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第22話 C97冬 3日目 フュージョン

「ほんでな、名探偵さとりちゃんの眼力は凄まじく、マークしてたその女がついに手を出したわけや!」


 ホール本部裏の休憩室で、由布子が大きな声で身振り手振りを交えながら大げさに話している。

 隣で聞いているのは同じブロックの柳と小太郎、それから他のブロックの人が数人。

 さとりはなんとなく注目される居心地の悪さを感じながら、ペットボトルのホットレモンを口に含む。

 

「『行ってください』『了解』ってなもんで、さとりちゃんと目で会話や。私らはそこまで通じ合っとるっちゅうわけよ」


 さとりには全く心当たりがなかった。

 しかし気持ちよく話す由布子に異論を唱えられるような雰囲気でもない。

 周囲は感心したようにうなずいている。

 落ち着かない。

 またホットレモンを口にするさとり。

 

「さすがの大門さんや。一瞬やで一瞬。私でないと見逃してまうぐらいの早業で犯人を捕まえてもうてな。多少抵抗もしよったけどまあ、ホール出る頃にはすっかり大人しくなってやな、スムーズに地区に引き渡したっちゅうわけ」


 その部分は恐らく本当だろう。

 大門がこの場にいないので確かめようもないのだが。

 

「すごいな深川さん。大門さんも」

「怪しい奴って動きで分かったりするけど、初スタッフでそれは聞いたことない」

「実家が神社らしくて、お祭りとか見てるみたいやで」

「なるほどお……」


 あまり話を盛られても困る。

 逃がさないように追いかけたのは由布子であり、捕まえたのは大門だ。

 さとり自身は何もしていないと思っている。


「ほんまお手柄やったな、さとりちゃん!」


 こちらに笑いかける由布子の視線を追って、全員の顔がこちらに向けられる。

 

「あの、いえ、私……」


 目の前にいる人たちの敬意のこもった眼差しに、何を言えばいいのか分からない。

 

「じゅ、巡回に出てきます」


 居たたまれなくなったさとりは、逃げるようにして休憩室から出た。

 飲みかけていたホットレモンを飲み干したが、ペットボトルのゴミ袋が休憩室の中……ドアを開いてすぐの場所にあったことを思い出してため息をつく。

 小太郎がすぐに追いかけて来た。

 

「お疲れ様。姉ちゃんにはあとで言っておく」

 

 手に持ったペットボトルで察してくれたのか、無言でつまみ上げると休憩室のドアを開けてさっと捨ててくれた。

 

「サト、あまり目立つの好きじゃないだろ」

「うん……ありがとう。褒めてくれてるのは分かってるんだけど」


 今回は由布子と大門のお陰であって、自分が褒められるのは違う気がしている。

 自分だけでは何もできなかったのだから。

 

「サトはもう少し自信持っても良いと思うけどな」


 小太郎が苦笑いする。

 そんな日が来るのだろうか。



 

 コミマ最終日の午後は少し慌ただしい。

 1日目2日目と違い、撤収も視野に入れてスケジュールされている。そのため最終日はすべてが前倒しだ。

 お弁当を食べたさとりと小太郎。場内は混雑していないが、だからといって巡回が不要なわけではない。再度『やゆよ』ブロックの巡回に回ろうかと考えていると、由布子から肩を叩かれた。

 

「ほんならフュージョンやけど、今日は余裕もあるしコタサトコンビにお願いしよかな」


 言われるままに連れて来られた小部屋。そこには午前中に回収した見本誌がブロックごとの箱に分けられて置かれていた。箱の側面に大きくブロック名のひらがなが記載されているが、ひとつのブロックにひと箱のところもあればふた箱のところも多い。

 さとりたちが担当したのは三つのブロックだったが、西1ホール全体となるとブロックは二十を超える。すなわち四十近くの箱が、この小部屋に置かれていることになる。

 そこでようやく理解した。

 今日このホールで提出された見本誌が、今ここに集まっているのだということを。

 つまり、これだけの本が世に送り出された。今日の、このホールだけで。

 物量とその背景に圧倒されるさとりをよそに、由布子が作業の説明に入る。


「まずフュージョンちゅうのは、見本誌の箱を作る作業です。作るっちゅうのは……えーっと、見本誌は倉庫に保管されるんやけど、何段かに積むわけ。ほんで、こんな中身やと積まれへんやろ?」


 手近な箱を開くと、中には半分程度しか本が入っていない。

 確かに上に乗せると箱が潰れてしまうかもしれない。

 

「というわけで、四隅を丈夫にして、箱を積んでも潰れへんように入れなおす作業がフュージョン……ハッ!」


 由布子が両手の人差し指を立て、体を横に傾ける。

 さとりと小太郎はどう反応していいのかと互いに目を見合わせた。

 

「……通じひんか。まあええわ。それで、なんでフュージョン言うかというと」


 何事もなかったかのように説明に戻る。

 

「基本この箱に書かれてるみたいにブロックごとに分かれてるんやけど、当然本の量も大きさもバラバラや。せやからブロックで合体せなあかん。それを指してフュージョン言うわけや」


 小部屋にずらりと置かれた箱。

『に』『ぬ』『ね』『の』『は』『ひ』『ふ』『へ』『ほ』『ま』『み』『む』『め』『も』『や』『ゆ』『よ』『ら』『り』『る』『れ』

 これが西1ホールのブロックすべて。

 改めて見ても多く感じる。

 

「まあ、多いよな。でもこれ毎日やるんやで。ほな、やり方教えるな。そもそもこの箱の縦の長さはB5の大きさと同じなんよ。せやからまずは一番多いB5の本をこのぐらい手に取って……」


 基本的な作業を教えてもらってから、実際に作業をしてみる。

 箱の長さに合っているB5の本を柱にして、真ん中には異なる大きさの本を平積みにする。

 簡単なように見えるが、それでいて多すぎると箱が変形してしまうし、少ないと本来の目的である潰れない箱にはならない。

 サークルさんの作った本は丁寧に扱わなければならないが、数が多いのもあってある程度のスピード感が求められる。

 



 蓋の部分に貼ってある合体ブロックの表示を確かめて、さとりは大きく息をついた。

 途中から少し楽しくなって、時間を忘れて作業してしまった。

 この作業は自分に向いているかもしれない。

 

「小太郎、あんたクビや」

「なんでだよ……とは言わない」


 不満そうな小太郎の声に目をやる。

 そこにはふたつ並んだ『れ』ブロックの箱があった。中身はすべて出されている。


「せやから最初の量をちゃんと考えんとやな。そら後で調整はできるけど、限度っちゅうもんが」

「初めてなんだから仕方ないだろ」

「それを言うならさとりちゃんも初めてやねんけどな」

「……それはそうなんだが」

 

 急に自分の名前が出てきてはっと顔を上げた。

 歌島姉弟の目がこちらを見ている。

 

「えっと……」

「さとりちゃん天才やな」

 

 整然と並んだ『に』ブロックから『る』ブロックまでの箱。

 中身が見えるように蓋はされていないが、蓋さえすればいくら積んでも揺るがないであろう本の詰められ方をしている。

 まるでお手本のようなフュージョンだった。

 

「ああ、歌島姉。ちょうど良かった。もう持って行けそうなのがあったら順次……お、深川さんお手柄だったらしいね」


 西1ホール長の大塚が顔を覗かせた。

 さとりは慌てて頭を下げる。

 

「大塚さん見てや。さとりちゃんにフュージョンやってもろてんけど」

「……おお、これはまた見事だな」

 

 さとりが手掛けた箱を見て、目を丸くする大塚。

 大塚自身は久しくフュージョン作業をしていない。ホール長の大塚ですらこれほど見事な箱詰めはできないだろう。

 本の数を揃えて詰め込むだけではない、不思議な調和が感じられる。

 扱いの難しい変則的な大きさの本でさえ、まるでここに収まるためにこの大きさなのですと言わんばかり。

 

「しかもな、めちゃめちゃ早いねん」


 この作業にありがちな、試行錯誤ややり直しが途中から全く無くなった。『ほとんど』ではない。『全く』だ。

 つまりさとりは詰められるべき本を見て、即座に収める方式を見出し、実行していった。

『れ』ブロックの本を前に途方に暮れている小太郎と対照的である。

 

「深川さん、こういうの得意なの?」

「えっと、こういうのと言われても……」

「ふふ、まあこんな作業、ここでしかやらないか。しかし壮観だな……」


 今日このホールで集められた新刊たちが、箱の中に整然と詰められ……いや、並んでいる。

 これほど丁寧に並べてもらったのであれば、発行したサークルも嬉しいだろう。

 ただ、彼らがどうあってもこの見本誌の箱たちを見ることは叶わないのだが。

 どうにもならないとはいえ、少し勿体ないと思う大塚だった。

 

「大塚さーん、見本誌いつ頃運べそうかって地区から……あれ、終わってる!?」


 小部屋を覗き込んだホール本部のスタッフが、驚きの声を上げる。

 由布子、さとり、小太郎、そして大塚は互いに目をやると、同時に笑顔を見せた。

 ふっと息を整えると、由布子が本部スタッフに言う。

 

「いやいや、まだ終わってへんのよ。もうちょっと待ってな」

 

 最後に残された『れ』ブロックの箱。

 小太郎はスッと横に避け、さとりに譲る。

 この場で誰が適任なのかは口にする必要もなかった。

 

「さて、さとりちゃん、悪いんやけど『れ』ブロックもお願いできるやろか」

「分かりました」

 

 今日一番のしっかりした声が出た。

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