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第20話 C97冬 3日目 お祭り感と共感と

 開場を待つ『や』ブロックと外周『れ』ブロックの間の通路。

 スタッフが自分のサークルに戻るようアナウンスを繰り返しているせいか、人通りはそれほどでもない。

 そんな通路に、異形の姿はちらほら『みえ』る。改めて様子を観察すると、どこか落ち着いておらず、まるで開場を心待ちにしているかのようにも思える。


 これまでなんとなく目を逸らしていた異形たち。

 思えば、この会場の中では特に誰かに危害を加える様子はない。

 身長がそこそこある者はサークルスペースに展示されている同人誌の表紙をまじまじと見ているし、小さいものは大判ポスターを見上げるようにして眺めている。

 漫画やアニメのジャンルでないこともあって、ポスターも写真のものやイラストのものが混じっている。だが彼らは分け隔てなく興味深そうにしていた。


(集まってる……)

 

 ひと際彼らの興味を引くディスプレイがあるようだった。

 小太郎との巡回のついでに、ちらりと横目でその様子を見る。

『よ』ブロックのお誕生日席に配置されたそのスペースでは、机の上にタブレットを立てかけ、同人誌の中身のダイジェスト動画を流しているようだ。

 偶然にも、朝に受付をした『しらたま堂』である。

 本に収録されているであろう神社の写真と、その近くの店で食べたであろう料理の写真が次々と映し出されている。


(ああいう宣伝のやり方もあるんだ……)


 コミマの決まりで大きな音は出せないはずだが、近づけばBGMが聞こえるのかもしれない。

 そこに集まる異形は軽く十を超え、食い入るようにその画面を見ている。


「どうした、サト?」

「あ、えっと……」

 

 お誕生日席でもなければ通路が詰まってしまっていることだろう。


「……あ、スタッフさん。どうかされましたか?」

「あっ、いえ」


 スタッフであるさとりの視線に気づいたのだろう。

 『しらたま堂』の男性が準備の手を止め、何かあったのかと尋ねてきた。

 

「えっと、その……タブレットで動画を流されているので、すごいなって思って……」

「ありがとうございます。初挑戦なんですよ。これで興味を持ってもらえたらと思って」

「そうなんですね……」

 

 興味は持ってもらえているようだ。一般参加の人間ではなく異形たちにだが。

 

「あの……きっと、色んな方が見られると思いますよ」

「ありがとうございます。そうだといいんですけどね」


 そう言うと一礼して、また準備を再開する。

 相変わらず異形たちは興味深そうに画面にくぎ付けになっていたが、特に悪さをする様子もないと思いその場を離れた。

 


 

 足元をすり抜けていく影をそっとよけながら思う。

 こちらから彼らに干渉することはできない。

 おそらく彼らも強く干渉することはできないのだろう。

 だから自動でページがめくられるようなあのディスプレイは、彼らの興味をひくのではないか。

 

「そういや最近試し読みしまくるのにハマっててさ」

「web漫画の?」

「そうそう。冒頭だけでも読むと好みかどうかが大体分かるからさあ」

「ああ、分かる」


 なんとなく聞こえてきたサークルの会話が耳に入って来る。

 web漫画は読まないが、そういうものがあるらしい。本屋さんにたまに漫画の試し読み冊子があるが、あれと似たようなものだろうか。

 

「ただ、ページをめくるUIが割とまちまちでさあ。統一してもらいたいよ」

「あー、それかゲームみたいに自動でページをめくってくれるとか」

「そうそう」

 

 試し読み。

 自動でページをめくる。

 そういうものがあったら、異形たちはそっちに集まるだろうか。

 宣伝動画が映し出されているタブレットに張り付いている彼らは、邪魔である。

 もちろん、見えるのはさとりだけだろうし、何なら触れることもない。

 目を閉じれば突っ切ることは可能だと思うが、無理やり割って通ることはあまりやりたくはなかった。

 できることなら、彼らには別の場所で大人しくしてもらいたい。


「あの、コタくん」

「うん?」


 さとりが見る方に目をやり、またさとりの顔を見る。

 それだけで「何かが見えたらしい」と察してくれたようだ。

 

「とりあえず話してみな」



 開場までまだ少し余裕がある。

 さとりは小太郎に言われるまま、見たものと自分の考えをぽつりぽつりと小太郎に伝えて、小太郎が確認するように質問をいくつかする。

 決して馬鹿にせず、気味悪がらず、そして一生懸命に理解しようとしてくれている。

 さとりにとっては、それだけで嬉しかった。


「……手近なところで姉ちゃんに聞いてみるか」

「えっ」


 思わず声が出た。

 あまり変なものが見えることを伝えたくない。

 せっかく優しくしてくれている由布子が離れていくような、そんな光景がいとも簡単に思い浮かぶ。

 

「ああ、いや。サトのことは言わない。ふたりで考えたことを聞いてもらうだけだ」

「……うん」


 さとりの心中を察してくれたのだろうか、小太郎が補足する。

 この辺の心遣いは、昔から変わっていないなと温かい気持ちになるさとりだった。



 


「なんやふたりして。なんかおもろい本でもあった?」

「あ、えっと……」


 ちらりと時計を気にするさとりに、由布子は「まだ余裕あるで」と笑う。

 血は繋がっていないはずだがよく似た姉弟だと思う。


「ここの会場の壁で、漫画の試し読みとかできないかと思って」


 小太郎が大雑把に提議する。

 思ってもみなかった内容なのか、由布子は首を傾げた。


「……ここて、ホールの中?」

「あ、いえ。アトリウムとか、ホールの外とか」


 それから、ふたりで考えたことを断片的に伝えていく。

 言葉にしてみるとそれは、ただの思いつきでしかなかったのだが、会話が進むにつれて何となく形が見え始める。


「アトリウムはアトリウムで座り込まれると困るんやけど、ホールの壁やったらありかもしれんなあ。つまり宣伝やんな」

「そうです。それか、ゆっくり休憩できるとこなんかがあると、いいんですけど……」

「はあーん、なるほど……」


 手元のミニノートにいくつか箇条書きで情報を書き取り、うーんと眺める。

 その表情は思ってもみなかったほど真剣で、ふたりの思い付きに対して真面目に考えてくれている。


「ほんでこれ、誰向けなん?」


 う。と小さく声が出た。

 さとりにとってこれは異形たちを端に寄せるための施策であり、通常のコミマの参加者に向けたものではない。

 そこで小太郎が前に出る。


「そりゃあ休憩してる人とか、並んでる人とか暇を持て余すだろ。それに、色んな人と一緒に見るとツッコミとか入って面白いだろ」

「なるほどな。つまりはコメント付き動画みたいなんか……でもみんな自分の携帯見いひんか? まあ何もない壁よりは見た目も賑やかになるし。アニメの一挙とかやってもおもろいかもしれんけど」


 しかしすぐ「でも会場内で音を出すのは難しいか」と由布子は自分で否定する。

 しばらくうんうんうなっていたが、やがてふたりへと目をやった。


「これ、ふたりで考えたん?」

「ああ」

「はい」


 由布子は「ほな無下にはでけへんな」と小さく笑う。

 

「まあ、ダメもとで大塚さんに相談してみよか」

「えっと、ホール長にですか?」


 思ったより難しい話なんだろうかとさとりは心配になる。

 そこまで煩わせることになるとは思っていなかった。


「そらまあ……思ってるより大きな話やで、これ。人様のコンテンツを使うわけやから、その辺はちゃんとせんとな。それに、どうせならうちのホールだけやのうてあちこちでやったらお祭り感出るし」


 曰く、コミマスタッフは参加者の手本であるべきとのこと。そして、このコミマではこと作品に関する権利……著作権には最も気を払わなければならない分野なのだそうだ。

 あまり強く意識したことはなかったが、このコミマが終わってから勉強してみた方が良さそうだとさとりは考えた。


「さとりちゃんは何か見たい作品とかあるん?」

「あ、いえその……私、漫画を読んで、同じ作品を読んだ人とあれこれお話するのが好きだったなって」


 何か作品を読んで気持ちを共にする感覚。

 それはさとりが幼少の頃の鉄工所裏の体験であり、さとりの中で強く印象づいている。

 共感。

 それは普段のさとり自身から遠く離れてしまっている感覚であり、そしてこのコミマで再会できたものである。


「ああー、分かるわー。最近はアニメなんかもSNS片手にリアタイで誰かと感想を分かち合いながら見るんがおもろいもんな。言うてコミマで投影やってもスタッフは中々見に行かれへんと思うけど」


 時計をちらりと見た由布子は、


「大塚さんには頃合い見て話しとくから、ぼちぼち開場の準備してなー」


 と軽く笑って席を立った。


(あ……)

 

 気が付くと、何体かの異形がこちらを窺っているようだった。

 不思議とスタッフの詰め所には入ってこないのだが、珍しく足を止めてこちらを見ているようだ。


(なんだろう……)


 いつもの癖で視線を外しているが、彼らがこちらに注意を向けているのは分かる。


「じゃあ、ブロックに戻るか」

「あ、うん」


 小太郎に誘われるまま、少し急ぎ足で詰め所を後にする。

 そんな彼らの背中を、異形はじっと見つめていた。


 まもなく、開場を迎える。

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