ハンナ、拳を固める
ハンナのターン続きます。
当初の予定の十話、いつの間にか超えてたなぁ。
登場人物『ジョン、キッド、キャサリン、スカーレット、マリーア』くらいでさくっと終わるはずだったのに、料理長が登場し掃除婦が主張してきた辺りから流れが変わった。
キャサリンは現在15歳。通常なら中等学校か女学校に在籍、家庭によっては働きに出ている年齢だ。この国の義務教育は初等学校までだが都市部では多くが中等学校へ進学する。
ハンナは家の手伝いをしながら、中等学校へ通常より1年多く通い卒業した。
本当は初等学校を出たらすぐ働きに出るつもりだったが両親に泣いて止められた。ハンナは知らない事だが「お前が行かないと弟妹も中等学校に行きたくても言いづらくなる」という殺し文句を教えてくれた荒物屋の主人に、両親は今でも頭が上がらない。
だからハンナは、経済的にも家庭の事情的にも問題無いのに学ぶ機会をむげにするキャサリンが気に入らなかった。
「うちの妹だったら、学校に行かないなんて贅沢言ったらひっぱたいて縄つけて引きずってくのに」
お嬢様に手をあげたらクビだよね。
逆に、もう辞めるって決まってからなら一発くらい殴っても許されないかしら。
ハンナは思わず握った拳を見ながら頭をかしげた。
キャサリンは、初等学校までは普通に通っていたとハンナは聞いている。
中等学校に進学して一年ほど経つと学校へ行っているはずの時間に下町だの盛り場だので目撃されるようになった。そして今は全く学校に通わず遊び歩いてばかりで外泊もしょっちゅうなのだと。
そして噂だけでなく、ハンナ自身も裏町でキャサリンに出会った事がある。
あるお休みの日。ハンナが実家に顔を出して弟妹の相手をしていたら、帰りのバスの時間ぎりぎりになってしまった。そして近道として普段なら立ち寄らない場末の通りに踏み込んだ時、キャサリンによく似た背格好の少女が目に入った。
最初は人違いだと思った。お嬢様がこんな処にいるはず無いと。だが昨日自分がアイロンがけした服(それもいくぶん奇抜なデザインの)を着ているから本人としか思えない。
どうしてこんな処にいるの?もしかして迷子!?と慌てたハンナはキャサリンに走り寄った。長女気質で世話焼きなハンナには手助けしないという選択肢は無い。
「何だお前」
そして声をかけようとしたところで思いっきり横に引っ張られた。
その状況になって初めて、キャサリンの周囲にいる人々がハンナの目に入った。自分の腕を掴みながらうさんくさそうに笑う、軍服を着崩した若い男。はっきりした色の化粧に露出度の高い服装をした、明らかに夜の商売な女。そしてスラムの住人らしい薄汚れた子ども達。
あれ?私、ヤバいところに来ちゃった?私の人生、ここで積み?と血の気が引いたハンナの顔を、キャサリンは覗き込むと男に告げた。
「大丈夫よジーク。その子、うちのメイドのハンナだから」
「助かった」でなく「お嬢様、すれ違ったら挨拶するだけの私の名前を知ってたんだ」とハンナは場違いな感想を抱いた。それを聞いた男も手を離すと掴みかかった事を謝罪してくれたのでほっと息をつく。
迷子じゃないし一緒にいるのは信頼してる友人だから大丈夫。にっこり微笑むキャサリンと周囲の人々の姿は気の知れた仲間同士にしか見えず、脅されたり強要されたりしているのでは無いと信じられた。
「これから館に戻るんでしょ?急がないと終バス出ちゃうわよ」と乗り場の方を指さすキャサリンに「あなたは終バスに乗らないんですか?」とハンナは尋ねたかったが、キャサリンを取り巻く人々の視線の冷たさに一礼するとくるりと背を向けた。態度から気持ちを汲みとるのも、長年長女をやって得たスキルだ。
足を踏み出したところに明るい声がかかる。
「じゃあハンナ。ちゃんとした娘さんが日が暮れてからこの辺りをうろついちゃ駄目よ?あ、そうだ。あなたってアイロンがけ上手いのね!この服、可愛いけどフリルがもたつくって思ってたのに今日はすごく自然に動きについてくるの!!」
ヒロインちゃん登場。
どこからどう見てもドアマット詐欺。
ハンナは住み込みだけどジョンは通いの使用人です(都心からリンデン館の近くまでバスが出ている。近隣に引っ越す?でも妊婦に引っ越しは負担?と悩んでいる)。朝食の仕込みをしてから帰って、翌朝料理長(敷地内にあるコテージに家族と住んでいる)と手伝いのメイドが仕上げしてふるまいます。
リンデン館は土地が広いので小作人に貸し出したり、副業もしてるからそれなりの数の使用人を雇っているという事に後付けで決めました。




