第54話 C99冬 設営日 貼りもの作業
C99冬。
年末の仕事納めができるかできないかのタイミングに、設営日は設定されている。
逆三角形の下でバスを降りたさとりを迎えたのは、
「よっ、サト」
今回も同じ『やゆよ』ブロックとなった歌島小太郎だった。
ひゅうと風が吹き、さとりの髪を遊ぶ。
「沿岸部は風があって寒いな」
「そうだね」
何ヶ月ぶりかに見かけた布のような異形を視界の端に捉えながら、さとりは小太郎にうなずいた。
エントランスプラザで設営の説明を聞いてから、それぞれのホールへと散っていく。東に流れる人の方が多いが、面積比から考えると当然かと思えた。
ただ……
(こんなに多くなかったよね……)
人と同じように散ってゆく異形は、明らかに西の方が多い。
不思議は不思議であるが、誰かに尋ねるわけにもいかないさとりは小太郎に寄り添いながら西へと向かうのであった。
アトリウムの天井は相変わらず高く、来るたびに見上げてしまう。
アトリウムの端にある青玉の周囲にはすでに荷物が置かれ、見張りと思われるスタッフが番をしていた。
不思議なことに異形の多くはホールに入らずアトリウムでたむろしている。
「お疲れ様です。スタッフの荷物は自分のところの本部に置いたほうが良いですよね?」
「お疲れ様です。そうですね、その方がいいと思いますよ」
知らないスタッフとの、何気ない会話。
小太郎も一年前こそ緊張していたと思うが、ずいぶんと慣れてきたようだ。
そういえば小太郎は荷物が多い。宿泊するスタッフは大変そうだ。
そんなことを思っていると、設営参加者が荷物番スタッフに質問している。
「あの、西の荷物置き場はここですよね」
「はい。見張りはいますが、貴重品は身につけておいてくださいね」
メガネをかけた女性にどこか見覚えがあるような気がするが、思い出せない。コミマによくいるタイプといえばそうなのだが。
「えっと……案内の絵って、前回と違うんですね」
そう言って荷物置き場を示すPOPを指す。
荷物番スタッフは軽く目を閉じて思い出すような仕草をしている。
「前回ですか? ああ、確かあれは急遽用意したもので」
「急遽、手描きということですか!?」
「えっと、はい」
「……やっぱり」
口元に手を当てて、何やらブツブツ言っている。
「あの、描いた人ってどなたでしょう」
「私はわからないですね、すみません」
「そうですか……」
わからないことはわからないと言う。スタッフのお手本となるような回答に、目に見えて消沈する女性。
そのまま設営をするのか西1ホールへと歩いていった。
「なあサト、前回のPOPって」
「うん。柳さんだよね」
ふたりの目の前で、さらりと描いてみせた柳。同じブロックのスタッフだが、以前サークル参加していたことも聞いていた。
その時のファンなのかもしれない。
「声、かけた方が良かったかな」
「ううん。勝手に柳さんのことを話すのはダメだと思う」
「だよな……」
ほんの数時間前まで何もなかったホールに、整然と机が並んでいる。
西1ホールのあちこちで準備に歩き回るスタッフや搬入の作業員の姿が見られ、明日からのコミマに向けての準備が着々と進んでいる。
「ちょっと寒いね」
「そりゃあな……」
日はずいぶん傾き、シャッターから吹き込む風も冷たい。
深川さとりと歌島小太郎は『やゆよ』ブロックの『おはよう紙』を貼って回っている。どうしても素手での作業になるので、真冬のビッグサイトでは作業が進むにつれて指先が冷たくなってゆく。
さとりは時折自分の首に指をあて、指先に熱を行きわたらせる。
小太郎は少し先行してテープの準備をしてくれているが、大丈夫なのだろうか。
「今日は他に誰が来るんだっけ」
「牛込さんが遅刻でそろそろ来てるはず……あ、いるいる。ほら本部のとこ」
小太郎が指さす先を見ると、確かに同じブロックの牛込の姿があった。
他に『やゆよ』ブロックでは歌島由布子と大門がいるはずだが、本部で備品の整理をしているためブロックに出ているのは現状ふたりだけである。他のブロックに比べてやや手薄だ。
「お疲れー。おはよう紙から先にやったんだね」
もこもこに着込んだ牛込がやって来た。
「お疲れ様です。机シールの仕分けが時間かかってたんで、先にやっちゃいました」
「いいんじゃない。仕事待っててじっとしてても寒いだけだしね」
からからと笑う。
さとりと牛込はこれまで二回コミマで『やゆよ』ブロックで一緒になっているが、今ひとつ接点がなかった。ひとつには牛込がいつも2日目からの参加だったという理由があるのだが、それにしても組んでの受付や巡回といった作業がなかった。
「深川ちゃん大丈夫? 寒くない?」
「今のところ大丈夫です」
「そか。冬コミは夕方どんどん寒くなるからさ。早めに終わらせて帰ろうね」
柳より少し年上だろうか。由布子と同年代ぐらいに見える。薬指に指輪をつけているということは、既婚者なのかもしれない。ただ、その指に絆創膏も巻いているのが気になった。
人懐こい笑顔を見せる牛込だが、小太郎は不満そうにしている。
「牛込さん俺の心配はしてくれないんですか」
「見りゃわかるよ。歌島弟は元気でしょ」
「そうなんですけど」
「ふふ、まあ早く帰ろうではないか。どれ、テープちぎりを代わろう。先に行ってるよ」
小太郎から養生テープをひったくると、すごい勢いでちぎって机の端にくっつけ始めた。
さとりと小太郎は急いで牛込のちぎったテープを使っておはよう紙を貼り付け始める。
さすがの三人作業とあって、残りの島はかなり早く終えることができた。
「お疲れ様ー。あとは机シールだけだね」
「はい、お疲れ様です」
おはよう紙を貼り終えると『よ』ブロックの端で牛込と合流する。
このまま作業を続けても良いのだが、さとりには気になることがあった。
「あの、牛込さんその指……」
「ん? ああ、ケガとかじゃないよ。ただの火傷」
「ケガじゃないですか」
小太郎のツッコミには答えず、いくつも絆創膏を貼った指を見せて笑う。
「大丈夫なんですか」
「大丈夫大丈夫。ちょっと仕事中にね」
「仕事ですか」
「うん、そう。天ぷら油が跳ねちゃってさ」
予想外の答えが返ってきた。
仕事で天ぷら油?
「料理人なんですか?」
「分類としてはそうなるね」
話を聞いてみると、千葉の柏でうどん屋をしているそうだ。
今度食べに来てよと言われたが、なかなか機会はなさそうだ。
「それにしても『やゆよ』少ないね。こんなもんだっけ」
養生テープを指でくるくると回しながら、牛込があたりを見回している。
確かに他のブロックに比べて作業しているスタッフが少ない。
「今回は設営日の欠席多いですね」
「そうかー。あ、確かあとひとりいたような」
「大門さんですよね」
さっきちらりと見た。
本部のスタッフと何か話していたので声はかけなかったが。
「そうそう大門さん。今回『やゆよ』なんだっけ」
「そうですよ」
そう、今回『やゆよ』ブロックには、前回まで『にぬねの』ブロックだった大門が所属している。
「あ、帰ってきた……」
本部の方に、それらしき人がいる。
遠目にも見分けのつく体格の良さ。いくつかコーンバーを手に持っているので余計に目立つ。
「ほんとだ。あー、備品受け取りに行ってたのか。あ、机シール持って来てくれるっぽい」
三人の視線に気づいたのか、備品を置いた大門が『やゆよ』ブロックに歩いてきた。
「お疲れ様です。もうおはよう紙終わったのですね」
「お疲れ様です、大門さん。備品遅かったんですね」
「ええ、事故渋滞で到着が遅れたようで」
西の備品を載せたトラックがピンポイントに遅れてしまったらしい。
「全体の準備にはあまり影響はないので良かったです。机シールを貼りましょうか」
大門がそう言って手に持った机シールを掲げる。『や』『ゆ』『よ』をどう手分けするべきだろう。
「じゃあとりあえず『よ』から貼りますね」
早速小太郎が机シールを取ろうとしたところで大門が待ったをかけた。
「机シールですが、ちょっとテクニックがあって……いいですか?」
大門はそう確認すると、シール台紙を折って見せた。
「こうやって折ると、シールの端が……」
「おお、すごい、飛び出してる」
「知らなかったー!」
小太郎も牛込も目を輝かす。
台紙の折れた部分のシールが浮き出て、取りやすくなっている。
さとりも声こそ上げなかったが驚いていた。
シールの端をカリカリと引っかかなくて済みそうだ。
「知らなかった。そっかあ、台紙きれいに取って置いてても仕方ないですもんね」
牛込は台紙を手に取り、感心して見ている。
「特に冬場はシールがはがしづらい時があるから、こうした方が早いんですよ」
大門は柔らかい表情を見せながら「特に指が太い中年には」とどこまで冗談かわからないことを言いながら、『ゆ』ブロックの束を手に取った。
机シールは分担できる作業がなく、それぞれのシートを手に持って、各人が黙々と貼り続ける。
さとりは『よ』ブロック分を小太郎と分けたが、ブロックひとつをそれぞれ持って行った牛込と大門に比べるとさすがに速い。
島の端で小太郎が待っていた。
「感じの良い人だな、大門さん」
「うん。昔から丁寧な人なの」
「警備業だっけ。安心感あるよな。余裕あるっていうか」
「私たちまだ初心者だもんね」
「若葉は取れたけどな」
小太郎は前回、さとりは今回から若葉マークが取れてスタッフ初心者を卒業している。
ふたりともコミマというお祭りに、スタッフという立場に少しずつ慣れてきているのだが、本人たちにあまりその実感はない。
(あ……お久しぶり)
視界の端を横切る異形に、心の中で挨拶をする余裕すらできている。
彼らが増えてきたということは、搬入がもうすぐということだ。
再びスタッフ以外の人がホール内に増えてくる。さとりは短く息を吐いて、気を引き締める。
まずは、自分にできるところから。




