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第6話 C97冬 1日目 『やゆよ』ブロック

 まだ夜も明けきらない早朝。

 肌に刺さる空気の冷たさが、眠気をまとった体を叩き起こす。

 

「……行ってきます」


 さとりの小さな声に、誰も答えない。

 そろそろ誰か起きてくるだろうが、そんな時間に家を出る。

 少し寂しくもあるが、普段とは違うということへの楽しみも感じていた。


「はあ」


 白い息をついて、家の神社の鳥居を見る。


「天神様、今日もお見守りください」

 

 空は、少しだけ明るくなってきている。

 あっという間に、コミマ1日目。



 

 さとりの家からスタッフたちが宿泊するホテルリングスへは歩いて数分。

 小太郎が言っていたように大型バスがホテルの前に停まっているのが見えた。

 数人の人影の中から、小太郎の姿を見つけた。

 

「おはよう」

「おはよう。ちゃんと起きれたんだな」

「早起きは、慣れてるから」

 

 さとりはよく早起きをして神社の清掃をしていた。

 落ち葉やごみを集めるだけならば、大きな失敗をすることがないからだ。

 また、夜明けが近い時間帯では、なぜか異形を見かけることが少ない。人間と活動時間が似ているのだと何となく思う。

 少しでも家の役に立っていることもあって、早朝はさとりの好きな時間だった。

 

 トートバッグから帽子と腕章、スタッフ証を出して運転手に見せて、バスに乗り込む。

 会場到着までに着用しているようにと指示を受け、うなずいて見せた。運転手がチェック係までしているとは大変だ。

 バスの入り口の階段を上ると、独特の匂いがする。

 こういう観光バスに乗るのは、修学旅行以来だろうか。

 

「思ったより少ないね」


 走り出した観光バスには空席が目立つ。

 全員が窓際に座ってさらに空きがあるような状態だ。

 

「あまりこのホテルを希望する人はいないから。帰りも会場から都バスに乗って帰れるから楽なんだけどな」

「そうなんだ。他にホテルがあるんだよね」

「ああ、会場の前とか大井町とか。あとは銀座だったか」


 いずれも交通の便も良いらしい。

 そういう場所と比べると、確かにここは見劣りするかもしれない。

 

「小太郎君はそっちにしないの」

「まあ……昔この辺に住んでたし、半分里帰りみたいなノリだな」

「そうなんだ。まだ小太郎君がこの街のことを好きでいてくれて嬉しいな」

「あっ、ま、まあ……幼少期を過ごした地元みたいなものだしな」


 ふいと顔を背ける小太郎。

 さとりにとっては先祖代々の土地。自分の一族が守り続け、そして同時に育まれてきた街だ。

 少なからず愛着を持つさとりにとって、小太郎も同じようにこの街のことを思ってくれているのは純粋に嬉しかった。


 バスは豊洲を経由して、湾岸の道を走り抜け、会場であるビッグサイトへと向かってゆく。

 

「そろそろ準備するか」

「うん」


 初めに言われた通り、腕章を腕に巻き、スタッフ証を首から下げ、帽子をかぶる。

 バスの窓に映る自分の姿。不安そうな表情以外は、どこから見てもコミマスタッフに見えた。

 



「……というわけで初日です。サークルの混雑はまあそこそこ。でも企業ブースがかなり混雑する予想なので、上への直通スロープがある西1ホールは通過する人が多そうです。問い合わせも増えるので、慣れてない人はもう一度現場でルートの確認をしてください。何か分からないことがあったら、何でもホール本部に問い合わせてください。よろしくお願いします」

 

 昨日言葉を交わした大塚ホール長の朝礼が終わり、各担当からの連絡事項が伝えられていく。

 必死にメモを取っているが、追いつかない。

 あたりを見回すと、メモを取っている人がいないわけではないが少ない。すっかり覚えてしまっているのか、頭に叩き込んでいるのだろう。

 

 やがてブロック別に分かれてのミーティングになる。

 さとりの所属する『やゆよ』ブロックはどこに集まるのだろうか。


「あ、姉ちゃんがいた」


 小太郎が見ている方に目をやると、確かに由布子を中心に数人のスタッフが集まっていた。

 あそこが『やゆよ』ブロックだろう。


「はーい、『やゆよ』ブロック各位、おはようさん! 初日やし、さらっと自己紹介しとこか。名前と……好きな作品とかジャンルぐらいでええか。えー、まず私、ブロック長の歌島由布子です。このブロックにはもうひとり歌島がおるから『由布子』でも『ユウ』でもええし『ユッピー』でもええよ。好きなジャンルは恋愛漫画やろか。暇なときは動画サイトに張り付いてます。よろしく! ハイ次!」

「『ユッピー』って何だよ……あー、歌島小太郎です。歌島弟と呼ばれることが多いです。好きなジャンルは少年漫画、最近はシューティングゲームにも手を出してます。よろしくお願いします」

 

 自然と時計回りに進んでいるため、その次がさとりの番になった。

 あまりにも早い。


「えっと、深川さとりです。初めてのスタッフなので分からないことだらけなんですが、頑張ります。好きなジャンル……あまりアニメは見ていないですが、漫画はよく読みます。銀セレとか……よろしくお願いします」


 少し詰まりつつもなんとか終えられた。

 ほっと胸をなでおろすが、しっかり次の人の自己紹介も聞かなければ。

 さとりの隣の女性は少し年上で、ほのかに染めているであろうセミロングの髪が黒ともこげ茶とも見える。


「柳です。これまでサークル参加はしていましたが、私もスタッフは今回が初めてです。色々教えてください。割とゲームが好きで、女性向けのゲームで語り合える人がいたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 優しそうな雰囲気だが、しっかりと芯のある声。

 スタッフは初めてだと言っているが、立ち姿も落ち着いている。大人びた雰囲気があるが社会人だろうか。


 次に順番が回ってきた男性は、少し背の高い男性だ。

 穏やかそうな表情と雰囲気から割と年上であるように思える。

 

「副ブロック長の蔵前です。趣味はゲーム音楽の演奏で、秋葉原管弦楽団という団体でエロゲーの曲とか演奏しています。まだ先ですけど秋に演奏会があるので、よかったら来てください」

「エロゲて。未成年おるで」

「あっ、そうだった! ま、まあ聴くのは年齢制限ないから!」


 しまったという表情でこちらを見る蔵前。

 由布子はけらけらと笑いながらブロック員たちを見回す。


「言い忘れてたけど、こっちの小太郎とさとりちゃんはまだ成年向けの確認でけへん年齢やから、気を付けてなー」

「若いな……」


 蔵前のつぶやきにどう反応していいものか分からず、さとりは小さく頭を下げた。

 他の三人は由布子の顔見知りのスタッフのようだ。いずれも男性で、これまで長らく由布子と同じブロック、そうでなくてもこの西1ホールでスタッフをやっているらしい。

 親しい友人のように気安く声を掛け合っている。

 普段から会っているのだろうと思っていたが、後から聞くと拡大集会とコミマ当日以外では顔を合わすことは無いらしい。

 それでこれほど親しげというのは、さとりには少し不思議に思えた。

 

「あとは明日から参加の長崎さんと牛込さんがおるんやけど、それはまた明日で。というわけで、今日は八人体制でとっても厳しいです。さらに新人がふたり、若葉がひとり。ベテラン勢はしっかり教えたってください。極端な話、明日から戦力になってもらうようなつもりで。んで基本コンビ組んで動いてもらおうと思ってるので……」


 新人のさとりは、まず由布子と組むらしい。

 同じく新人の柳は副ブロック長の蔵前と。

 二回目のスタッフである小太郎は、常に誰かと組むというわけではないようだ。だがなるべく単独ではなく誰かと一緒に行動するようにと伝えられた。


「繰り返すけど、人数少ないんで見本誌もチャキチャキやってってください。特に後半の時間帯は相当踏ん張らなあかんと思います」

 

 ふと近くに集まる他のブロックを見る。確かにどこのブロックの人数も十は超えている。

 どうやらこのブロックが一番人数が少ないらしい。

 そんな不安そうなさとりを見たのか、不安を吹き飛ばすように由布子が明るく笑う。

 

「まあ最悪本部が目の前やから、危なかったら助けてもらえるし大丈夫。言うて今日はそこまで混まんよなあ?」

「多分ね。ジャンルも大人しいし」


 蔵前が同意するのを見て、由布子も大きくうなずいた。

 

「うん。ほな、力まず。かといって気を抜かず。やるべきことをしっかりやりましょ。まずは各自朝ご飯。その後は順次サークル受付に移ってってください。解散!」

 

 C97冬『やゆよ』ブロックの始動である。

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