第64話 最後の一発、七人の帰還
最終試験編 第五話/全五話・完結
第64話 最後の一発、七人の帰還
帝政歴三四四年、三月二十八日。
午後六時零分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、旧市街地総合演習場。
運河倉庫群、第三倉庫付近。
夕暮れの運河に、冷たい風が吹いていた。
煉瓦造りの倉庫が並ぶ一帯では、朝から続く模擬戦によって、石畳や壁面に無数の訓練弾の痕が残されていた。
倉庫の屋根に取りつけられた警告灯が、橙色に点滅する。
『全候補生へ通達。特別介入試験、最終段階を開始します』
その放送が終わると同時に、運河の対岸から短い発射音が響いた。
乾いた音が倉庫の壁に反響する。
「……来たな」
ガイル・ベッカーは、窓の外を見つめた。
黒色の腕章。
試験教官部隊だった。
昼間から対抗陣営の候補生たちと拠点を争っていた赤組にとって、三度目の介入は決して歓迎できるものではない。
しかも、現在の第一班は七名ではなかった。
カール・リヒターが、午後三時の交戦で戦闘不能判定を受け、復帰手続きの途中にいる。
「カールからの連絡は?」
ガイルが尋ねると、ユリウス・ヴェーバーが端末を確認した。
「復帰手続きは完了したようです。ただし、復帰地点からこちらへ戻るまで、まだ時間がかかります」
「そうか」
ガイルは頷いた。
「……じゃあ、今は六人だな」
レイブン・S・クロウは運河の向こうへ目を向けた。
教官部隊の姿は、街灯の光に照らされて断続的に見える。
相手は候補生ではない。
長年の訓練経験を持ち、判断も連携も、自分たちより遥かに洗練されている。
それは昨夜、そして今朝の接触で、嫌というほど思い知らされていた。
「ガイル」
「何だ?」
「……今度は、俺たちだけじゃなくて、周辺の班も同じ状況だと思う」
オスカー・グラーフが頷いた。
「赤組も青組も、教官部隊に対応しなきゃならないわけだ」
フェリックス・ブラントが苦笑する。
「最終試験っていうより、最後の最後で全部ひっくり返されそうだな」
エミール・シュナイダーは、仲間たちの顔を見渡した。
「皆さん、疲労がかなり溜まっています。判断を急がないようにしてください」
ユリウスが続けた。
「第二小隊本部からも、拠点保持に固執せず、状況報告を優先するよう指示されています」
ガイルは一度、目を閉じた。
昨日の自分なら、ここで教官部隊へ向かっていたかもしれない。
だが、昨夜の失敗を覚えている。
仲間を二人失い、結局、何もできずに戻った。
今朝も自分が戦闘不能になり、レイブンへ指揮を引き継いだ。
その経験が、彼の判断を変えていた。
「……分かった」
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第二小隊第一班。運河倉庫群西側に位置。教官部隊を確認。現在、六名で戦闘継続中。周辺班との連携を希望する。どうぞ」
短い雑音の後、返答があった。
『こちら第二小隊本部。了解。第三班および第五班へ情報を共有する。現地での無理な交戦は避け、拠点状況の確認を継続せよ』
「了解」
ガイルは通信を終えた。
レイブンが微笑む。
「……いい判断だと思う」
ガイルは少し照れくさそうに笑った。
「お前にそう言われると、何か変な感じだな」
「どうして?」
「……副班長に褒められてるみたいだから」
フェリックスが吹き出した。
「実際そうだろ」
「うるせえ」
短い笑い声が、倉庫の内部に広がった。
だが、その直後。
運河の向こうで、再び訓練弾の発射音が響いた。
第一班の最後の戦いが始まろうとしていた。
午後六時二十三分。
運河倉庫群、第二貨物橋周辺。
教官部隊の介入によって、運河沿いの戦況は大きく変わっていた。
赤組と青組の候補生たちは、それぞれ拠点を保持しようとしていたが、黒色の腕章をつけた教官たちが現れたことで、行動の変更を迫られている。
試験統制棟では、候補生たちの位置と判定状況が記録されていた。
教官部隊の役割は、候補生を一方的に敗北させることではない。
予期しない第三勢力の出現に対して、情報共有、指揮継続、撤収判断、拠点の優先順位を適切に判断できるか。
それを確認するための介入だった。
しかし、候補生たちにとっては、それだけでも十分な脅威だった。
「……黒腕章、北側へ移動!」
フェリックスが声を上げた。
レイブンは窓の外を確認した。
教官部隊は、倉庫の外周で活動している。
周辺では、青組の候補生たちも交戦していた。
「……あれ?」
レイブンは小さく呟いた。
オスカーが顔を向ける。
「どうした?」
「……青組も、教官部隊と戦ってる」
「そりゃ、そうだろ。教官部隊はどっちの味方でもないんだからな」
「うん。でも……」
レイブンは少し考えた。
「……俺たち、青組のことばかり見てたかもしれない」
ガイルが顔を上げた。
「どういうことだ?」
「今の状況だと、赤組と青組のどちらも、教官部隊の介入で動きを変えてる。だから、昨日までと同じように考えたら、判断を間違えると思う」
ユリウスが頷いた。
「確かに。教官部隊の介入時間も、候補生には分かりません」
オスカーは静かに答えた。
「……なら、無理に拠点を奪おうとするより、状況を確認しながら保持する方がいいか」
ガイルは頷いた。
「……そうだな」
その時、無線機から声が入った。
『こちら第三班。運河倉庫群北側に到達。教官部隊と接触中。現在、四名が戦闘継続可能』
ユリウスが返答した。
「こちら第一班。西側で六名が戦闘継続中。状況を確認しています。どうぞ」
『了解。こちらも無理な交戦は避ける』
通信が終わった。
レイブンは静かに息を吐いた。
昨夜なら、教官部隊の出現だけで混乱していた。
しかし、今は違う。
七人は、まだ完璧ではない。
それでも、少しずつ判断できるようになっていた。
午後六時四十七分。
運河倉庫群、第三倉庫西側。
第一班は、指定された区域で拠点保持の評価を継続していた。
その時、フェリックスの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……っ!」
フェリックスは一瞬、驚いた表情を見せた。
しかし、すぐに訓練銃を下げた。
ガイルが振り返った。
「フェリックス!」
フェリックスは端末を確認した。
『使用済み復活権:三回』
『残存復活権:零回』
「……うわ」
フェリックスは苦笑した。
「……これで、あとがなくなった」
オスカーが頷いた。
「次に判定が入ったら、戦闘参加終了だな」
フェリックスは小さく笑った。
「……分かってる」
レイブンは顔を向けた。
「復帰してきたら、無理しないでね」
「おう」
フェリックスは頷いた。
「……でも、最後までやるぞ」
そして、退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って復帰区画へ向かった。
第一班、戦闘継続五名。
フェリックスの復活権、残り零回。
ガイルは端末を見つめた。
「……いよいよ、余裕がなくなってきたな」
エミールが頷いた。
「はい」
レイブンは静かに答えた。
「……でも、まだ終わってない」
ガイルは顔を上げた。
「……ああ」
午後七時零八分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
大型戦況表示装置には、教官部隊の最終介入状況が映し出されていた。
赤組と青組の候補生たちは、それぞれの拠点を維持しながら、教官部隊への対応を続けている。
試験統括官は腕を組んだ。
「……今年の候補生たちは、最後まで粘るな」
隣の教官が頷いた。
「はい。ただし、復活権を使い切った候補生も増えています」
「そうか」
統括官は記録を確認した。
「……第二小隊第一班は?」
「現在、五名が戦闘継続中です。二名が復帰待機中」
「指揮は?」
「ベッカー候補生が継続しています」
統括官は頷いた。
「……よろしい」
その時、別の教官が近づいてきた。
「大佐。教官部隊の最終介入時間、終了五分前です」
統括官は時計を確認した。
「予定どおり終了させろ」
「了解しました」
統括官は戦況表示装置へ目を戻した。
「……あとは、候補生たち自身の戦いだ」
午後七時十五分。
運河倉庫群、第三倉庫周辺。
無線機から短い電子音が響いた。
『全候補生へ通達。特別介入試験、最終段階を終了します』
その放送と同時に、教官部隊は規定された退場経路へ移動を開始した。
黒色の腕章が、夕暮れの街路から姿を消していく。
ガイルは大きく息を吐いた。
「……終わったか」
オスカーが頷いた。
「教官部隊はな」
ユリウスは端末を確認した。
「試験終了までは、あと一時間四十五分です」
エミールは静かに答えた。
「まだ、拠点確保戦が残っていますね」
レイブンは運河の向こうを見つめた。
赤組と青組の候補生たちは、再び互いの拠点を巡って動き始めていた。
ガイルは七人のうち、今いる四人の顔を見渡した。
「……よし」
レイブンが顔を向ける。
「何?」
「……最後まで、やろう」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
その時、遠くから声が聞こえた。
「……おーい!」
カールだった。
復帰手続きを終え、指定された経路を通って戻ってきたのだ。
ガイルが振り返った。
「カール!」
カールは少し息を切らしながら、仲間たちのもとへ近づいた。
「……戻った」
レイブンは微笑んだ。
「お帰り」
カールは頷いた。
「……ただいま」
エミールが体調を確認する。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
ガイルは端末を確認した。
第一班、戦闘継続六名。
フェリックスは、まだ復帰待機中だった。
ガイルは小さく笑った。
「……あと一人だな」
レイブンは頷いた。
「うん」
午後七時三十八分。
運河倉庫群、中央管理施設。
青組の候補生たちは、拠点確保を継続していた。
赤組も周辺班と連携し、拠点の再確保を試みている。
電子表示板には、拠点支配状態が表示されていた。
『運河倉庫群拠点:競合中』
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。中央管理施設付近へ到達。拠点は競合状態。どうぞ」
『了解。第二小隊各班、拠点確保を継続せよ』
ガイルは頷いた。
「了解」
レイブンは周囲を見渡した。
昨日の朝から続いた最終試験。
すでに三十六時間近くが経過している。
疲労は限界に近かった。
しかし、仲間たちの表情には、まだ諦めの色はなかった。
オスカーが静かに言った。
「……ここまで来たな」
ユリウスが頷いた。
「はい」
エミールも微笑んだ。
「あと少しですね」
カールは静かに答えた。
「……最後まで、気を抜かない」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
その時、遠くから声が聞こえた。
「……戻ったぞ!」
フェリックスだった。
ガイルが顔を上げた。
「おお!」
フェリックスは少し笑った。
「……復活権、もう残ってないけどな」
オスカーが頷いた。
「それでも、戻ってきた」
ユリウスは端末を確認した。
「第一班、七名全員が戦闘継続可能です」
ガイルは満足そうに笑った。
「……よし!」
レイブンは仲間たちを見渡した。
七人。
入校した時から、同じ部屋で過ごしてきた仲間たち。
その全員が、今、同じ場所に立っている。
レイブンは静かに言った。
「……行こう」
ガイルは頷いた。
「……ああ!」
午後八時零六分。
運河倉庫群、中央管理施設。
拠点確保戦は、最後の局面へ入っていた。
赤組と青組の候補生たちは、残された時間の中で、拠点の確保と保持を競っている。
訓練弾の発射音が、倉庫の壁に反響する。
その時、オスカーの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……くそっ!」
オスカーは訓練銃を下げた。
ガイルが振り返った。
「オスカー!」
オスカーは端末を確認した。
『使用済み復活権:三回』
『残存復活権:零回』
「……これで、俺もあとがないな」
フェリックスが苦笑した。
「仲間だな」
オスカーは少し笑った。
「嬉しくない仲間だ」
レイブンは頷いた。
「……戻ってきたら、また一緒に」
オスカーは頷いた。
「……ああ」
そして、退場用の識別灯を点灯させ、復帰区画へ向かった。
第一班、戦闘継続六名。
ガイルは端末を確認した。
「……あと一時間か」
ユリウスが頷いた。
「はい」
その時、無線機から新しい指示が入った。
『第二小隊各班へ通達。運河倉庫群中央拠点の確保を継続。試験終了時点の支配状態を最終評価へ反映する』
ガイルの表情が引き締まった。
「……最後まで、拠点を取れってことか」
レイブンは頷いた。
「うん」
カールは静かに言った。
「……無理はしない。でも、諦めない」
ガイルは微笑んだ。
「……そうだな」
午後八時三十七分。
運河倉庫群、中央管理施設。
試験終了まで、残り二十三分。
赤組と青組の候補生たちは、最後の拠点争奪を続けていた。
訓練弾の発射音が、断続的に響いている。
その時、中央拠点の電子表示板が点滅した。
『拠点支配状態:赤組優勢』
ガイルが顔を上げた。
「……よし!」
ユリウスは端末を確認した。
「赤組の確保進行度が上昇しています!」
フェリックスが笑った。
「……いけるぞ!」
エミールは静かに答えた。
「最後まで落ち着いて!」
レイブンは周囲を見渡した。
仲間たちは疲れている。
それでも、互いの状況を確認しながら動いている。
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。中央拠点、赤組優勢。確保継続中。どうぞ」
『了解。状況を維持せよ』
ガイルは頷いた。
「了解!」
その時、フェリックスの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……っ!」
フェリックスは一瞬、息を呑んだ。
端末には、次の表示が現れていた。
『復活権なし』
『戦闘参加終了』
フェリックスは訓練銃を下げた。
そして、少し悔しそうに笑った。
「……ここまでか」
ガイルが振り返った。
「フェリックス!」
フェリックスは首を振った。
「……大丈夫だ」
レイブンは顔を向けた。
フェリックスは微笑んだ。
「……あとは頼んだぞ」
レイブンは頷いた。
「……うん」
フェリックスは退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って移動していった。
第一班、戦闘継続五名。
フェリックス、戦闘参加終了。
ガイルは小さく息を吐いた。
「……最後まで、七人では戦えなかったな」
レイブンは静かに答えた。
「でも、七人でここまで来たよ」
ガイルは顔を上げた。
「……そうだな」
その言葉に、残された仲間たちが頷いた。
午後八時五十三分。
運河倉庫群、中央管理施設。
試験終了まで、残り七分。
中央拠点の表示板は、赤組優勢を示していた。
しかし、青組の候補生たちも最後まで抵抗を続けている。
訓練弾の発射音が、倉庫の壁に響いた。
その時、ユリウスの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……っ!」
ユリウスは訓練銃を下げた。
ガイルが振り返った。
「ユリウス!」
ユリウスは端末を確認した。
『使用済み復活権:一回』
『残存復活権:二回』
「……復帰はできますが、時間が足りませんね」
レイブンは頷いた。
「……うん」
ユリウスは少し笑った。
「……通信記録は、すべて残してあります」
ガイルは頷いた。
「ありがとう」
ユリウスは退場用の識別灯を点灯させ、復帰区画へ向かった。
第一班、戦闘継続四名。
ガイル。
レイブン。
エミール。
カール。
四人は互いの顔を見渡した。
レイブンは静かに言った。
「……あと少しだね」
ガイルは頷いた。
「……ああ」
カールは端末を確認した。
「……拠点の確保進行度、まだ赤組優勢」
エミールは静かに答えた。
「最後まで、気を抜かないでください」
ガイルは深く息を吸った。
「……分かってる」
その時、中央拠点の表示板が大きく点滅した。
『運河倉庫群中央拠点:赤組確保完了』
ガイルは思わず拳を握った。
「……やった!」
レイブンは微笑んだ。
「うん!」
カールも小さく笑った。
「……取れた」
エミールは頷いた。
「……よかった」
しかし、試験終了までは、まだ時間が残っていた。
ガイルは仲間たちへ顔を向けた。
「……最後まで、保持するぞ」
三人が頷いた。
午後九時零分。
旧市街地総合演習場全域。
演習場の時計塔が、九回の鐘を鳴らした。
その直後、全域の放送装置から、長い電子音が響いた。
『全候補生へ通達』
街路にいた候補生たちが、顔を上げた。
『最終総合戦闘試験、終了』
訓練弾の発射音が、次々と止まっていく。
『全候補生は、使用火器を安全状態とし、指定された集合地点へ移動してください』
レイブンは訓練銃を下げた。
ガイルも、ゆっくりと息を吐いた。
「……終わった」
カールは空を見上げた。
「……本当に、終わったんだな」
エミールは小さく笑った。
「……長かったですね」
レイブンは静かに頷いた。
「……うん」
三十七時間。
昨日の朝から始まった最終試験は、ようやく終了した。
ガイルは仲間たちを見渡した。
「……みんな」
レイブンが顔を向けた。
「何?」
ガイルは少し照れくさそうに笑った。
「……お疲れ」
レイブンは微笑んだ。
「ガイルも」
カールも頷いた。
「……お疲れ」
エミールも笑った。
「お疲れさまでした」
四人は、指定された集合地点へ向かって歩き始めた。
午後九時二十六分。
旧市街地総合演習場、中央集合広場。
赤組と青組の候補生たちが、次々と集まっていた。
戦闘参加を終了した者たちも、復帰区画から移動してきている。
レイブンたちが集合地点へ到着すると、遠くから声が聞こえた。
「……おーい!」
フェリックスだった。
その隣には、オスカーとユリウスもいる。
ガイルが顔を上げた。
「おお!」
フェリックスは笑った。
「……最後、どうなった?」
レイブンは微笑んだ。
「中央拠点、取れたよ」
フェリックスは目を見開いた。
「……本当か!?」
ガイルは頷いた。
「ああ!」
オスカーは小さく笑った。
「……やったな」
ユリウスも微笑んだ。
「……よかったです」
カールは静かに答えた。
「……七人で、ここまで来た」
エミールも頷いた。
「はい」
七人は互いの顔を見渡した。
入校以来、同じ部屋で過ごしてきた仲間たち。
訓練で失敗し、怒られ、笑い、悩み、励まし合ってきた。
その七人が、今、再び同じ場所に立っていた。
ガイルは少し笑った。
「……よし」
レイブンが顔を向けた。
「何?」
「……七人、帰還!」
フェリックスが笑った。
「何だよ、それ!」
オスカーも苦笑した。
「大げさだな」
ユリウスは微笑んだ。
「でも、悪くないですね」
カールも小さく頷いた。
「……うん」
レイブンは笑った。
「……そうだね」
七人の笑い声が、夜の集合広場に広がった。
午後十時十四分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、試験統制棟。
試験統括官は、最終戦績を確認していた。
大型表示装置には、赤組と青組の拠点支配状況が映し出されている。
市場広場、赤組。
鉄道貨物駅、青組。
北部住宅区画、赤組。
運河倉庫群、赤組。
試験統括官は頷いた。
「……拠点確保では、赤組が優勢か」
隣の教官が答えた。
「はい。ただし、青組は復活権の消費を抑え、複数の街区で安定した行動を維持しています」
「なるほど」
統括官は記録を確認した。
「……勝敗だけでは、評価できんな」
「はい」
統括官は続けた。
「包囲殲滅戦、拠点確保戦、通信、指揮継続、救護、安全管理、休息管理。それぞれの項目を総合して評価する」
教官は頷いた。
「了解しました」
その時、別の教官が資料を持って近づいてきた。
「大佐。第二小隊第一班の記録です」
統括官は受け取った。
そこには、七人の候補生たちの行動が記録されていた。
ガイル・ベッカー。
レイブン・S・クロウ。
ユリウス・ヴェーバー。
エミール・シュナイダー。
オスカー・グラーフ。
フェリックス・ブラント。
カール・リヒター。
統括官は静かに読み進めた。
「……班長の戦闘不能後、副班長が指揮を継続」
「はい」
「……教官部隊との接触時、無理な交戦を避けて撤収」
「はい」
「……拠点確保では、周辺班との連携を継続」
「はい」
統括官は資料を閉じた。
「……悪くない」
そして、静かに続けた。
「ただし、課題も多い」
教官は頷いた。
「はい」
「判断の遅れ、通信の混乱、疲労管理の不足、復活権の消費。改善すべき点は残っている」
統括官は七人の記録を見つめた。
「……だが、教育課程の最終試験としては、十分に成長が見られる」
教官は微笑んだ。
「では、評価は?」
統括官は頷いた。
「……正式な採点手続きを進めろ。結果は、明日の修了式で発表する」
「了解しました」
帝政歴三四四年、三月二十九日。
午前九時三十分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、中央講堂。
広い講堂には、志願兵教育課程を終えた候補生たちが整列していた。
正面には、帝国軍旗と教育学校の校旗が掲げられている。
壇上には、教育学校長と各中隊の教官たちが並んでいた。
レイブンたち七人は、第三中隊の列に立っていた。
昨日までの疲労は残っていたが、制服は整えられ、軍靴も磨かれている。
ガイルは小声で呟いた。
「……緊張するな」
フェリックスが笑った。
「昨日の試験より?」
「……別の意味でな」
オスカーが静かに答えた。
「結果発表だからな」
ユリウスは眼鏡を整えた。
「正式な評価は、まだ聞いていませんからね」
エミールは小さく頷いた。
「……どうなるんでしょう」
カールは静かに答えた。
「……俺たちは、できることをやった」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
その時、壇上の教育学校長が立ち上がった。
講堂が静まり返った。
「候補生諸君」
学校長の声が響いた。
「諸君は、長い教育課程を終え、昨日までの最終総合戦闘試験を完了した」
候補生たちは姿勢を正した。
「今回の試験では、優れた判断を示した者もいれば、失敗を経験した者もいるだろう」
学校長は続けた。
「しかし、軍人にとって重要なのは、失敗をしないことだけではない」
レイブンは静かに聞いていた。
「失敗から学び、仲間と協力し、次の任務へ備えることだ」
学校長は候補生たちを見渡した。
「諸君がここで学んだことは、今後の軍務において必ず役立つだろう」
そして、力強く告げた。
「……諸君の努力を称える」
講堂に、拍手が響いた。
レイブンは胸の奥が熱くなるのを感じた。
ガイルも、少しだけ目を細めていた。
午前十時十二分。
中央講堂。
修了認定の発表が始まった。
各中隊の候補生たちが、順番に名前を呼ばれていく。
やがて、第三中隊第二小隊の番になった。
「ガイル・ベッカー候補生」
「はい!」
「レイブン・S・クロウ候補生」
「はい!」
「ユリウス・ヴェーバー候補生」
「はい!」
「エミール・シュナイダー候補生」
「はい!」
「オスカー・グラーフ候補生」
「はい!」
「フェリックス・ブラント候補生」
「はい!」
「カール・リヒター候補生」
「……はい!」
七人の名前が、講堂に響いた。
そして、修了認定の結果が告げられた。
『第三中隊第二小隊第一班、全七名、志願兵教育課程修了認定』
ガイルは思わず息を呑んだ。
フェリックスは目を見開いた。
ユリウスは静かに微笑んだ。
エミールは胸を撫で下ろした。
オスカーは小さく頷いた。
カールは、しばらく動かなかった。
レイブンは、仲間たちの顔を見渡した。
七人。
全員。
修了。
その言葉が、ゆっくりと胸に染み込んでいった。
午前十一時四十八分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、中庭。
修了式を終えた候補生たちは、家族や教官たちと話していた。
レイブンたち七人も、中庭の一角に集まっていた。
ガイルは修了証書を手に持ち、満足そうに笑った。
「……やったな!」
フェリックスも笑った。
「やっと終わった!」
オスカーは頷いた。
「……長かったな」
ユリウスは修了証書を見つめた。
「本当に、ここまで来たんですね」
エミールも微笑んだ。
「はい」
カールは、修了証書を両手で持っていた。
レイブンが顔を向けた。
「……カール」
「……何だ?」
「……おめでとう」
カールは少し驚いた顔をした。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう」
レイブンは頷いた。
「うん」
その時、背後から声が聞こえた。
「……よくやったな」
七人が振り返った。
ヴァルター・A・クロウ少佐だった。
その隣には、ファニータとリーナの姿もあった。
ガイルが姿勢を正した。
「少佐!」
ヴァルターは微笑んだ。
「今日は、少し肩の力を抜いていい」
七人は顔を見合わせた。
ヴァルターは続けた。
「……諸君、修了おめでとう」
「ありがとうございます!」
七人の返事が揃った。
ファニータはレイブンへ近づいた。
「レイブン様。おめでとうございます」
レイブンは微笑んだ。
「ありがとう、ファニータさん」
リーナはカールのもとへ駆け寄った。
「お兄ちゃん!」
カールは驚いた。
「……リーナ?」
リーナは修了証書を見つめた。
「……本当に、修了したんだね」
カールは静かに頷いた。
「……ああ」
リーナの目に、涙が浮かんだ。
「……よかった」
カールは少し困ったように笑った。
「……泣くなよ」
「だって……」
リーナは小さく首を振った。
「……本当に、よかったんだもん」
カールはしばらく黙っていた。
そして、妹の頭へそっと手を置いた。
「……ありがとう」
レイブンは、その様子を静かに見つめていた。
ヴァルターが隣へ立った。
「……レイブン」
「父さん」
ヴァルターは微笑んだ。
「……よく頑張ったな」
レイブンは少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとう」
ヴァルターは七人を見渡した。
「諸君は、ここで多くのことを学んだはずだ」
ガイルが頷いた。
「はい」
「しかし、これで学ぶことが終わったわけではない」
ヴァルターは静かに続けた。
「今後、それぞれ異なる配属先へ進むことになるだろう。歩兵、通信、衛生、偵察、機甲、兵站……進む道は違っても、ここで学んだことを忘れないでほしい」
七人は静かに頷いた。
ヴァルターは最後に、少しだけ微笑んだ。
「……そして、必ず生きて帰れ」
その言葉に、レイブンは父の右腕へ目を向けた。
かつての戦闘で失われ、魔力によって再構築された腕。
その腕が、今、静かに動いている。
レイブンは頷いた。
「……うん」
ガイルも答えた。
「了解しました!」
七人の返事が、春の中庭に響いた。
午後八時二十六分。
第二候補生宿舎、第三〇七号室。
七人は、最後の夜を過ごしていた。
机の上には、修了証書が並んでいる。
ガイルは寝台へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「……終わったな」
フェリックスが笑った。
「本当に終わった」
オスカーは静かに頷いた。
「明日から、また新しい生活が始まる」
ユリウスは修了証書を見つめた。
「……配属先、どうなるんでしょうね」
エミールは少し考えた。
「まだ、正式な通知は来ていませんからね」
カールは静かに答えた。
「……どこへ行っても、忘れない」
レイブンが顔を向けた。
「何を?」
カールは七人を見渡した。
「……この部屋のこと」
ガイルは少し驚いた顔をした。
そして、笑った。
「……当たり前だろ!」
フェリックスも笑った。
「忘れるわけないだろ!」
オスカーが頷いた。
「……そうだな」
ユリウスも微笑んだ。
「はい」
エミールは穏やかに答えた。
「また、いつか集まりたいですね」
レイブンは七人を見渡した。
「……うん」
そして、静かに続けた。
「……絶対に、また会おう」
ガイルは拳を差し出した。
「……約束だ!」
レイブンも拳を重ねた。
オスカー。
ユリウス。
エミール。
フェリックス。
カール。
七人の拳が、机の上で重なった。
その光景は、決して特別なものではなかった。
ただ、同じ部屋で過ごした七人の若者たちが、未来の再会を約束しただけだった。
しかし、その約束は、これから始まる長い戦いの中で、何度も彼らの胸に蘇ることになる。
帝政歴三四四年、三月二十九日。
志願兵教育課程、修了。
七人は、それぞれの未来へ歩き始めようとしていた。
そして、帝国と連邦共和国の国境では、今もなお、緊張が高まり続けていた。
平和は、まだ続いている。
しかし、その平和が永遠ではないことを、誰もが少しずつ感じ始めていた。




