第98話 C100夏 2日目 守った結果
駆け出した玉と異形たちはスタッフの男ふたりに一斉に襲い掛かった。
「なっ、何だ!?」
衝撃があったのかどうか、さとりを突き飛ばすようにして掴まれていた手が離れる。
バランスを崩したさとりは、そのまま尻もちをついた。
そのさとりの目に、襲撃される男たちが映る。
「目の前が……暗く……」
実体はなく身体的に打撃を与えることはできないはずだが、精神的なものらしい。
彼らの攻撃は熾烈であり、何よりその姿はまさしく『異形』と形容すべき恐ろしいものに変わっていた。
「ぐ……」
「あ……」
かすかに声を出し、その場に昏倒するふたり。
解放されたエレンは力なくその場にへたり込んだ。
「おい、大丈夫か!」
駆けつけた田橋が声を上げた。
男ふたりが倒れ、女ふたりが座り込む異常な光景に息を飲む。
頭をフル回転させ、まずは倒れている男たちを優先して確認する。
「こいつは……」
田橋が声を上げたところで、騒ぎを聞きつけた他のスタッフがやって来た。
「ちょっと失礼! えっ、サト?」
「深川さん!」
「コタくん……春日さん」
知った顔を見て、安堵から泣きそうになる。
小太郎はさとりを支え、春日はへたり込むエレンに駆け寄った。
「……こいつら、前回まで西2にいた奴だ」
「えっ」
倒れていた男を確認した田橋が、苦い表情を見せる。
「すみません、応援をお願いできますか」
「わ、わかった」
副ブロック長の春日が支給されていた無線で応援を呼ぶ。
この場は田橋と春日に任せて良いだろう。
「サト、立てるか」
さとりは小太郎の手を借りて立ち上がる。
少し離れて見ている玉と異形はすっかり元の姿に戻っている。脅威は去ったと思ってよさそうだ。
「あの、じゃあ、私行きますので……」
まだ足元がおぼつかないが、小太郎の手の温度を感じていると少しずつ落ち着いてくる。
多少騒ぎが伝わっていたのか、野次馬らしき姿も見える。早く立ち去った方が良さそうだ。
「深川さん」
エレンに呼ばれて振り返る。
「助けて、くれたんだよね?」
そう言ってさとりを見る目には、困惑と畏怖が混じっている。
得体の知れないものを見る目。
あれは、昔、向けられた目。
異物を見る目。
「あ……」
思わず目を逸らす。
「すみません、失礼します」
かすかに震える声で、そう伝えた。
しっかり前を向けないさとりだったが、小太郎の付き添いで会場を歩けていた。
ホールへ入り、本部へと向かう。
その途中で、小太郎の足が止まった。
「九条さん……」
さとりが顔を上げると、外周通路に九条の姿があった。
そういえばここは『る』ブロック。九条の担当する場所だ。
「深川はんは、どないしはったん」
「トラブルがあって」
さとりの代わりに、小太郎が答える。
「トラブル……春日はんの無線のあれか。しんどいんやったら休みおし」
別れて以降も情報共有はあったのだろうか。
気遣ってくれるのはありがたいが、それ以上に大事なことがある。
「九条さん……」
去ろうとした九条は、さとりの声に足を止める。
「あの、お知り合いのお爺さんにお願いしてもらいたいことがあって」
意外な人物が出たせいか、少し眉が動く。
「おすすめルートのゲートから、入って来るかもしれなくて」
「ああ、なるほど……ほな、言うときます」
「お願いします」
思ったよりは元気だと見たのか、九条は声をひそめてさとりの耳元に口を近づける。
「ほんで、どないしはったん」
「あ、えっと……」
今までなら「何でもない」と逃げていたような気がする。だが、秘密を共有し協力し合う相手に対しては、聞いてもらいたい気持ちのほうが大きく思えた。
さとりの様子を見て察したのか、九条が近くのブロック員を捕まえる。
「ちょい抜けるわ。しばらく頼んます」
「はーい」
シャッターの脇で、小太郎も含めて三人で立つ。ホールの中からの風が少しだけ体にこもった熱を冷ます。
さとりは九条と小太郎に、とつとつと話した。
エレンが襲われていたこと。
自分の指示で異形をけしかけたこと。
そして、エレンに気味悪がられたこと。
「まあ……」
九条は、良くある話だと言いかけてやめた。
そんなものが目の前の少女にとって慰めにならないことを、自分が一番良く知っていたからだ。
「まず『或れ』をやって不審者をやっつけたこと。これはどう考えても正しい行いやろ。そうせんかったらリードはんはえらい目におうてた。深川はんも無事に済んだかわからん。正当防衛や」
はたから見て女ひとりを男ふたりで襲っているのだ。もし後ろから殴ったとしても許されるだろう。正当な行為だ。
助けられた方が単純に「ありがとうございます」なら話は早かったのだろうが……
「ほんで、リードはん。これはわてにはわからん。その場におったわけやないし、リードはんの本音はリードはんにしかわからへんからな」
「はい……」
九条は「一般論として」と前置きして続ける。
「世の中、自分の理解の外にあるもんは、気味悪く見えるもんですやろ。ほれ、何やえらい本も見かけますやろ」
少し冗談めかして言うが、さとりの沈んだ表情は変わらない。九条は小さく息をつく。
「まあでも、そんなんも守るのがコミマスタッフや。この場所は、自分の理解できるもんも理解できひんもんも、ひっくるめて存在することを許容するとこやからな」
守るものと守らないものを選ぶことはしない。すべての表現、すべての解釈、すべての好きを許容し、そしてこの場を守り継続する。
それがコミマスタッフだ。
「つまり。万人受けするもんはない。動転してたリードはんも、そのうち消化しはると思うんやけど」
彼女もまた、大人だ。
自分の置かれていた状況と、それを救った少女と、それに対してあるまじき態度を省みるはずだ。
「深川はん、あんたはようやった」
その言葉を聞いてやっと、さとりの表情にわずかな光が差したように見えた。
「間違いなくリードはんの窮地を救い、コミマのトラブルを潰した。コミマスタッフの鑑や」
少し明るめの声色で九条が褒める。
しかし今度は寂しそうに笑い、下を向いた。
「でもやっぱり、あの怪しいものを見る目は、慣れないです」
「そうやな……」
彼女がどういう目で見られたかなど容易に想像できる。それは自分も通ってきたものだから。
しかし怪しい怪しくないなど、個人の主観だ。万人から見て怪しくない人物などおりはしない。特に、ここでは。
「まあ、言うてコミマスタッフやろうと一般参加者やろうと、オタクなんか全般怪しいもんでっしゃろ。わても含めて」
「えっ」
そう言われて顔を上げると、九条の端正な顔が目の前にあった。
同性のさとりからしても、じっと見つめられると一瞬どきっとする。
「いえ、九条さんはそんなことはない、と思います、けど……」
ただ万人がとなると、難しいのかもしれない。さとりは心の隅でそう感じる部分もあった。
糸口を見つけた九条は、さらに畳み掛ける。
「大丈夫大丈夫。わても怪しい、深川はんも怪しい。横に立っとる男も怪しい。そんなもんどす……特に、うちらは同類でっしゃろ」
最後の言葉は内緒話をするように小声で。
思ってもみなかった言葉に目を丸くするさとりを、九条は愉快そうに見る。
「あの、でも」
言いにくそうに、さとりが口を開いた。
「私、男同士は……」
九条の表情が一瞬凍り、ゆっくり目を閉じて天を仰いだ。
「深川はん、歌島はんに似てきましたなあ」
「えっ?」
心当たりのないさとりが聞き返そうとするが、玉の鋭い声が割り込んだ。
『サト、西2『れ』、中に入って左の方じゃ』
「く、九条さん、コタくん、私行かないと」
急に焦りを見せるさとりに、九条と小太郎が顔を見合わせる。
『サト!』
さとりは玉の声にただならぬ事態であると察し、ふたりの返事を待たずにホールへと足を向ける。
「わても行きますえ!」
「おっ、俺も!」
さとりは玉の後に続き、九条と小太郎がそれを追う。




