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第95話 C100夏 2日目 忍び寄る災い

「えっと、今正面から入ってきた白い帽子の男性、リュックと紙袋の」

「了解」


 サークル入場が開始される。

 昨日とは打って変わって、たくさんあるサークル入場の確認に列ができている。


(よく見える気がする……)


 早速さとりが見つけたひとりの男性。どうやら何か持っていたらしく、地区本部のスタッフに詰められている。不審者だったようだ。

 それにしても、ゲートのエリアの少し前あたりから、怪しい雰囲気が『みえる』気がする。

 

(お化粧の力なのかも)

 

 もしかしたら九条が施してくれた化粧のお陰なのだろうか。


「おはようございます」

「あっ、お、おはようございます」


 サークル参加者から元気に挨拶される。

 今までこんなことはなかったので、少し戸惑ってしまった。


「……」


 それ以外にも、何やら視線を感じる。

 巫女装束が珍しいのだとは思うが、それにしても昨日と視線の雰囲気が違う気がする。

 衆目に晒され恥ずかしいとは思う。だが『みえやすい』ということはさとりにとって、いやコミマにとって大きな助けになる。

 

「えっ」


 その嫌な気配に、思わず声が出た。

 正面からやって来たふたり組に、目が釘付けになる。

 

「どうかしたかい」

「あの、今入ってきたふたり組のスタッフの人を」

「え、スタッフ?」

「はい」

 

 怪訝な表情を見せる地区本部スタッフだったが、ひとまずさとりの言葉の通りにふたり組のスタッフに声をかけた。


「ちょっと」

「あ? 何?」

「スタッフだけど」


 本部スタッフに馬鹿にしたような目を向けて、これ見よがしにスタッフ証を掲げて見せる。

 

「スタッフ証、少し確認させてもらっても?」

「ええ、どうぞ」


 堂々としているが、しかし彼らのまとう黄色い煙は、見間違えるはずもない。

 悪事を働いていたことが発覚した西2のスタッフは登録をお断りしたと聞いているが、それでもまだ良くないスタッフがいるのだろうか。

 

「……西2?」

「ああ、そうだけど。もう良い?」

「急いでるんですけど」


 ぴくりと地区本部スタッフが反応する。

 本格的に怪しいと感じ始めたようだ。

 

「これから西2のホール本部へ?」

「……ああ」


 妙な間があった。

 急いでいるというが、今はそういった時間ではない。サークル受付は始まったばかりで、どちらかというと館内スタッフは手が空くことが多い時間だ。


「……ついていかせてもらっても?」

「は? 普通に嫌だけど」


 そう答える男の顔に浮かぶのは、不快感と言うより焦りのようにも見えた。

 

「確認したいことがあるので」

「嫌だよ!」


 叫ぶように言ったそばから、アトリウムを強引に走り出した。

 一瞬反応が遅れたが、地区本部スタッフも追いかける。

 

「待て!」


 もうひとり本部スタッフが追い、何事かと周囲が騒然とする。

 ふたりの怪しいスタッフは、西1ホールと西2ホールの間、多賀谷シャッターの方へ逃げて行った。

 

「あっちは任せておこう」

 

 呆然とその様子を見ているさとりに、田尾手が声をかけた。

 

「まだまだ始まったばかりだ」


 彼らが『災い』だったのかはわからない。だが、コミマとはこれほどまでに不正な入場と戦うものなのかと改めて思う。

 

「偽物、だったんでしょうか」

「恐らくね。これはスタッフも今までみたいに適当に通さない方が良いか」


 そう言うと田尾手は、入口を管轄していると思しきスタッフと言葉を交わす。

 話しかけられたスタッフはすぐにどこかに電話をかけていたので、スタッフの入場に関するチェック強化かもしれない。

 先ほどの出来事から三分も経っていない。さすが対応が早い。

 

「田尾手さん」

「うん?」

「あの『入口』って西だけじゃないんですよね」


 だから、電話で情報共有が行われたのだろう。

 だがそれでは、不正ではない入場で良からぬ輩が通り抜けるのを防げない。

 

「ああ、東にもあるし、エントランスにもあるね。南にも入口がある」

「あの、ここで私が見るだけだと」


 言いたいことを察してくれたのか、田尾手が片手を上げる。

 

「ああ、まあ言いたいことはわかる。ただ、いったん東と南については大丈夫と思ってもらっていい」

「そうなんですか」

「あっちはあっちでテクノロジーの力で対応していてね」

「こっちもテクノロジーの力でできなかったんですか」


 どういうテクノロジーかわからないが、さとりがそう思ってしまうのも当然だ。

 だが田尾手は残念そうに首を振る。

 

「ここは一般入場でも使うからね。大がかりな装置は撤収に時間がかかってしまう」


 なるほど。東のサークル入口と少し事情が違うようだ。


「それに残念ながらリソースは限られている」

「そう、ですよね……あっ、すみません、東から降りてきた、少し太った眼鏡の男性、青のシャツです」

「了解」


 田尾手はまた素早く指示を出し、エスカレーターの下で取り囲まれた男は観念したようにうなだれていた。

 地区本部へと連行されるようだが、何を持ち込もうとしたのだろうか。

 

「それなりに通行証で入ろうとする輩がいる。ということは、サークルにも、スタッフにもそれなりに紛れ込んでいるのかもしれないね」

「そんな……」


 そうなると、一体『災い』になりうる人はどれほどの規模なのだろうか。

 

「かなり掃除はしたはずなんだけど、やっぱり完全には難しい」


 今はただ、それでも力になれていると信じて、さとりは目を凝らし続けるしかない。



 

 入口に、知っている顔が見えた。

 少し離れているのだが、もしかして視力も上がっているのだろうか。

 ふぶきもさとりを見つけたようで、少し表情を柔らかくするのが見えた。

 

「あっ、あの、知り合いとお話しても大丈夫ですか」

「少しの間ならね。それと、隣にいるから見つけたらすぐに教えてほしい」

「わかりました」


 サークル入口を無事に通り抜けたふぶき華夜は、カートを引きながらさとりの方へと歩いてくる。


「おはようございます」

「おはよう、深川さとり。今日はよろしくね……って、あら。お化粧?」


 いつもと違うさとりにすぐさま気づいたふぶき。まじまじと顔を観察するその視線がくすぐったい。

 

「はい。スタッフ仲間が、その」

「そうなの。良いわね。綺麗だわ」

「ありがとうございます」


 九条の化粧が褒められて嬉しいさとりだったが、もちろんふぶきはさとりの顔を褒めている。

 ふぶきは何となく勘違いを察していたが、特に訂正はしないでいた。

 改めてさとりのスタッフ証を確認すると、書かれているブロックに目をやる。

 

「『やゆよ』だと、少し遠いかしら。私は『れ』ブロックの……」


 携帯で配置を確認するふぶきだったが、さとりは残念ながら今日西1のホール内にはほとんどいない。


「あの、私ちょっと別のところで業務があって」

「あら。そうなの。そういえばここで仕事なのも珍しいわね。もしかしてホールにもいない?」

「はい。多分あまり」

「それは残念ね」


 残念そうなふぶき。休憩時間になら顔を見せられるだろうか。

 少し気まずくなり、話題を変える。

 

「あ、昨日ウニウケさんに会いました。ふぶきさんから色々教わったって聞いて」


 そういえばその後は顔を見られていない。無事に頒布できたのだろうか。

 

「あら。かなり良くなったでしょ、漫画」

「あ……それも、見られなくて。朝にちょっとだけ話しただけで」

 

 ずっと巡回で知り合いに会いに行けないのは、仕方ないとはいえ少し寂しい。


「そう。忙しいのね。ああ、百回記念だから色々あるのかしら」

「そう、ですね」


 ふぶきからは一切責めるような雰囲気はなく、むしろ気遣いすら感じられる。

 なんだか申し訳なく感じてしまうが、その時、視界の端に違和感があった。

 ふっと顔を上げ、入口を見る。


「あちらの背の高い男性、胸ポケットのある白いシャツに、サングラスです」

「わかった」


 隣に立っていた田尾手が、相手を確認してから向かおうとする。同時に、先ほど怪しいスタッフを追っていった地区本部スタッフが帰ってきた。

 悔しそうな様子を見ると、追跡は上手く行かなかったようだ。 


「すみません、さっきの男は見失ってしまって」 

「仕方ない。ホールに通達しよう。それより今あそこの男が……」


 責めるわけでもなく、淡々と次の対応を指示する。

 次こそは逃すまいという気迫を感じる。頼もしく感じるが、ふぶきにとってはあまり余裕がないと感じたようだ。

 

「……何だか忙しそうね。邪魔するわけにもいかないし、そろそろ行くわ」

「はい。頑張ってください」


 もう少し話をしたかったが、また入口に並ぶサークル参加者がどっと増えた。

 バスが到着したのかもしれない。

 

「大変ね……貴女も頑張って。余裕があったら顔を見せて」

「はい、頑張ります」


 精一杯に返事をすると、ふぶきはひとつうなずいて西1ホールへとカートを引いていった。


「よし」


 その後ろ姿を見送りながら、小さな声で気合いを入れなおす。

 この入口の先に、ふぶきがいる。きっと、これまで受付をしたことのあるサークルさんや、前回気遣ってくれた一般参加の人も。

 これ以上、不安の種を通すわけには、いかない。

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