第83話 C100夏 拡大集会 百回目のコミマ
百回目の記念開催となるコミマ。
その当日は大いに盛り上がることが予想されるが、反面スタッフの拡大集会ではどこか緊張感が満ちていた。
それなりに余裕を持って来たはずだが、国際会議場はもう半分程度埋まっている。
世話人スタッフに誘導されて席につき、さとりはメモ帳の用意をする。
『サトよ』
「あ、玉さん。お疲れ様です」
『……』
言ってから、玉にスタッフの挨拶をしてしまったと気づく。
玉は特に気にした様子もないが、コミマ当日でもないのにどうしたのだろう。
「お久しぶりですね。またよろしくお願いしますね」
直接会うのは冬コミ以来。間接的には夢で会っているが、あれは含めて良いのだろうか。
『うむ。また杏を供えるように』
「わかってますよ」
本当に好きなのだなあと微笑ましく思う。
今日はそれを言いに来たのだろうか。
「今日は打ち合わせだけで、お弁当は出ないですよ」
『……そうか』
表情は変わらないが、どこか残念そうだ。
そういえば夢の中で、
『我らには、あの場所の道理がよくわからぬ』
と言っていた。
もしかして、今日はその道理を知りにきたのかもしれない。
拡大集会を聞きに来たその真面目さには感心するが、席を詰めなければならないこの会議場では、玉と隣り合って座ることはできない。
『杏は無いのか……』
とても残念そうだ。
狐なので正確なところはわからないが、がっくりと肩を落としてとぼとぼと去っていった。
どうやらただ杏が目当てだったようだ。
周囲の雰囲気もどこか張り詰めていて、いつものコミマと少し違っているのを肌で感じる。
「……というわけで、百回記念のイベントは盛りだくさんなのですが、反面非常に厳しい警戒態勢を敷きます。先ほど代表からもありましたが、実は湾岸署との調整がまだまだ途上でして……今日が三拡なんですが、詳しくは今後お知らせすることになりそうなんですね」
館内担当のみの部署別に移ったあともその空気は継続していて、館内統括の真剣な目が空気を引き締めていた。
「館内もフル回転することになると思います。で、直前集会はできるだけ来るようにしてください」
言葉の通りなのだろう。
ホールの中の安全を直接守るのは、その時ホールにいる参加者、そしてそれを先導するのはここにいる館内スタッフに他ならない。
早めに切り上げられ、次にホール毎の打ち合わせに移る。
移動時間に入ってから、そこかしこで会話する声が聞こえてくるが、はしゃぐような声は聞こえてこない。
さとりのいる西1ホールは、前回から大きく人数を減らしたこともあってか硬い表情のスタッフが多いように感じる。
ホール長大塚は、西1のスタッフを見回すと、よく通る低い声を上げた。
「西1ホールの皆さん、お疲れ様です!」
「「「「お疲れ様です!」」」」
力強い声が返ってくると、大塚は満足そうに頷いた。数カ月ぶりの西1ホールスタッフを見回し、ほんの少し笑みがこぼれる。
「では西1ホールのホール別を始めます。今回もホール長の大塚です。よろしくお願いします」
数秒の拍手のあと、さっと手を上げて制する。
「聞いてる人も多いと思いますが、前回から大きな変更点があるのでしっかり聞いてください」
サッと笑みを消し、表情を引き締める。
聞いているホール員も、それに倣って居住まいを正した。
「まず西2ホールの体制が大きく変わり、それに伴って西1からも移籍した人が多いです。そのためホールの人数がかなり減っています」
多くの人は知っていたのか、反応を見せない。
ただ、知らなかったであろう幾人かが小さく「えっ」と漏らすのが聞こえた。
「サークル対応部は混雑するサークルの比重を東に置いてくれてはいますが、それでも百回目の記念回ということで大手の参加サークルも多く、一般参加もかなり多いと思われます。従って西1ホール2ホールともかなり厳しい状況になります」
推測ではなく、断定口調。周りの何人かが息を呑み、多くのスタッフが同意の頷きを見せる。
「また、館内統括からもあったように、警戒度も高い。今回は本当に皆さんに全力を出し切ってもらわないといけない局面、そう思ってください」
いつもより少ない人数で、いつもより困難な状況に臨む。
さとりとしても、牛の予言を信じて動くとしても、最後には自分の肩にかかってくる。
人手不足となる西1ホールの難しい話を聞きながら、すべての時間で協力できない歯がゆさを感じていた。
「今回はギリギリまで調整している案件も多く、今日の三拡時点で伝えられないことも多いです。なるべく直前集会にも来てください」
大塚はそう締めると、本部の主要スタッフとブロック長の紹介へと移る。
配られた体制表で知ってはいたが、各ブロック長の顔を見ると安心する。
『むめも』ブロックのポエこと百々詩音、『やゆよ』ブロックの歌島由布子、『らりる』ブロックの九条静女。
また一緒に何かできることが、とても嬉しかった。
いくつかの周知事項が共有され、やがてホール全体からブロック別へと移る。
今回もさとりが所属する『やゆよ』ブロックは、由布子のいたやや後ろの席あたりとなる。
会議場の階段を上がって見回すと、見知った顔が集まっているのが見えた。
「サト、お疲れ」
そして、聞こえてきた声に、ほっと安心する。
「お疲れ様。コタくん」
歌島小太郎と顔を合わせるのも久しぶりだ。住まいが離れていることもあって、冬コミ以来となる。
少しおしゃれになったように見えるが、どうやらメガネを変えたらしい。
「メガネ変えた?」
「あ、ああ……ちょっとな」
「ちょっと格好良くなったね」
小太郎が嬉しそうに照れている様子を、何人かのブロック員が温かい目線で見守っていた。
「出席取るでー、『やゆよ』みんなおるかー?」
周囲のブロックに気を使い、大きすぎない声で、しかしちゃんと聞こえる絶妙な音量で、ブロック長の歌島由布子が手を振った。
「まずはぐるっと自己紹介な。ブロック長の歌島姉です。弟もおるんで歌島姉とよく呼ばれます。呼び方はユウさんでも何でもええんで、よろしくお願いします。ほんで次、春日さん」
『やゆよ』ブロックでは前と同じメンバーが多い。副ブロック長の春日、牛込、柳と見知った顔に安心する。
だが前回『やゆよ』にいた大門ともうひとりが、別のブロックに行ってしまい、ブロックとしては人数減になっている。
「ほんなら次コタ」
「歌島弟です。みんな歌島弟と呼ぶので、それでお願いします」
「深川さとりです。あの、私はあまりブロックにいられないかもしれませんが、よろしくお願いします」
人数が少ない中で心苦しくはあったが、それでもさとりはこの『やゆよ』ブロックとしてコミマを頑張りたかった。
集合時間や連絡先の確認をして、直前集会の出席予定も確認する。
小太郎は直前を欠席するらしい。やや遠方になることと、受験生であること、何よりブロック長と同居していることから、勉強を優先するようだ。同じ受験生として気持ちはわかる。
「ほならスタッフ証と通行証とカタログ渡すでー」
人数分準備されたカタログと、全員分用意されたスタッフ証と通行証。
これらをブロック員に配り、締めまでの小休止に入る。
ブロック員は小さく雑談に興じていたり、カタログを眺めたりと思い思いに過ごしている。
「さとりちゃん、お疲れ様」
「あ、柳さん。お疲れ様です」
「何だか大変そうね」
「そう、ですね。でも今回はみんな大変なので」
「そうよね」
全体集会、館内の部、ホール別。すべての階層で、かなり厳しい現状と今回の記念回での警戒感が共有されている。
前回までもう少し和やかな雰囲気だったことを思うと、西地区本部の田尾手が話を上げたのかも知れない。もしくは牛の予言にあった『災い』はその気配があったのかもしれない。
ともかくコミマ全体で『災い』に備えようとしているように感じた。
「ほい、さとりちゃん。今回もよろしく」
「よろしくお願いします」
由布子から手渡されたスタッフ証。二年前の少し緊張した自分は、少し幼いように見えた。
少しは成長できているだろうか。
不安ばかりが先行する拡大集会。
さとりはスタッフ証をクリアファイルへそっと仕舞った。




