第86話 C100夏 設営日 まんレポに載るなんて
一斉点検練習が終わったあと、スタッフ以外の設営参加者は反省会へと向かう。
入れ替わるようにして、ホールのスタッフはにわかに忙しくなる。
「搬入を前倒すかもしれないんで、机シールよろしくお願いします!」
本部の呼びかけに、ホールにいたスタッフが集まる。前回の設営日よりも人数が多いような気がした。
「どのブロックでも良いんで持って行って! あっ、一応地図で確認しながらね! 人数多いからふたりひと組で!」
本部スタッフが手当たり次第に机シールの台紙を手渡している。
台紙を受け取ったスタッフは、すぐさま地図の載っている設営マニュアル片手にブロックへと向かう。
「はい、よろしく」
「はい」
そうしてさとりが受け取ったのは、偶然にも『よ』ブロック。
ふたり組を作るのに誰かいるかと振り返ると、小太郎が設営マニュアルを持って立っていた。待っていてくれたようだ。
「一緒に行くか」
「うん」
コミマでは色んな人と一緒に業務をしたが、やはり小太郎と一緒に作業するのが緊張しないで済む。
「ブロックは?」
手元をのぞき込んでくる小太郎に、シールのブロックを見せる。
「『よ』ブロック」
「わかった」
今回はあまり長くいられないかもしれない、自分の担当ブロック。
せめて机シールだけでも、綺麗に貼りたいと思うさとりだった。
机の側面。その真ん中に、真っ直ぐに。
多少ずれても気にされはしないだろうが、さとりは綺麗に貼っておきたかった。
木の机は真ん中に釘が打ち付けられており、その位置に合わせれば良いのでわかりやすい。
「丁寧にやるんだな」
さとりの作業を見て、小太郎が感心する。
「うん。何となく、その方がいいかなって」
「そうだな」
そこから、小太郎も時間をかけて丁寧に作業をするようになった。
さとりは心の中で感謝しながら、シールひとつひとつに願いを込める。
サークルさんたちが、楽しく、気持ち良く、そして安全に過ごせますように。
本部に戻って次の作業を探し始めたところ、突然後ろからふわりと抱きしめられた。
「さとりちゃーん」
「ポエさん」
少し暑いと感じたが、振りほどくのも悪い気がして、されるがままになる。
「あっ、そうだ」
やがて何か思い出したように声を上げ、ポエが離れた。
「さとりちゃーん、いえーい!」
突然片手を上げて、満面の笑みでさとりを見る。
「えっ、い、いえーい?」
パチッ
ポエの真似をして片手を上げると、勢い良くハイタッチをされた。
何だかわからなかったが、ポエは満足そうにニコニコしている。
「『まんレポ』見た?」
「『まんレポ』?」
「えっ、見てないの!? 私とさとりちゃんが載ってるのに!」
「えっ、載ってる?」
何のことかさっぱりわからず、戸惑うばかり。
ポエはもどかしげに周囲を見回すと、
「ちょっと、誰かカタログ持ってませんかー?」
と、近場にいるスタッフに声をかけた。
「こっちあるよ。本部用だから持ってかないでほしいけど……」
「ここで見まーす!」
「なら良いよ」
差し出されたカタログをぱらぱらとめくってゆく。
サークルカットが並ぶページを通り越し、分厚いカタログの後ろの方をめくる。
「カタログは隅から隅まで読まないとダメよ」
冗談めかしてそう笑う。カタログはかなりのページ数になるので、さすがにスタッフであってもすべてのページを確認することは稀だ。
さとりも、冒頭の注意書きと、ジャンル配置、あとは自分の担当するブロックのサークルをひと通り確認する程度。
「えっとね……どこだったかしら。あ、あったあった」
ポエが開いたのは、漫画レポート、通称『まんレポ』と呼ばれるページ。
そこは参加者がコミマの思い出をひとコマに書き、それを集めて掲載するページであった。
「ほら、ここと、ここも!」
そこにはサークルカットより簡素ではあるが、さとりとポエらしきスタッフが手を振る様子が描かれていた。
『手を振ってお見送りのスタッフさん、ありがとうございました!』
そしてその隣のコマは、ハイタッチをする手の部分だけが描かれ、感想が添えられていた。
『帰りのハイタッチ、すげー気持ち良かった。「良いお年を」で今年のオタク締めするの最高』
前回の冬コミ最終日の閉会後。ポエに連れられて行ったエントランスでのお見送り。
「まんレポに載るなんてすごいわ! さとりちゃんもすっかり立派なコミマスタッフね!」
「そ、そうでしょうか……」
「もちろん!」
戸惑いが少し。そして、じわじわと湧き上がる嬉しさ。
自分の行動で楽しんでくれた人がいて、こうして手を動かして投稿までしてくれる。
さとりはまた、そのコマを見返す。
コマに書かれた「ありがとうございます」の文字を指でなぞる。
前回見送った誰なのかはわからないが、今回もコミマに来ているかもしれない。
(頑張ろう)
自分の中に、元気が芽生えるのを感じた。
『サトよ』
「はいっ」
突然玉に話しかけられ、思わず大きな声で返事をしてしまう。
幸い周りには玉しかいないが、傍から見れば急に声を上げる変な子だっただろう。
「どうしたんですか、玉さん」
『……』
相変わらず言葉少なく考えていることも伝わりにくいのだが、玉はさとりの側を抜けて数歩先に行き、ちらりと振り返った。
「あっ」
ついて来いということだろうか。
さとりが歩み寄ると、玉は前を向いて歩き出した。アトリウムに出るようだ。
スタッフと前日搬入のサークル参加者が数人ずつ。がらんとしたアトリウムの端に、見覚えのある男性スタッフの姿があった。
「田尾手さん」
「やあ、深川さとりさん」
ふたりを引き合わせて役目は終わったと言わんばかりに、玉がさとりの側へ寄ってきた。
「見てよこれ」
苦笑い混じりの田尾手が、壁際の床を指さす。
そこには、釘、ネジ、針金、ボルトなどがこんもりと置かれていた。
「えっ、こんなに集まって」
両手で持ってもあふれてしまいそうだ。そこそこの重量にもなるだろうし、ビニール袋ならギリギリ破れないだろうか。
「やっぱり君の指示だったんだ」
「そう、ですね」
朝、玉と一緒に異形へお願いした金属拾い。
彼らの協力で、小さいながらも多くの危険が取り除かれたと言える。
見回しても彼らの姿は不思議と見当たらない。
「……あの、彼らにお礼がしたいときはどうすれば良いんでしょう」
「お礼か。特に気にしてはないだろうけど、お供えみたいなものがあれば喜ぶだろうね」
「お供え」
神社の奉納品を思い出す。
真っ先に目に浮かぶのは、日本酒の一升瓶。
『杏が良いの』
「それは玉さんだけですよ。それに杏は分けにくいです」
冗談とも本気ともつかない玉の発言を流して、田尾手に尋ねる。
「お酒だとどうでしょうか」
冬コミで巨牛も飲んでくれたし、異形たちも喜んでいたような気がする。
「ああ、それは良い。だけどコミマに持ってくるのは難しいんじゃないかな」
「それは……」
お酒は二十歳になってから。
コミマには、酒の持ち込みは禁止されていないが、飲酒は禁止されている。
『やはり杏じゃの』
「そんなにたくさん持ってこれません」
『むう』
不満そうな玉を見て、田尾手が愉快そうに笑う。
「へえ。そんな冗談を言い合えるなんて、ずいぶん親しくなったようだね」
『……』
玉は田尾手をキッと睨みつけると、半歩さとりに寄り添った。
恐らく玉は冗談ではなく本気で山盛りの杏を望んでいるような気がするが。
それはそうと、神社で何とか日本酒を調達して、明日供えるのが良さそうだ。
「私が注いだ方が良いんですよね」
「そうだね」
以前にそんなことを言われた。
神社の関係者だからだろうか。
「深川さんが構わないなら、いくつか場所を作っておくよ」
「場所、ですか」
確かに、会場内で急に酒を振り撒き始めるわけにいかない。
「何箇所か候補がある。お酒を使える場所を地区で準備するよう言っておくよ。今回ばかりは神頼みも受け入れられるだろう」
事も無げに言うが、当日になって急にそんな変更が可能なのだろうか。
つかみどころのない目の前の男性スタッフ。
だが少なくとも敵では無さそうだ。
今はそれだけで良しとしよう。




