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第13話 C97冬 2日目 冬空の洗礼

 開場しておらず、ようやくサークル参加が始まった時間帯。当然おすすめルートは開通していない。

 しかし、ふたりはただの参加者ではなくれっきとしたスタッフだ。

 ゲートに立っていた警備員はふたりを認めると、そっとゲートを開いてくれた。

 横断歩道こそ信号もなく薄暗い中で不安ではあったが、そもそも交通量がなく安全に横断できた。

 東のゲートも同じように警備員に通してもらい、ふたりは難なく東1ホールのトラックヤードへとたどり着いた。


「あっという間だったね、コタくん」

「ああ。これは確かにおすすめされるわけだ」


 寒風に肩をすくめながら、東1ホールに入る。


「お疲れ様」

「お、お疲れ様です」


 東1のスタッフは見慣れない顔に一瞬おやっとした表情を見せるが、ダンボールを持つ小太郎を見て何かを察したのか何も言われなかった。

 その先も特に咎められることはなく、東地区を歩いていく。

 目当ては東4ホールらしいが、小太郎は分かっているのかどんどん先を歩く。

 さとりは物珍しさに高い天井を見上げながら、西ホールとは違う奥行きに圧倒されていた。


「わあ、これが東のホール」

「そっか。サトは来たことなかったか」

「うん。初めて。西に比べて大きいね」


 東地区は三つのホールが連続して繋がっている構造で、ホールが独立している西地区とは奥行きが全く違う。

 ふたりはガレリアを経由して東123の向かいにある東456へと進む。

 

「同じ……大きいね」

「開場したらここも人でいっぱいになるぞ」


 前回の夏コミも西地区だけにしか足を踏み入れていない。

 この東地区が人であふれる様子は、さとりには想像できなかった。


 


 

「えっと、うちの荷物じゃないですね」


 開口一番にそう言われてしまった。

 箱の配置を頼りにサークルを探し当てたところ、男性のサークル参加者が運よく到着していた。

 しかし、自分の荷物ではないという。

 想定外の展開に頭が真っ白になるふたり。


「あれ、でもなんか名前を見た覚えが……ああ」


 サークル参加者が机シールをのぞき込むと、笑顔で指差した。

 

「そちら、明日のサークルさんですね」

 

 ひらがなカタカナだけではなく、搬入の日付まで間違っていたらしい。

 社会経験のないふたりにはピンとこなかったが、印刷会社の仕事といっても人間がやること。少ない可能性であっても間違いは起こりうる。

 準備の手を止めさせてしまったことに何度も頭を下げるふたりに、「いえいえ。お疲れ様です」と、サークルの男性は笑って答えた。

 

「……どうしよう」


 その場に立ったままでいるわけにもいかず、サークルの場所を離れてから立ち尽くす。

 東4ホールのホール本部に助けを求めた方が良いだろうか。でも西地区の自分たちを助けてくれるのだろうか。さとりにはそのあたりがよく分からない。

 さとりと小太郎が困り果てていると、ふたり組の女性スタッフが話しかけてきた。

 

「お疲れ様です。どうかしましたか」


 さとりたちより少し年上だろうか。

 ちらりと見えたスタッフ証には東4ホールの所属であることが書かれている。

 

「あ、えっと、お疲れ様です……僕ら西のスタッフなんですが」


 小太郎が恐る恐る事情を説明する。

 焦っているのか断片的な情報になってしまっていたが、根気よく聞いてくれた年上のふたりは事情を理解してくれた。

 

「誤配かあ。直接持ってきてくれたの」

「その方が早いと思って……」

「うーん、そっかあ」

 

 彼女たちは顔を見合わせて困ったように笑う。

 何かまずかったかと小太郎とさとりも顔を見合わせるが、知識の乏しいふたりには分からない。

 

「とりあえずこっちで引き受けよっか。西に戻したってどうせうちの荷物なんだし」

「そうだね。搬入業者に問い合わせるのもうちのホールからの方が良さそう」

「……すみません。よろしくお願いします」

「いえいえ」


 片方の女性が箱を受け取ると、小太郎は心の荷も下りたように思えた。

 女性ふたりは「念のため」と小太郎とさとりのスタッフ証を確認する。大丈夫だとは思うが何か事情を確認したい時にホールに連絡するかもしれないらしい。

 ホール本部に戻っていくふたりの後姿を見送ると、小太郎の携帯から呼び出し音が鳴った。


「げ、姉ちゃんだ……」

 



 急ぎ足で西1ホールに戻ったふたりに向ける由布子の目は厳しい。


「何で黙って行ったんや。ふたりして」


 小太郎から事情を聞いた由布子は、深く息をついた。

 

「はあー、まあ、とりあえず分かった。荷物が届かんで困っているであろうサークルのために頑張ったのは褒めたるわ。その気持ちは大事や。でもな」


 あくまで静かな口調で、ゆっくりとふたりに言い聞かせる。

 

「まずは相談してや。私でも、本部でも誰でも。コミマはそれなりに組織がようできとるから、色んな事態に対応する誰かがおる。今回は搬入業者のミスやから、搬入業者に連絡つく部署の人に投げてもええ」

 

 意気消沈する小太郎とさとり。


「もちろん本部やらに負担かけんと、ふたりで解決してまうっちゅうのもアリや。でもな、今回で言うたら本部でカタログ確認して、ほんまにその荷物のサークルが今日東におるか見てからでも良かったな。それにしてもホールから離れるならひとこと言うてもらいたいけども」

 

 ふたりは自分たちの判断が正しくなかったのだと理解している。

 その様子を見た由布子は、少し口調を緩めた。

 

「仲間がおるんや。その仲間は組織になってて、助けてくれるんや。まずは相談してや。聞くから」

「はい……」

「ごめん……」

 

 万単位の荷物を取り扱うコミマ。こういった事故もたまにあることなのだろう。であれば、手順や問い合わせルートもちゃんとあってもおかしくはない。そういうことだ。

 東4のスタッフの苦笑いもそれだったのかと思い当たる。


「あーもう、ええんと悪いんとが混じってるからやりにくいわ!」


 叱り慣れていないのだろう。

 由布子はどこかばつが悪そうに上を向いた。

 

「あーあーあー、もうええから。ちゃんと開場からの業務で挽回して。そんな不景気な顔、サークルさんに見せんといてや!」




 

 少し苦い失敗の後、ふたりはサークル受付の業務に回ることになった。

 今日は副ブロック長の蔵前がさとりについてくれている。

 蔵前はさとりがそこそこ受付作業をできるとみるや、どんどんサークル受付を任せていった。

 さとりが受付をする隣で、別のサークル受付を並行して進めるスタイルらしい。昨日の終盤のような効率重視の受付だが、本を運ぶかばんは蔵前が持ってくれているのでとても楽だった。


 

 温厚なサークルが多く、問題らしい問題もなく受付が進む。

 『よ』ブロックの受付をひと通り済ませ、外周通路で小休止する。

 

「深川さんはとても優秀だね。助かるよ」

「いえ、そんな……」


 褒められ慣れていないさとりが身を固くする。


「まだ二日目なのに、これだけ安心して受付を任せられるなんてね。何か接客業のバイトとかしてる?」

「あ、えっと、家が神社で、その、手伝いとか」

「へえ、社務所とかそういうあれかな? なるほど納得」


 少し表情に出ただろうか。

 蔵前はそれ以上踏み込んでは来ず、参加登録カードを収納したアルバムを見返して受付が済んでいないサークルがないかのチェックに入っている。


「よし、この島は終わったみたいだから、一度本部に戻って……」

「ちょっとそこのスタッフ!」


 蔵前の言葉を遮るようにして、怒ったような女性の声がした。

 ふたり同時にそちらを向くとベージュのダッフルコートの女性が腰に手をあててこちらを睨んでいた。

 

「えっと、はい、どうかされましたか」

「どうかじゃないわよ! 見本誌回収が来ないんだけど、どうなってるのよ」


 立ち位置から推測すると、外周の『れ』ブロックのサークルのようだ。

 鋭い声を上げるその女性だったが……

 

「えっ……」


 上半身にノイズが走ったように見えた。

 さとりが疲れている、というわけではない。この兆候には、見覚えがあった。

 それに、何かくっついている。設営日の大門と同じだ。

 

「だらだら喋ってないで、見本誌やってもらえます? こっちも暇じゃないんで」

「ああ、すみません。ちょっと担当者が手こずってるみたいで。もちろん代わりに我々で受付しますので」

「ふん、早くしてください」

「ええ、もちろん」


 蔵前と共に、ダッフルコートの女性のサークルへと向かう。

 『れ』ブロックが配置場所のようだ。

 ちらりと机の頒布物を見た蔵前が先に本を手に取った。

 

「では失礼しますね。深川さんは参加登録カード確認をしてもらえるかな」

「あ、はい」

 

 参加登録カードを確認すると『ポジティブ大渋滞』というのがサークル名のようだ。

 代表者欄には、白河秋枝という署名がある。思ったより普通の名前だ。


「はい、修正も問題ありませんので受付完了ですね。ありがとうございます。遅くなってすみませんでした」

「こんなに早く終わるならさっさとやってくれればいいのに……」

「何ぶん、人手不足でして。では、失礼します。また何かあったらお声がけくださいね」

 

 ひと通りの挨拶を終えて、そそくさとサークルの前を後にする。

 本部まで戻ってようやくひと息つくことができた。


「ふう。これは『れ』ブロックに貸しだなあ」

「なんだか、凄い人でしたね」

「まあ色んな人がいるからね。まだ焦るような時間でもないけど、やらないといけないことがずっと残ってる状態が嫌な人なんだろうね。たまにいるよ。ああいうサークルさんも」


 本の整理をしながら、蔵前が苦笑する。

 

「つらく、ないですか?」

「ん? まあニコニコやり取りできるに越したことは無いけど。何というか、もったいないなとは思うね」

「もったいない、ですか」

「年にたった二回のお祭りだし、楽しくできればいいのになとは思う。もちろんスタッフの受付巡回が遅いせいもあるんだけど、楽しいか楽しくないかは気の持ちようだから」

「そう、ですね」

「それはそうと、『れ』ブロックの連中が受付に来てないのは事実だろうから、しっかり締めておくけどね。そういう意味ではあのサークルさんには悪いことをしたな」

「体調も、あまり良くなさそうでした」

 

 そもそも顔色が良くなかったように見える。

 それに、あの上半身のノイズは良くないものだ。

 

「え、本当? それは気がつかなかったな……よく見てるね」


 ちらりと『ポジティブ大渋滞』の方を見る。

 設営作業が続いているようだが、それを興味深く見ているらしい異形……幽霊、骨、タワシ。

 その興味はサークル主よりも机の上の頒布物に向いているようだ。


「そういえば、修正ってどういう意味ですか」

「ああ、あのサークルは……」


 若干言いにくそうな蔵前だったが、努めて軽めに口にした。


「成年向けだからね」

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