閑話 撤収の大門
「サークルさんの撤収はなるべく急かさないように。時間がかかりそうなところがあれば報告を。私から話をします」
「「「はい!」」」
ブロック員への撤収の指示をしながら、大門は年齢を感じていた。
三十代半ばとなり、昔のような無理はできないと感じ始めている。
私生活では最近夜勤での疲れの取れ方が鈍い。
コミマでもそうだ。三日目となるとなかなか体のあちこちに抜けきらない疲れが残っている。
散り散りになる若いブロック員を眺めながら、撤収協力の呼びかけをしようとあたりを見回す。
「大門さん、お疲れさん!」
威勢の良い声に振り向くと、歌島由布子が笑っていた。
自身の『にぬねの』ブロックから少し離れた『やゆよ』ブロックのブロック長だ。物理的に離れていることもあって、会期中に顔を合わせる機会は少ない。
以前に同じブロックを担当したことがあるが、それ以来良く話しかけてくれる。
「お疲れ様です。無事終わりましたね」
「ほんまですね! でも今日はサークルさんがようけ残ってはるから撤収始められませんねえ」
「ええ」
親と子……とまではいかないが、干支一周分ほど年下の歌島由布子に目を細める。
最終日の閉会を迎えてなお疲れを知らないかのように明るく笑っている。
「お嬢……いや、深川さんは大丈夫でしたか」
「ん、さとりちゃん? 大丈夫大丈夫。大活躍してくれましたよ」
「大活躍、ですか」
「あー、信じてへん」
口調こそ非難めいているが、表情は笑顔だ。
無事にコミマが終わった解放感のためだろうか。その感覚はとても良く理解できる。何度経験しても心地良い。
「あらあら。大門さんはさとりちゃんの真の実力を知らないんですねー」
ふたりの後ろから聞こえてきた平和な声。
「あっ、ポエ」
「百々さん」
百々詩音。奇しくも西1ホールの七つのブロックのうち三つのブロック長が集まった。
今はそれぞれ違うブロックでブロック長をしているが、まだ初心者の頃に同じブロックを担当していた仲だ。ちなみにその時のブロック長は大塚である。
「もう、大門さんは……『どどさん』呼びはやめてって言ってるのに」
そうは言うが年下の女性を愛称で呼ぶのは気恥ずかしい。
「ポエもさとりちゃんの真の実力に気づいてもうたか」
「うふふ。そうね。うちのブロックに欲しいわあ」
「あげへんよー!」
由布子が声を上げて笑い、百々も楽しそうに目を細める。
口調こそ冗談めいているが、会話の内容……深川さとりが『コミマで活躍した』という言葉はどうやら本気のようだ。
不思議そうに見る大門に気づくと、由布子は小さく胸を張って
「あの子、混雑対応はそらまだまだやけど、目がええんですよ」
「目、ですか」
言われて気がついた。
「そうでした。窃盗犯を見つけたのは、深川さんの功績でしたね」
「んふふ、それだけやなくてですね」
サプライズを発表する子供のように、ふふふと笑う。少々子供っぽくはあるのだが、大門と百々は由布子の言葉を楽しみに待つ。
「実はフュージョンもめちゃくちゃ上手いんですよ! いやー、我ながらええ子を誘ったもんですわ」
「フュージョン……」
意外な業務が出てきた。スタッフによっては全くやらない人もいる地味な作業だが、サークルから提出された本を保管する準備として大事な作業だ。
ちなみに大門は苦手である。少々無理に箱に詰めてしまい、箱の形が変わってしまうと怒られてしまった。
「いやー、うちの小太郎にもやらしてんけど、ぜーんぜん。あれは私に似よったわ」
「私もフュージョンは苦手です。どうにも加減が分からない」
何年前か忘れたが、あれ以来フュージョン業務はやっていない。
「しっかり入れたと思ったら、横によけてた本のこと忘れてたり、真四角の本どないしてええか分からんから『アアアアアッ!』ってなったり」
「フフッ、そうですね」
似たようなことを経験したのを思い出し、思わず笑ってしまう大門。作業には向き不向きがあり、フュージョンは間違いなく自分には向いていなかった。
「それだけじゃないわ、ユウちゃん」
百々はなぜか手を上げて異議を申し立てる。
「さとりちゃんの真の実力は癒しパワーよ」
「あー、それもあるなあ」
よく分からないことを言っているが、由布子はなぜか納得している。
「あんまりおらんかったタイプやんな」
「うちのブロック員の子も言ってたわ。詰所の端でサンドイッチかじってる姿が可愛いって」
「あー、分かるわ……なんか小動物系やんな」
また何度かうなずいて、穏やかな表情を見せる。さとりの食事姿を思い出しているのかも知れない。
「うちのブロックに欲しいなあ」
「あげへんて!」
甘えるように言う百々を、由布子はばっさり切り捨てた。百々もどこまで本気なのかは分からないが「一日だけ貸して」と無茶を言っている。
ともかく、ある程度うまく業務をこなしているし、どうやら可愛がられていることは分かった。ひとまず安心して良さそうだ。
そんな大門に気づいたのか、由布子がはっきりと口にする。
「せやから、さとりちゃんは大丈夫。大丈夫どころか大活躍」
「それを聞いて安心しました」
安心したが、自分で見てみたい思いもある。
だが自分の『にぬねの』ブロックから離れるわけにはいかない。特徴的な形のホール、その端の影からでは、遠目にすら見ることは叶わない。
そういう意味では百々の『むめも』ブロックになら行ってほしい気持ちもあったが……
「大門さん、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
話を聞く限り、さとりと由布子の相性は悪くない。今の自分にとって『にぬねの』ブロックが最適なパフォーマンスを発揮できる場であるのと同じように、さとりには『やゆよ』が合っているのかもしれない。
別のブロックに飛び出すのは、もっと慣れてからでも良いだろう。
「あ、ユウちゃん、大門さん、サークルさんの片付けが進んでるわ」
百々の言葉に、ふたりが瞬時に反応する。
閉会後の気楽さを保ったまま、スタッフ業務のスイッチがまた入る。
「では、呼びかけからしましょうか」
「了解! えー、サークルの皆様お疲れ様です! 撤収ご協力くださーい!」
行動が早い。即断即決はスタッフに求められる能力のひとつだとしても、由布子のスピード感はとても頼もしい。
「机と椅子は集積所にお願いしまーす!」
百々もまた、穏やかな雰囲気に反して良く通る声を上げる。
ふたりの声に反応して、早速何人かが椅子を手に歩き始めている。
いい光景だな、と大門は思う。
「? どないしたんですか、大門さん」
「いえ、今回も楽しかったなと」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
「あはは、何やの急に」
「ふふ、過去形にするのは、撤収が終わってからですよ」
「ええ、怪我のないよう頑張りましょう」
明日から仕事で初詣の警備が続く。
今回買った路線バスの乗りつぶし記録と、大都市の水門の本と、旧車の整備日記、そして何より女子供に見せられないいくつかの本……それらを読むのは、まだまだ先になりそうだ。




