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第10話 C97冬 1日目 百鬼夜行のような

 その時を、じっと待つ。

 

 順調に終わった見本誌の確認と参加登録カードの回収。

 難しいと思っていたが、繰り返すうちにすぐに慣れてしまった。

 何より、サークル参加の人たちの協力があった。

 さとりはようやく『イベントはみんなで作るもの』という言葉を実感できた。

 

 そして今。

 ほとんどのサークル参加者が自分のスペースに戻り、一部の人気サークルには早くも列ができ始めている。

 開場まであと三分もない。

 高揚感と緊張感に包まれた西1ホール。

 ブロック長である由布子は、出席サークルの取りまとめのために本部に引っ込んでいる。

 さとりの隣に立つのは、小太郎だった。

 緊張した表情で、一般参加者が入ってくるアトリウムに繋がるシャッターを見つめている。


「どうかしたか?」

「ううん」

 

 その小太郎の周りには、同じような顔で入口を見つめている異形の姿があった。

 先ほどひょこひょこ歩いていた二足歩行の狐。

 一本足の小僧。ふわふわ浮いている布のようなもの。跳ねる石らしきもの。固定した姿を持たない影のようなもの。

 当然、無機物に表情はないのだが、纏う雰囲気が何となくわかる。

 もちろん彼らのことは、さとりにしか見えていない。

 

「今日この辺はそこまで混まないはずだから、そう緊張しなくていいぞ」

「うん……」

 

 入って来るであろう入場者に緊張しているのもあるが、それよりもこんな雰囲気の異形たちを見たことが無かった。

 どちらかといえば、その状況に戸惑っている。

 

「もうすぐ一般参加が来まーす!」


 本部のスタッフがここまで出て、大きな声でアナウンスをしている。

 一般入場の導線は、さとりから見て右から左にホールを突っ切り、アトリウムからトラックヤードへと通り抜けることになっている。

 その通路は現在スタッフにより通せんぼされ、サークル参加者が出てこないようアナウンスがあって誰一人いない状態にある。

 そこに幽霊や妖怪が混じっていても良いものだが、どういうわけか彼らも通路の脇に寄って一般入場導線に立ち入らないようにしている。まるでスタッフの案内に従っているかのようだ。


「……」


 さとりの経験上、彼らと意思疎通をすることはできない。

 彼らはこちらの話なんて聞かないし、こちらも彼らの声は聞こえない。なのに、今の彼らはどう見てもスタッフに協力的で、導線に入らないようにという指示に従っているように見える。

 よく、わからない。

 

「もうすぐ始まりますよ」

 

 さとりたちの目の前で通せんぼの仕事に就いているのは、別のブロックの大門だ。ブロック長ではあるが、こんなところにいても良いのだろうか。

 さとりたちは通せんぼする役目は与えられておらず、せっかくなので入場列を見物するよう由布子から言われている。ちなみに別の場所で蔵前が通せんぼ役をやっており、それは明日もそうらしい。

 こういう業務は同じ人が連日やったり、色んな人に回したりと色々だそうだが、由布子のブロックでは前者なんだそうだ。

 なんでも、蔵前がこの役割を好んで引き受けるらしい。

 

『ただいまより、コミックマート97冬、1日目を開催いたします!』

 

 場内に響くアナウンスと共に、ホール内で盛大な拍手が行われる。

 つられるように拍手をしながらキョロキョロと周りを見回すと、サークル参加者だけでなく、スタッフも、そしてあちこちにいる異形たちまでもが拍手をしているように見えた。


(なんなんだろう、ここは……)

 

 ほぼ全員が楽しそうにしている中、さとりだけが困惑している。

 色んな意味で見たことのない光景だ。

 

「来るぞ」

 

 小太郎の小さな声。

 ホールの出入口の先、アトリウムから大勢の気配がやって来る。

 これが『一般入場』というものらしい。

 早く本を買うために早朝から(あるいは前の日の夜から……)待機列に並んでいた参加者たち。

 その人たちの焦る気持ちを抑えるために、最初の入場はゆっくり目らしいのだが……

 先導するスタッフの前を、悠々と歩く幾多の影。

 それは……

 

「ひっ」


 壊れた楽器がふわふわと飛び、縄の塊がごろごろ転がり、二匹並んで歩く狸の後ろには焼き物の狸が音もなく滑るようにして移動している。長身の鬼の横には小柄な河童らしきものが並び、先導スタッフの真似をしているのか両手を広げている。


(百鬼夜行?)


 もちろんそんなものは見たことがない。

 だが、目の前に広がっている光景はそうとしか言い表せない異様さだった。


「なんて顔してるんだよ。別に取って食われるわけでもないんだから、もっとどんと構えていろ」

「で、でも……」


 小太郎には見えていないのだろう。事も無げに笑って見せたが、さとりの心中はそれどころではない。

 こんな数の異形を見たことがない。

 単独でも身構えるというのに、集団ともなると身がすくむ。

 

「サト」


 優しく肩を叩かれる。

 

「彼らは敵じゃない。ここに本を買いに来ただけだ」

「本を、買いに……?」


 改めて一般入場の行列を見る。

 多くの男性(と、少しの女性)がぞろぞろと歩き、前へ前へと気持ちを向けながら、追い越したりはしないように足を進めている。

 不思議と人の列の外側に異形の姿は見られる。中にいるのかはわからない。

 ホールへ入ってきた彼らの表情は明るく、気力に満ちている。

 そして、通せんぼの先からそれを眺める人と異形。

 自然と並び立っているその光景に、どこか不思議な気持ちになった。

 

「楽しそう……」

「実際、楽しいからな。ここは祭りだし」

「祭り」


 そう言われて、腑に落ちた。

 今日は、この人たちにとって待ちに待った特別な日なのだと。

 もしかしたら、異形たちにとっても。

 



 一般入場はまだまだ続いているが、ブロック間通路の通せんぼは解除された。行列の人の密度が下がってきたためだろう。

 

 さとりは小太郎と共に、自身の担当ブロックである『やゆよ』のサークルに目を向けた。

 一般入場の勢いに比べ、人通りは少ない。

 最初は大手と呼ばれる人気のサークルに人が集中するらしい。

 

「すみません、ゴミ箱は……」

「ゴミ箱はアトリウムにありますので、そちらのシャッターから出てください」

「ああ、ありがとうございます」


 サークル参加者の質問に、淀みなく答える小太郎。

 畳んだ段ボールを抱えた参加者は、軽く会釈をして案内されたシャッターへと向かっていく。

 さらに別の参加者から声をかけられる。

 

「あの、トイレは……」

「壁際のあっちです。看板が見えますか」

「看板……あっ、ありがとうございます」


 またも即座に案内してみせる小太郎。

 トイレへと急ぐ参加者の背中を見送りながら、さとりが感嘆する。


「すごい。すぐに答えられるんだ」

「まあ、覚えたからな」

「私も覚えたけど、うまく教えられるか自信ないな」


 少なくとも思い出すのに数秒かかる気がする。


「ホール長の大塚さんが言ってた『かきくけこ』だっけ」

「そう。そこを押さえておけば質問の大半は何とかなる」


 厠の『か』つまりトイレの場所。

 喫煙所の『き』は覚えている。


「『く』って何だっけ」

「宅配便。これだけ二文字目だな『た"く"はいびん』」

「あ、そっか……」


 宅配便の受け取り、発送場所だった。

 ケータリングの『け』は、食料全般……屋台だけでなくレストランやコンビニの場所も含めて覚えておくようにと言われている。

 最後の『こ』は、ゴミ箱の場所だ。

 

「すみません、宅配便の受け取り場所って……」


 さっそく『く』の質問が来た。


「宅配便の受け取りは、えっと……」

「そちらのホールの奥にありますよ」


 小太郎が自信を持って案内をするが、サークル参加の女性は首を横に振る。

 

「あ、いえ、そこはもうなくて、受け取り再開が別の場所であるって聞いて」

「別の場所?」


 想定外の答えに、固まってしまう小太郎。

 しかし、後ろから助けが入った。

 

「ああ、それならアトリウムです。この出入り口を出て右斜め前の方になるんですが、搬入業者の準備でき次第なのでまだ受け取れないかもしれないですね」

「あー、ありがとうございます」


 サークルの女性は会釈をして戻って行った。

 そういえば時間によって受け取り場所が違うと言われていた。

 さとりもメモは取ったはずだがそこまで覚えていなかった。

 

「すみません蔵前さん、助かりました」

「ありがとうございます」


 小太郎とさとりにお礼を言われ、にっこり笑う蔵前。

 

「いやいや。若手のサポートはベテランの役目。これで覚えたでしょ」


 どこにでもいそうな気のいいお兄さんといった風貌だが、蛍光色の帽子と腕章を誇らしげに身に付けている。


「すみません、まだちゃんと案内できなくて」

「いやいやいや、見てたよ。その前は案内できてたから、二勝一敗だ。勝ち越してるから自信持っていいよ」


 力強くうなずく蔵前に励まされ、小太郎の表情が明るくなる。

 さっと片手を上げて去っていく蔵前の背中を見ながら、小太郎がつぶやいた。

 

「格好いい……」

「うん」

 

 姿かたちではない、振る舞いの格好良さを思い知るさとりと小太郎だった。

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