった。
つまり人類が、一ヶ月で最も強くなれる日。
奏は昼休み、珍しく足取り軽く半田屋へ向かった。
「……今日は、いける」
財布には、まだ金がある。
支払いテトリス前の、最後の黄金時間。
奏は券売機の前で、静かに深呼吸した。
そして。
ご飯、普通盛り。
さらに目玉焼きの乗った焼肉。
ほうれん草の胡麻和え。
そして豚汁。
「…………」
豪遊だった。
前給民にとって、
これはもう“宴”である。
奏は席に座り、
湯気の立つ豚汁を見つめながら、
静かに頷いた。
「生きてる……」
午後から眠くならないよう、
エスタロンモカも二錠投入済み。
完璧だった。
少なくとも、
その時までは。
◆
午後。
研修室。
「では次、佐藤さんロープレお願いします」
「はい」
「次、田中さん」
「はい」
そして。
「では次、奏さん」
「…………はい」
まただった。
今日だけで三回目。
奏は嫌な汗をかいた。
(……なんで僕だけ朝からロープレ多いんだ?)
脳内で、
嫌な記憶が再生される。
午前。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
意識が飛んだ。
カクン。
ってなった気がする。
(……居眠り……バレた……?)
奏は静かに震えた。
だが。
今さら引き返せない。
なぜなら。
モカ二錠は、
すでにキマっていた。
◆
僕は今日、
Suica定期券をチャージした。
ついでにいつもより多めに金額も入れた。
奮発だ。
改札を通る。
残高を気にしなくていい。
それだけで、
少しだけ世界が軽くなった気がした。
さらに。
バンドルカードの支払いも終わった。
つまり、またチャージできる。
「……よし」
なんとか。
今月も生きられそうだ。
明日は食材を買おう。
ちゃんとしたやつ。
もやしだけじゃない。
今日はJRを使ってもいい。
だって定期券だ。
“無料”みたいなものだ。
僕は少し浮き足立ちながら、
帰りの電車へ乗り込んだ。
窓の外、
夜の仙台。
疲れてはいる。
でも今日は、
ほんの少しだけ気分が良かった。
帰りにスーパーへ寄ろう。
コンビニじゃない。
スーパーだ。
もしかしたら、
半額のお惣菜がまだ残っているかもしれない。
そう思うだけで、
少しだけ楽しくなる。
「……今日は、焼き鳥じゃなくてもいいかな」
そんなことを考えながら、
僕は揺れる電車に身を預けた。
◆
スーパーは、
まだ戦場だった。
だが。
奏は勝利した。
半額シール。
貼られた惣菜。
唐揚げ。
焼きそば。
そして。
小さなポテトサラダ。
「……勝った」
奏は静かに呟いた。
給料日直後。
定期券。
地下鉄。
そして半額惣菜。
今日の自分は、
かなり強い。
帰り道、
足取りすら少し軽かった。
(今日は帰ったら動画見ながらゆっくり食おう……)
誰にも邪魔されず。
静かな部屋で。
前給(猫)を撫でながら。
完璧だった。
少なくとも、
部屋のドアを開けるまでは。
「お、帰ってきた」
「遅かったな奏」
「…………」
いた。
海斗。
颯太。
当然のように。
人の部屋に。
「…………なんでいるんだよ」
「前給(猫)が寂しそうだったから」
海斗が猫を抱えながら言う。
前給(猫)は完全にくつろいでいた。
裏切り猫。
そして。
颯太の視線が、
奏のスーパー袋へ落ちる。
「お」
海斗も気づく。
「おお! 半額戦争勝ったじゃん!!」
「…………」
「唐揚げだ!!」
「焼きそばだ!!」
「ポテサラある!!」
「…………」
奏は静かに思った。
終わった。
僕の夕飯が。
「三人ならちょうどいい量だな!」
「よくねぇよ!!!!」
◆
「最後の一個な」
海斗が唐揚げを掲げた。
奏は即座に手を伸ばす。
「それ僕のだろ!!」
「いや共有財産だから」
「いつからだよ!!」
颯太は焼きそばを食べながら言った。
「じゃんけんでいいじゃん」
「よくない!! 買ってきたの僕!!」
「でもお前、ポテサラかなり食ったぞ」
「うっ」
図星だった。
奏は黙る。
海斗がニヤニヤ笑う。
「よーし。最終決戦だ」
りたこまで、
テーブルの上を見つめていた。
「じゃーんけーん」
三人が拳を構える。
「ぽん!!」
海斗、グー。
颯太、パー。
奏、チョキ。
「……………………」
全員止まった。
「全滅じゃねーか!!」
「なんだこの結果!」
「やり直し!!」
奏は思わず吹き出した。
疲れてた。
眠かった。
金も不安だった。
でも。
笑っていた。
気づけば、
さっきまでの
“支払いテトリス”のことなんか、
少し忘れていた。
海斗が唐揚げを見つめながら言う。
「……これ冷めたな」
「お前が騒ぐからだろ!!」
古いアパートに、
また笑い声が響いた。
「じゃーんけーん――」
その時だった。
ニャア。
全員止まる。
机の下。
そこには、
じっとこちらを見上げる、
三毛猫・前給(猫)の姿。
「……あ」
奏が固まる。
海斗が言った。
「お前、ちゅーるやった?」
「…………」
「やってねぇな」
「忘れてたな」
奏は視線を逸らした。
さっきまで、
“最後の唐揚げ”で頭がいっぱいだった。
前給(猫)は静かに座っている。
だが。
その目は訴えていた。
『あたしのちゅーるは?』
「…………」
颯太が呆れた顔をする。
「最低だなお前」
「人として終わってる」
「ち、違っ……! 今日色々あって……!」
海斗が立ち上がった。
「前給!!今ちゅーる持ってくるからなー!」
「お前なんで僕んちの場所わかるんだよ!!」
「お前の家だから」
「意味わかんねぇよ!!」
前給(猫)は、
そんな騒がしい人間たちを見ながら、
満足そうに尻尾を揺らした。
最後の唐揚げは、
その隙に冷めた。
気が向いたら読んでみてください。
カクヨムにも同じ話をのせてます。
よろしくお願いします。




