第96話 クロウ家の歓迎、恋人と二つの祖国
第96話 クロウ家の歓迎、恋人と二つの祖国
帝政歴347年10月6日、午前10時31分。
帝国中央部、クロウ家本邸。
玄関から居間へ続く廊下には、秋の柔らかな日差しが差し込んでいた。磨かれた木製の床に窓枠の影が落ち、庭園からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。第一次世界大戦の終結から六日が経過し、クロウ家にもようやく穏やかな日常が戻り始めていた。
レイブン・S・クロウは、エリシア・L・ヴォルハラムの旅行鞄を片手に持ちながら、彼女を居間へ案内していた。
軍服ではなく、襟元の開いた白いシャツに濃色の長ズボンを着用したレイブンの姿は、戦場での彼を知るエリシアにとって、まだ少し見慣れないものだった。
黒い猫耳が廊下の物音に反応して動き、金色と黒色の瞳が時折彼女へ向けられる。
「……そんなに見られると、少し恥ずかしいんだけど」
エリシアが微笑みながら言うと、レイブンは慌てて視線を戻した。
「ご、ごめん」
「謝らなくていいわ。私も、あなたのことを見ていたから」
「……そうなの?」
「ええ。軍服じゃないレイブンって、なんだか新鮮ね」
レイブンは自分の服装を見下ろした。
「家では大体こんな感じだよ。父さんも、休暇中くらいは軍服を脱げって言うし」
「それはいいことね。あなた、戦場ではいつも装備を外す暇もなかったもの」
「エリシアもね」
彼女は小さく笑った。
しばらく並んで歩いていた二人だったが、居間の扉が近づくにつれて、エリシアの足取りが少しずつ遅くなっていった。
レイブンは、それに気づいて立ち止まった。
「……緊張してる?」
「……少しだけ」
エリシアは正直に答えた。
「戦場で初めて敵と向き合った時より、今の方が落ち着かないかもしれないわ」
「そんなに?」
「だって、あなたのご家族に会うのよ?」
彼女は旅行鞄を見つめ、困ったように微笑んだ。
「しかも、何の連絡もせずに突然訪ねてきたんだから」
「大丈夫だと思うよ。母さんも父さんも、そんなことで怒ったりしないから」
「……本当?」
「うん。ルナはちょっと驚くかもしれないけど」
エリシアは、その名前に反応した。
「ルナ……あなたの妹さんね」
「そう。俺より四歳下なんだ」
「どんな子なの?」
レイブンは少し考えた。
「明るくて、よく喋るかな。あと、気になることがあるとすぐ聞いてくる」
「……あなたに似ているの?」
「どうだろう。父さんには、俺より行動力があるって言われてる」
エリシアは笑った。
「それは、会うのが楽しみね」
レイブンも微笑んだ。
そして、彼女の手元へ視線を落とした。
エリシアの右手は、少しだけ落ち着かない様子で衣服の端を握っていた。
レイブンは一瞬迷った後、空いている左手を差し出した。
「……手、繋ぐ?」
エリシアは目を丸くした。
「……え?」
「嫌だったら、いいんだけど」
レイブンが少し恥ずかしそうに言うと、エリシアはすぐに首を横に振った。
「嫌なわけないでしょう」
彼女はそっと手を伸ばした。
最初は指先が触れるだけだった。
やがて、エリシアが少しだけ指を開き、レイブンの指の間へ自分の指を滑り込ませた。
一本ずつ、互いの指が重なっていく。
手のひらが触れ合い、自然に握り合う形になった。
いわゆる、恋人繋ぎだった。
レイブンは、自分の手を見下ろした。
「……こういう繋ぎ方、初めてかも」
エリシアは頬を赤くしながら笑った。
「……私もよ」
レイブンは彼女を見た。
「……温かいね」
「……ええ」
エリシアは、小さく頷いた。
戦場では何度も手を取り合った。
負傷者を引き起こす時。
瓦礫を越える時。
砲撃から逃れるために走る時。
けれど、今のように、ただ一緒にいたいから手を繋いだことはなかった。
その違いが、二人には何よりも大きく感じられた。
「……行こうか」
レイブンが言うと、エリシアは微笑んだ。
「ええ」
二人は、指を絡めたまま居間へ向かった。
午前10時37分。
クロウ家本邸、居間。
居間では、ヴァルター・A・クロウが書類に目を通していた。
右腕の強化義肢を机の上に置き、左手で資料をめくっている。第一次世界大戦の終結に伴い、軍の教育課程や復員兵の再配置について確認する必要があり、休暇中も最低限の仕事を続けていた。
その向かいでは、セレナ・S・クロウが紅茶を飲みながら本を読んでいた。
窓際の長椅子には、ルナ・V・クロウが座っている。
兄が帰還してからというもの、ルナは以前よりも居間にいる時間が増えていた。いつでも兄と話せるようにしておきたいらしい。
そこへ、扉を軽く叩く音が響いた。
「……父さん、母さん。入ってもいい?」
ヴァルターが顔を上げた。
「構わん」
扉が開き、レイブンが姿を現した。
その隣には、金髪の若い女性が立っていた。
セレナが本を閉じた。
「あら?」
ルナも顔を上げた。
「……お兄ちゃん?」
そして、二人の手元を見た。
レイブンとエリシアは、しっかりと指を絡めて手を繋いでいた。
ルナの猫耳が、勢いよく立ち上がった。
「……えっ?」
レイブンは少し恥ずかしそうに笑った。
「紹介するね。こちら、エリシア・L・ヴォルハラムさん」
エリシアは一歩前へ出ようとしたが、繋いだ手をどうすればいいのか迷い、わずかに動きを止めた。
レイブンもそれに気づいた。
二人は顔を見合わせ、同時に頬を赤くした。
その様子を見たセレナが、ゆっくりと微笑んだ。
「……まあ」
ヴァルターは、書類を机へ置いた。
「……レイブン」
「な、何?」
「その手は、どういうことだ?」
レイブンは、エリシアと繋いでいる手を見下ろした。
そして、少しだけ姿勢を正した。
「……その」
エリシアも緊張した表情で彼を見つめていた。
レイブンは一度息を吸った。
「……俺たち、付き合うことになったんだ」
居間が、一瞬だけ静まり返った。
ルナは口を開けたまま固まっていた。
セレナは両手を口元へ添えた。
ヴァルターは、レイブンとエリシアを交互に見た。
そして。
「……よくやった!」
ヴァルターが、突然立ち上がった。
「えっ!?」
レイブンが驚くよりも早く、父は大きく笑った。
「そうか! ようやくお前にも恋人ができたか!」
「と、父さん!?」
セレナも嬉しそうに立ち上がった。
「まあまあ! レイブン、おめでとう!」
「母さんまで!?」
ルナは長椅子から飛び降りた。
「お兄ちゃん! すごい!」
「ル、ルナ!」
「よくやった、お兄ちゃん!」
ルナは嬉しそうに兄の周りを回った。
「ねえねえ! いつから!? どこで出会ったの!? どっちから告白したの!?」
レイブンは、質問の勢いに圧倒された。
「ちょ、ちょっと待って!」
ヴァルターは満足そうに腕を組んだ。
「いや、安心したぞ。戦場から帰ってきたと思ったら、今度は恋人まで連れてくるとはな」
セレナが笑った。
「あなた、そんな言い方をしたら二人とも困るでしょう?」
「む、そうか」
ヴァルターはエリシアへ視線を向けた。
そして、姿勢を正した。
「失礼した。私はヴァルター・A・クロウ。レイブンの父だ」
エリシアは慌てて背筋を伸ばした。
「初めまして。エリシア・L・ヴォルハラムと申します」
彼女は丁寧に頭を下げた。
「本日は突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
ヴァルターは首を横に振った。
「構わん。息子の大切な人なら、歓迎する」
セレナも近づいた。
「私は母のセレナです。よろしくね、エリシアさん」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ルナが二人の前へ飛び出した。
「私はルナ! お兄ちゃんの妹!」
エリシアは微笑んだ。
「初めまして、ルナさん」
「ルナでいいよ!」
「……それなら、ルナ」
ルナは嬉しそうに笑った。
「うん! エリシアお姉ちゃん!」
その呼び方に、エリシアは目を丸くした。
「……お姉ちゃん?」
「だって、お兄ちゃんの恋人なんでしょ?」
ルナは当然のように言った。
「だったら、お姉ちゃんって呼んでもいいよね?」
エリシアは、少しだけ頬を赤くした。
「……ええ。もちろん」
ルナは嬉しそうに笑った。
その様子を見ながら、レイブンはようやく肩の力を抜いた。
どうやら、家族はエリシアを歓迎してくれているらしい。
しかし、彼にはまだ一つ、説明していないことがあった。
午前10時52分。
クロウ家本邸、居間。
ファニータが紅茶と焼き菓子を運んできた。
エリシアが持参した共和国西部の焼き菓子も、皿へ丁寧に並べられている。
「こちらはヴォルハラム様からのお土産でございます」
セレナが嬉しそうに微笑んだ。
「あら、ありがとう。わざわざ用意してくださったのね」
「いえ。皆様のお口に合えばいいのですが」
エリシアは少し恥ずかしそうに答えた。
ファニータは紅茶を注ぎ終えると、エリシアへ丁寧に頭を下げた。
「改めまして、クロウ家に仕えておりますファニータと申します」
「エリシア・L・ヴォルハラムです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ファニータは、二人の距離を見て小さく微笑んだ。
「レイブン様が、こんなに嬉しそうなお顔をされるのは久しぶりでございます」
「ファニータ!」
レイブンが慌てて声を上げると、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。
「失礼いたしました」
ルナは、そんな兄を見て声を上げて笑った。
「お兄ちゃん、さっきからずっと顔が赤いよ!」
「……ルナ」
「だって本当だもん!」
エリシアも、思わず笑ってしまった。
戦場では見られなかったレイブンの姿だった。
家族に囲まれ、少し困ったように笑い、妹にからかわれている。
そんな彼を見ていると、エリシアの胸は温かくなった。
やがて、ヴァルターが紅茶を置いて口を開いた。
「ところで、エリシアさん」
「はい」
「レイブンとは、どこで知り合ったのかな?」
エリシアは、少しだけ姿勢を正した。
「……戦場です」
ヴァルターは頷いた。
「なるほど。軍関係者なのか」
「はい」
レイブンは、わずかに表情を変えた。
エリシアも、それに気づいた。
ヴァルターは穏やかな口調で続けた。
「所属を聞いても構わないかな?」
エリシアは、一度レイブンを見た。
彼は、静かに頷いた。
隠す必要はない。
ただ、どう説明すればいいのか、少しだけ難しい。
エリシアは深く息を吸った。
「……私は、連邦共和国軍に所属しております」
その瞬間。
ヴァルターの動きが止まった。
セレナも、紅茶のカップを持ったまま目を丸くした。
ルナは、焼き菓子へ伸ばしかけていた手を止めた。
ファニータも、わずかに表情を変えた。
居間に、静かな沈黙が流れた。
「……共和国軍?」
ヴァルターが、ゆっくりと確認した。
エリシアは頷いた。
「はい」
「……連邦共和国の軍人ということか?」
「はい。現在の階級は少尉です」
ヴァルターは、しばらく何も言わなかった。
セレナがレイブンへ顔を向けた。
「……レイブン?」
「……うん」
レイブンは頷いた。
「エリシアは、共和国軍の軍人なんだ」
ルナは、兄とエリシアを交互に見た。
「……えっ、でも」
彼女は少しだけ困惑した。
「共和国って、帝国と戦争してた国だよね?」
レイブンは頷いた。
「そうだよ」
「……じゃあ、お兄ちゃんとエリシアお姉ちゃんって……」
エリシアは、静かに答えた。
「最初は、敵国同士の軍人だったわ」
ルナは目を丸くした。
「……ええっ!?」
ヴァルターは、ゆっくりと背もたれへ身体を預けた。
「……なるほど」
そして、レイブンを見た。
「お前は、なかなか大変な相手を選んだな」
レイブンは、少しだけ困ったように笑った。
「……そうかもしれない」
ヴァルターは、しばらく息子を見つめていた。
帝国軍人として、共和国軍との戦争を経験してきた。
敵国の軍人と親しくなることが、どれほど複雑な意味を持つのかも理解している。
まして、クロウ家は帝国の公爵家だ。
家門の立場や軍の規則を考えれば、簡単な話ではない。
しかし、ヴァルターはすぐに結論を出そうとはしなかった。
「……エリシアさん」
「はい」
「失礼を承知で聞くが、レイブンとはどのような経緯で親しくなった?」
エリシアは、少しだけ考えた。
そして、静かに答えた。
「……最初は、帝国軍の兵士として彼を知りました」
ヴァルターは頷いた。
「それから?」
「戦場で何度も顔を合わせ、異界軍との共同戦闘を通じて、一緒に行動する機会が増えました」
エリシアは、レイブンを見た。
「彼は、いつも仲間を守ろうとしていました。負傷者がいれば助け、危険な状況でも自分にできることを考えていました」
レイブンは、少しだけ目を伏せた。
エリシアは続けた。
「もちろん、彼一人ですべてを解決できたわけではありません。私たちも、何度も助け合いました」
そして、静かに微笑んだ。
「……そのうち、彼のことをもっと知りたいと思うようになったんです」
セレナは、穏やかな表情で聞いていた。
エリシアは、少しだけ頬を赤くした。
「戦争が終わった時、もう自分の気持ちを隠していたくなくて……私から告白しました」
ルナの耳が、ぴくりと動いた。
「……えっ?」
レイブンは、思わずエリシアを見た。
彼女は少し恥ずかしそうに笑っていた。
ルナは、勢いよく身を乗り出した。
「エリシアお姉ちゃんから!?」
「……ええ」
「すごい!」
ルナは、嬉しそうに兄を見た。
「お兄ちゃん、告白されたんだ!」
「……うん」
レイブンは、少しだけ顔を赤くした。
ヴァルターは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
彼は、エリシアを見た。
「君が共和国軍人であることには、正直驚いた」
「……はい」
「だが、レイブンが君を選んだ理由は、少し分かった気がする」
エリシアは顔を上げた。
ヴァルターは続けた。
「軍人である以上、所属する国家への責任はある。君もレイブンも、それを軽く考えてはいけない」
「承知しています」
「しかし、それと個人として誰を大切に思うかは、必ずしも同じ問題ではない」
レイブンは、父を見つめた。
ヴァルターは少しだけ微笑んだ。
「私は、息子が誰かを大切に思うことを否定するつもりはない」
エリシアは、静かに頭を下げた。
「……ありがとうございます」
セレナも、穏やかに微笑んだ。
「私は、レイブンが幸せなら嬉しいわ」
そして、エリシアへ視線を向けた。
「それに、あなたが共和国軍の方だからといって、今日ここへ来てくれたことまで否定する理由はないもの」
エリシアは、少しだけ目を潤ませた。
「……ありがとうございます」
ルナは、まだ少し驚いた様子だった。
「……でも、すごいね」
レイブンが顔を向けた。
「何が?」
「お兄ちゃん、敵国の軍人さんと恋人になっちゃったんでしょ?」
レイブンは苦笑した。
「……言い方」
「だって、本当じゃん!」
ルナは笑った。
「でも、エリシアお姉ちゃん、優しそうだから私は好き!」
エリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、ルナ」
その時、ファニータが静かに口を開いた。
「……レイブン様」
「何?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「うん」
「エリシア様とは、いつからお付き合いを?」
レイブンは少しだけ考えた。
「……十月一日から、かな」
ファニータは目を丸くした。
「……五日前でございますか?」
「うん」
ルナが大きな声を上げた。
「ええっ!? まだ五日!?」
セレナも驚いたように笑った。
「あらまあ」
ヴァルターは、思わず額へ手を当てた。
「……レイブン」
「な、何?」
「お前、付き合って五日で家へ連れてきたのか?」
レイブンは、慌てて首を横に振った。
「違うよ! エリシアが会いに来てくれたんだ!」
その言葉に、全員の視線がエリシアへ向かった。
エリシアは、頬を赤くしながら頷いた。
「……はい」
ルナは、目を輝かせた。
「……お姉ちゃん、行動力すごい!」
エリシアは、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「……会いたかったから」
その一言に、セレナは嬉しそうに微笑んだ。
ヴァルターも、とうとう声を上げて笑った。
「はははっ! そうか、そうか!」
そして、レイブンの肩へ手を置いた。
「……よくやった、レイブン!」
「父さん、さっきも言ったよ!」
「何度でも言うさ!」
居間に笑い声が広がった。
エリシアも、つられて笑った。
共和国軍人であることを明かした時、正直なところ、少し怖かった。
歓迎されなくなるかもしれないと思った。
けれど、クロウ家の人々は、驚きながらも自分の話を聞いてくれた。
そのことが、何よりも嬉しかった。
午前11時26分。
クロウ家本邸、居間。
話題は、少しずつ戦場から日常へ移っていった。
セレナは、エリシアの故郷について尋ねた。
ルナは、共和国の街並みや食べ物に興味を示した。
ヴァルターは、両国の軍事制度の違いについていくつか質問したが、エリシアが話せる範囲を超えないよう配慮していた。
レイブンは、その様子を見ながら静かに微笑んでいた。
エリシアは、最初こそ緊張していたものの、次第に自然な笑顔を見せるようになっていた。
ルナが焼き菓子を口へ運びながら尋ねた。
「ねえ、エリシアお姉ちゃん」
「何かしら?」
「共和国にも、猫系亜人の人っているの?」
エリシアは少し考えた。
「いるわ。ただ、地域によって人数は違うと思う」
「へえ!」
ルナは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、お兄ちゃんみたいな人もいるんだね」
エリシアは、レイブンを見た。
「……でも、金色と黒色のオッドアイの人は、私は彼以外に会ったことがないわ」
レイブンは、少しだけ目を丸くした。
「……そうなの?」
「ええ」
エリシアは微笑んだ。
「だから、最初に会った時から印象に残っていたの」
ルナは、にやりと笑った。
「……お兄ちゃん、よかったね」
「……ルナ」
セレナも笑った。
ヴァルターは紅茶を飲みながら、穏やかにその様子を見守っていた。
やがて、ファニータが新しい紅茶を運んできた。
「皆様、お茶のお代わりはいかがでしょうか」
エリシアが顔を上げた。
「ありがとうございます」
ファニータは微笑んだ。
「エリシア様、もしよろしければ、昼食もご一緒にいかがでしょうか」
エリシアは、少しだけ驚いた。
「……よろしいのですか?」
セレナがすぐに頷いた。
「もちろんよ。せっかく来てくださったんですもの」
ルナも嬉しそうに言った。
「一緒に食べようよ!」
エリシアは、レイブンを見た。
彼は、穏やかに微笑んでいた。
「……一緒に食べよう、エリシア」
その言葉を聞いて、彼女は頷いた。
「……ええ。ぜひ」
セレナは嬉しそうに笑った。
「決まりね」
ヴァルターも頷いた。
「今日は賑やかになりそうだな」
ファニータは丁寧に頭を下げた。
「それでは、準備してまいります」
彼女が居間を出ていくと、ルナは再び兄へ近づいた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何?」
「エリシアお姉ちゃん、今日泊まっていくの?」
レイブンは、思わずむせそうになった。
「……えっ!?」
エリシアも、目を丸くした。
「……え?」
ルナは不思議そうに首を傾げた。
「だって、旅行鞄持ってきたんでしょ?」
セレナは、少しだけ考えた。
「確かに、遠くから来てくださったのなら、今日中に帰るのは大変でしょう」
ヴァルターも頷いた。
「客室なら空いている。必要なら滞在しても構わん」
エリシアは、慌てて姿勢を正した。
「い、いえ! そこまでお世話になるわけには……」
セレナは優しく微笑んだ。
「遠慮しなくていいのよ」
レイブンは、エリシアを見た。
「……どうする?」
エリシアは、少しだけ迷った。
正直なところ、もっと彼と一緒にいたかった。
けれど、突然訪問したうえに宿泊までお願いするのは、さすがに申し訳ない。
彼女は、しばらく考えてから口を開いた。
「……もし、ご迷惑でなければ」
セレナは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん」
ヴァルターも頷いた。
「客人として歓迎しよう」
ルナは、両手を上げて喜んだ。
「やった!」
レイブンは、少しだけ驚いた表情のままエリシアを見た。
彼女も、頬を赤くしながら微笑んでいた。
そして、二人は自然に手を伸ばした。
再び、互いの指が絡み合う。
その様子を見たルナが、すぐに声を上げた。
「あっ! また恋人繋ぎしてる!」
レイブンは慌てて顔を上げた。
「ルナ!」
エリシアは、思わず笑ってしまった。
セレナも、ヴァルターも、楽しそうに笑っていた。
クロウ家の居間には、久しぶりに明るい笑い声が響いていた。
第一次世界大戦は終わった。
帝国と共和国の間には、まだ解決すべき問題が残されている。
それでも、二つの国に生まれた若い軍人たちは、互いを大切に思う気持ちを確かめ合っていた。
そして、クロウ家の人々もまた、その関係を受け入れようとしていた。
エリシア・L・ヴォルハラム。
連邦共和国軍少尉。
かつて帝国軍と敵対した国の軍人であり、今はレイブン・S・クロウの恋人となった女性。
その存在は、クロウ家にとって予想もしなかったものだった。
しかし、驚きの向こうにあったのは、拒絶ではなかった。
息子が大切に思う人を知り、その人が息子を大切にしてくれていると理解すること。
家族にとって、それが何よりも重要だった。
エリシアは、隣に座るレイブンを見た。
彼は、少しだけ照れくさそうに笑っていた。
その笑顔を見て、エリシアも微笑んだ。
戦場では、明日が来ることさえ当たり前ではなかった。
けれど、今は違う。
明日も、明後日も。
できることなら、その先も。
彼と一緒に笑っていたい。
そんな小さな願いが、エリシアの胸に静かに生まれていた。
秋の日差しが居間へ差し込み、二人の繋いだ手を柔らかく照らしていた。




