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第29話 C98夏 設営日 ちゃんとできた

 コミマの設営日は平日にも関わらず、多くの参加者が手伝いに来る。

 スタッフではない一般参加者も思いのほか多く、仕事はどうなっているのか心配になるのだが、ちゃんと事前に申請して休みを取っているらしい。

 

 さとりはそんな人々の集まるメインエントランスを横目に、西地区アトリウムへと足を運ぶ。

 明日から同じブロックで働く歌島小太郎に、待ち合わせの場所として指定されているからだ。

 エントランスからのエスカレーターは見晴らしが良く、アトリウムの高い天井まで一気に視界が開ける。そのエスカレーターを降りている間に、目当ての姿を見つけることができた。

 アトリウムの端にある青い玉。それが今日の待ち合わせ場所だった。


「コタくんおはよう」

「ああ、おはよう」


 小太郎は挨拶だけ済ませると、一抱えあるダンボールを探る。

 

「どうかしたの」

「荷物置き場の表示するPOPが見当たらなくて」

 

 どうやらこのダンボールは設営のための備品が入っているようだ。

 太マジックやごみ袋が横に置かれている。

 

「設営部の人がこの箱にあるからって言ってどっか行ったんだが、入って無さそうなんだ」

 

 取り出した白い厚紙を見て「違う」とがっかりする小太郎。

 

「荷物置き場って、スタッフの?」

「いや。一般参加……設営参加者?」

「そうなんだ」

 

 前回の設営日にどうだったかは覚えていないが、確かに設営を手伝ってくれた人たちは荷物を持っていなかったように思う。この青い玉のモニュメントのある場所が荷物置き場になるらしく、表示は必須だ。

 最悪白い厚紙に『荷物置き場』と書くだけでもいいのだろうが……

 

「こんにちは。どうかしたの?」

 

 ふたりして困り果てていると、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、同じブロックの柳の姿があった。

 白のブラウスに黒のパンツは大人の魅力を感じさせる。

 

「あ、柳さん。あの……荷物置き場のえっと……」


 なんと伝えれば良いのかと言葉を探す。

 助けを求めるように小太郎を見る。

 

「POPが見当たらなくて」

「『ここは荷物置き場です』みたいなのかしら」

「あ、はい」


 上手く伝わったようだ。

 前回のPOPの写真を残していた小太郎が、携帯の画面を柳に見せる。

 

「こんな感じで、いつもイラスト付きで分かりやすいんですよ」

「そう。じゃあ描いてしまえばいいかしら。そこのマジックは使っても?」

「あ、はい。えっ?」


 小太郎もまさか柳が描くとは思っていなかったのか、反射的にうなずいてから聞き返す。

 柳は構うことなくキャップを開け、厚紙を床に敷いて大胆に膝をついた。

 

「や、柳さんズボンが汚れますよ」

「平気です」


 短く答えると、さっさと手を動かし始める。

 

 その線が絵になるまで、五分もかからなかった。

 左手を上に向けて、微笑む女の子。

 右のスペースに大きく『荷物置き場』の文字。

 その下に小さくリュックと手持ちカバンが置かれている。

 

「えっ、上手い……」


 先ほどまで白紙だったと言われても信じられない。

 描き込まれた線は少ないが、立派な案内イラストがそこにあった。


「ふああ……」

「すげえ……」


 さとりと小太郎が口を半開きにしてイラストを眺めている。

 

「青玉に貼ればいいのかしら」

「あ、はいそうです」


 柳の言葉で我に返った小太郎が、備品ダンボールから黄緑色の養生テープを取り出す。

 これでひとまず解決したようだ。

 

「柳さん、すごいですね。絵描けるんですね。とても上手です」

「絵は誰でも描けるわよ。ふふ」

 

 謙遜する柳だったが、まんざらでもないようだ。

 あまりイラスト業界に明るくないさとりでさえわかる。

 柳の動きは長い経験が重ねられたそれだ。

 気づくと、ちらほらと異形の姿があった。近くで柳のイラストを覗き込むものもいれば、わざとらしく通りすがって確認するかのような動きをするものもいる。

 小太郎は目を輝かせて、青玉に貼り付けられた荷物置き場POPを見ている。

 

「助かりました、柳さん。サークルさんみたいですね。そういえば前に出たことあるって言ってましたね」

「……うん、まあちょっと前にね」

 

 急に歯切れが悪くなる柳。

 小太郎は何か悪いことを聞いてしまったかと気まずい表情を見せる。

 何かフォローをしないと、とオロオロするさとりに、後ろから声がかけられた。

 

「ここ荷物置き場で良いですか」

「あっ、はい。大丈夫です」


 内心でほっと胸をなでおろしながら、設営参加者を案内する。

 

「私も荷物を置いてくるわね」


 柳はそう言い残すと、荷物置き場から去って行った。

 あまり気にしている様子はなかったが、小太郎と顔を見合わせてしまう。

 柳のイラストの女の子は、そんなふたりに優しく微笑み続けていた。


 

 

 さとりがホールに足を踏み入れると、どういうわけかラジオ体操のメロディが聞こえてきた。

 どうやら搬入のトラックの準備ができるまで、準備運動をしているらしい。

 よく見れば微妙な運動をしている異形も混じっていて、西1ホールの一角は何やら異様な空間になっている。


「……」


 あれは何なのだろう。

 人の動きを真似する異形もいなくもないが、彼らは彼らで楽しそうに見える。

 そういったポジティブな意思を見せる彼らは、コミマ以外では見たことがない。

 

 やがてメロディがゆっくりになり、ラジオ体操が終了する。

 なぜか起こる拍手に、当人たちもなぜか笑っている。

 平和だ。


「机降ろしまーす!」


 遠くからスタッフの声に誘われて、設営参加者がゾロゾロとトラックへ向かう。

 C98夏の設営が始まる。



 

 トラックから降ろされた机台車があちこちに展開し、手近なところから机が立ち始める。

 

「すみません! 机は奥のアトリウム側からお願いします!!」


 小太郎の声を聞き、何人かがアトリウム側へと机を運ぶ。

 なるほど、机の積み下ろしと設営場所は少し離さないと渋滞してしまうようだ。

 机を持ったまま歩く人ばかりの中、人口密度が高いとぶつかる危険がある。

 

「コタくん声大きくてすごいね」

「明日からしっかり声出さないといけないからな。練習だ。サトも声出した方が良いぞ」

「えっ、な、何て」


 小太郎は一瞬考えると、

 

「『ストッパー確認してください』とかどうだ」

「ええ……」


 注意すべき点であることは間違いない。

 だが、大きな声を出すことにためらいを感じる。


「ス、ストッパーを確認してください……」

「もっともっと。叫ぶぐらいに」

「でも……」

 

 設営参加者は手慣れたもので、自然にストッパーを確認する参加者もいる。だが、全員が全員というわけではない。

 必要なアナウンスなのだと、さとりも覚悟を決める。

 

「ストッパーを! 確認してくださあい!」


 小太郎ほどではないが、それなりに大きい声が出た。その証拠に、何人かが反応して机のストッパーを確認している。

 

「うん、いいんじゃないか」

「緊張した……」

「今から緊張してどうするんだよ……冬コミの時も上手くやれたんだろ?」

「うん、多分……」


 こんなに声を上げた覚えはない。

 他のスタッフが「走らないでください」と大きな声で注意しているのを聞いてはいた。

 

「今回はがっつり列整理してみたいな」

「わ、私はいいかな……」

「やってみたいこととかあるのか?」

「うーん……」


 サークル受付は今回もやるだろう。

 混雑は西1ホールではほどほどの見通しと聞いているが、そんな機会はあるだろうか。

 だが、やはりさとりの中では、前回珍しく褒められた作業をまたやってみたい。

 

「フュージョン、とか」

「ああー、あれか。天職だったな」

「またやるのかな」

「毎回やってるみたいだし、言ってみたらいいんじゃないか?」

「そうだね」

 

 由布子に頼めばまたやらせてもらえるかもしれない。

 少し前向きに考えていると、机を持った参加者に声をかけられた。


「スタッフさん、壊れ机どうしたらいいですか」

「えっと……」

「ああ。えっと、この赤テープを巻いてもらって、いったん看板下に持って行ってもらえますか。適当に積んでおいてもらえたら後で対応します」

「分かりました」


 小太郎は持っていた赤ガムテープをちぎると、手早く机に巻く。

 参加者はお礼を口にして、小太郎が指した看板の方へと歩いて行った。

 

「すごいね」

「いや、他の人がそう言ってただけだ」


 参加者を待たせることなく回答して、ちゃんと手助けもする。

 同い年の小太郎がスマートに対応するのを見て、率直にすごいと思う。

 


 

「あの、この机ちょっとガタガタしちゃってて、どこか持って行くとこありますか?」

「あっ、はい」


 それから数分もしないうちに、同じ問い合わせを受けた。

 ちらりと小太郎を見ると、大きくうなずいて赤いテープを差し出してくれた。

 

「この、赤いテープを角に巻いてもらって、あそこの看板の下に……」

「了解です!」


 指さす先に、数本の机が積まれていた。

 それを見て察してくれた参加者は、ちぎった赤テープを受け取ると足早に看板へと向かっていった。

 

「サトもできたじゃないか」

「コタくんの真似をして」

「真似でもなんでも、案内できたことには変わりないだろ」

 

 机を持って行く人の後姿を見送りながら、ようやく実感する。

 

「私でも、ちゃんとできた」

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