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第78話 幕間 続・由布子来社

「お構いもできず、申し訳ない。さとりからは何も聞いていなかったもので」

「ごめんなさい……」


 由布子に言葉をかけながら、どこかさとりを責める声。

 途端に雰囲気が重くなったが、由布子は努めて明るくよそ行きの笑顔を見せる。

 

「いえいえ、こちらこそ、お忙しい時期に上がらしてもろうて、申し訳ありません。あ、えっと。さとりさんとコミマでご一緒さしてもろうてる歌島由布子と申します。お邪魔にならんよう、早めにお暇さしていただきますので」

「いや。それには及びません。さとりの手は空いておりますので」

「お父さん……」


 またも気まずい空気になる。何となく察した由布子は、彼女なりに結論を出したらしい。

 もうひと回りはっきりと、宣言するように言った。


「あ、ほしたらお昼ご飯のおにぎり、私も手伝いますわ」

「えっ」

「えっ?」


 思いもよらない申し出に硬直する。その隙を逃す由布子ではない。

 

「さとりちゃんにはめちゃくちゃお世話になってるし、ちょっと恩返しさしてえや」

「そ、そんなお客様にそんなこと」

「ええからええから。すみませんお父さん、失礼ついでに台所お借りしますね。さとりちゃん、先行っといて」

「あ、ユウさん!?」


 勢いに任せてさとりを押し出し、後ろ手にドアを閉めると同時に深く頭を下げた。


「大変失礼をいたしました。全部私の独断で、さとりちゃんには一切の責任はありませんので、叱らんといてやってください」

「あ、ああ」

 

 さとりの父は頭を下げたままの由布子を困惑した表情で見下ろしている。

 

「自己満足であることは重々承知しとるんですが、大変お世話になっているさとりちゃんに、そのお家に、少しでもご恩をお返ししたいと思うてます。どうか」


 しばらく言葉はなかったが、やがて根負けしたように、さとりの父が息を吐いた。

 

「頭を上げてください。そこまでおっしゃるのでしたらお手伝いをお願いします」

「おおきに、ありがとうございます」


 そこまで言って、ようやく顔を上げた。

 さとりの父と目が合い、由布子は硬かった表情を緩める。

 

「……さとりはそれほどお役に立てているのですか」

 

 一瞬面食らった由布子だが、すぐに「それはもう」と人懐こい笑顔を見せる。


「初めこそ慎重でしたけど。でもちゃんと自分に振られた役割を、責任持って果たそうとする子ですよ」


 由布子は一礼して、廊下に出ようとする。

 廊下に出たところでふと立ち止まり、振り返ってさとりの父を見る。

 

「ご家族内の事情に口出しするつもりはありませんが、少し対話が足りてへんように思います。もし、さとりちゃんが話したそうにしてる時は、向き合うて時間取ったってください」


 差し出がましかっただろうかと思ったが、伝えておくべきことは伝えたと思う。

 先に行かせたさとりと早めに合流しないと、不安になっているかもしれない。

 

「小娘が生意気な口きいて、申し訳ありませんでした。ほしたら、失礼します」


 改めて頭を下げる。

 さとりを預かる身……でもないのだが、似たような立場にいる自覚のある由布子は、最大限の礼を尽くした。




 少々ぎこちない雰囲気であったが、険悪というわけではない。お互いに距離を測りかねているように見えた。

 何かきっかけがあれば普通に接せられそうに思えるが。

 それよりも目先の課題をこなさなければ。由布子は目の前の大きな空のトレーに向かい合う。

 

「さとりちゃん」

「はい?」


 手渡されたエプロンをつけながら、由布子が固く笑う。

 

「何やのこの炊飯器のバケモンは」

「炊飯器です」

「せやろな。うーん、やっぱりそうかー……いや、でっか! 一般家庭にこんなもんあるんや!」


 楽しそうに笑う。

 物珍しそうに大きな炊飯器を観察しては息をつく。中には炊きたてのお米が満載されていることだろう。

 

「いや、これ全部おにぎりにすんの? めちゃくちゃ大変やん」

「でも、これぐらいしか役に立てなくて」


 自嘲するように笑う。

 その言葉に、由布子はむっと眉間にしわを寄せた。

 

「今日は自虐禁止!」

「えっ」


 洗った手を拭くさとりが、思わぬ言葉に目を見開く。

 

「ええか。ご飯は楽しく作った方が美味なる!」

「えっと」

「これ私にしか作れませんけど? みたいな顔して作るんや。深川シェフ」

「シェフ」


 つい復唱してしまい、ふっと笑う。由布子のこのノリに、いつも助けられている気がする。

 

「よっしゃ、まず見本作ってくれるか、深川シェフ。歌島スーシェフはその大きさに寄せてにぎるさかい」


 さとりに倣って手を洗い、準備万端といった由布子。


「わかりました。スーシェフ?」

「なんか知らんけど副料理長みたいなやつや。漫画で読んだ」

「なるほど」


 よくわからなかったが、多分シェフもスーシェフもおにぎりは作らないだろうな、とさとりは思った。



 

 ビニール手袋をして、おにぎりを作る。

 手は忙しいが、当然口は動かせる。

 

「せや、こないだ牛込さんのお店教えてもろてん」

「食堂されてるんでしたっけ」


 前回そんな話を聞いた。あまりスタッフ仲間の普段の仕事を聞かないので印象に残っている。

 

「そうそう。日曜日は休みらしいから、どっかの土曜日にまた皆で行こや」


 その言葉に、少し引っかかる。

 

「え、行ったことありましたっけ?」

「ん? ないで?」

「でも『また』って」


 さとりの知らないところで、皆で出かけたことがあったのだろうか。

 

「あー、えっと『また今度、機会があったら』的な感じやろか。関西弁なんかな」

「関西弁は難しいですね」

「さとりちゃんも大阪来てみ。染まるで」

「本当ですか?」


 由布子のようにしゃべる自分など、とても想像できない。


「周りにおる人らがみんな私みたいなんやからな。染まる染まる」


 周囲の人達全員がこの勢いということなのだろうか。さすがにそこまでではないだろうが、大勢の由布子に囲まれて話しかけられるのを想像してしまう。


「ふふっ」


 それはとても賑やかで、楽しくて、でもほんの少しだけ疲れそうな場所に思えた。


「お、笑うてくれたな。笑顔が一番や」


 そう言われてようやく、由布子が自分を笑わせようとしてくれていたのだと気がついた。

 それからまた取り留めのない話が続き、おにぎりがトレーの半分を埋めたあたりでふと会話が途切れた。


「さとりちゃん」


 呼ばれて顔を上げると、由布子と目が合った。口元だけ笑顔を見せているが、雰囲気は少し硬い。


「大きなお世話やとは思うねんけど、お父さんともいっぺんゆっくり話したほうがええんやないかな」

「えっ」

「あ、もちろん暇な時期にやで。神社さんにそんな時期があるんか知らんけど」

「父に何か、言われましたか」


 急にそんなことを言うなんておかしいと思ったが、首を横に振って否定する。

 

「いや、何も。ただ何かちょっとすれ違ってるっちゅうか、お互い何か遠慮して、言いたいこと言えてへんのんちゃうかなて思て」

「言いたいこと、ですか」


 何を指しているのかわからず、手を止めて考える。

 会話はしている。必要最低限は。

 それ以外、ということだろうか。


「あんまり人様の家のこと言うのもあれやねんけど、私が個人的に後悔しとることがあるから、さとりちゃんにはそうなってほしくないなて」


 おにぎりに目を落とす。

 その姿はどこか寂しそうに見えた。だがそれは一瞬。またすぐに顔を上げてやさしく笑う。

 

「前にも言うたやろ。思ったことは、はよ伝えんとなって。さとりちゃん、サークルさん相手にちゃんとできてたやん。全然知らん人にできてるんやから、知ってる人にもいけるやろ」

「あっ」


 由布子に言われてはっと気づいた。

 そもそも見知らぬ誰かの方が、話しかける難易度は高かったはず。

 ずっとよく知っている家族の方が、話しかけやすいのは当たり前だ。


「大丈夫。さとりちゃんレベルアップしとるで」

「レベルアップ、ですか」

「そら緊張するかもしれんけど、話してみたら案外どうもないもんや。サークルさんもそうやったやろ」


 由布子に言われると、不思議とそんな気がしてくる。

 いつも背中を押してくれる彼女の言葉に、さとりは「はい」と小さく答えた。

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