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第69話 C99冬 3日目 大晦日の朝礼にて

「遅かったな、サト」

「うん、ちょっと色々あって……」


 夜明け前のトラックヤードで冷えきった体を、ホットレモンで温める。

 着込んでいるとはいえ、日も差さぬ気温ひと桁の屋外。風邪を引いてしまいそうだ。

 そんなさとりの様子をじっと見る視線を感じる。

 玉も飲みたいのだろうか。

 その視線を感じたのか、玉はふるふると首を振った。不要らしい。

 まだ、彼女のことがよくわからない。

 ああそうだ。彼女には杏をあげなければいけないのだった。

 さとりは本部の外でブロック員と話しているブロック長を見つけた。


「ユウさん、おはようございます」

「おー、さとりちゃん、おはようさん。今日もよろしくなあ」


 いつもの人懐こい笑顔を見せる。

 

「深川さんおはよう」

「おはよー。寒そうだけど大丈夫?」

「あっ、おはようございます」


 他のブロック員もさとりを迎えてくれる。話はひと段落していて、会話の邪魔をするような状態ではなさそうだ。

 さとりは思い切って切り出した。

 

「あの、ユウさん。お願いがあって……お昼、シウマイ弁当が食べたいんですが……」

「へっ?」


 比較的背の低いさとり。年上女性陣に対しては、図らずも上目遣いとなる。

 

「わ、私が確保してあげる!」

 

 柳の上ずった声がした。


「じゃあ私も協力する!」


 なぜか牛込も乗ってくる。

 

「今日シウマイ弁当あるかな?」

「大塚さんに聞いてみたらええんやない?」

「確保もお願いしちゃおうよ」

 

 突然の我儘にも関わらず、牛込から話を聞いた本部スタッフも何だか好意的だった。


「あー、いいんじゃない? 昨日急遽フュージョンやってくれたし」

「よーし、ほんなら『やゆよ』はシウマイパーティーや!」

「何だよそれ……」


 小太郎の小さなツッコミを完全に無視して、由布子が言質を取ったことを念押ししているし、牛込は大塚にダメ押ししに行っている。

 大晦日の今日も『やゆよ』ブロックは賑やかだ。


「深川さん、シウマイ好きなの?」

「シウマイというか、あの杏が……」

「へえ、そうなの。じゃあ私のあげる」

「えっ、そんな」


 さとりの横に付いている玉の方をちらりと見てから、柳の方を見る。さすがにひとつしかない杏をもらってしまうのは悪い気がするのだが……

 

「いいのいいの。私『お弁当には甘いものいらない派』なの」

「あ、えっと……じゃあ」


 提案を受け入れたさとりを見て、柳が嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「決まりね。今日は一緒にお弁当食べましょう」

「はい。ありがとうございます」


 きっと玉も喜んでくれるだろう。

 それが嬉しくて、さとりは柳に笑顔でお礼を言う。その柳はなぜか両手で顔を覆ってしまったが。


「うわっ」


 あまり聞き慣れない声がした。

 本部周りのスタッフが、何事かとこちらを見る。さとりの横で声を上げた人物は、珍しい和服姿のスタッフ。九条だった。


「な、なんでもあらしまへんよ!」


 周囲に何でもないことをアピールする九条。妙に焦っているようだが、珍しい。

 

「九条さん、おはようございます」

「おっ、おはようさん」


 九条はさとりに顔を近づけると、小声でまくし立てる。


(やなくて! あんさん、何ですのん横のそれは!? 何を平気な顔しとるんよ!)

(えっと、今日と次のコミマを手伝ってくれるらしくて……)

 

「はあっ!?」


 また大きな声が出た。

 どうも九条の様子がおかしいようだが、絡むのも面倒なのか周囲は気にしないようだ。

 ただひとりを除いて。

 

「ちょっと何やの九条。またさとりちゃんに絡んどるんかいな。あんたも大概さとりちゃんのこと好きやなあ」


 九条をからかうような口調で笑うが、完全に無視された。先ほどの小太郎のようだ。

 

(あれは放っておくとしてや。ほんで、こいつは大丈夫なんか)

(はいあの、牛さんが付けてくれて。助けてくれる……みたいです)


 まだちゃんと話す時間を取れていない。巨牛の真意や玉の考えなど、聞きたいことも多い。

 九条には不確定なことしか話せないが、どうも色々と察してくれたらしい。

 

「ああ、ああ……」

 

 複雑な表情を見せる。

 九条は田尾手と共に予言の内容を共有している。

 経験のあるスタッフ……ブロック長ではあるが、コミマに降りかかる『災い』に対してはできることがない。

 小さくない無力感、そしてほぼ新人のスタッフに任せる不安と申し訳なさ。


「……すまんなあ。深川はんに背負わせてもうて。役に立たしまへん」

「いえ、そんな」


 肩を落とす九条に、さとりは首を横に振る。

 初めこそギクシャクしたが、さとりにとっては『みえる』ことを理解してくれた人だ。自分の見ていたものが嘘ではないとわかったそれが、どれだけ心強かったか。

 

「ちょっと! なんやのふたりして。寂しやんか」

「……ほんで、今日はどないしはるつもりなんや」

「それは……」

「おーいー、どこまで無視すんねーん!」


 由布子が構ってほしそうに周りをぐるぐる歩いている。九条は表情を変えずに淡々としていたが、三周目あたりで目の端がぴくりと動いていた。

 そろそろいつものじゃれ合いが始まるかという気配だったが、

 

「ちょっといいかな」

 

 ホール長大塚が声をかけてきた。

 由布子を探していたようだが、さとりも見つけてちょうど良かったと切り出す。

 

「今日、深川さんは、地区に出てそちらの指揮下で動いてもらうことになった。少なくとも午前、午後も無期限で深川さんを出してもらいたいらしい」

「は?」


 戸惑いと怒気を含んだ由布子の声。そして、何か知っているのかとさとりを見る。


「それ当日に言うん?」

「急ですまない。何か聞いているかい?」

「いえ……」

 

 正直なところ、さとりも何を言われているのかあまり理解できていない。地区とは?

 確か、田尾手が所属している部署だっただろうか。

 

「でも、あの、心当たりはあります」


 はっきり言い切るさとりの言葉を聞いて、大塚と由布子が意外そうな顔をする。

 

「それって、昨日からの探しもんの話か?」

「えっと、その続き、みたいな……」


 由布子は腕組みをして目を閉じる。

 今日の混雑にはひとりでも人手が欲しいところ。時間も定めずに抜けられるというのは正直厳しい。


「あー……」


 理由があやふやなだけに、納得はしていないのだろう。だが、由布子は優秀なブロック長であった。

 

「わかった。しゃあない。けど、今回あんまりさとりちゃんと回れてへんからちょっと寂しいな。あ、シウマイ弁当は取っとくさかい、昼は戻ってきてや!」

「ユウさん……」


 さとりも、由布子と回れていないのは寂しい。前回の夏コミで見た由布子のサークル受付は、サークル参加者にも笑顔があって、楽しいひと時だった。

 またあんな時間を過ごしたい……そのためにも、コミマを『災い』から守らなければならない。

 

「ありがとう歌島さん。今日『やゆよ』は全員分シウマイ弁当を確保しよう」

「いや、全員分はいらんよ……」


 どこまで本気かわからない大塚に苦笑いする由布子だった。

 そんなスタッフのやり取りを、玉はじっと見つめている。

 


 

 ホール全体の朝礼が終わり、ブロック別の朝礼に移る。

 これまでそれほど混雑していなかった『やゆよ』ブロックだが、この最終日はかなりの混雑が見込まれている。それもあってか、ブロック員の表情にもどこか緊張感があった。

 玉は一歩後ろから『やゆよ』の面々を見ているようだ。もちろん、その気配は誰にもわからない。

 

「おはようございます! えーと、早速なんですけど、今日の借受シフトちょっと調整します」

 

 ボードに挟んだ紙に何か書き込みながら、

 

「さとりちゃんは別件があるので、基本一日地区本部に出ます。昼はいっぺん戻ってくる予定です」


 ブロック員に小さなざわめきが生まれるが、由布子は構わず続ける。


「一般入場借受をさとりちゃんから長崎さんに、外周の初動を長崎さんから牛込さんに変更します」


 長崎と牛込が返事代わりに頷く。

 さとりが抜ける穴を、玉突きのように埋めていく。


「受付のブロックは、さとりちゃんが『や』ブロックの予定でしたが、そこに柳さんに入ってもらおうかと。だから『よ』ブロックは大門さんだけになってまうんですけど……」


 申し訳なさそうな由布子。しかしベテラン大門は、涼しい顔で笑っている。

 

「ああ、大丈夫です。サークルさんほとんど知り合いですし、事前に修正のチェックをしていますから」

「すげえ……」


 小太郎がこぼした。

 確かにほとんどのサークルと知り合いであれば、話は早そうだ。

 それにしても、かなり負担をかけてしまったのを感じる。地区に呼ばれたのは不可抗力だが、予定を狂わせてしまった。

 

「本当に、すみません……」

「ええてええて。なんかえらい大変なんやろ。こっちこそ力になったれんでごめんやで」


 由布子が笑うと、ブロック員も話がわからないなりにうんうんと頷いてみせた。


「行ってらっしゃい。杏、取っておくから」


 隣に立つ柳の優しさが温かい。

 

「はい、行ってきます」


 そう言って、この『やゆよ』ブロックが、自分の中で帰ってくる場所なのだと気づく。

 またいつか、この仲間と一緒にスタッフができたら良いなと思う。

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