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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第70話 異なる軍旗の下で

第70話 異なる軍旗の下で


 帝政歴三四四年、四月二十一日。

 午前五時四十二分。

 帝国陸軍ヴァイスベルク駐屯地、第三新兵宿舎。

 北部の朝は、まだ冬の名残を引きずっていた。

 窓の外には薄い霧が漂い、宿舎の屋根から落ちる水滴が、地面に小さな音を立てている。夜明け前の空は灰色で、遠くに見えるはずの山々も雲に隠れていた。

 レイブン・S・クロウは寝台の上で身体を起こし、枕元の時計を確認した。

 起床ラッパまで、あと四分。

 隣の寝台では、ガイル・ベッカーが毛布を抱え込んだまま眠っている。

 レイブンは昨日の疲労が残る肩を軽く回した。

 昨日、彼は帝国軍兵器技術管理部からSG-44を指定装備として受領した。

 十二番径の試験散弾銃。

 ポンプ・アクションとセミオートを切り替えられる、専用のボタン機構を備えた新型銃だった。

 それまで教育学校で扱ってきた銃とは、重量も操作感も異なる。

 初日の習熟教育を終えた時、レイブンは自分がまだ銃の性質を十分に理解していないことを痛感していた。

 しかし、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 知らないことがある。

 だから、学ぶ。

 それだけのことだった。

「……ガイル」

 レイブンが声を掛ける。

「……ん」

「そろそろ起きよう」

「……まだラッパ鳴ってねえぞ」

「今日は装備点検があるから、少し早めに準備した方がいいよ」

 ガイルは毛布から片目だけを出した。

「……お前、時計より正確だな」

「そんなことないよ」

「いや、ある」

 レイブンは苦笑した。

 その時、廊下に起床ラッパが響いた。

 ガイルは勢いよく起き上がった。

「よし! 起床!」

「さっきまで寝てたのに」

「切り替えが大事なんだよ!」

 レイブンは笑いながら制服を手に取った。

 ガイルも寝台から降り、軍靴へ足を通す。

 昨日までとは違う朝。

 そして、今日からは、さらに本格的な訓練が始まる。

 午前七時三十五分。

 ヴァイスベルク駐屯地、歩兵継続教育隊本部。

 朝食と点呼を終えた新兵たちは、教育隊本部前に集合していた。

 ケラー軍曹が名簿を確認しながら、一人ずつ名前を呼んでいる。

「クロウ新兵!」

「はい!」

「ベッカー新兵!」

「はい!」

 軍曹は二人の前へ歩いてきた。

「本日の訓練内容を伝える」

 二人は姿勢を正した。

「午前は装備適合確認と班単位の連携訓練。午後は異なる軍事教範に基づく比較教育を行う」

 レイブンは顔を上げた。

「……比較教育、ですか?」

「ああ」

 ケラー軍曹は頷いた。

「本日の教育協力には、連邦共和国軍の派遣将校も参加する」

 ガイルの犬耳が動いた。

「ヴォルハラム中尉ですか?」

「そうだ」

 軍曹は少し表情を引き締めた。

「ただし、誤解するな。これは両国の軍事交流協定に基づく正式な教育だ。共和国軍人に帝国軍の指揮権が与えられるわけではない」

「了解しました」

 レイブンが答える。

 ケラー軍曹は続けた。

「それから、クロウ新兵」

「はい」

「SG-44の習熟教育は継続する。本日の訓練では、許可された範囲で携行と装備適合の確認を行う」

「了解しました」

「実弾射撃はまだ許可されていない。勝手な操作も禁止だ」

「はい」

 ケラー軍曹は頷いた。

「よし。準備を整えろ」

 午前八時二十四分。

 第十一独立特殊歩兵中隊《ヴァルキュリア》、第二訓練場。

 訓練場には、すでに複数の班が集まっていた。

 赤毛の女性兵士。

 黒髪の女性軍曹。

 金髪の通信担当。

 白髪の猫系亜人。

 そして、訓練場の端には、連邦共和国軍の制服を着た一人の女性将校が立っていた。

 エリシア・L・ヴォルハラム中尉だった。

 彼女はクラウディア・フォン・ローゼンフェルト大尉と、何かを確認している。

 レイブンは二人の会話を邪魔しないよう、指定された位置へ向かった。

 ガイルが小声で言った。

「……なあ、レイブン」

「何?」

「昨日も思ったけど、共和国軍の制服って帝国軍と結構違うよな」

「うん」

「色もそうだけど、階級章の形も違う」

 レイブンはエリシアの肩章を見た。

 帝国軍では、階級章の配置と色によって所属や階級を識別する。

 一方、連邦共和国軍の制服には、別の意匠が採用されていた。

 彼女の襟元には共和国軍の徽章があり、肩には中尉を示す階級章がある。

 ガイルは少し考えた。

「……何だか不思議だな」

「何が?」

「国境の向こうにいる軍人が、今は俺たちと同じ訓練場にいるってこと」

 レイブンは頷いた。

「……そうだね」

 その時、ミリア伍長が近づいてきた。

「おはよう、二人とも!」

「おはようございます!」

 ガイルが元気よく返事をする。

 ミリアは二人の装備を見た。

「おっ、今日はちゃんと準備できてるね!」

「昨日、教えてもらいましたから!」

「いい返事!」

 ミリアは笑った。

 そして、レイブンのSG-44を見た。

「クロウ新兵、その銃、今日も持ってきたんだね」

「はい。兵器管理部の許可を受けて、携行訓練に使用します」

「了解。じゃあ、まずは装備の確認からね」

 レイブンは頷いた。

 午前九時十一分。

 第二訓練場、模擬市街地区画。

 レイブンはSG-44を携行し、シュタイン軍曹の指導を受けていた。

 訓練は実弾を使用しない装備適合確認だった。

 模擬建物の周囲を移動しながら、銃の重量、携行姿勢、装備との干渉、班内での連携を確認する。

 シュタイン軍曹は、レイブンの動きを見ていた。

「クロウ新兵。どうだ?」

 レイブンは少し考えた。

「……小銃よりも、身体の前側に重量を感じます」

「ほかには?」

「長時間持っていると、腕への負担が大きくなりそうです」

 軍曹は頷いた。

「そうだな。銃の性能だけでなく、兵士がどれだけ長く扱えるかも重要だ」

 レイブンはSG-44を見下ろした。

 昨日、初めて受け取った時にも感じた重量。

 しかし、今日は少し違った。

 ただ重いのではない。

 どこに負担が掛かるのか。

 どのような姿勢で疲労が増えるのか。

 それを意識することで、装備の性質が少しずつ分かり始めていた。

「……軍曹」

「何だ?」

「この銃は、まだ改良されるんでしょうか?」

「試験装備だからな。評価結果によっては、改修される可能性もある」

「……そうですか」

 シュタイン軍曹は、少し笑った。

「気に入ったのか?」

 レイブンは少し考えた。

「……まだ分かりません」

「ほう」

「でも、ちゃんと使えるようになりたいとは思います」

 軍曹は頷いた。

「それでいい」

 その頃、ガイルはミリア伍長の班で、制式小銃を使用した連携訓練を受けていた。

「ベッカー新兵!」

「はい!」

「前に出る前に、周りを確認!」

「了解!」

 ガイルは動きを止め、後方の班員を確認した。

 昨日は、周囲の準備を待たずに動き出してしまった。

 今日は、その失敗を繰り返さないように意識していた。

 ミリアは満足そうに頷いた。

「うん。昨日よりいいね!」

「ありがとうございます!」

「でも、まだ慌ててるよ!」

「……はい!」

 周囲から小さな笑い声が上がった。

 ガイルも苦笑した。

 午前十一時四十六分。

 第二訓練場、教育用天幕。

 午前の訓練を終えたレイブンとガイルは、水筒を手に休憩していた。

 ガイルは額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。

「……疲れた」

 レイブンは笑った。

「昨日より動きがよくなってたよ」

「お前、見てたのか?」

「少しだけ」

 ガイルは嬉しそうに笑った。

「だろ? 俺も成長してるんだよ!」

「うん」

「お前はどうだった?」

「SG-44の重量に、まだ慣れないかな」

 ガイルはレイブンの装備を見た。

「……確かに重そうだな」

「うん。でも、少しずつ分かってきたこともある」

「ほう?」

「銃を扱う時って、銃だけじゃなくて、自分の身体や装備全体との相性も考えないといけないんだね」

 ガイルは頷いた。

「……なるほどな」

 その時、天幕の入口からエリシアが現れた。

「二人とも、少しいいかしら?」

 レイブンとガイルは立ち上がった。

「はい!」

 エリシアは微笑んだ。

「午後の比較教育について、少し説明しておこうと思って」

 彼女は手に持った資料を示した。

「今日の午後は、帝国軍と連邦共和国軍の歩兵教育における考え方の違いを学ぶわ」

 ガイルが首を傾げた。

「……考え方の違い、ですか?」

「ええ」

 エリシアは頷いた。

「同じ歩兵でも、国によって重視することが違うの」

 レイブンは真剣に聞いていた。

「例えば、帝国軍は比較的小規模な部隊の判断や、兵科間の連携を重視する傾向があるでしょう?」

「はい」

「一方、共和国軍では、部隊全体の統制や計画的な運用を重視する教育が発達しているの」

 ガイルは少し考えた。

「……どっちが強いんですか?」

 エリシアは、少しだけ笑った。

「簡単には決められないわ」

「……そうなんですか?」

「ええ。地形も、任務も、部隊の規模も違うもの。それに、どちらの軍にも優れた兵士はいるし、失敗することもある」

 レイブンは頷いた。

「……なるほど」

 エリシアは二人を見た。

「だから、今日は勝ち負けを決めるための教育じゃない。異なる考え方を理解するための教育よ」

 レイブンは答えた。

「了解しました」

 ガイルも続いた。

「了解しました!」

 エリシアは満足そうに頷いた。

「それじゃあ、午後にまた会いましょう」

 彼女は天幕を後にした。

 ガイルは、その背中を見送りながら呟いた。

「……共和国軍って、思ってたより普通なんだな」

 レイブンは首を傾げた。

「普通?」

「いや、もっと怖い人たちばっかりだと思ってた」

 レイブンは少し考えた。

「……国が違っても、人は人なんじゃないかな」

 ガイルは黙っていた。

 そして、ゆっくりと頷いた。

「……そうかもな」

 午後一時二十八分。

 第十一独立特殊歩兵中隊、第一訓練講堂。

 午後の比較教育には、レイブンとガイルだけでなく、複数の帝国軍兵士が参加していた。

 講堂の前方には、帝国軍と連邦共和国軍の歩兵教育に関する資料が掲示されている。

 ただし、扱われるのは両国が公開を認めた一般的な教範と教育制度に限られていた。

 機密に関わる運用手順や装備性能は、教育内容から除外されている。

 クラウディア大尉が教壇へ立った。

「本日の教育は、両国の軍事交流協定に基づく比較教育だ」

 講堂が静かになった。

「ここで重要なのは、相手の考え方を理解することだ。敵味方の優劣を決めるためではない」

 クラウディアはエリシアへ視線を向けた。

「では、ヴォルハラム中尉。お願いします」

 エリシアは頷き、教壇へ進んだ。

「ありがとうございます、ローゼンフェルト大尉」

 彼女は講堂を見渡した。

「皆さん、こんにちは。連邦共和国陸軍中尉、エリシア・L・ヴォルハラムです」

 帝国軍兵士たちが静かに耳を傾ける。

「今日は、共和国軍の歩兵教育について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います」

 エリシアは資料を示した。

「まず、共和国軍では、部隊全体の統制と計画的な運用を重視する傾向があります」

 彼女は続けた。

「しかし、それは個々の兵士が考えなくていいという意味ではありません。状況が変化した時、現場の兵士が判断しなければならないこともあります」

 レイブンは手帳を開いた。

 ガイルも、珍しく真剣な表情で資料を見ている。

 エリシアは、帝国軍の教育資料と比較しながら説明を続けた。

「帝国軍では、小規模な部隊の自主性を重視する教育が発達しています。一方、共和国軍では、より大きな部隊の統制を前提とした教育が行われることが多いのです」

 クラウディアが補足した。

「ただし、実際の部隊運用は任務や指揮官によって異なる。帝国軍にも統制を重視する部隊はあるし、共和国軍にも現場判断を重視する部隊がある」

 エリシアは頷いた。

「その通りです」

 そして、講堂へ問い掛けた。

「では、皆さんに質問です。初めて組む兵士たちと任務を行う時、最も重要なことは何だと思いますか?」

 何人かの兵士が手を挙げた。

「通信です」

「指揮系統の確認だと思います」

「役割分担です」

 エリシアは、それぞれの答えに頷いた。

「どれも重要ですね」

 その時、レイブンが静かに手を挙げた。

「クロウ新兵。どうぞ」

 レイブンは立ち上がった。

「……互いが何を理解していて、何を理解していないかを確認することだと思います」

 エリシアは少しだけ目を細めた。

「理由は?」

「同じ言葉を使っていても、意味の受け取り方が違うことがあるからです」

 レイブンは続けた。

「初めて組む相手なら、なおさらです。自分が理解しているつもりでも、相手は違うことを考えているかもしれません」

 講堂が静かになった。

 エリシアは頷いた。

「……いい答えね」

 レイブンは少し照れくさそうに頭を下げた。

「ありがとうございます」

 エリシアは講堂全体へ向き直った。

「今の意見は、異なる軍隊同士の交流でも重要なことです」

 彼女は静かに続けた。

「私たちは違う国の軍人です。使う言葉も、教範も、階級制度も、すべてが同じではありません」

 レイブンは顔を上げた。

「だからこそ、相手を理解しようとする姿勢が必要なのです」

 その言葉は、講堂に静かに響いた。

 午後三時五十二分。

 第一訓練講堂。

 比較教育が終了すると、兵士たちは順番に講堂を退出していった。

 レイブンは手帳を閉じ、鞄へ収めた。

 ガイルが隣で大きく伸びをする。

「……いやあ、頭使ったな」

 レイブンは笑った。

「ガイル、途中で寝てなかった?」

「寝てねえよ!」

「少し目を閉じてたよ」

「考えてたんだ!」

 レイブンは苦笑した。

 その時、講堂の前方からクラウディアの声が聞こえた。

「ヴォルハラム中尉。少しいいか?」

「はい、大尉」

 エリシアは教壇の資料を整理しながら答えた。

 クラウディアは、一枚の書類を差し出した。

「本部から連絡が来た」

 エリシアは書類を受け取った。

 そして、内容を確認した瞬間、わずかに表情を変えた。

「……これは」

 クラウディアは静かに頷いた。

「共和国軍派遣将校の活動範囲について、再審査が始まった」

 エリシアは黙って書類を見つめた。

「……そうですか」

「現時点で派遣終了が決まったわけではない。ただし、今後の教育計画には変更が生じる可能性がある」

 エリシアは頷いた。

「承知しました」

 クラウディアは、少しだけ声を落とした。

「君自身に問題があるわけではない。両国の政治情勢が変わり始めているんだ」

「……分かっています」

 エリシアは静かに答えた。

 その声には、わずかな寂しさがあった。

 午後五時十四分。

 ヴァイスベルク駐屯地、中央道路。

 訓練を終えたレイブンとガイルは、宿舎へ戻る途中だった。

 夕暮れの空は、昨日よりも少し暗かった。

 遠くの整備区画では、車両のエンジン音が響いている。

 ガイルは歩きながら言った。

「……なあ、レイブン」

「何?」

「今日の授業、どうだった?」

 レイブンは少し考えた。

「……勉強になったよ」

「俺もだ」

 ガイルは頷いた。

「共和国軍の考え方なんて、今までちゃんと聞いたことなかったからな」

 レイブンは、北の空へ目を向けた。

「……うん」

 ガイルは続けた。

「でも、ああやって話せるなら、戦争なんてしなくてもいいんじゃないか?」

 レイブンは、すぐには答えなかった。

 風が二人の間を吹き抜ける。

 遠くの国境。

 帝国と連邦共和国。

 同じ大陸にありながら、異なる歴史と政治制度を持つ二つの国家。

 その関係は、日に日に緊張を増している。

「……俺も、そう思う」

 レイブンは静かに答えた。

「でも、俺たちだけで決められることじゃない」

 ガイルは黙っていた。

 そして、ゆっくりと頷いた。

「……そうだな」

 二人は、再び歩き始めた。

 午後七時三十八分。

 第十一独立特殊歩兵中隊、教育連絡室。

 エリシア・L・ヴォルハラム中尉は、一人で机に向かっていた。

 机の上には、今日の比較教育の記録と、本部から届いた通知書が置かれている。

 通知書には、連邦共和国軍派遣将校の活動範囲を再審査する旨が記されていた。

 エリシアは、静かに息を吐いた。

 彼女の祖国は連邦共和国だった。

 帝国軍の駐屯地で教育協力を行っていても、その事実は変わらない。

 そして、両国の関係が悪化すれば、彼女の立場はさらに難しくなる。

 エリシアは窓の外へ目を向けた。

 北部の夜空。

 その向こうには、共和国の街がある。

 家族がいる。

 友人がいる。

 そして、自分が帰るべき場所がある。

「……戦争、か」

 彼女は小さく呟いた。

 まだ、戦争は始まっていない。

 しかし、その言葉が現実味を帯び始めていることを、彼女は感じていた。

 机の上には、今日の教育記録が残っている。

 レイブン・S・クロウ。

 ガイル・ベッカー。

 帝国軍の若い新兵たち。

 エリシアは、その名前をしばらく見つめた。

「……できれば、戦場では会いたくないわね」

 その声は、誰にも届かなかった。

 午後八時五十一分。

 第三新兵宿舎、第二〇六号室。

 レイブンは机に向かい、今日の記録を書き終えようとしていた。

 ガイルは隣の寝台で、すでに眠りかけている。

 レイブンは手帳へ最後の一文を書き加えた。

『異なる軍隊でも、兵士が学ぶべきことには共通点がある』

 そして、少し考えた後、もう一文を記した。

『相手を理解することは、弱さではない』

 ペンを置き、窓の外を見た。

 北部の夜空には、雲の切れ間から星が見えていた。

 その向こうに、連邦共和国がある。

 そして、そこにはエリシアの祖国がある。

 レイブンは、今日の彼女の言葉を思い出した。

『だからこそ、相手を理解しようとする姿勢が必要なのです』

 その言葉は、不思議と胸に残っていた。

 レイブンは静かに手帳を閉じた。

 帝政歴三四四年四月二十一日。

 帝国軍新兵レイブン・S・クロウは、連邦共和国軍中尉エリシア・L・ヴォルハラムから、異なる軍事教範と考え方について学んだ。

 それは、銃の扱い方や戦術だけではない。

 異なる国家に生きる人々を、どう理解するかという教育でもあった。

 しかし、その交流がいつまで続くのか。

 誰にも分からなかった。

 帝国と連邦共和国の国境では、警戒態勢が少しずつ強化されている。

 両国の軍事交流制度も、政治情勢の影響を受け始めていた。

 やがて訪れる戦争の足音は、まだ遠い。

 だが、確実に近づいていた。

 その夜、レイブンはまだ知らなかった。

 今は同じ訓練場に立つエリシアと、いつか異なる軍旗の下で再び向き合う日が来るかもしれないことを。

 そして、彼女との出会いが、自分の人生を大きく変えていくことになることを。

 窓の外では、冷たい風が静かに吹いていた。

 新兵たちの一日は、こうして終わった。

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