↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/126

第88話 C100夏 1日目 サークル参加者たち

 今日の西1ホールは、コンシューマーゲームと創作少年が配置されている。創作少年は西1だけでは足りなかったようで、西2にもジャンル配置が広がっていた。

 今はサークルも入っておらず、ただ机が並んでいるだけだが、わずかに聞こえる雨音に、ここの主たちがちゃんと来られるのか心配になる。


「深川さんはアトリウムでサークル入場を見ていてもらいたいそうだ」


 朝ご飯の後、本部の近くからぼんやりとホールを見ていると、後ろからホール長の大塚に声をかけられた。


「大丈夫ならもうアトリウムに行くかい?」

「はい、大丈夫です。あの、大塚さんも一緒ですか」


 ちらりと玉を見る。相変わらず言葉少なく表情も読めないが、こちらを気にしてくれてはいるようだ。

 どうやらホール長直々に、借受の場所へと連れて行ってくれるらしい。

 

「ああ。大事なホール員を貸すんだから、ちゃんとしてもらえるよう釘を差さないとね」

「ありがとうございます」

 

 どこかくすぐったい気持ちになる。百人以上いるホール員の中のひとりにも関わらず、ちゃんと時間を割いて面倒を見てくれる。行動で示すというのはこういうことなのだろうと思う。


 ホールからアトリウムに出ると、雨音がよく聞こえる。ガラスの壁越しに見える外は、かなり暗いようだ。

 果たしてサークル参加者は無事にたどり着けるのだろうか。

 

「今日はちゃんとサークルさんが来られるか心配だね」

「はい」


 同じことを考えていたようだ。

  

「今日はコンシューマーゲームですけど、去年の夏は2日目でしたよね」

「よく覚えているね。お決まりの日にちがあるジャンルもあるけど、この辺はたまに入れ替えがあるみたいだね」


 そんな他愛もないことを話しながら、インフォメーションの近くで立ち止まった。ここが目的地らしい。

 数歩遅れて玉がついてきているのが見えた。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「ああ、大塚さんお疲れ。えっと、深川さんも、お疲れ様です」

 

 スタッフ証を確認して挨拶した男性スタッフは、前に一緒に入場を監視した人だ。

 田尾手がいると思ったが、今日はいないようだ。 

 ほどなくしてサークル入場時間を迎えたが、明らかにサークル参加者の出足が鈍い。

 アトリウムでは雨の音が大きく聞こえるが、それに負けじと言わんばかりに通行証の準備を呼びかけるスタッフ。

 しかし薄暗いアトリウムにあって、どこか不安感が漂う。


「おはようございます! 平仮名の『にぬねの』から先のブロックはこちらです!」


 西1ホールの入口から、元気な挨拶の声が聞こえる。小太郎だ。

 朝の声出しも兼ねつつ、問い合わせの対応をするのだという。

 サークルがまだ本格的に入場していない時間帯に、自主的にやっているらしい。


(うん)


 その声に元気づけられたような気がして、改めて入場の様子を観察する。

 それなりに雨が激しいのか、ほとんどの人のズボンが濡れている。アトリウムの隅で、通行証を探しつつ体を拭く人の姿も見える。

 異形は雨を気にしていなさそうで、その姿に変わったところはなさそうに見える。


「あ、紐……」


 それを見かけて、つい口に出してしまった。

 サークル参加者に、手首に赤い紐をつけている人がいる。よく見れば何人かそういう人がいるようだが、お互いに知り合いというわけでもないようだ。


「ああ、あれか。昨日の搬入業者にもつけてる人がいたよ」

「そうなんですか。何人ぐらいいるんでしょう」

「うーん、多いと一万人いくかもって」

「そんなに『準スタッフ』が」


 準スタッフ。

 それはこの百回目の記念回で試行されている参加形態で、一般参加、サークル参加を問わず、正規スタッフの責任のもとで有志で開場時間中、またはその前後にお手伝いをしてくれる参加者のことだ。

 手を借りる代わりに、飲み物が貰えたり休憩スペースが提供されたりといったメリットもある。


 さとりにはそんなことを頼むような知り合いはいなかったのだが、周囲のスタッフは何人か話を持ち掛けていたようだ。

 コミマに来るような知り合いは、コミマで出会ったサークル参加者しかおらず、忙しいサークル参加の中で準スタッフを請け負う余裕は無いだろう。

 もし異形たちにお願いできたなら、赤い紐をつけてもらえただろうか。

 そんなことを考えていると、見覚えのある参加者がカートを引いていた。

 

「あの、おはようございます」

「おはようございます……? あっ」


 彼女もさとりのことを思い出したらしい。

 おさげに眼鏡。どこか自信なさげだったが、前に見た時よりは少し薄れている気がした。

 

「こんにちは、えっと、ウニスケさん」

「はい、お久しぶりです、スタッフさん」


 初参加で頒布部数がほとんどなかったと落ち込んでいた彼女との、久しぶりの再会だった。

 

「あ、そういえば、コンシューマーゲームのジャンルでしたね」


 じわじわと去年のことを思い出してくる。

 

「はい、あの、それコスプレ、ですか?」

「そう、ですね。ちょっと身が引き締まるというか」

「巫女服で、ですか?」

「はい」


 ウニスケは少し首をかしげていたが、はっきりとうなずくさとりにそういうものかと納得したようだ。

 

「あれから、漫画はどうですか」

「ふぶきさんに色々と教えてもらって、この間の冬は見送ったんですけど、今回ちゃんと自分で納得できる本ができたんじゃないかと思います」


 彼女の引くカートに、恐らく今回の本が詰め込まれているのだろう。

 決して大きいものではなかったが、印刷会社のプリントがされたダンボールはどこか誇らしげに見えた。

 

「楽しみですね」


 ウニスケははにかんだ笑顔でうなずく。

 天気こそ悪いが、今日が彼女にとって良い日になることを願わずにはいられない。

 

「はい。スタッフ、頑張ってください」

「ありがとうございます」


 その背中を見送りながら、守らなければならないと改めて思う。

 彼女だけではない。彼女と同じような立場のサークル参加者と、その成果を楽しみにしている一般参加者と。ここは、そのふたつが交わる、大勢の人にとって大事な場所だ。


「お疲れ様、サト」


 思いを新たにしていると、小太郎から声をかけられた。

 

「コタくん。受付は?」

「サークルさん全然来てなくて」

「そうだよね」

 

 ホールの中はいつもよりがらんとしていて、受付巡回のはずの小太郎もアトリウムに出てくるぐらいに余裕があるようだ。

 

「仲良く話してたな」

「うん、去年の夏に少し話したことがあって」

「そうなのか。サークルの知り合いができるなんてすごいな」

「すごくはないと思うけど。少しだけだし」


 そんなことを話していると、その少しのサークル参加の知り合いが現れた。


「あっ、スタッフさん。おはようございます」


 暗い空と対照的な、明るい声。

 八カ月ぶりになるはずだが、その持ち主ははっきりと覚えている。

『ういろう大好き』という印象的なサークル名のことも。

 

「おはようございます、みまみまさん」

「わー、覚えててくれたんですか」

「はい」


 お互いに再会を楽しむように笑い合う。

 

「今日はゲームですか? 創作ですか?」

「ちゃんと創作ですよ。ちゃんとっていうのも変だけど、コミマは創作ジャンルで出たいかなって。ほら、ゲーム系はオンリーがあるし」

「そうなんですね」


 よくわからないが、こだわりがあるようだ。

 やはりまだまだこのコミマや同人誌のことを知らないのだと思う。

 機会があればその『オンリー』というのも覗いてみたい。

 不意にみまみまと目が合った。どうやらさとりのことをまじまじと観察していたようだ。


「ど、どうかされましたか?」

「いや、何というか……成長しました?」

「えっ?」


 何のことかわからず、思わず聞き返す。

 

「初めて会った時より、何だか大きく見えるなって思って」

「身長はあんまり変わってないですが……」

 

 非常に残念なことに、身長面での成長は止まってしまっていた。

 物理的に大きくなっていることは無い。

 さとりは心の中で悲しいため息をついた。


「じゃあ、立ち振る舞いかな。なんだか頼もしく見えるのかも」

「えっと」

 

 慣れはあると思うが、どうなのだろう。思わず隣の小太郎を見る。

 

「気付いてなかったのか?」

「ええっ」


 思いがけず肯定的な言葉。

 見た目のことは、自分では全くわからない。


『……』

 

 ちらりと隣に立つ玉に目をやるが、やはりいつも通り返事はない。

 

「初めは大丈夫か心配だったけど、サトはどんどん活躍して凄いなって思ってたんだぞ」

「そうなの、コタくん?」


 さとりの問いに、しっかりとうなずく小太郎。

 少しは自信を持って良いのかもしれない。


「ところで」


 妙に温かい視線を向けて来るみまみま。

 小太郎とさとりを交互に見ると、意味ありげに笑った。

 

「もしかしておふたり、付き合ってる?」

「ええっ!?」

「あはは、違うんだ。でもそんな感じに見えるよー」

 

 冗談だったのだろうか。からからと笑うみまみまに、ふたりは戸惑うばかり。

 そんな感じに見えると言われても、やはり見た目のことは自分たちでは全くわからないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。