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ハンナ、飴をもらう

実はハンナは、あの帰り道で出くわすまでキャサリンに関する悪い噂はほとんどが嫉妬からくるものだと思っていた。

だが夕闇迫る裏通りで見たキャサリンの表情があまりにも自然で、いきいきと楽しそうで、生まれ持っての品の良さが滲み出ているのに品とは真逆な世界に溶け込んでいる様子にハンナはすっかり怖気付いてしまった。

年下の少女相手に情けないとは思わない。

夜遊びも不適切な交友関係も真実だったという事だ。あれは格が違う。ハンナはそれ以降、キャサリンには出来るだけ関わらないよう気をつける事にした。



キャサリンに求愛しているアンジェロはリンデン館の女使用人達に人気がある。

ハンナはガタイのいいおじさまが好みなので対象外だったが、彼は若い娘の十人に八人は好感を持つだろう見た目をしている。その上で使用人にこまめに差し入れをしたり気遣う言動をするので「私に気があるんじゃない?」と勘違いする娘が大勢いるのだ。


そんな彼女らは言う。

「キャサリン様なんて、ちょっと血筋が良いだけのお子様じゃないの」

「貧相な体型の上に化粧しないと人前に出られないお顔みたいだし」

「働き方に文句ばかりつけてきて」

「ご当主様にも先代様にも嫌われてるんですってね」


確かにキャサリンは小柄でメリハリの無い体型をしているが、まだ十五歳だし華奢で可憐と言いかえる事も出来る。化粧が濃いのも事実だが、大人っぽく見られたい年代故なのだろう。行き過ぎでなければ使用人への指導は雇い主側の正当な権利なのに、先輩達は年下の子どもに注意される不満を隠そうとしない。家族関係は、直接見ていないハンナにはよくわからない。

次の職場へのステップアップまでは目立たずもめ事は起こさないように、とハンナは無難な返事をするが常だった。



キャサリンは変わったご令嬢だ。


だがハンナはキャサリンに直接面倒ごとを押しつけられた事は無い。だが「キャサリンのわがままで」仕事が増えると先輩達はいつもぼやく。

毎日三紙の新聞に目を通しているが、一番時間をかけて読むのは大衆向けのゴシップ紙だ。スクラップする度に切り屑を撒き散らかすので掃除が面倒だと不評である。私どもがやっておきます、と言った先輩に「あなた達に任せられる訳ないでしょう?」と鼻で笑ったという。

敷地内で自動車を乗り回しては、油まみれになって整備もこなす。「女のする事じゃ無い」と否定する人は昨今の女性技師への評価を知らないのか。軍人の家系だからか射撃の腕前も高く、「野蛮ね」と笑う声が聞こえる。仕える家のご令嬢にそんな陰口をたたくなんて、とおののいたのも懐かしい。


キャサリンは男性と見間違えるくらい短く切った髪に奇妙なデザインの服を好んで着る。

職業婦人の増加と共に短髪の女性を見かける機会は増えたが、世間にはまだ受け入れられているとは言い難い。しかもキャサリンの髪は先進的(フラッパー)な女性たちでも戸惑うほどの短さだった。

そして彼女が好む装飾の多い服。それは洗濯やアイロンが大変でメイド達に不人気で、お嬢様が身につけるものなのに新人のハンナが担当しているくらいだ。ハンナは洗濯屋に勤める従姉に教わってアイロンがけが得意だったのが裏目に出た。押しつけられたイライラが顔に出て、キッドに「ハンナ姉ちゃん大丈夫?さっきもらった飴食べる?」なんて心配された事もあったくらいだ。



キッドはリンデン館に出入りする庭師の弟子で、小銭をあげれば雑用をこなしてくれる便利な子だと教えられた。

ある日、手に持ったメモに眉をひそめている様子が気になって声をかけた。


「ハンナ姉ちゃんは嘘を言わないから助かるよ」

親しくなってから彼に言われた言葉だ。


彼は初等学校を卒業したくらいの歳に見える。

読み書きが不自由な事から、学校に満足に通えていなかったのだろう。残念ながら、そういう子どもは少なくない。

キッドは、おつかいの指示が読めなくて困る事があるのだという。更に、そのメモを読んでもらおうとお願いした相手から間違った内容を教えられる事があると。

本当に、ここの使用人は質が悪い。

がっしりと手を握って「そんな時は自分を頼れ」と言ったところ、勢いが強すぎたせいかしばらく警戒されたが今は信用されていると思う。生い立ちや家庭の事情を聞けるほど親しくないが、世間話をして笑い合える関係。三番目の弟とおなじくらいの歳のキッドに、ハンナはつい肩入れしてしまう。



色々と思うところはあるがハンナが仕事に慣れてきたある日、リンデン館にメイド長の叫びが響き渡った。



「アンジェロ様、そのお怪我はどうなさったんですか!?ああ、誰か救急と警察に連絡を……!」

キャサリン(とアイゼン)に関する噂は2-3話目くらいでやっとくべきだった。

キッドの年齢や立ち位置など、書き損ねていたエピソードを詰め込んだ感あり。

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