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第28話 C98夏 拡大集会 今回の『やゆよ』

「『やゆよ』この辺なー!」


 久しぶりに聞く関西弁が耳に届く。

 最初からブロックごとに分かれて、ホール別の話をするようだ。

 柳と共に『やゆよ』ブロックのスタッフが集まる場所へと向かう。

 

「あ、さとりちゃんと柳さんやん。お疲れ様!」

「ユウさんお疲れ様です」

「お疲れ様です」

「ふたり一緒やったんやねえ」

「ええ、偶然」


 柳の言葉に満足げにうなずくと、由布子は手元の資料に目を落とす。

 その隣では、副ブロック長になった春日と、長崎が何か話をしている。


「えっと、このへんは今日は仕事で欠席で……小太郎は今トイレで、長崎さんおる、柳さん来た」


 どうやら出席を管理しているらしい。

 思ったより人数が少ないが、日曜でも仕事ということなのだろう。社会人は大変そうだ。

 

「ほんでから、さとりちゃんも来た……後は牛込さんとエレンさんか……エレンさん? リードさん?」

「ファーストネームで呼ばれることが多いです」

「そうなんや。ファーストっちゅうことは、ファミリーと違う方やからエレンさん」

「はい!」

「って、エレンさん?」


 資料から目を離し、勢いよく顔を上げる由布子。

 その目の前に、明るい髪の女の子が立っていた。

 

「はい、エレンリードです!」

「びっくりしたー。独り言やったけど途中から返事あるなーて思たら」


 からからと笑う由布子。

 その笑顔につられてか、エレンも笑顔を見せる。

 風貌は西洋のそれなのだが、日本語の発音はとても自然だ。ツーテールの明るい赤毛と黒味の少ない瞳からは想像しづらい。

 年のころは分からないが、さとりとそう離れてはいなさそうだ。

 由布子との少しのやり取りだけでも、明るく社交的な様子が窺える。

 

「ほならエレンさんは出席、と。あと牛込さんやけど、長崎さん連絡つく?」

「会場には着いてるみたいなんで、そのうち来ると思います」

「わかったー。ありがとう。人数確定したし、春日さんと長崎さん、カタログもらいに行ってもろてええかな? ええと、今日の合計人数は……」


 なるほど、カタログが配られるのか。

 あの厚く重い冊子を思い出しながら、さとりは春日と長崎の背を見送った。

 そして、由布子が「ふう」と大きめの息をつく。

 

「エレンさんは今回が初めてやね」

「はい!」

「ほんなら……柳さんとさとりちゃん、一緒におってもろてええかなあ」


 急に名指しされ、柳と顔を見合わせる。

 特に異論もないのでうなずいて見せた。

 

「こちらのふたりは前回からの登録なんよ」

「そうなんですね。よろしくお願いします!」

「ええ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」


 クールだが友好的に応える柳、少し勢いに押されるさとり。

 この『やゆよ』ブロックは女性ばかり増えているということになるが、珍しいのではないだろうか。

 少なくともこの西1ホールのスタッフは男性がほとんどだ。

 

「お、サト。お疲れ様」

「コタくん久しぶり」

「今回もよろしくな」

「うん」


 小太郎がエレンをちらりと見る。

 少し値踏みするような視線にも見えるが、単純にブロックの新人がどういう人なのかと考えているだけにも見える。

 

「……」

 

 さとりもつられて目を移す。

 エレンは社交的に柳と言葉を交わしている。

 話している内容までは分からないが、やはりとても自然な日本語であるように思える。肩まで伸ばした少し癖のある赤毛はツーテールで、ぱっちりした目はグレーだろうか。その色も相まって何かのキャラクターに見えなくもない。

 明かりに照らされ、ゆるいウエーブのかかった髪がキラキラと輝いて見えた。

 

「綺麗な髪……」


 意識せずつぶやいたさとりの言葉に、エレンが勢いよく振り向いた。

 照明に照らされた明るいオレンジのツーテールが勢い良く踊る。

 

「私!?」

「あ、は、はい……」


 またも気圧される。

 同じクラスにいても近づかない種類の人のように思う。

 もっとも、それは柳や由布子であってもそうなのだが。

 

「ありがとう! あなたも綺麗な髪ですね!」

「え、あの、え? ありがとう……ございます?」


 思いがけない言葉に、思わず疑問形になってしまった。首筋あたりの髪をそっと押さえる。

 バッサリ切ってしまってからそろそろ一年ぐらい経つだろうか。

 

「じゃあ西1、ホール別始めるので静かにしてくださーい!」


 本部のスタッフの呼びかけと共に、大塚が前に出る。

 小柄ではあるが、低い声は非常によく通る。


「西1のみなさん、お疲れ様です!」

「「「「お疲れ様です」」」」


 それを合図にさっと雑談の声が引く。

 遠くで別のホールの話し声が聞こえてくるが、張り上げなくとも大塚の声は十分行き届いた。


「初めましての人も、いつもの人も、久しぶりの人もいると思います。まずは自分のところのブロック員と、本部系のスタッフの名前を覚えてもらうところからやってください。まず私から。前回から引き続いてホール長の大塚です。今回も皆さんの力をお借りすることになりますが、無事にC98夏をやりとげましょう。よろしくお願いします」


 拍手が収まると、次に本部スタッフとブロック長が順にひと言ずつ。設営日のスケジュールと当日朝の集合時間、それに直前集会の日程が知らされると、あとはブロック別に分かれて順次解散とのことだった。

 館内統括の話と違い、大塚はシンプルに必要な事項を伝達する。細かい話は直前集会でじっくりするとのことだった。

 


 ブロック別に分かれてから、また喧騒が戻って来る。

 

「はいはーい『やゆよ』聞いてー。配るもんあるから名前呼んだら受け取ってやー」


 周囲の声に負けじと少し声を張る由布子。その手には束になったスタッフ証があった。その足元には重そうなカタログが人数分積まれている。

 

「歌島由布子さーん。はーい。スタッフ証置いときますねー。はーい」

「姉ちゃんその関西のノリやめろよ」

「えー、なんでよ。別にええがな」

 

 歌島姉弟のやりとりを平和に眺める『やゆよ』ブロック員。

 それから順次名前を呼ばれ、スタッフ証とカタログを受け取って行く。

 

「深川さとりさーん」

「はい」

「今回もよろしくな、さとりちゃん。頼りにしてるで」

「あ、えっと、頑張ります……」


 頼られるとは思っていなかったので、詰まりながらの返事になってしまった。

 ずっしりと重いカタログ。普通に買うと二千円以上するらしい。

 スタッフは、それが無料で支給される。

 カタログの重さが責任の重さなのかもしれないと思うのだった。


「えー、前回まで副ブロック長やってくれてた蔵前さんが抜けてもうたので、今回はこの春日さんが副ブロック長やってくれます。今日来てへん人もおるけどブロック員が揃うのは多分1日目やから、見本誌とかはその時に担当ブロックを決めたらええかなと思ってます」

「長崎牛込は今回も2日目からでーす」

「あー、まあそん時はそん時で」


 後で聞いたところによると、ブロックのメンバーは固定気味になることが多いらしい。もちろん違うホールや違うブロックを希望すれば移動することもできるが、気心の知れたメンバーだとやりやすいというのが大きいようだ。


「今回は新人さんがひとりいます。エレンさんです。とりあえず自己紹介してもろてええかな。好きなジャンルも添えて」

「はい! エレンリードです。こう見えて日本生まれ日本育ちなので英語もジャパニーズイングリッシュです。よろしくお願いします。好きなジャンルでしたっけ……アニメが割と雑食で、最近だと『ルルループ』ちょっと前だと『獣っ子パーティ』、もっと前だと『夜明けまで待たぬ』とか『ボトムスパイク』が好きです」

「ほんまに雑食やな……」

 

 由布子が感心半分呆れ半分の感想を述べる。

 ルルループはタイムリープを繰り返す男子ふたりの関係をコミカルに描いた連載漫画からのアニメ化。

 獣っ子パーティはPCゲームからアニメ化した女の子が沢山出る系のアニメ。

 夜明けまで待たぬはかなり前のアニメ映画でホラーサスペンス。

 ボトムスパイクは宇宙を舞台にしたロボット戦争をシリアスに描く80年代前半のアニメだ。

 ジャンルも雰囲気も全く異なるアニメが並ぶと、いかにも雑食のように見える。


「榊原礼子……」


 ぼそっとつぶやいたのは長崎だった。

 

「お分かりになりましたか!」


 ほとんどのスタッフが「?」を顔に浮かべる中、エレンがぱっと輝く笑顔を見せる。

 同志を見つけたと言わんばかりに喜んでいる。


「え、何やの?」

「……共通して出演してる声優さん」

「よくご存じで!」


 さとりにはよく分からないが、そういう世界があるのだろう。

 長崎とエレンは上手くやっていけそうだ。

 由布子も同じことを考えたのか、うんうんとうなずいている。

 

「あー、ほなら長崎さんにエレンさんの面倒見てもらおか」

「おぅ……いやでも俺2日目からで……」

「まあ初日は私か春日さんが見るわ。大丈夫大丈夫」

「よろしくお願いします!」

「あ、うん……」


 押しの強いエレンに押し切られるように、長崎が首を縦に振った。

 

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