第61話 C99冬 1日目 ミーシャとの再会
『ほ』ブロックを重点的に監視をしてみるが、狐が現れる気配はない。
ただ、先ほどまでとは違い、九条も探してくれている。自分ひとりで探し続けていたときと比べ、かなり心強い。
『これにて、コミックマート99冬、1日目を終了いたします。お疲れ様でした!』
「深川はん、どない……て、聞くまでもありまへんな」
「はい……」
九条が気にかけてくれているのがわかる。それだけに、応えられていない自分が情けない。
「しゃんとしなはれ。コミマが閉会して、アトリウムに人が流れてきよる。そこに混じっとるかもしれへん」
「そ、そうですね」
これから一般参加者、サークル参加者ともに、一斉に会場を後にする。確かにその中に多くの異形も混じっている。今日見つけられるとしたら、そこだろう。
九条に連れられ、アトリウムへと出る。
「うちは閉会後の作業があるし、アトリウムで一緒におることはできまへん。歌島はんにはええように言うときます」
「……お願いします」
不安がないわけではないが、今は自分のやれることを精一杯やらなければ。
アトリウムに移動し、出口の横に立つ。
西ホールから帰る人の流れ、長いエスカレーターから下ってくる人たちの流れ、メインエントランスから来る人の流れ。
たくさんの人達が、一様に疲れと満足げな表情を見せながら帰路へつく。
ここからはバス乗り場に繋がっているので、この人達のほとんどがバスで帰路につくのだろうか。何台必要なのだろうと、流れを見ながら考える。
一日中西地区を歩き回っていたさとりにとって、立ち止まって人々と異形を観察するこの時間は、比較的余裕があった。
(湿布必要かな……)
今までにないほど酷使した自分の足を、たまに屈伸で労わる。
「お疲れ様でした」
「お、お疲れ様でした」
声をかけてくれた参加者に、反射で挨拶を返す。思ったより大きな声が出たせいか、他の参加者も労いの言葉をくれる。
「お疲れ様でしたー」
「ありがとうございました」
「おっ、お気をつけてお帰りください」
この挨拶が正しいのかはわからないが、参加者が小さく会釈してくれたのを見ると大丈夫そうだ。
相変わらず大小の異形が退場動線に混じっている。彼らはどこに帰るのだろうか。
そんな時、
(あっ……)
女性の押す車椅子に乗った男性に、目を奪われた。正確には、その男性にまとわりついている尋常ではない異形に……
バスに乗るのだろうか。東から来たようだが、エレベーターを使ってこちらに降りてきていた。
その間ですら見えてしまう、とんでもない異形の数。
(あれは)
さとりは知っている。
そこまで極端な状態は、すなわち死期が近いことに他ならないことを。
「あの、お疲れ様でした」
「ああ、スタッフさん。ありがとう」
そんな状態にもかかわらず……お世辞にも良いとは言えない顔色だったが、彼の表情は他の参加者と同様に満足感に満ちていた。
後ろで車椅子を押す女性も、穏やかな表情で会釈をする。
「どうか、お気をつけて……」
「おう」
短い返事の中で、彼が満足していることがわかった。
人生最後のコミマ、なのだと思う。
十五万人を超える人が集まっているのだから、そういう人もいるだろう。
胸を締め付けられるような思いで車椅子を見送っていると、後ろから声がかけられた。
「あっ、やっぱり深川ちゃんだ」
「ミーシャさん……お疲れ様です」
「どうしたの? 元気ないね。やっぱスタッフって大変?」
すぐにわかってしまったらしい。
「そう、ですね……少し」
スタッフとして弱っている姿を見せるわけにはいかない、といつか由布子が言っていたのを思い出し、背筋を伸ばす。
「いえ、大丈夫です」
ミーシャに心配をかけまいと、心の中で気持ちを切り替える。
「ミーシャさんは今日も可愛い服ですね」
「んふふ、ありがと。一応コスプレじゃないんだあ。おめかしではあるけど普段着だからね」
そういうものなのかと納得する。
いわゆるゴスロリ風の格好なのだが、青が基調になっていて珍しい。こういうのは白やピンクだと思っていたさとりの目に、とても新鮮に見えた。
しかし、この間の秋葉原管弦楽団の演奏会のことを思い出すと、ミーシャは楽屋で着替えていた。
「この間のは、コスプレだったんですか」
「そだよ。あれはコスプレ。今日は普段着だけどね」
いわく、キャラの格好をする、もしくは寄せた衣装であればコスプレ、そうでない普段着ならそれに当たらないという認識とのこと。
「っても、ちょっと気合入れた勝負服だよ」
からからと笑う。
要はお洒落に気を使った特別な普段着ということなのだろう。
「深川ちゃんは今日は巫女じゃないんだね」
ミーシャは首をかしげる。同じくこの間のことを思い出したのだろう。
「あれは……クラマさんに頼まれたので」
「そう? だとしても、何かすごいしっくりきてたよ。なんか深川ちゃんプラスって感じ」
「プラス?」
「プラス」
なんだかよくわからなくて復唱してみたが、さらに復唱されてしまった。
ミーシャは「へへっ」と楽しそうに笑う。
「私も今日はミーシャプラス。服ってさ、気合入るじゃん」
「気合、ですか」
言われてみれば、演奏会の時に巫女装束に袖を通し、背筋が伸びるような気がした。帯を締めたせいかとも思っていたが、気持ちの面が強かったかもしれない。
「そう。気合。今日は全力だぞっていう自己暗示、プラス周囲へのアピール」
周囲へのアピールはともかく、自己暗示はありそうだ。普段の洋服を着ているときとは、少し世界の見方が違う。
「あっ……」
演奏会の時に感じた違和感。
着替える前と後とで、異形が増えたような気がしたが、まさかあれは……
「あっ、ほら、あの人もそうなんじゃない? 気合入ってる勝負服っぽい」
ミーシャに声をかけられ、はっと我に返る。指さす方には、西1ホールの近くで何か紙を持って歩く九条の姿があった。
「やっぱ和装も良いよね……」
九条の和服姿は遠目にもよく目立つ。
彼女もまた、普段着として和服を使っている。コスプレではない。
「あー、あと行儀が良くなるよ」
「どういうことですか?」
「ほら『やっぱこれだからゴスロリ着てる奴はー』って言われたくないじゃん?」
あまりよくわかっていないさとりに、ミーシャが苦笑する。
「あー、まあこれ系って、元々ちょっとイタイ子みたいに見られるというか……それにさ、もしもよ。私がポイ捨てとか横入りとかしてさ、それを見た人は『やっぱこういう格好してる奴はろくでもない』って思っちゃうじゃん」
「ああ……」
言わんとすることを理解して、さとりはうなずいた。
確かに特徴的な格好であれば、そう取られかねない。
「自分はゴスロリ界を代表してるんだって常に思いながら行動すると、自然と行儀良くなるってわけ」
拡大集会で『常に見られていることを意識する』と言われていたのを思い出す。
自然とその発想に至っているミーシャのことを、素直に尊敬する。
「ミーシャさん、スタッフ向いてるかもしれないですよ」
「えー、無理無理! 絶対過酷だし!」
そこまで即答しなくてもと思っていたが、ミーシャはさらに続ける。
「あと早起きができない! 沸点低いから、失礼なヤツがいたら掴みかかると思う!」
自信満々にとんでもないことを言う。自己分析ができているのは良いが、その結果はスタッフに向いているとは言えなかった。
「それは、ダメですね……」
「うん、ダメ。へへっ」
そろそろ帰るというミーシャを見送り、また異形探しを再開する。
ずいぶん人の姿は減ってきたが、相変わらず狐の異形が見つかることはない。
「プラス」
さとりは小さくつぶやく。
やれることは、全部やった方が良い。
そして、それは早ければ早いほうが良い。
さとりはひとつ決意を胸に、西1ホールへと舞い戻る。
閉会作業の続く本部の中で、由布子は明日使う見本誌バッグの準備をしていた。
のんびりした雰囲気からすると、話しかけても大丈夫そうだ。
「あの、ユウさん」
「ん、どないしたん?」
さとりの声に手を止め、いつもの人懐こい笑顔を見せる。一日中動いて疲れていると思うが、そんな雰囲気をおくびにも出さない。
さとりは小さく息を整えると、はっきりと伝えた。
「スタッフがコスプレする時の注意事項を、確認したいんです」




