閑話 ブロック長会議
最後のブロック長会議は、ピリついた空気が満ちていた。
主な原因は、『やゆよ』ブロックの歌島由布子である。
「さすがにさとりちゃんがかわいそうやろ。なんで二時まで巡回させられとるんや。負担が集中しすぎやろ。地区本のスタッフ連れて来てや! 文句言うたらな気が済まへん!」
貸し出したブロック員に対する扱いに、我慢がならないといった様子。
ただでさえ人手不足の中で貸し出した人員。しかも、まだ高校生の女の子である。懐いてくれている情もあって、由布子の怒りはなかなか収まらない。
大塚は腕組みをしたまま、険しい表情を見せる。
「歌島さん落ち着いて。長時間の貸し出しに了承したのはホールとしてもそう。それに元々地区への配置を断って『やゆよ』に置いた。どちらかというとこちらに譲ってくれたんだ」
「せやけど! 形式上でも、私はブロック長として、さとりちゃんの」
「ユウちゃん」
険悪になりかけたふたりの間に、ポエが割って入る。
じっと由布子の目を見て言い聞かせるように言う。
「少し感情的になっているわよ。こういう時、冷静に伝えないと、取り合ってもらえないわ。少し飲み物を飲んで」
「……」
ポエに言われた通り、飲み物を口に含む。
少し雰囲気が和らぎ、安堵の空気が流れる。
しかし、それも束の間。
「それはそうと、大塚さん」
大塚に向けるポエの声に、剣呑な雰囲気が混じる。
「私も会期中、何度かさとりちゃんを見たけど、本当にずっと歩き回っていたわ。さとりちゃんだけに業務が集中しているっていうユウちゃんの言葉も本当だと思うの」
ブロックこそ違えど、さとりのことを気にかけている。
特に目立つ衣装であった今日は、『むめも』ブロックでも巡回している姿をよく見かけた。
「地区の方針はわからないけど、ホールとして軽減を申し入れるべきだわ」
しかし、ポエの意見に静かに手を挙げるブロック長がいた。
「そうはいきまへん」
『らりる』ブロックの九条が、感情を押し殺しながら言葉にする。
「あの子には、あの子にしかでけへんことをやっとる。地区かてわかっとるやろ」
じっと由布子に目をやりながら、ぎりっと奥歯を噛む。
九条の無念が滲み出る表情を見て、由布子が視線を下げた。
「……せやな」
引き下がった由布子に誰もが内心驚いた。
ふたりの言い合いが始まってもおかしくないと思っていたのだが。
椅子に腰掛け直した由布子が、
「でも負荷が高いことは確かや。ブロック……いや、ホールとしても、できる限りのサポートはするべきやろ。例えば補給と、声かけと、あとは何かあるやろか」
飲み物の補給などは、特別な待遇ではない。
だが、気にかけてもらっていると知れば、多少心強いのではないだろうか。
「お弁当の杏かしらね」
「負担の軽減にはならないけど、報いるという意味で用意しよう」
ポエの言葉に、大塚が即座に頷く。
「あとは、しょうもない人間同士のトラブルに、深川はんの手を煩わせんことや。今日の外周のエレンはんのトラブルと『れ』ブロックのサークルとスタッフもどきの件は、明らかに『れ』ブロックの巡回不足ですやろ」
九条は鋭い目を『れ』ブロック長に向ける。
「それは……シャッター周りの混雑がひどくて手が回らなかったと聞いているが」
「あのなあ、女の子が襲われたりサークルさんが不審者にからまれたりしとんのに、知らんかったでは済まんやろ」
由布子の言葉にうなだれる。
「それは、反省している」
厳密に言えば『れ』ブロック長個人の問題ではない。だがブロックの管理者としては責任を追及されるのは仕方のないことだった。
ポエが小さく手を挙げて、あまり個人攻撃にならないようフォローする。
「かばうわけではないけど、ちょっと混雑対応が間に合ってなかったわね。というより、もうホール中が人手不足ね」
「だいぶ西2に人を取られたからね」
誰かのため息が聞こえた。
恐らくこの場にいるブロック長のほとんどが同じ気持ちだろう。
西1ホールは数の差は多少あれど、全てのブロックで、そして本部ですら人が減っている。
「明日はもっと混雑するだろうけど」
「ブロック員に周知して、列を見るだけでなく周りのサークルの様子も確認するよう言っておきます」
『れ』ブロック長の言葉に由布子が苛つきを隠さない。
「普段からせえよ」
「ユウちゃん。冷静に冷静に」
諌めるポエに一瞬空気が緩む。
しかし、それでは終わらなかった。
「でもね」
自分が言ったように努めて冷静に、しかし重い圧力を感じるポエの声。
口元こそ笑みの形をしているが『れ』ブロック長を見据える目は全く笑っていない。
「うちのエレンさんも巻き込まれた件については『れ』ブロックにも責任があると思っているのだけど」
「そ、それは」
笑顔を貼り付かせたポエから、反射的に目を逸らす。さすがに気の毒に思えてきた由布子が、助け舟を出した。
「ポエもちょっと落ち着き。確かに立ち入り禁止区域ではあったけど、相手は帽子と腕章をしてたんやろ。誰何すると思うか?」
「それは、そうかもしれないわね……外周だと、地区の人や企業対の人も見かけるし」
恐ろしい雰囲気が霧散し、誰もが胸をなでおろす。
とはいえ、問題は多い。
「そもそも、偽モンのスタッフ証と帽子と腕章が出回っとるのはどういうことなんや、大塚さん」
「昨日時点でいくつか紛失の届け出はあったそうだ」
「名前の記入は?」
支給される帽子と腕章には所属と名前を書くことになっており、拾得されたら誰のものかわかるようになっている。
ただ記入は任意ではある。
「いつも通り各人に通達はしていたが……書かれていても、悪意を持てばアルコールで消したり薄くしたりはできる可能性はある」
「チッ……」
九条の舌打ちが聞こえた。
腕章、あるいは帽子を落としたスタッフにも、拾って悪用する輩にも腹が立つ。
そして、その結果深川さとりが傷つけられたことも。
「……エレンさんの件も、深川さんに助けられたね」
大塚の言葉に、一同が頷いた。
「さとりちゃん……」
エレンが怪我もなく無事だったのは結果的にそうなっただけだ。
冷静さを失っていた男たちが最後まで行動に及んでいたとしたら、どうなっていたかわからない。
「あっ、そういえばフュージョンが得意やったな。任したら喜んでもらえるかもしれん」
唐突な由布子の言葉に、それぞれ顔を見合わせる。
「フュージョン?」
「ただの業務だけど……」
さとりがフュージョンを得意としていることを知っているのは『やゆよ』と本部の一部スタッフだけだ。
「せやけどほら、自分の得意な業務やると気持ちええやん」
一同はあまり理解できていないようだったが、ブロック長である由布子が言うのであればという雰囲気になる。
さとりのフュージョンのことを知っている大塚が、異論なしと頷いた。
「……では、明日のフュージョンは仮で深川さんに。できない状況であれば本部の誰かと交代しよう」
由布子は満足そうに口角を上げ、九条もちらりと由布子を見てから目を閉じた。
「深川さんがあれだけ頑張ってくれている。我々も負けるわけにいかない」
六人のブロック長全員が頷き、表情を引き締める。
油断はできない。が、頼りになるブロック長たちだと大塚は思っている。
「では、少し遅くなったが最終日の業務関連の共有に移ろう。早めに切り上げて帰れるようにしたいところだが、とても重要な臨時業務があるからね」
夏コミは、過酷だ。
スタッフだけでなくサークル参加者も一般参加者も等しく大変だ。
万が一参加者が倒れたとき、助ける側のスタッフが使い物にならないとどうにもならない。
とにかく休息を取らなければ。
そうでなくても、明日は大変な一日となるのだから。




