第85話 C100夏 設営日 スタッフさん
「何か大変だったな」
「見てたなら助けてほしかった」
早々に気疲れを感じながらさとりが口をとがらせる。
小太郎は一部始終を遠くから見ていたらしい。九条の知り合い達にいじられている様子を微笑ましく見ていたらしいが、さとり当人はそれどころではなかった。
「ほんとに大変だったんだよ」
「九条さんがいるから、大丈夫かなって思って」
「それは、そうだけど」
小太郎の言うように、九条はあのお爺さん達から庇ってくれた。
その後彼らは九条に強く指示されて東地区へと向かって行った。元々東の下見に来たのだそうだ。
小太郎と西1ホールへと入る。
がらんとしたホールだが、久しぶりに戻って来たという感慨もある。C97冬から4回目。さすがに慣れてきたということだろうか。
設営参加者が集まってラジオ体操をしている。その周りには、いつものように異形たちの姿も見える。
だが今日はホールのあちこちに異形がいる。何か探し回っている様子が見て取れた。
(本当に協力してくれてるんだ)
正確に言えば玉が協力してくれて、その玉に言われたからかもしれない。
もちろんラジオ体操に混じっていたり、ただウロウロしたりするだけの異形もいるが。それでも何割かの異形が協力してくれていることに変わりはない。
(ありがとう、ございます)
何かお礼ができれば良いのだが。後で玉に聞いてみようか。
机の下ろしが始まると、ホール内はにわかに活気を帯び始める。
こと夏コミは夏の暑さもあってか不思議な熱をはらんでいる。節目の回ということもあってか、前回よりも設営参加者は多いように思えた。
ジメジメとした湿度の高い空気だが、台風の影響もあってか温度は去年ほど上がりきっていない。
外周の『れ』ブロックにあっという間に机が置かれ、さとりと小太郎で位置の調整をしているうちに、並行作業の『や』から『る』もあっという間に島が出来上がっていた。
しかし、すべてが順調かというとそうはいかない。
「壊れ机だな。ちょっと交換してくる」
「うん」
小太郎が畳んだ机は、ひと目見て天面の木の表面が剥がれているのがわかった。
万を超える机が搬入されてくる以上、いくつかの不良は紛れ込むらしい。
「すみません」
「はい?」
集積所へと机を運ぶ小太郎の背中を見送っていると、ふたりの男性が話しかけてきた。
「スタッフさん、ちょっと確認してもらいたくて」
「あ、はい」
近くにいるスタッフが自分だけであることを思い出し、不安を隠して返事をする。
「あそこなんですけど」
「『ゆ』ブロックの端の位置が変じゃないですか?」
ふたりの言うように、『ゆ』ブロックの端が机ひとつ分飛び出している。明らかに不自然だが、
「本当ですね。えっと」
手持ちの配置図を見ても、そのようになってはいない。
なぜそうなったかは、すぐにわかった。
「床のテープの貼り間違いですね。机の数が間違ってます」
床のテープがズレて貼られている。俯瞰して見ればすぐにわかるが、机を運んで組み立てる中では気づきにくいのかもしれない。
「えっと、隣の『や』ブロックは正しいので、そっちに数を合わせてもらえますか」
「了解!」
「余った机は持っていきますね」
協力的なふたりの参加者は、汗をひと拭きして元気な笑みを見せ、机を持ち上げた。
「ありがとうございます。あとの調整はやっておきますので」
「「お願いします」」
ふたりの参加者が机を持っていくと、お誕生日席と呼ばれる端の机を正しい位置に移動させる。
木でできた机は比較的軽量ではあるが、蒸し暑い空気の中で作業するとじわっと汗の気配を感じた。
「よしっと」
ややこしいので、床にズレて貼られていたテープも剥がして貼り直す。
少し離れて『やゆよ』ブロックを眺める。整然と並んだ机は、図面通り。
「すみませーん、椅子置いちゃっても大丈夫ですかー?」
「あっ、はーい!」
机が並んでもまだまだ設営は続く。数台の椅子台車がやって来て、さとりに確認を取った途端にどんどん椅子を乗せ始めた。
(手際が良いなあ)
熟練者なのだろうか。
台車から椅子を引き出し渡す役と椅子を受け取って運ぶ役とに自然に分かれ、ひとスペースにつき二脚ずつ、机にどんどん乗せていく。
流れるような分担作業は、たまに椅子が台車に引っかかる場面があるものの、スムーズに進められていく。
ひとまず自分の出番は無さそうと判断し、備品が展開されつつある本部へと足を運んだ。
「貼り物はこれだから、机に広げといて」
「あいよー、バミの箱どこだっけ。ブロックPOPは赤バミで良いよな?」
「養生でもいいよー、え、バミ箱どこだ?」
ふたりの本部スタッフが備品を探しているようだ。ちょうど足元に「テープ類」と書かれた箱があるが、それではないだろうか。
「あの、足元のその箱じゃないですか?」
「えっ、おー! あったこれだ!」
「すげー足元じゃん……ありがと、深川さん」
「いえ……」
まだスタッフ証をつけていないのだが、名前を覚えられているようだ。
認識されているとは思っていなかったさとりは、内心驚いていた。
手伝えることはないかと聞こうとすると、控室からホール長の大塚が出てきた。さとりを見つけてにこりと笑う。
「お、深川さん、お疲れ様。今回もよろしくね」
「よろしくお願いします」
温かみのある低い声。
この声を聞くと、何となく『今回もコミマスタッフをやるんだ』ということを実感する。
「何か変わったことはあった?」
「あ、バミが間違っていたみたいで、ちょっと修正しました」
「えっ、本当に? どこ?」
ホールに目をやる大塚だったが、すでに対応が完了していることを伝えると感心したようにうなずいた。
「さすが深川さん。ありがとう。すっかり『スタッフさん』として判断できたんだね」
「いえ、そんな……」
「設営部には伝えておくよ」
「お願いします」
粗探しをするわけではなく、次回への反省として必要な情報なのだそうだ。
「はい、手は動かしながらで聞いてください」
大塚のよく通る声が、本部周辺にいるスタッフ全員に届く。
「このあと、一般参加者も交えた一斉点検の訓練があるので、手の空いているスタッフはなるべく参加するようにしてください」
そういえば直前集会でそんなことを言っていた。特別何かやるわけではないのだが、立ち会って設営協力の参加者と一緒に一斉点検の練習をするのだという。
「設営部が音頭取ってやってくれるので、ホール員はそれに従って動いてください。基本的にはいつもの一斉点検で良いです。それ終わったら各机のシールなどお願いするので、いるスタッフはできるだけ一斉点検に回ってください!」
「「「はい!」」」
西1ホールの一斉点検練習は『むめも』ブロックを中心として行われるようだ。
まだブロックが貼られていないので、散っていた設営参加者を搬入部のスタッフが声を上げて呼び寄せていた。
『これより、一斉点検放送を行います……』
数十人ほどの設営参加者、その半分ぐらいのホールスタッフ、数人の搬入部スタッフ。それと異形たち。
異形たちは何をするわけでもないのだが、どうやら興味はあるようで人の集まりをじっと見ている。
「呼びかけと同時に、足元や壁際の持ち主不明の荷物を探して、見つけたら誰のものかを確認していきます! 今日は練習でお手本見せますね!」
搬入部のスタッフが身ぶり手ぶりを交えて参加者に説明をする。
「こちらの荷物は、あなたのですか?」
「いいえ、違います」
「こちらの荷物の持ち主の方いらっしゃいますかー? ……という風に進めていきますが、一般参加の時はちょっと難しいかもしれません。ただ、サークル参加される時は、周囲とのコミュニケーションも兼ねて、荷物の確認、やってみてください!」
デモンストレーションが終わり、次は呼びかけとチェックの練習に入る。
参加者全員でコミマを守っている感じがする。
設営の参加者も、それを感じてくれただろうか。
当日も同じように、全員でコミマを守らなければならない。




