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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第87話 禁断の太陽《ヘリオス》

第87話 禁断の太陽《ヘリオス》


帝政歴345年6月18日、午後5時58分。

帝国帝都北方、ハルテンフェルト森林地帯。

 夕暮れの森に、軍靴が湿った落ち葉を踏みしめる音が続いていた。

 レイブン・S・クロウはSG-44を胸元に保持しながら、木々の間を進んでいた。黒い猫耳は周囲の物音を拾い、金色と黒色の瞳は薄暗い森の奥を警戒している。

 その後方には、ガイル・ベッカーが続いていた。

 さらに、ユリウス・ヴェーバー、フェリックス・ブラント、エミール・シュナイダー。そして、連邦共和国軍のアンドレイ・セルゲーエヴィチ・マルコフ少尉が率いる七名の偵察小隊が、一定の間隔を保って移動していた。

 帝国軍五名、共和国軍七名。

 本来ならば互いに銃口を向け合うはずの十二名が、今は同じ方向へ歩いていた。

「……なあ、レイブン」

 ガイルが小声で呼びかけた。

「何?」

「本当に、この森を通るのか?」

 レイブンは立ち止まり、軍用地図を確認した。

「うん。マルコフ少尉の報告では、異界軍はこの森林地帯を迂回していたらしい」

「だからって、安全とは限らねえぞ」

「分かってる」

 レイブンは顔を上げた。

「でも、北側の旧街道は異界軍の進路と重なる。負傷者を連れて通るには危険すぎる」

 ガイルは周囲を見渡した。

「……それもそうか」

 少し離れた場所では、マルコフ少尉が共和国軍の兵士たちへ声を掛けていた。

「無理をするな。歩けなくなったら申告しろ。置いていくつもりはない」

 部下の一人が苦笑した。

「少尉、帝国軍と一緒に行動する日が来るとは思いませんでした」

「俺もだ」

 マルコフは短く答えた。

「だが、今は生きて帰ることが先だ」

 その言葉を聞いたガイルが、小さく笑った。

「……あの少尉、結構まともな奴だな」

 レイブンも微笑んだ。

「うん」

「共和国軍にも、ああいう奴がいるんだな」

「……エリシア中尉も、そうだったよ」

 ガイルは少しだけ目を丸くした。

「ああ、そういや、あの金髪の中尉も共和国軍だったな」

「うん」

「……無事だといいな」

 レイブンは、しばらく黙っていた。

 共和国西部にも異界軍が出現したという情報は、すでに耳にしていた。

 しかし、エリシアがどこにいるのかは分からない。

「……そうだね」

 レイブンは静かに答えた。

「無事でいてほしい」

 ガイルはそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。

 午後6時21分。

 ハルテンフェルト森林地帯、中央部。

 最初に異変へ気づいたのは、フェリックスだった。

「……待て」

 低い声が、隊列の前方から聞こえた。

 レイブンはすぐに足を止めた。

「どうした?」

 フェリックスは片膝をつき、木々の向こうを見つめていた。

「……光が見える」

「光?」

「ああ。焚き火じゃない。一定の間隔で明滅している」

 レイブンはゆっくりと近づいた。

 確かに、森の奥から青白い光が漏れている。

 木々の間に、何か大きな構造物が存在しているようだった。

 その周囲には、人影も見える。

 フェリックスは声を落とした。

「……異界軍かもしれない」

 レイブンは頷いた。

「全員、ここで停止」

 ガイルが後方へ合図を送った。

 マルコフ少尉も共和国軍の兵士たちを止め、レイブンの近くへ来た。

「何か見つけたのか?」

「森の奥に、正体不明の装置があります」

 レイブンは答えた。

「周囲には武装した者もいるようです」

 マルコフは双眼鏡を取り出した。

 しばらく観察した後、表情を引き締めた。

「……あれは、俺たちが見た異界軍の装備と同じだ」

「間違いありませんか?」

「ああ。あの装甲の形には見覚えがある」

 レイブンは木々の隙間から、改めて奥を確認した。

 森の中央には、人工的に切り開かれた小さな空間があった。

 その中心に、奇妙な装置が設置されている。

 高さは数メートル。

 黒い金属とも石材ともつかない材質で作られた柱が複数並び、その間に青白い光の帯が浮かんでいた。

 装置の下部には、円盤状の構造物があり、表面には見慣れない文字が刻まれている。

 その周囲では、異界軍の兵士が数体、装置を操作していた。

 角を持つ兵士。

 鱗に覆われた腕を持つ兵士。

 そして、長い外套をまとった細身の人物。

 彼らは何かを確認しながら、装置の表面へ手を伸ばしていた。

 すると、青白い光が強くなり、空中に複雑な模様が浮かび上がった。

「……何だ、あれ」

 ガイルが呟いた。

 ユリウスも無線機を抱えたまま、装置を見つめていた。

「通信装置……なのか?」

 レイブンが尋ねた。

「分かる?」

「断定はできない。でも、あの光の変化は、何かを送受信しているようにも見える」

 マルコフ少尉が頷いた。

「俺たちが見た異界軍の補給部隊にも、似た装置があった」

 レイブンは彼を見た。

「補給部隊に?」

「ああ。小型だったが、同じ青い光を放っていた」

 レイブンは、再び装置を見つめた。

 異界軍が、この森を迂回していた理由。

 それは、この場所を避けていたのではないのかもしれない。

 むしろ、一般の部隊を近づけず、何かを守っていた可能性がある。

「……ガイル」

「何だ?」

「後方をお願い」

 ガイルは顔を上げた。

「後ろ?」

「うん。ここにいる異界軍が、装置を守るための部隊なら、周囲にも警備がいるかもしれない」

 ガイルは頷いた。

「分かった。後ろは任せろ」

 レイブンはフェリックスへ視線を向けた。

「フェリックス、周囲の動きを確認して。交戦は避けたい」

「了解」

「エミールは負傷者の近くにいて。何かあったら、すぐに移動できるように」

「分かった」

 続いて、ユリウスへ向き直った。

「ユリウス、帝都北方の砲兵部隊へ通信できる?」

 ユリウスは眉を寄せた。

「砲兵?」

「うん」

 レイブンは装置を指した。

「あれを破壊できれば、異界軍の通信に影響が出るかもしれない」

 ユリウスは少し考えた。

「……近くに、自走砲部隊がいるはずだ。撤退中に通信した部隊の一つだけど、まだ同じ地域にいるかは分からない」

「確認してほしい」

「了解」

 ユリウスは通信機を操作し、帝国軍の砲兵通信網へ呼びかけた。

 しばらく雑音が続いた。

 やがて、低い声が返ってきた。

『こちら帝国陸軍、第七自走砲中隊。呼び出し元、所属と用件を送れ』

 ユリウスはレイブンを見た。

「……繋がった」

 レイブンは頷いた。

 午後6時29分。

 ハルテンフェルト森林地帯、異界軍通信施設付近。

「こちら第三臨時歩兵集成隊、独立行動分隊。クロウ」

 レイブンは無線機へ向かって話した。

「森林地帯内に、異界軍の通信施設と思われる装置を確認しました」

『こちら第七自走砲中隊。目標の識別状況は?』

「装置の周囲に異界軍兵士を確認。現在、友軍部隊が付近にいます」

『了解。詳細を送れ』

 レイブンは装置を見つめた。

 帝国軍の自走砲部隊には、精密誘導砲弾を運用できる車両が配備されていた。

 通常の砲撃とは異なり、観測部隊からの情報と誘導支援によって、特定の目標を狙うことができる。

 ただし、森の中という地形条件に加え、目標の材質や周囲の遮蔽物も不明だった。

 命中したとしても、確実に破壊できる保証はない。

 レイブンは、しばらく考えた。

 目の前にいる異界軍を倒すことだけが目的ではない。

 この装置が何をしているのか。

 帝都へ迫る異界軍と関係しているのか。

 その情報も必要だった。

「……ユリウス」

「何?」

「装置の外観を記録しておいて」

「分かった」

 レイブンは再び無線機へ向かった。

「こちらクロウ。レーザー誘導による精密照準射撃を要請します」

 無線の向こうで、短い沈黙があった。

『……了解。ただし、現在の状況では射撃可能な条件が限られる。友軍位置の確認と射撃管制の承認が必要だ』

「承知しています」

『こちらで上級指揮所へ確認する。目標を継続監視せよ』

「了解」

 レイブンは無線機を下ろした。

 ガイルが近づいてきた。

「……撃つのか?」

「許可が出れば」

「俺たちは?」

「砲撃前に、安全な場所へ移動する」

 ガイルは頷いた。

「分かった」

 その時、フェリックスが小声で呼んだ。

「レイブン!」

「何?」

「装置の光が変わった」

 レイブンは顔を上げた。

 青白い光が、先ほどよりも強くなっている。

 装置の周囲にいた異界軍の兵士たちも、慌ただしく動き始めた。

 その一人が、空中に浮かぶ模様へ手を伸ばす。

 すると、光の帯が一瞬だけ赤く変化した。

 ユリウスが呟いた。

「……何か、始まったのか?」

 レイブンは答えられなかった。

 その時、無線機から声が響いた。

『クロウ分隊、こちら第七自走砲中隊。射撃管制の承認が下りた』

 レイブンは無線機を握った。

「了解」

『目標識別を継続。誘導支援を受ける準備が整った』

 レイブンは頷いた。

 周囲の仲間たちへ視線を向ける。

「……全員、移動準備」

 ガイルが答えた。

「了解」

 マルコフ少尉も共和国軍の兵士たちへ指示を出した。

 レイブンは、最後にもう一度装置を見つめた。

 異界軍の通信施設。

 その正体は分からない。

 しかし、ここで何かが起きていることだけは確かだった。

 午後6時36分。

 帝都北方、帝国陸軍第七自走砲中隊陣地。

 自走砲の車内では、砲長と射撃指揮担当者が通信内容を確認していた。

「目標は森林地帯内の固定施設」

「友軍観測班あり」

「精密誘導砲弾の使用を承認」

 射撃指揮官は、各車両へ指示を伝えた。

「目標情報を確認。射撃準備」

 砲員たちが、手順に従って作業を進める。

 自走砲の砲身がゆっくりと動いた。

 射撃指揮官は通信機を握った。

「クロウ分隊、こちら第七自走砲中隊。射撃準備完了」

 午後6時38分。

 ハルテンフェルト森林地帯。

 レイブンは、最後の確認を行った。

 ガイルは後方の警戒を続けている。

 フェリックスは周囲を監視し、エミールは負傷者の移動を支援していた。

 マルコフ少尉も、部下たちを安全な場所へ誘導している。

 レイブンは無線機へ向かった。

「こちらクロウ。目標確認」

『了解。誘導支援を確認』

 レイブンは、静かに息を吐いた。

「……お願いします」

 無線の向こうから、短い返答があった。

『了解』

 数秒後。

 遠くで、重い砲声が響いた。

 森の上空を、何かが通過するような低い音が聞こえた。

 そして――。

 異界軍の通信装置が設置されていた場所で、閃光が走った。

 轟音とともに、土砂と木片が空へ舞い上がる。

 衝撃波が木々を揺らし、葉が一斉に散った。

「伏せろ!」

 ガイルが叫んだ。

 レイブンは身を低くした。

 爆風が通り過ぎる。

 しばらくして、森に静寂が戻った。

 レイブンはゆっくりと顔を上げた。

 装置があった場所から、黒煙が立ち上っている。

 青白い光は消えていた。

「……命中した」

 ユリウスが呟いた。

 ガイルは息を吐いた。

「……やったのか?」

 レイブンは双眼鏡を覗いた。

 装置の上部は破損し、周囲の構造物も崩れている。

 しかし、完全に機能を停止したのかどうかは分からなかった。

「……少なくとも、動きは止まったみたい」

 レイブンは答えた。

 ユリウスが無線機へ報告した。

「こちらクロウ分隊。目標への命中を確認。装置の発光停止。完全破壊については未確認」

『了解。情報を記録する』

 レイブンは頷いた。

 その時、ガイルが突然、顔を上げた。

「……レイブン」

「何?」

「……何か、変じゃねえか?」

 レイブンも耳を動かした。

 森の奥から、低い振動が伝わってくる。

 砲撃の余韻とは違う。

 もっと遠く、もっと大きな何かが動いているような感覚だった。

「……何だ?」

 フェリックスが呟いた。

 レイブンは、帝都の方向へ視線を向けた。

 午後6時42分。

 帝都北方、最終防衛線。

 異界軍の先鋒部隊は、ついに帝都外縁部へ到達していた。

 帝国軍の最終防衛線は、首都の防壁と市街地を利用して構築されていた。

 戦車、歩兵戦闘車、自走砲、対装甲火器。

 投入可能な装備が集められ、帝都への侵入を阻止しようとしている。

 しかし、異界軍の進撃は止まらなかった。

 大型生物が道路を進み、その周囲を異界軍の歩兵が移動している。

 帝国軍の砲撃によって倒れる個体もいたが、後続部隊は次々と現れた。

「敵、接近!」

 防衛線の兵士が叫んだ。

「距離、残り数十メートル!」

 指揮官が怒鳴った。

「撃ち続けろ! 絶対に通すな!」

 機関銃が火を噴いた。

 戦車砲が轟音を響かせた。

 しかし、異界軍の先鋒はさらに前進した。

 帝都の外壁まで、残り数メートル。

 兵士たちは、必死に応戦していた。

 その時だった。

 異界軍の後方で、突然、強烈な閃光が走った。

 最初は、誰も何が起きたのか理解できなかった。

 地平線の向こうが、真昼のように明るくなった。

 次の瞬間、巨大な火球が立ち上がった。

 周囲の雲が照らされ、地表から巻き上がった土砂と煙が、巨大な柱となって空へ伸びていく。

「……何だ、あれ」

 帝国軍の兵士が呟いた。

 異界軍の先鋒部隊も、動きを止めた。

 彼らの背後で、空が燃えていた。

 そして、数秒後。

 巨大な衝撃波が、帝都へ向かって押し寄せた。

「伏せろぉぉぉッ!」

 指揮官の絶叫が響いた。

 次の瞬間、帝都北方の防衛線を爆風が襲った。

 土嚢が吹き飛び、窓ガラスが砕け散る。

 兵士たちは地面へ叩きつけられ、車両の警報装置が一斉に鳴り始めた。

 帝都の外縁部では、建物の窓が次々と破損した。

 遠くの街路では、避難していた民間人たちが悲鳴を上げた。

 爆風は、帝都の一部にまで到達していた。

 午後6時43分。

 帝国空軍、戦略航空作戦指揮所。

 地下に設けられた指揮所では、複数の将校が大型表示装置を見つめていた。

 画面には、帝都北方の広域地図が映し出されている。

 その一角に、巨大な爆発を示す警告表示が現れていた。

「……命中確認」

 通信担当者が報告した。

「目標地域に、大規模な熱反応を確認」

 指揮官は、ゆっくりと息を吐いた。

「……成功したのか」

 別の将校が答えた。

「現時点では、目標の完全破壊は確認できません。ただし、爆発規模は計画値の範囲内です」

 指揮官は画面を見つめた。

 そこに表示されていた作戦名は、帝国空軍が極秘に準備していた戦略攻撃計画だった。

 作戦名――《ヘリオス》。

 帝国空軍が保有する、核融合爆弾を使用した戦略攻撃。

 目標は、帝都北方へ進撃する異界軍の後方補給部隊だった。

 異界軍の進撃を支えていた大量の物資と大型輸送生物。

 それらが集結している地点を、帝国軍の偵察部隊が確認していた。

 そして、帝国空軍は、国家存亡の危機に際して《ヘリオス》の使用を決定した。

 指揮官は、低い声で言った。

「……帝都への影響は?」

 通信担当者が答えた。

「北方外縁部で爆風被害が発生しています。詳細は確認中です」

 指揮官は目を閉じた。

「……そうか」

 部屋には、誰も歓声を上げなかった。

 彼らは理解していた。

 これは勝利を祝うための攻撃ではない。

 帝都を守るために、国家が最後の手段の一つを使用したのだ。

 午後6時49分。

 ハルテンフェルト森林地帯。

 レイブンたちは、遠くの空に立ち上る巨大な煙の柱を見つめていた。

 森の木々が、先ほどの衝撃波で大きく揺れていた。

 地面には折れた枝が散乱し、空気には焦げたような匂いが漂っている。

「……何だよ、あれ」

 ガイルが呟いた。

 レイブンは答えられなかった。

 遠くの空には、巨大な雲が立ち上っていた。

 その下では、赤い光がまだ揺れている。

 ユリウスが無線機を確認した。

「……通信が混乱してる」

 レイブンが顔を向けた。

「何か分かる?」

「断片的だけど……帝都北方で、大規模な爆発が起きたらしい」

 ガイルは眉を寄せた。

「異界軍の攻撃か?」

「……分からない」

 ユリウスは通信機を握り直した。

 しばらくして、雑音の向こうから声が聞こえた。

『……帝都北方……戦略攻撃……成功……』

 レイブンは顔を上げた。

「……戦略攻撃?」

 ユリウスは、さらに通信を確認した。

 そして、表情を変えた。

「……レイブン」

「何?」

「帝国空軍が、異界軍の後方補給部隊を攻撃したらしい」

 ガイルが目を見開いた。

「……あの爆発が?」

 ユリウスは頷いた。

「……使用兵器は、核融合爆弾」

 レイブンは息を呑んだ。

「……核融合?」

 ユリウスは、静かに続けた。

「名称は……《ヘリオス》」

 レイブンは、再び空を見上げた。

 巨大な煙の柱は、まだ消えていなかった。

 帝都を守るために、帝国空軍が使用した兵器。

 その威力は、遠く離れた森にいる彼らにまで伝わっていた。

「……こんなものまで、使わなきゃいけないのか」

 レイブンは呟いた。

 ガイルも黙っていた。

 マルコフ少尉は、しばらく空を見つめていた。

 やがて、低い声で言った。

「……帝国は、本気で滅亡を覚悟しているんだな」

 レイブンは、彼を見た。

 マルコフは続けた。

「俺たちの国も、同じような状況になるかもしれない」

 レイブンは答えられなかった。

 帝国と共和国。

 互いに戦争を続けていた二つの国家。

 しかし、今はどちらも、未知の敵によって存亡の危機に立たされていた。

 その時、ユリウスの無線機から新たな通信が入った。

『……クロウ分隊、応答せよ』

 レイブンは無線機を受け取った。

「こちらクロウ」

『こちら第三臨時歩兵集成隊本部。現在位置を報告せよ』

「ハルテンフェルト森林地帯です。異界軍の通信施設と思われる装置を確認し、砲撃によって機能停止を確認しました」

『了解。直ちに帝都北方防衛圏へ帰還せよ』

 レイブンは頷いた。

「了解しました」

 しかし、通信は続いた。

『なお、帝都北方では戦略攻撃による被害が発生している。帰還経路には十分注意せよ』

「……了解」

 レイブンは無線機を下ろした。

 ガイルが顔を向けた。

「……戻るのか?」

「うん」

 レイブンは答えた。

「帝都へ戻ろう」

 ガイルは頷いた。

「了解、分隊長」

 マルコフ少尉も、共和国軍の兵士たちへ声を掛けた。

「全員、移動準備」

 負傷者を支えながら、兵士たちが立ち上がる。

 レイブンは最後に、森の奥を振り返った。

 そこには、破壊された異界軍の通信装置があった。

 そして、遠くの空には《ヘリオス》による巨大な煙の柱が立ち上っている。

 異界軍の通信施設。

 帝国空軍の戦略攻撃。

 二つの出来事が、同じ日の夕暮れに起きた。

 それが偶然なのか、何らかの関係があるのか。

 レイブンには、まだ分からなかった。

 ただ一つ確かなことがあった。

 帝都を目前にした異界軍の進撃は、初めて大きな打撃を受けた。

 しかし、その代償は決して小さくなかった。

 帝国は、自らの首都を守るために、核融合爆弾《ヘリオス》を使用した。

 そして、その爆風は、守るべき帝都そのものにも被害を与えていた。

 レイブンはSG-44を握り直した。

「……行こう」

 ガイルが頷いた。

「ああ」

 〈不死身の分隊〉と共和国軍偵察小隊は、再び森の中を歩き始めた。

 帝都へ向かって。

 まだ終わらない戦争の中へ。

 その背後では、破壊された異界軍の通信装置から、微かな青白い光が一度だけ瞬いた。

 誰も、その光には気づかなかった。

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