第27話 C98夏 拡大集会 小さな共感
「……というわけで、この夏もとにかく体に気を付けて、みんなで元気に楽しみましょう。よろしくお願いします」
そう話を締めると、会場内の拍手に押されるように代表が退出していった。
東京ビッグサイト、会議棟。
逆三角形の建物の中、深川さとりは前回よりましになったとはいえ、微妙な居心地の悪さを感じながら拍手で代表を送った。
代わりに登場した世話役が、マイクを通して場内にアナウンスをする。
「えー、館内担当さんはそのままこの会議場なんですが一度出ていただきます。他の部署の方は前のスクリーンに出ている通り部屋に分かれてもらいます。一度に退出すると混雑するので、いくつかに分かれて退出してもらいます」
深川さとり、二度目のコミマスタッフ。
今回も館内担当であるため、アナウンスの通り一度退出して再びこの会議場に戻って来ることになる。
世話役に誘導され、いったんロビーに出る。
誰か知った顔がいないかと見回してみたが、残念ながら見つけることはできなかった。
「では館内担当さん中へどうぞ! 部署別は十五分後から開始します! まだホール別の席には分かれなくていいので!」
再入場の際に、資料が印刷された紙を渡される。
再度会議場に戻ったさとりは、手近な席に座る。
多くのスタッフは顔見知りを捕まえているようだが、さとりはどうせ知り合いもいないのだからと手元の資料に目を落とす。
ホール長の紹介文が書かれたそれに何とはなしに目を通していると、上から声がかかった。
「あ、深川さんお疲れ様」
「あっ、蔵前さん」
前回副ブロック長だった蔵前だ。通路から中に入り、さとりに目線を合わせるように中腰になる。
隣に座ればいいのにと思いながらも、さとりは先に頭を下げた。
「あの、今回もよろしくお願いします」
「あ、体制表まだ見てなかった? 俺は今回西1じゃないんだよね」
「えっ、そうなんですか」
慌てて配布資料から体制表を探す。
そんなさとりを優しい眼差しで見ながら蔵前が笑う。
「今回西2。ここ何年か西1と西2でブロック長レベルの交換留学会みたいなのやっててね。その一環」
「そうなんですか……」
直接何かを一緒にやったわけではないが、頼れる先輩スタッフである蔵前が離脱するのは不安である。
「まあまた次ぐらいには西1に戻ると思うし、その時はよろしく」
表情に出たのか、蔵前がそう言ってくれる。
さとりは「はい……」と返事をしたが、不安そうな声色は隠しきれなかったように思う。
蔵前は困ったように笑って、会議場の反対側を指さした。
「西1の場所は今回会議場の外だから、西1のみんなはあっちの方に集まってるんじゃないかな」
「あ……じゃあ行ってみます」
「うん、じゃあね」
「はい、また」
取り落としそうになる配布資料を抱えながら、蔵前の指した方へとやって来た。
話したことは無いが見かけたことがあるような気がする人たちの集まりがあった。おそらくここが西1のスタッフが集まっている場所だろう。
座る場所をどうしたものかと考えていると、小さく手を振る女性が目に入った。
さとりが近づくと、口元を緩めてさとりの方を見る。
「こんにちは」
「柳さん、お疲れ様です」
「ああそうだ。お疲れ様です」
前回同じブロックだった柳は「まだ慣れないわね」と笑う。
柳が隣の席を勧め、さとりもそこへ座る。
「今日はひとり? 歌島さんは?」
「ホール別の時に会えるだろうって」
「そうなの。深川さんは今回も同じ『やゆよ』ね。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
配布された体制表を眺める柳。
よく手入れされているであろうこげ茶の髪、前回と同じようなセミロングで、白いブラウスが、どこかできる大人の雰囲気を感じさせる。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
あわてて隣に座るさとりも、同じように体制表に目をやった。
西1ホールのホール長は前回と同じ大塚。
『やゆよ』ブロックに自分の名があり、ブロック長は歌島由布子。
蔵前が抜けた副ブロック長には同じブロックだった春日が入ったようだ。
そして歌島小太郎の名前を見つけ、ほっと息をつく。
「前回とあんまり変わってないですね」
「そうね」
蔵前こそいないが、春日をはじめ、ほとんど前回のメンバーそのままだ。
何人かの名前の後ろに数字が書いてあるが、何だろうか。
しかし、それよりも気になる名前があった。
『エレンリード』
どう見ても外国人の名前だ。
体制表に目をやる柳は特に何も言わないが、知り合いだろうか。
「あの、柳さん、このエレンさんって知ってる人ですか?」
「え? ううん、全然。私も前回がスタッフ初めてだったから、スタッフの知り合いなんて全然いないし」
「あ、そ、そうですか」
「外国人……っぽい名前だけど、日本人だけじゃないとダメって決まってるわけでもなかったわよね」
募集要項には、日本語でのコミュニケーションが取れれば良いと書いてあったと思う。
その時はあまり気にしなかったが本当に外国人のスタッフがいたのかと感心する。
キョロキョロとあたりを見回すが、当然のように分からなかった。
代わりに体の大きな大門が見え、少し背の低いホール長大塚と何か話している様子だけが見えた。
「誰かいた?」
「大門さんとホール長が」
「大門さん?」
「『にぬねの』のブロック長さんです」
「へえ……よく覚えてるのね」
感心する柳。前からの知り合いだと言おうかどうかと迷っている間に、柳が笑いかけてくる。
「深川さんは、ブロック長の歌島さんと仲が良いの?」
「えっと、どうでしょう。優しくしてもらってます」
「前からの知り合いなんだっけ?」
「あ、えっと……」
さとりは歌島由布子との出会いと、歌島小太郎との再会のことを柳に話す。
小太郎とは小学校の頃の知り合いでもあることを伝えると、柳は楽しそうに目を細めた。
「面白い偶然ね」
本当に。コミマ当日ビッグサイトには十万人を優に超える人間が集まる。
その中で偶然昔の知り合いに再会する確率はどれほどなのだろうか。
「知り合いがいると、スタッフもやりやすい?」
「どう、でしょう」
これまであまり人と関わることが得意ではなかった。
しかし前回、由布子に列整理のレクチャーを受けてから苦手意識が少し和らいだようにも思える。
「柳さんは、お知り合いはいないんですか」
「ええ、ちょっとスタッフに興味があったからやってみようかなって」
「すごいですね……」
「すごい?」
思わずつぶやいたさとりの感嘆に、柳が首をかしげる。
コミマスタッフに、試験や資格があるわけではない。一歩踏み出して、スタッフ募集に応募すればなれる。その一歩を踏み出す人が珍しいのは確かだ。
「だってその、自分からスタッフになろうって」
「結果的には深川さんも同じじゃない?」
「私は、誘われなかったらここに居なかったと思うので……」
押しの強い歌島由布子と幼馴染の小太郎。そのふたりの後押しがあったからこそこのコミマスタッフをやってみようと思えた。
ふたりのどちらかがいなかったら、また違っただろう。
「……私も、そんなに前向きな理由じゃないわ」
一瞬だけ柳の表情に陰りが差した。
どういうことかと聞くか迷っているうちに、マイクでのアナウンスが入った。
「それでは館内担当の部、始めたいと思いますのでご着席くださーい」
ざわついていた場内がやがて静まり、館内統括の太った男性が壇上に現れた。
「えー、みなさんお疲れ様です。今回も館内統括になりました播磨です。あと一か月もしないうちにコミマ当日になりますんで、よく話を聞いて、必要ならメモも取って、しっかりと当日に向けて対策してください。えーまずはお決まりの話になりますが、守秘義務の話から……」
スクリーンに議題を投影しながら、次々に話題が切り替わってゆく。
自身のハマっている今期アニメを熱く語り脱線する場面もあったが、おおむね順調にそしてシンプルに伝達事項を話し終わる。
「それでは座席表に従ってホールに分かれて、ホール別、よろしくお願いします。では皆さん、今回もよろしくお願いします!」
「「「お願いします」」」
会場内を野太い声が包む。
出遅れたさとりは最後の「す」だけ息が漏れた。
微妙な恥ずかしさを感じながら柳を見ると、口を小さく開けたまま固まっていた。
おそらく同じように出遅れたのだろう。
さとりの視線に気が付くと、照れたように「まだ慣れないわね」と口にする。
さとりは柳も同じだったことに安心しながら、小さく「そうですね」と答えた。
スタッフ歴を同じくするふたりは、小さな共感を胸に席を立った。




