↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/126

第55話 C99冬 設営日 今回の目標

『やゆよ』の作業がひと段落し、早くも展開されたホール本部へと戻って来る。

 一部飲料が振る舞われているようで、お茶かスポーツドリンクが選べるようだ。

 帰る前にと常温のお茶を手に取ると、後ろから声がかけられた。

 

「深川はん、よろしやろか」

「九条さん、お疲れ様です」


 今日もしっかり和装の九条。

 西1ではすっかりお馴染みの光景であり、さとりも驚かなくなった。

 相変わらず視線は鋭いが、同じ『みえる』者として一目置いてくれているのはわかる。

 

「えらい落ち着いてきはったな。もう慣れてきましたん?」

「……どうでしょう。まだ不安だらけです」

 

 さとりの言葉に特に返答はなく、じっと見定めるようにさとりに目を向けている。

 

「お話したいんやけど、今よろし?」

「えっ、はい……」


 前回の夏コミで『日を改めて』と言っていたが、京都に住む九条がわざわざ東京に来る機会は少なく、拡大集会で来たところでゆっくり話す時間は取れなかった。

 どちらからともなく「設営日で」となった。あの時の予言についてのことだろう。

 

 九条がちらりとアトリウムに目をやる。場所を変えようということだろうか。小さく頷いてホールを出た。


「寒いねえ」

「そうですね」


 答えてから、さとりは少し驚いた。

 ただ一言であれ、九条と世間話をしたのは初めてかも知れない。

 アトリウム。ガラスの壁越しに見える空は暗く、太陽の暖かさを期待することはできない。

 

「また確認なんやけれども」


 そう言って4階へのエスカレーターのたもとを指す。さとりがそちらに目を向けると、異形の姿が見えた。

 

「『或れ』はわかりはるんやね」

「はい。亀、でしょうか。ちょっと大きいですが。あの、九条さんには」

「黒い何かや」

「そうですか……」


 そこまでは前回認識を合わせたことだ。

 九条は印を結び、組んだ指の間からそちらを覗き込む。

 

「ただ、しっかり見れば輪郭はわかる……確かに、亀と言われたら亀やな」


 指を解き「ふう」と息をつく。

 少し疲れているように見える。体力ではない別の何かを使うのかもしれない。

 九条は亀の方に目をやったまま、口を開く。

 

「うちの家でちょっと聞いてみたんやけども、深川はんほど『或れ』をはっきり見えよる人はおらん。それこそ江戸より前の世の中であいつらの絵姿を描いたんも残っとるけど、どこまでほんまで、どこから想像なんかわからん」

「……」


 厳しい視線がさとりを射抜く。

 表情を見せない九条。種類はわからないが、強い感情を向けられているのはわかる。

 だが、さとりはそれを受け止めていた。形はどうあれ、初めて出会った理解者なのだから。

 

「はっきり言うて、あんたの目は異常や」

「……そうですよね」


 その理解者に、飾らない言葉で言われた。

 やはり、目の前の和服美人からしても自分は異常なのだと突きつけられた。

 ただ、思っていたよりもショックは小さい。九条は指摘こそすれ、だからといって離れる様子もないからかもしれない。


「わてはな、元々気配に敏感で、見いだされてな。ほんで小さい頃から修行して修行して修行して、ようやくここまで見えるようなった」


 言葉に力を入れて、感情を抑えているのがわかる。

 さとりは何も言わず、次の言葉を待つ。

 

「何で、あんさんがそない……」


 言葉の最後は小さく飲み込まれた。


「家から言われてん。『そんな奴がおるなら見てみたいわ。連れてこい』て」

「えっ」

「心配せんでもええ。そんなつもりはあらしまへんわ」


 手を口に当てた九条、その感情が、ふっと緩んだのがわかる。アトリウムの天井を眺め、深く息をつく。

 

「面倒やし『例え話や』言うたわ」

「九条さん……」

「それか、あいつらを祓うのに興味ある? 歓迎しますえ」

「……いえ」

「そうでっしゃろな。よろしよ、別に」


 冗談だったと思うのだが、少し残念そうにも見えた。

 九条はひとつため息をつくと、改めてさとりに向き合う。


「ほんで、本題や。牛の予言な。それは、多分ほんまなんやろねえ」


 さとりの胸が高鳴った。

 思い出す『災いが起こる』という言葉。

 ただ、それ以上に……

 

「信じて、くれるんですか」 

「何を今更。あの時、ただならぬ気配というか……初めてやったから判断つかんのやけども。とにかく、あの場所に、何か、特別な……特別な存在がおりはったのは間違いありませんやろ」


 珍しく言葉を濁す。あの牛を指す言葉に迷っているようだ。


「悪いもんやない。それは間違いおまへん。言うなれば……神気」

「神気? 神様、ですか」

「わからん。それに近いもんや」


 さとりは神社の牛の像を真っ先に思い浮かべた。もしかしたら関係あるのかもしれないが。

 

「そんなわけやから、あの予言……いや、御神託かもしれへんな。あれは信憑性が高いと思うとる。残念なことにな」

 

 残念。

 そうだ。もちろん外れたほうが良い。

 

「ただ、ええことも言うてはったんやろ。ええこと言うか、対抗手段」

「私……」

「そうおす」


 さとりの言葉を肯定する。

 その真剣な目に少し気圧されながらも、目をそらさなかった。


「深川はん」

「はい」

「できることなら、もういっぺんその御方を見つけよし。お願いしはったらもっと具体的にお言葉をいただけるかもしれん」

「そう、ですね」


 とはいえ、この間の夏コミで初めて見た。ただの通りすがりであった可能性もある。そうなるとこの冬コミで会える可能性は低いかもしれない。

 

「それか、見えてる『或れ』の中で、話の通じそうなんはおりまへんの?」

「話……は聞いてくれると思うのですが」

「取次でも頼んでみはったらどうでっしゃろ。まあ、あちらさんの繋がりがどうなっとるんか知りゃしまへんけど」


 思い当たるのは、あの二足歩行の狐だろうか。今までもたまに見かけていた気がする。

 今回のC99冬、さとりの目標が決まった。

 

「取次、頼んでみます」


 そのはっきりとした返事に少し驚いた様子の九条だったが、神妙に頷いてホールへと戻っていった。

 さとりは彼女が背中を押してくれたことを、素直に嬉しいと思うのだった。



 アトリウムからバスターミナルへと続く出入り口で、小太郎が立っていた。


「終わったか」

「うん。待っててくれたの?」

「同じバスだしな」


 時間を確認するが、バスは出発してしまったところだ。待たせたせいで一本遅れてしまったらしい。さすがに申し訳なさを感じる。


「あんまり帰りたくないのか?」

「え? うん、そうだね。年末年始は忙しいから……私、何もしてないし」


 冴えない表情を見てそう思ったらしい。考えていたことは違うが、あまり帰りたくないのも確かだ。

 

「高校生の間は、何もしないでいいって……」


 勉強に集中するためという勧めだったが、足手まといの自分に対する厄介払いだと思っている。

 

「神社の仕事、好きだったもんな」

「えっ?」

「違ったか? 小さい頃、割と色んなこと教えてくれただろ。難しくてあんまり覚えてないけどさ」

「そうだっけ……」

「なんだ。忘れたのか」


 意外そうに言う。


「小さい頃さ、今神社では何をやってて、高学年になったら手伝わせてもらえるんだって。嬉しそうにさ……でも神社の仕事のピークって、コミマの日程に重なるんだよな」

「うん」

「まあ他のホールにも神社の人がいるって言ってたし、案外何とかなるんじゃないか?」

「そう、かな……」


 そもそもコミマスタッフを続ける前提で話しているのも変なのだが、今は小太郎に話を合わせておく。

 それに、許されるのならコミマスタッフを続けてみたい気持ちもある。

 

「私、将来も神社にいるかわからないし……」

「そうなのか。俺あの神社好きだけどな」

「そうなの?」

「あの地域をみんなと長く守ってきた。子供心にもそういうのわかったし。ほら、コミマと似てるだろ」

「守って……」


 自分でそう思ったことはあまりないが、客観的にはそう見えているのだろう。

 コミマと似ているかどうかもわからないが、言われてみるとそんな気もしてくる。

 

「俺はコミマが日本の漫画文化を守ってきたと思ってるからな」

「うん」

「待てよ。コミマはさとりの神社の地域でやってるよな……ということは、コミマを守ることは地域を守ることに含まれるんじゃないか」


 うん?

 さとりはほんの少し首を傾げた。

 なんだか話が飛んだ気がする。

 

「つまり、コミマスタッフをやってるってことは、神社のスタッフをやってることになる」

「それは無茶だよ」


 さすがに声色でわかった。少し不器用だが、励まそうとしてくれているのだ。

 思わず漏れたさとりの笑顔を見て、ほっとしたようだ。

 時計を見て、バス乗り場と違う方へと足を向ける。


「バスまでまだ時間あるし、飲み物買いに行こう。おごる」

「えっ、いいよいいよ」

「あのなあ」


 恥ずかしそうに目をそらしながら、小太郎がため息交じりに言う。

 

「ちょっとぐらい格好つけさせろよ」

「あ……うん」

 

 小太郎が不意に向けてきた感情に、言葉を探す。

 年に数えるほどしか会わない幼馴染だが、何となくいつもと違って見えた。


「……ありがとう」

 

 妙に早足で進む小太郎に、その言葉が届いたかはわからない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。