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第23話 C97冬 3日目 ポエ

 閉会が近づき、ホールの人口密度が上がっている。

 1日目2日目とは真逆だ。

 どういうことかと思いながらも、小太郎と巡回を続けている。

 不思議と外周通路の方が空いているような気がする。

 島中のサークルを見て回る人が多いということなのだろう。

 

「おお、すごいコスプレだな……」

「コスプレ?」


 小太郎が見ている方を見ると、何やら怪物に取り込まれた男のような塊……としか言えないような何かがいた。その表情は苦悶と絶望に満ちており、嫌でも恐怖を想起させる。

 見たこともない異形かと構えたが、どうやら違うらしい。

 

「ああ。バイオクライシスのラスボスの『ザ・ロード』じゃなかったか?」

「ゲームはあんまり詳しくないけど、そうなんだ。すごい迫力だね」


 表面の肉のような質感が非常に生々しい。

 照明の反射でようやく作り物だと分かるが、少し離れてみれば区別がつかない。男の顔が作り物で、本人の顔は肉塊に収まっているらしい。よく見ればのぞき穴らしき部分がある。

 しかし周囲が興味深い視線こそあれど、恐怖や戸惑いを見せないその光景の方が驚きである。

 まあ足元を見ればのしのしと自分の足で歩いている以上、仮装であることはすぐ分かるのだが。

 

「作るのにどのくらい時間かかるのかな」

「一ヵ月や二ヵ月じゃ利かないだろうな」

「すごい情熱だね」


 どうやら外のトラックヤードに向かうようだ。東地区に抜けるルートがあったはずだが、あれで移動するのだろうか。

 さらなる努力を続ける肉塊の背中を見送ると、感心の息をついた。

 

「あっ……」


 西1ホールの外から少し見える東地区。

 その上に飛ぶ、黒い異形が『みえ』た。良くない兆候に思えた。

 先ほどの窃盗犯とは違って、具体的に何に注意すればいいのか言うことはできない。

 ましてや他の地区だ。

 

「どうした……おっ」


 小太郎が携帯を見て声を上げる。

 少し遅れてさとりにも同じように連絡が入った。

 

『警戒レベルが上がった』と。


 手すきのスタッフは一度本部に戻るよう連絡があり、さとりと小太郎も例にもれず本部へと戻ってきた。

 同じように本部に戻ってきた百人余りのスタッフは、みなどこか表情が硬い。


「皆さん、お疲れ様です!」

「「「「「お疲れ様です」」」」


 大塚の声で始まった緊急の夕礼で、東6ホールで爆竹を鳴らされたということが報告された。もしかしたら、さとりが『みた』黒い異形に関係あるのかもしれない。

 幸いにしてパニックは起こらず、多少ざわついただけで済んだようだが、ひとつ間違えれば大事故に繋がった可能性もある。前回も似たような事件が起こっているということもあり、残りの時間気を抜かないようにと注意喚起があった。

 付け加えるようにして撤収の手順の再確認を行い、早めに解散となった。

 開場時間中に深刻な表情のスタッフが集まっていると、いらぬ心配をかけてしまうこともある。

 

 

 少し自分のブロックから離れた場所を小太郎と巡回する。担当ブロックに関係なく巡回するようにと言われたのもあり、今は『も』ブロックにいた。由布子と大門が捕物を繰り広げた場所に近い。

 閉会時間が近づき、一般やサークルの顔は明るい。

 西1ホールはL字の形をしており、さとりの『やゆよ』ブロックから大門の『にぬねの』ブロックは直接見ることができない。

 ホールのすべてを見渡すことができるのは、今いる『むめも』ブロックとなる。

 ここでようやくホールの大きさを実感できるのだった。

 その『むめも』のブロック長がホールの角に立っていた。

 

「あら、さとりちゃんと小太郎くん」


 百々詩音。たおやかに笑うその姿は、恐らくスタッフとしては珍しいふわふわ美人。

 さらに胸も大きい。もし学校に居たらさぞモテることだろう。

 

「百々さん。えっと、お疲れ様です」

「あらあら。ポエで良いわよ」

「え、でも……」


 言葉に詰まる。

 確かに由布子たちはそう呼んでいる。

 しかしさとりが気になったのはそこではない。

 その肩に異形が見て取れた。そして、向こうもこちらに気づいたらしい。

 目が合った。

 返事をしないさとりに代わって、小太郎が少し前に出る。

 

「ポエさんはおひとりで巡回ですか」

「うーん、私は巡回じゃなくて定点なの」

「そうなんですね」

 

 警戒レベルが上がり、ブロック長と副ブロック長、どちらかが本部に詰め、どちらかが現場に定点立ちする体制となっている。残りのスタッフはもちろん巡回だ。


「……」

 

 会話の最中、じっと異形を見続けた。


(できればその……退いてもらいたいです)


 心で念じて通じるのだろうか。いつものように手で払った方が良いだろうか。

 じっと見つめる。

 やがてポエの肩の異形は、根負けしたかのようにさっと床に降り立った。

 ……離れてどこかに行ってくれるわけではないらしい。

 ふと視線をずらすと、今度はポエとばっちり目が合った。

 

「さとりちゃんにも、ポエって呼んで欲しいわ」

「えっ、あっ、ポ……ポエさん?」

「はあい。うふふ、由布子ちゃんが『癒される』って言うのが良く分かったわあ」

「え?」

 

 何を話しているのだろう。

 少し引っかかったが、ポエはさらりと笑顔で流す。

 

「ううん。こっちの話よ。ところで、何か用かしら」

「あ、いえその……」


 先ほどまで肩の上にいた異形をちらりと見る。

 まだ名残惜しそうにポエを見上げているが、これが肩の上に見えたからだとは言えない。

 

「あの……少し、気負っていらっしゃるように見えたので」

 

 話しかける直前に感じた、ポエのまとう雰囲気の硬さ。

 それを思い出して取り繕った。

 

「……気遣ってくれたのね。ありがとう」

 

 ふわりと笑うと、春が来たかのように暖かい風が吹いたような気がした。

 お祭りのようなコミマの一角にあって、ゆっくりと花が咲いているような優しい空間。

 

「私はね、自分のブロックに来てくれたサークルさんたちが大好きなの……だからね」


 うふふと笑う目元が、次の瞬間に剣呑さを感じさせるそれに変わった。

 

「楽しくしているところを邪魔されるのが、許せないのよ」

 

 口調はそのままなのだが、ずんと圧が乗った。

 重く、強い。

 さとりはその変化に何が起こったのか分からず固まり、小太郎は目を見開いて硬直している。

 そして、床に立ったままだった異形は、逃げるように人ごみの中に紛れて行った。

 その動きを目で追いながら、さとりはぎこちなくポエの方を見る。

 

「うふふ」

 

 そこには先ほどと変わらない慈愛に満ちた笑顔のポエがいた。

 あの一瞬の圧は何だったのだろう。

 

「さとりちゃん、さっきは大活躍だったって聞いたわ」

「あ、いえ」


 そういえば先ほどの現場は『も』ブロックだった。

 

「ありがとう、さとりちゃん。私のブロックの参加者を守ってくれて」


 だからだろう。担当するポエが感謝の言葉を口にした。

 そして、さとりのことをぎゅっと抱きしめてくる。

 鼻をくすぐるポエの髪から、不思議ないい匂いがした。

 

「えっと、あの」

「偉い偉い。いい子ね」

 

 そう言って頭をなでてくる。まるで子供扱いだが、なぜか心地良い。

 

「あわわ……」


 さとりはなすがままに抱き寄せられ、頭をなでられ続けている。

 コミマの一角に、百合の花が咲きそうだ。

 

「これが姉ちゃんの言ってた……ポエさんの必殺いい子いい子」

 

 少し距離をとりながら、小太郎がつぶやいた。

 



 閉会まであと数分となり、いよいよホール人口密度が高まってきた。

 巡回のために通路を歩くが、それにも苦労する。

 そういえば通路を歩く人もそうだが、サークルの人たちも昨日までと違って帰る様子がない。

 ほとんどのサークルがこの閉会前の時間まで残っている。

 

「あ、スタッフさん。お疲れ様です」

「しらたま堂さん、お疲れ様です」


 今回知り合った神社サークルのしらたま堂と挨拶を交わす。

 ちなみに本は先ほど休憩時間に購入済みだ。

 無料で良いと言われたがそういうわけにもいかない。

 高校生のさとりにとって安くない本だが、ここでしか買えない、今しか手に入らないかもしれないという由布子の言葉を思い出して購入を決めた。

 バッグいっぱいに本を買っている人も多く見かけたが、一体いくらお金を使っているのだろう。

 

「もうすぐ閉会ですけど、スタッフさんもやっぱり恒例のアレが目当てですか?」

「アレ? あの、私初めてのスタッフなのであまり知らなくて」


 ちらりと小太郎を見るが、小太郎の方もピンと来ていない様子。

 

「なんだ。そうなんですか……じゃあ、黙っといた方が面白いかな」

「そう、なんですか?」

「あ、手を叩けるように手ぶらでいた方が良いですよ」


 そう言われてとりあえずうなずいてみせた。閉会の拍手のことを言っているのだろうか。それなら昨日までも参加したが……

 そのとき、チャイムが鳴り響いた。

 

『これにて、コミックマート97冬、3日目を終了いたします。お疲れ様でした!』

 

 アナウンスの途中から、どこからともなく拍手が始まり、やがてホールの全体で終わりを祝う。

 今日は今までと違ってホールに残っている人数も段違いだ。

 必然的に今までにない大きな拍手になる。


(えっと次は……撤収だよね)

 

 とはいえ、残っているサークルばかりで片付けられるような机がなさそうだ。

 これは待つしかないのだろうかと思っていると、どこからか大きな声が聞こえてきた。


「?」


 周囲の人は自然とそちらを向き、両手を開いて笑っている。


「イヨーォッ!!」

 

 それだけが聞こえた。

 そして、一斉に手締めが始まった。

 

 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン、シャン

 

「わわっ」


 しらたま堂が言っていたのはこのことかと慌てて手を鳴らす。

 自分が思っているよりも速いテンポ。


 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン、シャン


 周りの人たちもほとんどが参加している。

 

 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン、シャン

 

 最後は何となくバラバラになったような気がしたが、それでもみんな楽しそうだ。


「お疲れ様でしたー!」

「お疲れー!」

「良いお年をー!」


 三本締めが終わり、思い思いに言葉を交わす参加者。

 よく見たら異形も楽しそうに混じってはしゃいでいる。

 表情があるわけではないのだが、いつもより動きが小刻みに見える。

 

「三本締め……」

 

 そういえば大晦日だった。だからだろうか。

 余韻の残る会場はまだ熱気をはらみ、ほどよい疲労感と充実感に満たされているようだ。

 

(祭りの後の空気によく似ているな……)

 

 ここは自分の神社の氏子地域。

 また来てみたいと思うさとりだった。

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