閑話 歌島小太郎から見た深川さとり
一日が終わるごとに、さとりから少し離れた視点の閑話を挟んでいきます。
歌島小太郎はこう思っている。
深川さとりは、格好いい。
八年ぶりの再会がビッグサイトになるのは思っても見なかったが、さらに深川さとりがスタッフになるとは想像もできなかった。
姉の由布子の無茶ぶりは今に始まったことでもないが、家族以外のほぼ他人にまでそれが及ぶとは。
押しの強さはさすが関西人といったところだが、由布子はそういったステレオタイプな評価を嫌がっている。
嫌がってはいても、実際の行動はステレオタイプな関西人なのだが。
歌島小太郎と深川さとりはいわゆる幼馴染である。
お互いに片親で家に誰もいないのが常だった小太郎にとって、深川さとりの実家である神社は比較的安全で、金がかからないことから、分かりやすい遊び場になっていた。
それなりに広くて、車が来ず、そこそこ人がいる不思議な空間。
近くに大きめの公園もあるのだが、そちらは活発な子供たちの縄張りになっていて、大人しい子供たちにとっては、その公園の居心地は決して良くなかった。
小太郎の家は裕福ではなかった。
インドアで楽しむのであれば、他のクラスメイトのようにゲームや漫画となるが、そんなものを手に入れようもなく。陰キャでかつあまり裕福ではない組は、神社で鬼ごっこやかくれんぼをするのが常であった。
いつしか、その中に深川さとりが混じるようになった。
大きな神社の娘であるはずなのだが、どうもあまり良い扱いを受けているようには見えなかった。
ただ、彼女がいることで何となく神社に居やすくなったのもある。
深川さとりはその頃からあまり自分の意見を押し出すタイプではなく、絵に描いたように大人しい女子だった。
いつも落ち着きなくあちこちに目をやり、何もないところに怯えたり急に目を逸らしたりする。
何かが見えるのだ。
小太郎たちには見えない何かが。
いつしか心を開いたさとりが、信頼できる数人にだけ教えてくれた。
「幽霊とか、妖怪とか、そういったものが……見えるの」
「すげー!」
素直に口をついて出た言葉に、さとりは目を丸くしていた。
曰く、そんなことを言われたのは初めてらしい。
「サト、格好良いな!」
そして思いもよらぬ評価をされたさとりは、目に涙を浮かべていた。
褒めたつもりだったのにだ。
これには小太郎が慌てた。
「うおっ」
「あー、コタ泣かしたな」
「ち、ちげーし!」
「大丈夫?」
面倒見のいい年上の女の子が背中をさすっていると、さとりは理由を教えてくれた。
どうやら昔幼稚園で仲が良かった子に、同じように秘密を告げたことがあったという。
結果、嘘つき呼ばわりされ、離れていってしまったらしい。
どこからか話が漏れたのか学校ではいつからか腫れ物扱いされ、小学校の頃にはもう誰も話しかける子供はいなかった。
しかし、この神社にいつも集まって来る居場所のない子供の中には、そんなことを気にしなかったようだ。
見えないものが見えようと、毎日暗くなるまで一緒に遊び、分け隔てなく話しかけ、そして笑いあった。
残念なことに学校では学年もクラスも違っていたが、夕方神社に行けば必ず誰かがいる。
そんな仲間だった。
ある日。
「おい、向こうの工場の裏に、少年飛翔が捨ててあるらしいぜ!」
「あー、俺も聞いたことある。そんで、読んでても何も言われないらしい」
「本当かよ……行って読もうぜ」
神社を遊びの本拠地にしつつ、街中のスポットを探検していく。
やがて見つけた漫画スポットに、捨て置かれる曜日を狙って通うようになった。
子供心に勝手に入ってはいけない場所なのだろうと推測はできた。
だがそれは背徳感となり、より漫画を面白く感じさせた気がする。
子供たちは仲間で、そして共犯者だった。
懐かしさを感じながら、スタッフの休憩時間に今どうなっているのかを聞いてみた。
「さすがにもう鉄工所には行ってないんだよな?」
「あっ、うん……それが」
言いにくそうなさとりの言葉をまとめると、仲間たちは小学校卒業を境に神社にも鉄工所にも来なくなったらしい。
「また次の世代の子供たちはいるみたいなんだけどね。なんだか小学生までっていう暗黙のルールがあるみたい」
「ふうん……」
言われてみれば、自分たちが行った時も六年生より上の子供はいなかった。
そういうものなのだろう。
小学生限定の、孤独感を紛らわせることができる場所。
小太郎にとってあの空間は本当に得難い宝物だった。
1日目が終わり、閉会後作業が続く西1ホール。
ずいぶんと形は違うが、あの神社や鉄工所裏と似た部分が多いと小太郎は思う。
仲間がいて、漫画が読める楽しい空間。
期せずしてさとりがこの空間の仲間になってくれたことは嬉しい。
「同人誌って、高いんだね……」
「世間に流通している漫画に比べればな」
「コタくんはたくさん買ってるの?」
「たくさんは買えないな……」
初めて触れる同人誌の世界に目を白黒させるさとりの反応が新鮮で、面白い。
小太郎は、中学生になって姉に初めて連れてこられた。
確か、人気サークルを手分けして購入するためのお使い要員だった。
コミマの会場は広い。
東京ビッグサイトの端から端までサークルが詰め込まれる。
欲しい本があちこちに散らばっていて、特に人気のサークルだった場合、ひとりですべてを手に入れるのは相当難しい。
そこで友人と手分けをする参加者も多い。
時には家族を買い子として駆使し、欲しい本を手に入れようとする参加者もいる。
猛暑の中、忍耐を試されるような行列に並ぶただのお使いだったはずが、小太郎はその空気に圧倒され、そして引き込まれた。
「スタッフしてみよや。コタ」
数回の買い子経験の後、突然姉にそう言われた。
いきなり何を言い出すのかと思ったが、意外にもすんなり受け入れる小太郎がいた。
ただの高校生に、それほど自由になるお金はない。
同人誌は面白いが、自分で買える量は限られている。
会場にいる時間も、それほど長くはなくなってしまう。
興味がある本を立ち読みするのは良いが、ほとんど買わずにいるのも期待させてしまっているようで申し訳ない。
スタッフならどうだ。
本部で見本誌の同人誌を読むことができるらしい。
しかも休憩部屋もお弁当も用意されていて、飲み物は飲み放題だとか。
「ふう……」
冬コミですら、少し汗ばむ。
姉の言葉は嘘ではなかった。
だが、思っていた以上に大変だった。
半分騙されたような話に思っていたが、今日すべて許せる気分だ。
深川さとりと再会し、また言葉を交わすことができた。
先輩スタッフとして頼られるのは悪い気がしない。
自分がまだまだ新人に毛が生えたようなものだから、あまりふたりで組むようなことにはならないのが残念だが、これからも続けてくれるならそういうチャンスもあるだろう。
そう、能天気に考えていたのだが。
「サト?」
「……」
閉会の少し前の時間に、騒ぎが起きた。
どうやら本部から遠いホールの奥で起きたようで、何があったのか詳しいことは分からない。
深川さとりがその一角を、凝視している。
見えたのだ。
何かが。
それが何なのか想像もできなかったが、小太郎もさとりに倣ってそちらに目をやる。
スタッフが集まっているようだが、それ以上は分からない。
そこを除けばいつもの西1ホールだ。
もう一度、サトを見る。
その目はきっと何かを捉えている。
良いものではないのだろう。
これから彼女がどうするかは分からない。
そしてきっと彼女は逃げない。そんな気がする。
ただ、再会できたことに意味があるとするなら、隣で助けることができるんじゃないかと思う。
「サト、俺もいるからな」
聞いているのかわからないが、自分の決意を口に出す。
ただ、仲間がいることは伝えたかった。
「……うん」
小さな声が聞こえた。
ちゃんと聞いてくれていた。
ちらりとその横顔を見る。
記憶よりも幼さは減ったが、どこかあどけなさを残す女の子。
しかしその目は、ホールの一角をじっと見つめている。
(怖がったり逃げたりはしないんだよな……)
ああ、やっぱり深川さとりは格好いい。
そう思う小太郎だった。




