第67話 北部駐屯地、思いがけない再会
第67話 北部駐屯地、思いがけない再会
帝政歴三四四年、四月十八日。
午前七時二十六分。
帝国北部、ヴァイスベルク中央駅。
春を迎えたはずの北部地方には、まだ冬の名残があった。
駅舎の屋根には昨夜の雨が残り、遠くの山々には薄い雪が見える。線路の向こうには、黒い煙を吐く貨物機関車と、灰緑色に塗装された軍用輸送車両が並んでいた。
長い列車が減速し、車輪とレールの擦れる音を響かせながら、第三番線へ滑り込んだ。
車内放送が到着を告げる。
『ヴァイスベルク中央駅。北部教育管区および第七北部守備管区へ向かう軍関係者は、指定された集合場所へ移動してください』
レイブン・S・クロウは、窓の外を見つめていた。
黒髪の間から伸びた猫耳が、駅構内に響く警笛を捉えてわずかに動く。
十六歳。
帝国陸軍中央志願兵教育学校を修了し、新兵となったばかりの彼は、正式な配属命令に従い、北部の駐屯地へ向かっていた。
膝の上には、軍から支給された移動命令書がある。
そこには、次のように記されていた。
帝国陸軍北部教育管区・第七北部守備管区管轄、ヴァイスベルク駐屯地。新兵継続教育隊への着隊を命ずる。
任務は、歩兵基礎能力の継続教育、偵察適性の確認、警備部隊との合同演習への参加。
ただし、現段階では実戦部隊への正式な戦闘配属ではない。
教育と評価を経た後、改めて所属部隊が決定されることになっていた。
「……ここが、ヴァイスベルクか」
レイブンは小さく呟いた。
中央教育学校とは、空気が違う。
駅の外には軍用トラックが列を作り、貨物ホームでは兵站部隊の兵士たちが木箱を積み替えていた。
線路脇には、装輪装甲車を載せた輸送貨車も停まっている。
それらを見ていると、ここが国境地域に近い軍事拠点であることを否応なく実感させられた。
レイブンは鞄を持ち、列車を降りた。
冷たい風が頬を撫でる。
その時だった。
「……おい」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「そこの黒猫!」
レイブンの耳が動いた。
振り返る。
人混みの向こうで、大きな背嚢を肩に掛けた犬系亜人の青年が立っていた。
見覚えのある大きな体格。
茶色い犬耳。
そして、どこか得意げな笑顔。
「……ガイル?」
青年は大きく笑った。
「よう、NoX!」
レイブンは一瞬、言葉を失った。
次の瞬間、思わず笑みがこぼれた。
「ガイル!」
ガイル・ベッカーは人混みを避けながら近づいてきた。
「お前、本当に北部へ来たんだな!」
「そっちこそ! 正式に決まったの?」
「ああ! 歩兵継続教育隊への着隊命令だ!」
ガイルは胸を張った。
「しかも、ここだ!」
彼が差し出した移動命令書には、レイブンと同じ駐屯地名が記されていた。
ヴァイスベルク駐屯地。
レイブンは目を見開いた。
「……同じ場所?」
「そういうことだ!」
ガイルは嬉しそうに笑い、レイブンの肩を軽く叩いた。
「いやあ、まさか本当に一緒になるとはな!」
「俺も驚いたよ」
「これで、またお前と訓練できるな!」
レイブンは笑った。
「まだ同じ班になるとは限らないけどね」
「細かいことはいいんだよ!」
ガイルはそう言ったが、すぐに表情を改めた。
「……まあ、そうだな。まずは着隊手続きだ」
レイブンは少し驚いた。
「ちゃんと分かってるんだ」
「お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「……前に書類をなくした人?」
「それは忘れろ!」
二人の笑い声が、朝の駅構内に響いた。
しかし、再会はそれだけでは終わらなかった。
午前八時十三分。
ヴァイスベルク駐屯地、正門検問所。
軍用輸送バスから降りた新兵たちは、指定された列に並んでいた。
正門には帝国軍旗が掲げられ、歩哨が入門証と移動命令書を確認している。
その奥には、広大な駐屯地が広がっていた。
兵舎、整備工場、通信施設、車両格納庫、医療棟。
遠くには射撃訓練場の防護壁も見える。
レイブンとガイルは、受付担当の軍曹へ書類を提出した。
「クロウ新兵。ベッカー新兵。両名とも新兵継続教育隊への着隊だな」
「はい!」
「書類を確認する。そこで待機しろ」
二人は指定された場所へ移動した。
ガイルが駐屯地の奥を見渡す。
「……でかいな」
「うん。中央教育学校より、ずっと施設が多い」
「戦車もいるぞ」
レイブンが視線を向けると、整備区画の向こうに、迷彩塗装を施された装軌車両が停まっていた。
整備員が車体側面の点検扉を開き、工具を手に作業している。
その近くでは、別の兵士が整備記録を読み上げていた。
訓練施設で見た車両とは違い、ここでは実際に運用される兵器が、日常の仕事として整備されている。
レイブンはその光景を静かに眺めた。
その時、正門の方から大きな声が聞こえた。
「だから、俺の書類はこっちだって!」
ガイルの耳がぴくりと動いた。
「……ん?」
レイブンも振り返った。
検問所で、若い兵士が担当下士官に何かを説明している。
赤茶色の髪。
見覚えのある顔。
そして、少し大げさな身振り。
「……まさか」
レイブンが呟いた。
その青年が振り返る。
目が合った。
「……え?」
青年の表情が固まった。
そして、次の瞬間。
「おおおっ!?」
大きな声が響いた。
「レイブン!? ガイル!?」
フェリックス・ブラントだった。
ガイルが目を見開いた。
「フェリックス!?」
フェリックスは書類を抱えたまま駆け寄ろうとしたが、検問所の軍曹に呼び止められた。
「ブラント新兵! 手続きが終わっていない!」
「す、すみません!」
慌てて戻るフェリックスを見て、ガイルが腹を抱えて笑った。
「お前、相変わらずだな!」
レイブンも笑いを堪えきれなかった。
しばらくして手続きを終えたフェリックスが、二人のもとへやってきた。
「いや、驚いた! お前らもここか!」
「お前こそ、偵察教育はどうした?」
ガイルが尋ねる。
「ここの偵察適性教育分遣隊だよ。継続教育隊と合同で訓練するらしい」
フェリックスは自分の命令書を見せた。
確かに、同じヴァイスベルク駐屯地の名称が記されている。
「……じゃあ、三人とも同じ駐屯地なんだね」
レイブンが言うと、フェリックスは嬉しそうに笑った。
「そういうこと!」
ガイルは両腕を組んだ。
「……おいおい。これ、もしかして……」
フェリックスが首を傾げる。
「何だ?」
「……他にもいるんじゃないか?」
レイブンは少し考えた。
中央教育学校の七人。
ガイル。
フェリックス。
そして、自分。
まだ四人の進路は分からない。
だが、同じ駐屯地で再会できたこと自体、十分に驚くべき出来事だった。
「……さすがに、全員はないと思うけど」
レイブンがそう言った時だった。
「……その意見には、僕も同意します」
背後から、落ち着いた声が聞こえた。
三人が同時に振り返った。
眼鏡を掛けた青年が、書類を片手に立っている。
その表情には、少しだけ得意げな笑みが浮かんでいた。
「……ユリウス!?」
ガイルが叫んだ。
ユリウス・ヴェーバーは、眼鏡を整えながら頷いた。
「お久しぶりです。と言っても、まだ三週間も経っていませんが」
フェリックスが笑った。
「お前まで!?」
「通信教育分遣隊への着隊です。こちらの駐屯地には、北部守備管区の通信教育施設もありますから」
ユリウスは三人を見渡した。
「それにしても、驚きましたね」
レイブンは笑った。
「本当にね」
ガイルは空を見上げた。
「……四人か」
フェリックスが肩をすくめる。
「こうなったら、あと三人も来るんじゃないか?」
「そんな偶然、あるわけないでしょう」
ユリウスは即座に答えた。
しかし、その数分後。
彼らは、さらに驚くことになった。
午前九時零六分。
ヴァイスベルク駐屯地、新兵受付庁舎。
四人は、指定された待機室で着隊手続きの順番を待っていた。
ガイルは椅子に座り、膝を揺らしている。
フェリックスは窓の外を眺め、ユリウスは配布された駐屯地案内図を確認していた。
レイブンは壁に掲げられた教育予定表を読んでいた。
初日の健康確認。
装備点検。
宿舎割り当て。
服務規則説明。
その後、各教育分遣隊への移動。
訓練開始は翌日以降となっている。
新兵の受け入れでは、まず身体状態と装備、命令書の確認を行う。
中央教育学校で教えられたとおりだった。
その時、待機室の扉が開いた。
「失礼します」
穏やかな声。
レイブンが顔を上げた。
入ってきたのは、金髪の青年だった。
その手には、小さな医療用鞄がある。
「……エミール?」
青年が立ち止まった。
「……レイブン君?」
エミール・シュナイダーだった。
ガイルが勢いよく立ち上がった。
「エミール!」
「ガイル君!?」
フェリックスが笑いながら駆け寄った。
「お前もかよ!」
エミールは四人の顔を見渡した。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……皆さん、本当にここへ来ていたんですね」
レイブンは頷いた。
「うん。驚いたよ」
「僕もです」
エミールは自分の命令書を見せた。
衛生教育分遣隊。
ヴァイスベルク駐屯地付属医療教育施設。
ガイルは満足そうに笑った。
「……五人!」
ユリウスが眼鏡を整えた。
「確率としては、かなり珍しいですね」
フェリックスが肩を叩く。
「お前、さっき全員はないって言ってたよな?」
「まだ全員ではありません」
「細かいなあ!」
その時、廊下の向こうから、重い足音が聞こえた。
金属製の工具箱が床へ軽く触れる音。
続いて、低い声が響いた。
「……すみません。機甲教育分遣隊の受付は、こちらで合っていますか?」
レイブンは振り返った。
廊下の向こうに、見覚えのある大柄な青年が立っていた。
短く整えられた髪。
落ち着いた眼差し。
そして、肩に掛けた大きな背嚢。
「……オスカー?」
青年が顔を向けた。
「……レイブン?」
オスカー・グラーフだった。
ガイルは思わず両手を上げた。
「六人目ぇっ!?」
待機室にいた別の新兵たちが、一斉に振り返った。
受付担当の軍曹が廊下から顔を出す。
「静かにしろ!」
「す、すみません!」
ガイルは慌てて姿勢を正した。
オスカーは呆れたように笑った。
「……お前、何も変わってないな」
フェリックスが吹き出した。
「まったくだ!」
オスカーは六人を見渡した。
「……それにしても、何で全員ここにいるんだ?」
ユリウスが説明した。
「どうやら、北部教育管区の各専門教育分遣隊が、この駐屯地に集約されているようです」
「なるほど」
オスカーは頷いた。
「俺は機甲・機械化歩兵系統の継続教育だ。ここで整備と車両運用の基礎を学ぶことになってる」
レイブンは微笑んだ。
「似合ってるね」
「そうか?」
「うん」
オスカーは少し照れくさそうに笑った。
六人。
中央教育学校第三〇七号室の七人のうち、六人が同じ駐屯地へ集まった。
残る一人。
カール・リヒター。
レイブンは、ふと彼の顔を思い浮かべた。
静かで、慎重で、しかし誰よりも細かな変化に気づく少年。
中央教育学校を離れる前夜、彼は言っていた。
自分で、次の場所へ行ってみたい。
レイブンは窓の外を見つめた。
「……カールは、どこにいるんだろう」
ガイルも静かになった。
「……そうだな」
フェリックスが頷いた。
「来てるといいな」
ユリウスは案内図を確認した。
「通信・補給支援教育の施設も、この駐屯地にはあります。ただ、別の教育所へ配属された可能性もありますね」
エミールは穏やかに言った。
「どこにいても、元気でいてほしいですね」
オスカーが頷いた。
「……ああ」
その時だった。
待機室の扉が、静かに開いた。
「……あの」
小さな声が聞こえた。
六人が振り返った。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
整えられた制服。
胸に抱えた書類。
少し緊張した表情。
そして、見覚えのある、静かな眼差し。
「……ここ、第三教育群の受付で合ってる?」
レイブンは、しばらく動けなかった。
ガイルも、口を開いたまま固まっている。
フェリックスは、信じられないという顔をしていた。
ユリウスが眼鏡を上げた。
エミールは微笑んだ。
オスカーは小さく息を吐いた。
「……カール?」
レイブンが名前を呼んだ。
カール・リヒターは、六人の顔を見渡した。
そして、ゆっくりと目を見開いた。
「……え?」
次の瞬間、ガイルが叫んだ。
「カールぅっ!!」
大きな犬系亜人が、勢いよく立ち上がった。
「うわっ!?」
カールは驚いて一歩下がった。
ガイルは彼の肩を両手で掴み、嬉しそうに笑った。
「お前も来たのか!」
「……う、うん」
「何で言わなかったんだよ!」
「……正式な命令が、昨日届いたから」
フェリックスが笑った。
「最高だな!」
ユリウスも、思わず微笑んだ。
「……本当に、全員揃ってしまいましたね」
エミールが頷いた。
「はい」
オスカーは静かに笑った。
「……偶然にしては、出来すぎだな」
レイブンは、カールへ近づいた。
「……お帰り、カール」
カールは少し驚いた顔をした。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……ただいま」
七人。
レイブン。
ガイル。
ユリウス。
エミール。
オスカー。
フェリックス。
カール。
中央志願兵教育学校、第三〇七号室。
あの部屋で過ごした七人が、再び同じ場所へ集まった。
だが、今度は候補生ではない。
全員が、正式に新兵として帝国軍へ所属している。
それぞれ異なる専門教育を受け、異なる道へ進むことになる。
それでも、今は同じ駐屯地に立っていた。
ガイルは七人を見渡した。
「……よし!」
フェリックスが笑った。
「何だよ、また何か言うのか?」
ガイルは胸を張った。
「第三〇七号室、全員集合!」
レイブンは笑った。
「もう第三〇七号室じゃないけどね」
「細かいことはいいんだよ!」
オスカーが呆れたように笑った。
「本当に変わらんな」
ユリウスは眼鏡を整えた。
「ただし、これからは所属が異なります。服務上の指揮系統も別ですから、以前と同じ感覚で行動しないようにしてください」
ガイルは少しだけ顔をしかめた。
「……分かってるよ」
カールが小さく笑った。
「……でも、また会えてよかった」
その一言に、全員が静かになった。
レイブンは頷いた。
「……うん」
ガイルも、今度は大きな声を出さなかった。
「……ああ」
午前十時三十四分。
ヴァイスベルク駐屯地、第三教育群本部。
七人は、新兵としての着隊手続きを終えた。
それぞれの所属は、正式な教育部隊として記録された。
レイブンとガイルは歩兵継続教育系統。
フェリックスは偵察適性教育分遣隊。
ユリウスは通信教育分遣隊。
エミールは衛生教育分遣隊。
オスカーは機甲・機械化歩兵教育分遣隊。
カールは通信・補給支援教育分遣隊。
同じ駐屯地ではあるが、宿舎も訓練内容も、今後は異なる。
教育群の人事担当大尉は、七人の書類を確認していた。
「……中央教育学校の同期か」
「はい!」
ガイルが答えた。
大尉は記録を読み進めた。
「なるほど。最終総合戦闘試験で同じ班だった七名だな」
「はい」
レイブンが頷いた。
大尉は少し笑った。
「安心しろ。偶然だけで七名がここへ集まったわけではない」
七人が顔を上げた。
「中央教育学校から提出された適性評価と、北部教育管区の受け入れ枠を照合した結果だ。各専門教育施設がこの駐屯地に集中していることも理由の一つだな」
ユリウスが頷いた。
「……なるほど」
「ただし、全員を同じ班へ戻すための配置ではない。諸君は、それぞれの専門教育課程へ進む」
大尉は七人を見渡した。
「以前の仲間が近くにいることは、悪いことではない。だが、それに頼りきりになるな」
レイブンは静かに頷いた。
「はい」
「これからは新しい仲間、新しい教官、新しい任務に慣れる必要がある。軍では、いつまでも同じ顔ぶれで働けるとは限らん」
その言葉に、七人は姿勢を正した。
「それと、中央教育学校からの申し送りに、記念コールネームの記録がある」
大尉は書類を一枚めくった。
「NoX、HOUND、LYNX、CIPHER、SAGE、GRIZZLY、KEEPER……だったな」
ガイルが少し嬉しそうに頷いた。
「はい!」
「学校の記念呼称としては尊重する。ただし、正式な無線呼出符号は所属部隊の通信規則に従え。勝手に名乗るなよ」
「了解しました!」
七人の返事が揃った。
大尉は満足そうに頷いた。
「よろしい。午後から各分遣隊へ移動し、明日より継続教育を開始する」
そして、最後に言った。
「……ようこそ、ヴァイスベルク駐屯地へ」
七人は一斉に敬礼した。
「ありがとうございます!」
午後零時十八分。
ヴァイスベルク駐屯地、第一食堂。
昼食の時間を迎え、食堂には多くの兵士たちが集まっていた。
新兵だけでなく、整備員、通信兵、衛生兵、警備部隊の兵士たちも同じ施設を利用している。
食器の触れ合う音。
椅子を引く音。
兵士たちの会話。
窓の外からは、車両整備区画の作業音が聞こえていた。
七人は、空いている長机を見つけて腰を下ろした。
ガイルは配膳された料理を見て、満足そうに笑った。
「……おお、量が多い!」
フェリックスが笑った。
「お前、どこへ行っても最初に飯の話だな」
「食事は大事だろ!」
エミールが頷いた。
「それは正しいですね。ただ、食べ過ぎには気をつけてください」
オスカーは黙々と食事を始めた。
ユリウスは午後の予定表を確認している。
カールは食堂の窓から、駐屯地の奥を眺めていた。
レイブンは、その横顔を見た。
「……カール」
「……何?」
「リーナさんには、もう連絡した?」
カールは頷いた。
「……昨日、手紙を書いた」
「そっか」
「……ここに来るって伝えたら、喜んでた」
レイブンは微笑んだ。
「よかったね」
カールは少し考えた後、静かに続けた。
「……それと、みんなに会えたことも、次の手紙で伝える」
ガイルが顔を上げた。
「おお! 俺たちのことも書いてくれよ!」
「……書く」
フェリックスが笑った。
「ガイルがまた怒られたって書くなよ」
「まだ怒られてねえ!」
ユリウスが眼鏡を整えた。
「今朝、正門で大声を出して注意されましたよね」
「……あれは」
「事実です」
オスカーが静かに笑った。
レイブンも、思わず笑った。
その時、食堂の壁に設置された情報表示装置が切り替わった。
北部守備管区からの通達だった。
『北部国境地域における警戒態勢の継続について』
食堂にいた一部の兵士たちが、画面へ目を向けた。
表示された文章には、連邦共和国軍の演習活動に伴う警戒強化と、帝国側の監視態勢維持について記されている。
レイブンは箸を止めた。
ガイルも画面を見た。
「……国境か」
ユリウスが静かに答えた。
「ここから先は、中央教育学校よりも近いですからね」
フェリックスが小さく息を吐いた。
「……本当に、きな臭くなってきたな」
エミールは周囲を見渡した。
「でも、今の僕たちの任務は教育です。まずは、きちんと学ぶことですね」
オスカーが頷いた。
「……ああ」
カールも静かに答えた。
「……焦っても、できることは増えない」
レイブンは仲間たちを見渡した。
そして、父の言葉を思い出した。
絶対に、五体満足で帰ってこい。
あの夕暮れ。
書斎で初めて抱き締められた時の、父の腕の温もり。
それは、今もはっきりと覚えていた。
レイブンは静かに息を吐いた。
「……まずは、ちゃんと訓練を受けよう」
ガイルが頷いた。
「……ああ」
フェリックスも笑った。
「そうだな」
七人は再び食事を始めた。
午後三時二十六分。
ヴァイスベルク駐屯地、中央広場。
七人は、それぞれの教育分遣隊へ移動するため、広場に集まっていた。
ここから先は、同じ駐屯地でも別々の生活が始まる。
ガイルは背嚢を肩に掛けた。
「……じゃあ、またな」
フェリックスが笑った。
「同じ駐屯地なんだから、そんな大げさに言うなよ」
「分かってる!」
ユリウスは時計を確認した。
「僕は通信教育棟へ向かいます。集合時刻まで、あと十分です」
エミールが微笑んだ。
「では、僕も医療教育施設へ」
オスカーは背嚢を持ち上げた。
「機甲教育区画は、反対側だな」
カールも頷いた。
「……俺も、補給教育棟へ行く」
レイブンは六人を見渡した。
中央教育学校では、毎日同じ場所で顔を合わせていた。
だが、これからは違う。
それぞれが別の教官に学び、別の仲間と訓練し、別の経験を積む。
それでも、今は同じ駐屯地にいる。
「……また、食堂で会おう」
レイブンが言うと、ガイルは笑った。
「おう!」
フェリックスも頷いた。
「今度は七人で、もっといい席を取ろうぜ!」
ユリウスが苦笑した。
「食堂の席は、早い者勝ちですからね」
オスカーが笑った。
「じゃあ、ガイルに任せるか」
「任せろ!」
エミールは穏やかに微笑んだ。
カールも、小さく笑った。
「……また、会おう」
七人は互いに頷いた。
そして、それぞれの教育施設へ歩き始めた。
レイブンは、歩兵継続教育隊の兵舎へ向かいながら、振り返った。
広場の向こうでは、フェリックスがユリウスへ何かを話しかけている。
エミールはカールと並んで歩き、オスカーは機甲教育区画へ向かっていた。
ガイルは少し先で立ち止まり、レイブンを待っている。
「おい、NoX!」
レイブンは顔を上げた。
ガイルが笑った。
「置いてくぞ!」
レイブンは微笑んだ。
「今行くよ、HOUND!」
二人は並んで歩き始めた。
帝政歴三四四年四月十八日。
帝国陸軍ヴァイスベルク駐屯地。
七人の新兵は、思いがけない再会を果たした。
しかし、それはかつての第三〇七号室が、そのまま戻ってきたことを意味するわけではなかった。
これから彼らは、それぞれ異なる専門教育を受け、新しい仲間と出会い、軍人として成長していく。
そして、いつかは別々の部隊へ配属される日が来る。
その時、再び同じ場所で笑い合えるかどうかは、誰にも分からない。
それでも、今日という日は、七人にとって忘れられない一日になった。
遠くの山々には、まだ雪が残っている。
北部の空には、厚い雲が流れていた。
国境の向こうでは、連邦共和国軍の演習が続いている。
帝国側でも、警戒態勢が強化されていた。
だが、駐屯地の中では、新兵たちが新しい生活を始めようとしていた。
レイブンは歩きながら、胸元に収めた記念章へそっと触れた。
NoX。
学校から贈られた名前。
その名が、いつか本当の戦場で呼ばれる日が来るのかもしれない。
しかし、今の彼にできることは、目の前の教育を一つずつ積み重ねることだった。
父との約束を守るために。
仲間と再び会うために。
そして、必ず故郷へ帰るために。
レイブン・S・クロウの新兵としての日々が、北部の地で静かに始まった。




