第60話 C99冬 1日目 探して探して
柳とつばめの再会。
考えてみれば、この場所が……コミマが継続したからこそ成ったものだ。
これが、拡大集会でも言われていた『継続』の意味でもあるのだろう。
作品を発表し、人と人が繋がることのできる『場』の継続。
それを守るのがスタッフの役割なのだ。
昼ご飯を食べたさとりは、また巡回に出る。
それは自分の担当ブロックを見て回る通常の巡回と違って、ホール全体を縫うようにして歩く特別なもの。
今日もフュージョン作業を打診されていたのだが、泣く泣く断ってしまった。コミマ全体のことを考えると、部屋に籠って本を詰めているより、歩き回って狐の異形を探す方が良い。
だが……
(いない……)
自分の担当する『やゆよ』ブロック。
九条がブロック長をしている『らりる』ブロック。
外周の『れ』ブロックを経由しながら、トラックヤードも確認する。
買い物がひと段落した一般参加者が、冷たい地面に座って荷物整理していたり、投影をぼんやり見ながらパンを食べたりしている。
一様に穏やかで、満足げであり、うっすらとした高揚感を持ちながら幸せな空気に満たされていた。
一方で、東に向かう人と企業に向かう人の流れがスロープの下で渦巻いているのも見える。
(いない……)
目を凝らして見るが、お目当ての異形の姿はない。
再びホールに入り、ポエの『むめも』ブロック、隣の『ほまみ』ブロックと練り歩く。
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
すれ違いざま、ここの担当であろうスタッフと挨拶を交わす。
担当外だからと特に不審に思われることはないようだ。
『はひふへ』ブロック、『にぬねの』ブロックと歩き、とうとう西2ホールとの境目まで来てしまった。やはり見つからない。
「はあ……」
歩きっぱなしだった足に、疲れを感じる。
成果が得られなかったことに落胆しながら、再びトラックヤードへと出て、ホールの壁沿いに進む。
(いない……)
ここもまた、楽しそうに休憩する一般参加者と、物見遊山のような異形ばかり。
皆がこの場所を大切にしているのがわかるし、だからこそ……
(見つけないと)
だからこそ、この場所を守らねばと強く思う。
だがその想いとは裏腹に、探している姿は見つからない。
「どこ……」
時間だけが過ぎ、気持ちばかりが焦る。
壁面投影に集まる異形をよく見てみても、やはりいない。
そもそも、人間だけで十五万人を超えるような参加者がいる中で、普通の人間よりも小さい異形を見つけることはより難しい。
改めてその難しさに気付き、さとりの足が止まる。
周りを歩いていた人たちは、急に立ち止まったスタッフに、ちらりと目を向ける。
さとりはそんな視線にも気づかず、熱くなった目を上に向ける。
この上は西34ホールの屋外だっただろうか。
そこにもまた、楽しそうな人たちがたくさんいるはずだ。
潤んだ瞳を、きゅっと瞑る。
(立ち止まっちゃだめ……)
さとりは再び目と足を動かし始め、スロープの元へと戻って来た。
そこに佇むスタッフの姿を見て、思わず声が出た。
「九条さん!」
「……何やの。大きな声出しはって」
早足で近づいたさとりに、九条が怪訝な顔をする。
「見つからないんです……」
「見つからんて」
足の疲れと胸の苦しさで、上手く息ができない。
絞り出すような声は、九条だけに届いた。
誰にも伝えられない言葉を、九条だけは受け止めてくれる。そう思うと、こぼれ出るように言葉が続いた。
「見つけて、取次いでもらわないと、コミマが、私が見抜かないといけないのに、今のままじゃ」
浅く息を吸い、口を開く前に九条が頬を手で挟んだ。
「んむっ」
「落ち着きい」
ひんやり冷たい九条の手が、火照っていたさとりの頬を冷やす。
「息を吸う」
さとりは言われるままに、挟まれたおちょぼ口のままで息を吸う。
冷たい空気が口を満たし、のどを通っていく。
「ゆっくり吐く」
またも九条に言われるまま、息を吐く。
ひゅーという気の抜けた空気の音がさとりにも聞こえてきた。
そして、それだけでは終わらなかった。
「まだ吐く。まだ、まだ。まだー……」
言われるままに息を吹き続け、お腹の中を絞り出すようにして、息を出し続ける。
(苦しい……)
もう絞り出すものがないと言うところで、ようやく頬が解放された。
「よし、吸ってよろし……落ち着かはりました?」
「……はい」
深く深く息を吸い、ようやくひと心地つくことができた。
涼しい顔をしている九条をやや恨みがましく思うが、確かに心は落ち着いている。荒療治ではあったが効果はてきめんだ。
「とりあえず順番に聞きますえ。責めるわけやない、現状の確認どす。まず、一番大事そうな牛の『或れ』は見つからんし、取次いでくれそうな『或れ』も見つかってへんのやね」
「はい……」
「状況はわかった。どないしたい?」
言った通り、責めるわけでなく、焦りを見せるわけでもない。落ち着いた九条の問いかける声に、さとりは自分の中で答えを探す。
「……できることなら、また探し回りたいです。探して、もう一度話を聞きたいです」
そう言ったさとりに、九条は表情を変えずに答えた。
「わかった。役に立つかわからんけど、今からうちも一緒に探しまひょか」
「えっ」
「うちの中途半端な目でも、何かの足しになりますやろ」
突然現れた助けに、さとりは目を丸くする。
異形が『みえる』ことを、今まで誰かと分かち合うことはできなかった。
だからずっと、これは孤独な作業だと思っていたのに。
じんわりと温かい気持ちが、胸の中に広がる。
「ほんで、取次いでくれそうな『或れ』に心当たりがおますのん?」
呆けているさとりに、九条が首をかしげる。
「深川はん?」
「は、はい!」
少し呆れられたような気はするが、九条は根気よく寄り添ってくれている。
「心当たりは? うちはどんなんを探したらよろしの?」
「あっ、えっと、取次いでくれそうなのは、二足歩行の狐みたいな……大きな牛の方へ案内してくれたように見えて」
「意思疎通は?」
「……わかりません」
九条は指を口に当て、思案する。
意志のつよい瞳が、さとりにとっては頼もしく思えた。
「とりあえず牛の『或れ』と狐の『或れ』か……ふむ」
「でもあの、今、西1ホールを全部見たんですけど、見つからなくて」
結果を共有するために口にしたが、自分が役に立てなかったことを伝えたような気がしてちくりと胸が痛む。
「そんな顔せんでよろし。『異常なし』の報告もまた大事や言いますやろ。今の西1に手がかりがなかった……その情報があるだけよろしわ」
特に気にする風もなく、九条はまた思案に戻る。
責められるどころか、少し褒められた気さえする。
「その狐、何遍か見た言うとりはったけども、ジャンルはどこでしたん?」
「えっ?」
「配置ジャンル。『或れ』にも嗜好があるんやったら、好きなジャンルもあるんとちゃいますん?」
「ジャンル……あれは……」
最初にあの狐を見たのは、確か初のコミマの1日目、C97冬……みまみまのサークルの近く。
「去年の冬コミでは、今日の『ほ』ブロックのサークルさんの近くでした。でも前回見た夏は3日目だったので……」
口に手を当て、思案する九条。
「『ほ』ブロック……ほなら『やゆよ』と隣合うとるし、監視しよう思たらできるんとちゃいます?」
「そう、ですね」
先ほどは見つけられなかったが、九条に言われると見つかる確率がありそうな気がしてくる。
「……混んでる中やったら深川はんの目しか頼られへんと思いますわ。私は外周で監視しとります。探しとる『或れ』の牛は大きいんですやろ」
さとりは強く頷いてみせた。
「わかりました。お願いします」
『あれの牛』という呼び方が少し気になったが、普通の牛と呼び分けているのだろう。
いつか、そのあたりの九条の知識も聞いてみたい気がする。
「それっぽいモンが見つかったら呼び出してもよろしやろか」
九条は携帯を見せてそう尋ねた。
「連絡つくようしときまひょ。その方が確実ですやろ」
こんな形になるとは思わなかったが、九条と連絡先を交換する。
「九条さん、あの」
見つからなかったら。そう口にしそうになったが、九条が遮って笑った。
「今日はダメ元や。まずはやれるだけやってみまひょ。コミマに『災い』が来られて困るんは、うちも同じやしねえ」
その笑顔に面食らいながら、さとりは反射的にうなずいた。
それはさとりが今まで見たことのない、上品さと迫力が同居する忘れられない笑顔だった。




