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奈々華(三)

 翌日、ナナカはウィス、レーアと共に魔術の訓練を行っていた。


 2人のナナカに対する魔術の適性はありもあり、大ありという判断だった。

 正に魔術師、魔導師に成るべくして生まれてきた少女、とまで言い切れるほどの才能。


 事実、彼女は普通覚えるのに一週間はかかる身体強化の魔術(クラフェット)を訓練を始めたその日に覚えていた。


 それでもなお剣の訓練を行うのは、基本的な剣術を学ぶことで体の動かし方も学ばせ、体力を作るためである。


(う〜ん。今日のナナカちゃんはな〜んか上の空ねぇ〜)


 ウィスはちらっと隣にいるレーアを見る。

 彼女と2人きりにしてからナナカの様子がおかしくなった。


 レーアならば変に煽ったり、焦らせたりすることはないと思っていたのだが、そのアテは外れたらしい。


(この調子でやっても意味はあまりないんだけど〜)


 魔術の威力や効力は術者の精神的なものに左右される。

 同じ術でも集中し、具体的に効果のイメージができていればできているほどに強力になっていく。

 また、それだけ難しい術も扱えるようになる。


 魔術の訓練とは、言い換えれば精神集中を素早く行うためのコツを掴む訓練だ。


 そんな訓練に必要なのは量よりも質。

 どれだけ時間をかけようとも、適当にこなすのではコツはいつまでたっても掴めるわけがなく、意味がない。


 どうするべきか、とウィスが頭を抱えているとレーアがポツリと口を開いた。


「ウィス。今日の魔術訓練、いえ、訓練そのものをやめましょう」


「え? どうしたの、突然〜?」


「あなただって気が付いていますよね?

 今日の彼女は訓練に身が入っていません。

 あんな状態ではどれだけしても意味がありませんし、剣術も怪我をします」


「心配してくれてるのね〜」


「そんなわけないじゃないですか。ただ、勇者が潰れてしまうと私は目的を果たせません。

 それは、あなたもでしょう?」


 レーアはそう言うと城へと戻っていった。

 向かうのはおそらく図書館だろう。


 昔から見ているそのマイペースでどこか冷めている少女の背中を見て、ため息をついたウィスは両手を叩き、ナナカへと声をかける。


「ナナカちゃ〜ん。今日はもうやめましょ〜」


「えっ、あ……はい……」


 しょんぼりとした表情で彼女はゆっくりとウィスの目の前まで来ると頭を下げた。


「ごめんなさい。私、全然しっかりできなくて……」


 ナナカは顔をうつむき、スカートの裾を握りしめている。

 彼女の言葉は涙交じりで震えていた。


 叱責される恐怖か、不甲斐ない自分を悔しく思ってか、細かいところまでウィスにはわからない。


「……少し、話をしましょうか〜」


 わからないなら話すしかない。知ろうとするしかない。


 そう思ったウィスはいつもの優しく柔らかい語調でそう提案した。


◇◇◇


 2人が移動してきたのは城にいくつかある庭園の一つだ。


 どこか秘密基地のようにこじんまりとしているが、それでもそこに植えられている花や草木は丁寧に整えられている。


 そんな場所に木々に隠れるようにポツンとあるイスに2人は腰掛けていた。


 彼女たちの間にあるテーブルには紅茶が淹れられたカップがある。

 ウィスはそれを飲んで一息つき、ナナカは何もせず液面をじっと見つめていた。


「昨日、レーアちゃんに何か言われた〜?」


「っ!? なんで……」


「そりゃ〜、昨日の今日だもの〜」


 勇者として転移してきたナナカに直接言うことができる存在は多くない。

 今なにか直接口を出せるとすれば主に3人。

 ウィス、ゼナイド、レーアだ。


 ゼナイドは良くも悪くも訓練が終わればそれで終わり。その後になにか細々と言うことはない性格だ。

 そのため、あの訓練の後に何か言うとは思えない。


「私は昨日あまり話ししてなかったからね〜

 それなら、考えられるのはレーアちゃんでしょ〜?」


 視線で「合っている?」と、問うウィスにナナカは恐る恐るといった様子で一度だけ小さく頷いた。


 そんな彼女を安心させるように小さく笑みを浮かべてウィスは続けて問いかける。


「なんて言われたか、聞いてもいいかしら〜?」


「……その、私レーアちゃんに、自分で何か選んだことがあるのかって言われて……」


 それを皮切りに昨日、浴場でレーアと話した内容を説明し始めた。

 すべて話し終えたナナカはいつの間にか上げていた頭を下げ、紅茶の液面に映る自分の顔を見つめていた。


「そう、そんなことが〜」


(やっぱり、か。あの子も、多少は気にしてるのね)


 おそらく、ゼナイドとレーアの2人とも異世界から来たナナカという存在との距離感を測りかねている。

 それはもちろん今話しているウィスも当てはまる。


 加えて、ゼナイドに関しては彼女自身の騎士としてのプライドとミリアス家の事情がり、レーアは良くも悪くも思っていることをオブラートに包まず口にする節がある。


 今回の件はそれが大きな原因だろう。


 重要なのは、嫌いという感情はないということだ。


 解決させる問題はわかっている。

 衝突する理由もわかっている。


 ならば、あとは行動すればいい。


 だが、そうする前に1つはっきりさせておかなければならないことがある。


 ウィスはナナカにバレないように気合いを入れるように小さく息をつくと口を開いた。


「もう一つ、聞いていいかしら〜?」


「? はい」


「ナナカちゃんはなんで、勇者云々の話を信じて力を貸してくれてるのかしら〜?」


「……成り行き、ですかね?」


「成り行き〜?」


「はい。だって……泣いても、うずくまっても意味がないじゃないですか?

 だから、やるしかないって思って……」


 ナナカのその言葉を聞いてウィスはようやくレーアが怒った理由を理解した。


(仕方ない、か……でも、これはたぶん彼女の世界では普通だったのね)


 ゼナイドたちの問題も大きい。

 しかし、ナナカ自身も一つ気が付いてもらうことがある。

 気が付いてもらわなければ、彼女はこの世界では生き残れない。


「……勝手に呼んでおいてなにを身勝手な、って思われるかもしれないけど、1つ言うわね〜」


 ウィスのいつもほんわかとして柔らかい表情を浮かべるその顔が真剣なものへと変わる。


 空気がピンっと張り詰めたのを感じ、ナナカは目を見開いた。


「その諦観、今すぐに捨てなさい。

 あなたがどんな世界で生きていたのか、それは私たちにはわからない。

 でも、まだ生きている。この世界で生きているのよ?

 そして、今のあなたには力もある。あなたはその力でどうしたいの?」


「私が、どう、したいか……」


「ええ。そうよ。

 ゼナイドは被せられた汚名をそそぐために。

 レーアは魔術師の上である魔導師、さらにその上の賢者になるために自分の力を使ってるわ。

 目的のために、力を使っているの。ナナカは、何をしたいの?」


 真剣でありながらも、優しい声音の問いを受けたナナカは、まるで今まで溜め込んだものを吐き出すかのように涙と共に言葉を漏らし始めた。


「私、私は……また光ちゃんに、会いたい……!

 ううん。会えなくてもいい。光ちゃんが居たあの世界に戻りたい!」


「そう」


「光ちゃんへのこの想いが嘘なんて私は思わない」


 結論、ナナカはこの世界でしたいことなどない。


 ただ、光に会いたい。


 しかし、どれほどの想いがあろうとも、勇者の力があろうとも、死者を蘇られることはできない。


 それはわかっている。わかっているからこそ彼女は、せめて彼が過ごしていた世界に、彼と共に過ごした世界に戻りたいと願う。


 それはナナカの単純で、純粋な願いだ。


「私は……! 私は!」


 嗚咽混じりに話したナナカは手で涙を拭く。

 そんな彼女へとウィスはハンカチを差し出した。


「これで拭きなさ〜い。跡に残っちゃうからね〜」


「は、はい……ありがとう、ございます」


 差し出されたそれを受け取り、ナナカは涙を拭き取る。

 そんな彼女の頭を優しく撫でてウィスは微笑んだ。


「いいのよ〜。

 むしろ、私にはこれぐらいしかできないんだもの〜」


「そ、そんなことないです。私は、少し楽になりました」


「そう〜? なら、よかったわ〜。

 私、っていうか私たちは仲間だしね〜」


「仲間……」


「ええ、そうよ〜。

 2人はお目付役って言うでしょうけど〜、どうせなら仲間の方がいいじゃな〜い?」


 ナナカはこくりと頷き、出されていた紅茶を飲んだ。


 なにかが解決したりしたわけではないが、それでもすべて外に吐き出したおかげで肩も気持ちも楽になったような気がする。


 それを実感するのに合わせて人前で泣いた気恥ずかしさを感じ、話題をそらすように話を振る。


「ウィスさんはなにが、その、目的で私のことに?」


 その問いが意外だったのか、ウィスは数度瞬きをして、持っていたカップを置いた。

 少し唸ると申し訳なさそうに笑い、口を開く。


「私も、特に目的はないのよ〜」


「え? そうなんですか? てっきり……なにかあると」


 驚いた様子を一切隠すことなく表情と声音で表したナナカ。

 その顔を見たウィスはより一層とはっきり眉を八の字にした。


「ごめんなさいね〜。あれだけ偉そうなこと言っておいて情けないわよね〜」


「いえ、そんな……」


「ふふっ、いいのよ〜。事実だもの〜。

 でも、全く理由がないわけじゃないのよ〜?」


 ゼナイドのミリアス家、レーアのヴァミル家とは昔から良好な関係を築いている。

 そのため、2人のことは昔からよく知っているどころか、喧嘩もしないほど仲が良かった。


私の家(シーパル家)はミリアス家のようなことにはなっていないし、私自身も今の立場で満足してるから〜。

 なら、2人を助けようって思ってね〜」


「それも立派な理由じゃないですか」


「どうかしら〜?

 2人に比べればとてもーー」


 全てをウィスが言い切る前にナナカは首を横に振った。


「比べるものじゃないと思います。そういうのは……。

 上手くは言えないですけど、あるだけで意味があるものって、私は思います」


 ナナカに対しては自分がものを教える側だと思って疑っていなかったウィスからしてみれば、それは頭を殴られるようなものだ。


 ゼナイドとレーアがナナカとの距離感を測りかねているのならば、ウィスは彼女をどこかで侮っていた。


 ナナカはこの世界についてなにも知らない。それは間違いないだろう。

 だが、かといってなにも学ばないということはない。


 むしろ知らないからこそ見えてくるものがあり、考え方があるのだ。


 それに気がついたウィスはふっと表情を緩めた。


「そう、ね。ふふっ、そうね〜」


 ナナカとの出会いは偶然だ。

 なぜ違う世界から彼女がこの世界に来たのかはわからない。

 信じ難いことではあるが実際に起こってしまった今、それを信じないわけにはいかない。


 自分たちのことについて巻き込むのは申し訳ないとは思う。

 だが、ナナカという存在は少なくない影響を自分たちに与えるだろう。少なくともその刺激を引っ張ってくることは確実。


 もちろんどうなるかという不安もある。


(ナナカちゃんが帰れる方法、ちゃんと見つけなきゃね〜)


 ウィスは新たな目標を定めると椅子から立ち上がり、背伸びをした。


「私も、少し頑張ろうかしらね〜」


 小さく呟くと視線をナナカへと向けニッコリと笑う。


「これからも、よろしくね〜」


「はい! こちらこそ!」


 それから約1ヶ月、知識や技術を身につけたナナカと共に彼女たちは王都から旅を始めたのだった。

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