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第66話 C99冬 2日目 ふぶき華夜の激情

「それであの、蔵前さん」

「待って待って。大体わかるんだけど、今はちょっと答えられない」


 色々なことを聞こうとするさとりを、蔵前が慌てて制した。

 

「蔵前さん、なんで……?」


 牛込が再び怒りをたたえながら、蔵前を睨みつける。

 

「深川さん、牛込さん。大丈夫。今ちゃんと動いてるから信じてほしい」


 初スタッフの時に色々教えてくれた蔵前の言葉。今のさとりにはそれを信じることしかできない。

 何度かブロックを共にした牛込にとっても、それは同じのようだ。


「詳しくは言えないんだけど、次回からは……」


 しかし、ふたりの後ろから別の声が聞こえてきた。

 

「ふざけないでよ……」

「えっ」


 振り返るとそこに、このサークルの主がいた。

 ふぶきもまた声を震わせながら、蔵前の言葉を繰り返す。


「次回、から? 次回から……ですって?」


 つかつかと蔵前に歩み寄るふぶきは、掴みかからんばかりの勢いで蔵前に迫る。

 

「あんたたちスタッフにとって、このC99冬ってその程度なわけ? 今回が初参加だったり、今回で最後だったりする人間のことは考えないの!?」


 声を荒げるふぶきの様子に、さとりは思わず身をすくめる。

 周囲も何事かとふぶきのサークルを見る。

 蔵前はただ静かに頭を下げた。

 

「申し訳ない」


 ふぶきの言葉を受け止め、謝罪の言葉を口にする。蔵前に責任などないはずなのに。

 

「貴方の言う通りです。準備会の対応が遅れたせいで、たくさんのサークルさんに迷惑をかけてしまいました」

「…………」


 ふぶきは眉間にしわを寄せ、奥歯を噛む。

 

「あの、蔵前さんは去年まで西1にいて……」

「知ってるわよ」


 さとりの言葉を遮るその声は、先ほどより幾分落ち着いて聞こえる。

 

「こう見えて記憶力は良いの。深川さとりと一緒に、受付をしてくれた人、でしょう」

「はい」


 蔵前は頭を下げたまま、返事をした。

 ふぶきは「はあ」とため息をつくと、蔵前に頭を上げるよう言う。


「私は」


 言葉を区切り、息を整える。

 その目に理性が戻り、声色も落ち着いている。

 

「私は、西1と西2の区別はつく。だけどね、ほとんどのサークルにとって、スタッフはスタッフよ」

「その通りです」

「八つ当たりをしたわ。ごめんなさい」


 今度はふぶきが頭を下げた。 

 

「いえ。準備会を代表して苦情を受けるのもまたスタッフの役割ですので……」 

「おう、蔵前。なんか声したけど揉めてんのか」


 間の悪いことに、蔵前が西2のスタッフから声をかけられた。先ほどのスタッフとは違うようだが、蔵前の様子からして歓迎できなさそうだ。

 蔵前は何やら言い聞かせるように、こちら側の関係者に目で伝えてきた。

 

「いや、こっちの注意の仕方が悪かっただけだ。ディスプレイでちょっとな」

「おいおい、気をつけろよ。つかもう午後なんだし放っておけよ、くだらねえ」

「まあ気になったもんでな」


 また耳を疑うような言葉だ。

 サークルのディスプレイは安全のためにも気をつけないといけないことのはずだ。午前でも、午後でも。

 

「では失礼します」 


 色々な感情の混じった表情で、蔵前が事務的に言った。きっとまだ話したいこともあっただろうに、西2ホールのスタッフと連れ立って行ってしまった。

 

「はあ……」


 蔵前の背中を見送りながら、ふぶきがぽつりと漏らす。

 

「全員、西1みたいなまともなスタッフなら良かったのに」



 

 


 アトリウムに出て牛込と別れ、振り返って西2ホールの入口を見る。

 そこには西1ホールと同じように参加者が多く出入りし、また異形の姿も同じように見られた。

 ただ、


(やっぱりある……)


 濁った黄色い煙のような霧のような、おそらく悪いもの。

 ホール全体をうっすら覆うそれは、遠目に初めて見えるようだ。

 やはりあのスタッフたちが原因なのだろうか。

 

「どうして……」

「仮説としては」

「ひっ」


 突然聞こえた声に驚き、悲鳴を上げそうになる。


「スタッフというのはね、基本的な心理欲求が満たせるんだよ」


 激しく打つ胸を押さえながら、さとりは恐る恐る声のした方を向く。

 そんなさとりに構わず、西地区本部の田尾手は話を続ける。


「自律性、有能感、関係性……つまり自身の意思で、大勢の参加者を統制することができ、そしてスタッフという集まりに所属しているという事実。これで心理的な欲求が満たされる。つまり自分というものが確立して安心できるわけだ」


 少し落ち着いてきた。

 半分ぐらい理解できていないが、心理学的な話のようだ。


「えっと、あの……難しいお話ですね」

「例えば、深川さとりさん」

「はいっ」


 急に自分に話が向き、また声が上ずってしまった。

 田尾手は涼しい顔をしているが、その目の色は深く、考えがわからない。

 

「君は自分の意志の効かないところで、神社という組織から弾かれてしまったね」


 ずきりと痛む。

 どうして田尾手が知っているのかとも思ったが、不思議とあまり気にならなかった。


「そんな中で出会ったこの準備会という組織、スタッフという役割。安心しなかったかい」

「それは……」


 サークル受付、フュージョン、案内。

 言われてみれば、自分の役割を果たした満足感と、ここにいても良いのだと言う安心感があった。

 

「彼らもまあだいたい同じさ。ただ、勘違いしてしまっている」

「勘違い、ですか」

「だってそうだろう。大勢の参加者が彼らの言うことを聞くのは、彼らだからじゃない。スタッフだからだ」

「……当たり前ですよね」


 さとりの答えに田尾手が笑った。

 それは作り物ではなく、自然に出た笑みのように思えた。

 

「そうだね。ただ最初はそう思っていても、ずっとそう思うことはできないということさ。甘い汁の味が忘れられないんだろうね」


 田尾手の言う『甘い汁』が何を指すのかはわからないままだったが、先ほど見た光景がそのひとつなのだろう。


「よそのホールに出して客観的に見直してもらおうと思ったけど、それも上手くいかなかった。地区からも何度か警告したんだけど、改善されなかったね」


 交換留学のことを言っているのだろう。ただ、先ほどのスタッフの言動を聞く限り、西1ホールを良い子ちゃんだと馬鹿にするだけに終わったようだ。

 ただ、あの濁った黄色い煙や、雰囲気の悪い異形たちの影響もあったのかもしれない。


「見えたと思うけど、あれは他のコミマを楽しんでいる者たちとは違う。彼らが持ち込んだり招いたり、あるいは生み出してしまったものだ」


 思っていることを見透かされたようだ。

 改めて西2ホールに目をやる。

 奥にうっすら見える濁った黄色い霧。

 闊歩する異形は、確かに祭りを楽しむ西1のそれとは違う。悪意と敵意を振りまきながら、美味しそうな人間を探すようだ。

 

「そちらの拝み屋……と呼ぶと怒られるのか。彼女にも行ってもらおうかと思っていたんだけどね。ブロック長はなかなか難しい」


 九条のことを言っているのだろう。

 だが、ひとりで手に負える規模ではないように見える。

 

「……安全ではないですよね」


 ふぶきのサークルにいた少しの時間でも、かなり消耗しているのを感じる。

 この上であれに対峙させようというのは酷に思えた。

 

「いや、心理的に影響を与えるだけで、拝み屋の彼女に直接の危害はない。ただ、あれらに扇動された人間がどう動くかまで考えると、安全とは言い切れない」

 

 急に『カッとなって』危害を加えられる可能性があるということだろうか。

 十分危険だ。


「まあ、こういうのも今回で最後だから。お知り合いにも言っておいて」

「最後、ですか」

「ああ。誰にも言わないでほしいんだけど、西2ホールは、体制を解体する」

「体制を、解体……」


 そう言われて安心もしたが、ただ先ほどのふぶきの言葉が忘れられない。

 これまで良くない目にあったサークルや、今回が最後のサークルは、救われない。そして明日参加するサークルも。

 ふぶきが知り合いだから嫌な目にあってもらいたくないのもある。だが、ここに来る人たちは同じ時間に同じ場所でコミマを楽しむ仲間だ。

 だから、誰にもつらい思いをしてもらいたくない。

 

「今日見たことを改めて聞かせてもらうこともあるかもしれない。反省会の前にね。その時はよろしく」

「……はい」


 さとりは頷いた。

 反省会。来年。

 そしてようやく次へと繋がる。

 自分にできることを、しないといけない。

 スタッフなのだから。


「じゃあ戻ろうか。お互い役割を果たすこととしよう」

「そう、ですね」


 西2ホールに背を向けると、まるで苦しむ西2ホールのサークルに背を向けたかのように感じる。

 自分の無力さを背中に重く感じつつも、さとりはスタッフとしてアトリウムの床を踏みしめるのだった。


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